第七十話【待ち合わせ場所へ】
───王都ビアンド。
レンガ造りの建物が立ち並び、石畳の道や魔法を用いた街灯が見える。
王都全体を見渡せば、蒸気機関で動く船や列車なども備え、かなりの発展を感じさせる文明の街並みを要しており、人通りは平日にも関わらずそれなりに多い。
そんな王都にある図書館の前で、人を待ちながら立ち尽くしている四人の姿があった。
内一人の男は、文明の進んだ景観にそぐわないような格好をしている。
道中合羽に三度笠、手甲脚絆に身を包み、腰には折れた長脇差を差している和装の出で立ちだ。
頭髪の一部は紅く変化し、ニワトリを思わせるような髪型になっていて派手だが、たれ目がちな顔立ちのせいか柔和な印象に見えた。
男の名前は十朗───
この国へ漂着して以降、名前のニュアンスを間違われて覚えられ、ジューロという名で呼ばれている。
歳は十七になる渡世人…だったのだが、今は総合産業ギルドで働かせてもらっている。
「相変わらず、人が多いでござんすねぇ…」
ジューロはゲンナリした表情で、辺りを見渡しながら一人ごちていると、その様子を見ていた少女が心配そうに声をかけた。
「ジューロさん、人混み苦手ですもんね…大丈夫ですか?」
彼女は青空のような髪色と、薄紫がかった瞳をしており、化粧っけはないものの顔立ちは整っていて、可愛らしさと気品を感じさせる。
地味なエプロンドレスを身に付けており、質素な印象を受けるものの、右腕に光る金色の腕輪…ヒビが入っているとはいえ、それだけは値打ちものに見えた。
彼女の名はリンカ───
ジューロが漂着してから出会った少女で、右も左も分からない状況を見かね、行動を共にしてくれている。
ジューロより二つほど年下であるが、この国へ流れ着いて以降、お世話になりっぱなしだ。
働き口として総合産業ギルドを薦めてくれたのもリンカである。
ジューロが故郷に帰るための資金を貯めつつ、今こうやって生きていけるのは、他ならぬ彼女のお陰だろう。
「うむ!大丈夫でござんすよ、多少は慣れやしたからね」
「ふふっ、でも無理はしないで下さいね?」
「ありがとうござんす!…それはそうと、チーネさんが見当たりやせんね」
チーネとは、待ち合わせ相手の名。獣人の女性のことである。
約束の時間よりも五分ほど早いが、そろそろ来ていても不思議ではない。
「ん、ですね。でも約束の時間までもう少しありますから」
リンカはそう言いつつも、チーネのことを心配しているようで、辺りを注意深く見回している。
「…ふぅむ。グリン、匂いとかで何か分かりやせんかい?実はもう来てたりとか」
ジューロは、犬に似た顔立ちをしている獣人の男に話し掛けた。
グリンと呼ばれた獣人、彼は鋭い嗅覚をもつウル族という種族である。
簡素なシャツとズボンを身に付け、皮で拵えた腰巻きに短剣を差しただけのラフな格好だ。
グリンとは王都に向かう道中で出会い、彼の住むラサダ村で、ある問題を解決した事がある。
その後、彼も王都に目的があり、一緒に旅をしてきた友人だ。
そんなグリンは、ジューロの問いに首を横に振りながら答える。
「いや、ちょっと分からないな…。辿れるほどの匂いを感じないし、まだ来てないのかも」
「うぅむ、左様かぁ。…図書館の入口は正面だけでござんすよね?」
「職員以外はそのはずだね。司書さんとチーネは同居してるらしいけど、だからといってチーネが職員用の入口から入るとは思えないし」
チーネがいないかと、周りを見渡す三人の様子をうかがっていた最後の一人が口を開いた。
「図書館の中で待ってても良いんじゃないか?」
あくびをしながら気だるそうに提案してくるその男。
彼の名はフレッド───
カウボーイハットを被り、皮で鞣したベストとブーツを身に付けていて、全体的に茶色がかった格好だが、腰のホルスターに収めた銀色の拳銃だけは、鈍く光って目立っていた。
ジューロとはまるで異なる服装だが、周囲の景観にそぐわないという意味では、ジューロと同類かもしれない。
「うぅむ、そうでござんすねぇ…。チーネさんの性格的に、なんか時間通りに来る印象がありやせんから」
「いやいや、確かにそういう印象はあるけどな?アイツ意外とそういうのはちゃんとしてるぞ」
フレッドは苦笑いしつつ、チーネの事をフォローした。
チーネはかつて産業ギルドで働いており、フレッドとも仕事仲間だったのだが。
そういう意味では、フレッドの方がチーネとの付き合いは長くなるだろうし、詳しいのかもしれない。
「本当ですかい?うーむ…」
「ははは!約束したなら大丈夫だろ…ふわぁ、ねむ…」
フレッドはそう言うと、再びあくびをしながら伸びをしてみせる。
ギルドマスター代理のラティを手助けをしていたせいか、あまり寝て居ないようだ。
それというのも、ジューロたちは蛇頭という化物の討伐をしていて、フレッドもその一人だったのだが…。
彼は討伐が終わった後も、ギルドマスター代理のラティと共に、農民への説明やこれからの事について、話し合いの席にずっと参加していて働き詰めなのだ。
本当なら、しっかり休んでおきたかっただろう。
それなのに図書館へ一緒に足を運ぶ事になったのは、調べもの───という訳ではない。
他ならぬチーネの頼み、「会ってもらいたい人がいる」と、指定された場所がここ…図書館だったからである。
時間以外は大雑把な約束だったのが良くなく、こうやって約束した場所の図書館前で、チーネを待ちながら辺りを見回していた所なのだ。
…チーネからの頼みごと。
人と会うだけとは言うが、面倒事になる可能性を考慮し。まずラティに断りを入れて、最終的にはラティの判断を仰ぐ事にした。
下手をしたら、産業ギルドにまで迷惑が掛かるのでは?と思ったからだ。
その旨をチーネに前もって伝えてみたが、ラティであれば話しても大丈夫だと、チーネは以外にも二つ返事で了承してみせた。
最初はラティに話すことを渋るかと思ったが、こういうことを隠し立てをするつもりは無いようで、そのことについては安心した。
話を終えてギルドに帰り、戻ってきたラティにこの事を伝えて相談したのだが…。
当然のことだが、ラティの方は良い顔を見せなかった。
チーネが何かに窮している事───それはラティも察している様子ではあったものの。
「はい、そうですか」と送り出すほど、ラティは無責任ではない。
かといって、このままチーネをほうっておくのも考え物のようで、ラティが信頼しているギルドメンバーのフレッドを同行させ、彼も話を聞く事を条件に、会うことを了承する事にしたのだ。
───そんな訳で、何かあった時の判断と対処が出来るように、フレッドも同行しているというワケである。
「しかしフレさん、せっかくの休みだったのに申し訳ありやせん…」
「んん?…べつに良いさ、蛇頭の討伐も早く終わっちゃっただろ?討伐には数日かける予定で組んでたからさ、その分の休みも多く貰えたし。一日くらいどうってことないわ、気にすんなって」
ジューロの背中をバシバシ叩きながら、フレッドはHAHAHA!と笑う。
「なにより姐さんの頼みだ!色々と忙しくしてるからな、俺で助けになるなら安いもんさ」
「惚れた弱味ってヤツでござんすねぇ?」
「へへへ、言うじゃん?まぁ~否定はしないな、俺にとっての姐さんは、お前から見たリンカちゃんみたいなもんだろうし」
「いや?!あっしは…、リンカさんは命の恩人なんで…。まぁ、一応そうなのでござんすかね」
「…そういう感じかなぁ?」
フレッドを少しからかう位の気持ちで突っついただけだが、思わぬ言葉を食らってジューロは慌てた。
この会話は聞かれてないよな?と、リンカの方に視線を向けるが、彼女はチーネの姿がないかと辺りを見回している最中で、その心配はないようだ。
「んー…あぁ、お前は故郷に帰るつもりがあるもんな、だから───」
「二人とも、何の話をしてるんです?」
フレッドが何かを言いかけたタイミングで、リンカがジューロの向けている視線に気付き、クルリと振り向いた。
「む?!…いや、大した事じゃござんせんよ?」
「そーそー!とりあえず、ここに突っ立ってても邪魔だし図書館に入ろうってさ」
「んー…それもそうですねっ!ちーちゃん先に来てるかもですし、司書さんにも聞いてみましょう!」
リンカは同じく周りを見渡していたグリンにも声を掛け、四人は図書館へと入っていく。
図書館は相変わらず綺麗に整理され、足を踏み入れた瞬間に紙の独特な匂いが鼻腔をくすぐった。
あまり来ることはないが、図書館の静かな雰囲気をジューロは気に入っている。
しかし、今日はそんな雰囲気を味わう気分ではなかった。
ジューロたちは玄関から真っ直ぐ奥へ進んでいくと、上背が2m近くある大きな女性が視界に入った。
その女性は、白いブラウスに黒いスカートと、灰色のエプロンを身につけ、桃色の髪をお下げが目立っており。
メガネを付けているせいか、一見不美人に見えるが、キッチリとした格好で清潔感があり、賢そうな雰囲気を纏っている。
彼女こそが司書であり、チーネの友人。ミルフィーという名のアマゾネス族だ。
そのミルフィーを見れば先客が居るようで、誰かと楽しそうに話し込んでいた。
最初はチーネかと思ったが、話している相手はボサボサの黒髪に白シャツと黒ズボンを身に付けてる男であり、後ろ姿を見れば違うことが分かる。
取り込み中かもしれないが、挨拶くらいはしておこうと近づいていくと、司書のミルフィーもこちらに気付いたようで、視線を向けながら軽く会釈をしてくる。
ミルフィーの行動で、誰かが来たことを察したのか、先客の男が振り向く。
「あれ?ご先祖!?」
ボサボサ髪の男がジューロを見て声をあげた。
「おぉ、ケンタさんでござんしたか。調べもので?」
「まぁ、それもありますが。色々です」
ボサボサ髪を軽く掻き、少し照れたように笑いながら返す。
このボサボサ髪の男…ケンタとは、蛇頭が出没していた森の中で出会った。
その時に彼から色々と話を聞き、知っている内容などを照らし合わせてみると、ジューロと同郷───日ノ本の人間なのは間違いないだろう。
しかし彼は、森で一人で居ることが多かったからなのか、それとも異国の地で見知らぬモノを多く見て錯乱しているのか、変な事を言い出す癖がある。
ジューロの事をご先祖と認定しているのもその一つだ。
ケンタ自身もジューロより未来の人間だと言ったり、何よりこの国の事を異世界だと断定していたりと…頭がおかしくなっているとしか思えなかった。
しかし、ジューロにとっては故郷に帰るための手掛かりになる人間…かもしれないので、産業ギルドに雇う形で置いて貰っている。
少なくとも話は通じるし、仕事は真面目に取り組んでいるので、ギルドメンバーや農家の人達はすんなりと受け入れてくれていた。
「ご先祖も調べものです?自分で良ければ手伝いますよ」
「いや、大丈夫でござんす。ケンタさんこそ、何か…故郷に帰る手掛かりとか見つけやしたかい?」
「そうですね…。今は王都の伝承とか調べてますが、元の世界に帰る手掛かりはまだ…。あ!でも、建国の王の話がかなり興味深くてですね!その伝承に出てくる異放人と言われる人も僕らと同じ異世界から来た人達っぽくて!それを辿って行けばひょっとしたら───」
「あ、いや!その話はまた改めて…。あっしは他に用向きがあるんで」
軽い世間話くらいのつもりで聞いたのだが、思っていた以上の熱量で返され、ジューロは思わず後ずさる。
「そうでしたか、すいません」
「いやぁ、気にしちゃおりやせんから」
ケンタは不思議な人間だ…。
ジューロと比べて持っている知識の質が根本的に違うように思う。
ジューロも日ノ本について調べた事はあるが、それらしい情報は全く見付からず、図書館で調べる事は諦めていた。
しかし、それをケンタに伝えた所。別の視点から調べてみたいと言い出し、諦めずに調べ続けている。
それだけなら不思議と感じることはなかっただろう。
しかし、ケンタは異国の文化に対する「驚き方」が変わっているのだ。
例えば、蒸気機関、漫画、スポーツ等の文化が王都にはあるが、それらをケンタは知っている様子だった。
その上で、何故そのような文化があるのか?という事に驚きを見せていたり、他にも王都の生活水準や技術の高さにも興味を向けていて、学の高さを感じさせる。
ふと、そんな事を考えていると、ジューロ達に声を掛けてくる者がいた。
「あ!いたいた!こっちこっちー!」
聞き覚えのある声───
そちらへと振り向くと、猫のような顔をした獣人…、待ち合わせをしていたチーネの姿がそこにあった。




