もちふぁ~といっしょ
灰色の四角い箱だ。
パイプが色んな所から飛び出して、天上と壁を縦横無尽に走っている。
起き上がり、白い布がかけられているのを見て、首を傾げた。
たぶんここはの僕の家だ。
しっくりくるからそうだと思う。
でも、ここはどこだろう。
膝の上のもちもちしているものをもちもちしてみた。
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
外に出てみた。
カーテンおばけみたいな白いワンピース姿で、白のもこもこスリッパで。
家にはそれしかなかったから。
ベッドがある部屋には扉が一個しかなくて、開けたら外だった。
生活するにはもう少し何か必要な気がしたけれど、僕のパイプだらけの灰色の部屋には、硬いベッドと、白い布と、もちもちしたのしかいなかった。
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
外の世界は灰色で、四角い建物が横並びに並んでいて、灰色の道があって、灰色の人達がうろうろしていた。
灰色の看板があって、灰色のごみ箱があって、灰色の街灯があって、とにかく全部が灰色だった。
灰色の道を歩いて見たら、灰色のおじさんのひとと目があった。
「あんたそれ、もちもちしてるねえ」
「そうです」
「名前はなんだい」
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
「もちふぁ~です」
「そうかい、良い名前だね」
鳴き声をそのまま言っただけなのに、良い名前にされた。
でも、良い名前かもしれない。
すごくよくわかりやすい。
「家名をつけてあげると良いよ、じゃあね」
それだけ言うと、おじさんのひとは去っていった。
もちふぁ~は、もちふぁ~・もっちりんになった。
もちもちを抱えて歩いていると灰色のお姉さんのひとがいた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「もちもちしているのね」
「もちもちしていますね」
お姉さんのひとは嬉しそうに頷くと、懐からぷるぷるしたものを取り出した。
「ぷるぷるしているの」
「ぷるぷるしていますね」
『ぷるひゃ~』
ぷるひゃ~って鳴いた。
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
「ぷるひゃ~っていうの」
「良い名前ですね」
「ありがとう。そちらは?」
「もちふぁ~・もっちりんです」
教えたら、お姉さんのひとは悔しそうな顔をした。
「そう、良い名前ね」
「ありがとうございます」
「あそこに病院があるの、行ってみると良いわ」
「そうですか」
灰色のお姉さんのひとは手を振ってくれた。
僕は病院へ向かった。
「もちふぁ~・もっちりんです」
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
診察室でお医者さんのひとにもちふぁ~ことを紹介した。
「そうですか」
「そうです」
「今日はどのようなご用件ですか?」
「病院があると聞きました」
「そうですか」
「そうです」
「どなたに聞いたのですか?」
「ぷるひゃ~のおねえさんのひとです」
「わかりました」
お医者さんのひとが手元に紙に何かをかきかきした。
ちょっとのぞいてみたけど、見ないでエッチって書いてあった。
僕はエッチだった。
「貴方はそれがなんだかわかりますか」
「もちふぁ~・もっちりんです」
「それは狂気と呼ばれているものです」
「きょうき」
「皆がそれを持っていました。捨てた人は街へ行きました。持っている人と捨てられない人はここに残りました」
「きょうき」
「表に現れたら、捨てることができます。捨てたら街へ行けます。それだけです」
「きょうき」
手の中のもちもちしたものを見る。
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
病院から出て灰色の空を見てみたら、何かと目があった。
大きい何か。
それをぼーっと見ていたら、灰色のおじさんのひとが笑いながら声を掛けてきた。
「あれはね、みんなの狂気だよ」
「きょうき」
「皆が捨てて行ったものだよ。ひとつかたまりになったんだ」
「ひとつかたまり」
「あのひとつかたまりを大勢の人が取り込めば、暴動がおこるよ」
「きょうきのひとつかたまり」
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
「捨てたきょうきはひとつかたまりになるんですか」
「そうだね。一つの意志になるんだよ」
他のものと同じになってしまう。
「もちふぁ~・もっちりんは、もちふぁ~・もっちりんだけです」
「ああ、そうだね。私のはこれなんだけどね」
おじさんのひとのふところからむにむにしたものが出てきた。
『むに~ん』
むに~んって鳴いた。
「むに~ん・むにまる、だよ」
「もちふぁ~・もっちりん、です」
「この子も、この子だけだよ。私の大事なむに~ん・むにまるだよ」
「僕のも、もちふぁ~・もっちりんです」
「じゃあね」
おじさんのひとは去っていった。
灰色以外の色がある方へと進んでいったら、立派な鎧を身に着けたひとが二人並んでいる門があった。
彼らは僕を見ると、怪訝な顔をする。
『もちふぁ~』
もちふぁ~って鳴いた。
「君、その手の中にいるのは、狂気かい?」
「もちふぁ~・もっちりんです」
「何でもいいけどね、それを捨てないと、この先には行けないよ」
「この先は、街ですか」
「そうだね。狂気を捨てた街だよ」
「色がいっぱいあります」
「街だからね。街にはいろいろなものがあるんだ」
「でも、もちふぁ~・もっちりんはいません」
「なくて良いんだよ。狂気はいろんなものを駄目にする。平和じゃなくなる。人生は平和が一番だ」
平和が一番なのはわかる。
でも、もちふぁ~が一緒にいてはいけなのがわからない。
もちもちしていてもちもちしているのに。
「わかりました」
「それを捨てたらまたおいで。狂気を捨てた君と会えることを楽しみにしているよ」
ぺこりと頭を下げる。
立派な鎧を身に着けたひととは、もう二度と会うことはないと思った。
灰色の道を歩いていると、お姉さんのひとがいた。
彼女は懐からぷるひゃ~を取り出した。
『ぷるひゃ~』
ぷるひゃ~って鳴いた。
「ぷるひゃ~・ぷるるん!」
「もちふぁ~・もっちりん!」
「良い名前ね」
「良い名前です」
僕達はお互いに名前を褒め合った。
お姉さんのひとは恥ずかしそうに俯いた。
「家名がね、あったほうが良いと思ったの。でも、違うかも……」
「どっちでもいいと思います。ぷるひゃ~・ぷるるんは、おねえさんのひとだけのぷるひゃ~・ぷるるんです」
「ん、ふふ、そうね。あなたのも、あなただけのもちふぁ~・もっちりんだものね」
僕達は笑い合った。
部屋に戻った。
灰色のパイプと硬いベッドと白い布がある僕の部屋。
そこには僕ともちもちしたものだけがいた。