第六十九話【三章最終話】
王都の農業エリアにある診療所。
蛇頭の討伐の為、産業ギルドの仮拠点として一部屋を使い、ギルドマスター代理のラティはそこで待機しているらしい。
診療所の扉を開けると、落ち着かない様子のラティが、待合室でソワソワしながら掃除をしていた所で、それを見付けたフレッドが声を掛けた。
「姐さ~ん、戻ったよ!ただいま」
「あっ、フレッド!お帰りなさい!それに皆も、お疲れ様!」
「あれっ…もしかして掃除中だった?」
フレッドの顔と、その後ろから付いて来ていたジューロ達を見て、ラティはパッと顔を明るくして迎い入れる。
「フフッ、ちょっと落ち着かなくってね?まぁまぁ…それは良いから!アナタ達、どこも怪我とかしてないわよね?」
ジューロ達はラティと合流すると、彼女は先ず五人の帰還を喜び。森での結果を聞くよりも先に労いの言葉をかけてくれた。
部屋の奥に招かれて入ると、診療所に無かった薬などが新たに用意されていて、その様子から彼女も色々と心配しながら帰りを待っていた事がうかがえる。
挨拶をそれぞれ済ませると、フレッドがさっそく森での出来事と…今後どうすべきか等、提案と相談を交えて、現状の全て分かることをラティに話した。
その報告を受けたラティはというと───
「えぇ…な、なんなのそれ?…えっ?どういうことなの」
最初はよく分からないといった表情で、ポカーンとしていたが…。
時間が経つにつれ、内容を徐々に処理でき始めたようで。当たり前だが困惑し、両手で頭を抱えながら机に突っ伏し悶えはじめた。
「はあぁ~?も~ぉ、やだぁ~…」
…蛇頭の件。
農家の人達の安全の為、驚異・危険となるならば討伐するという。危険は伴えど、それだけを考えておけば良い案件のはずだった。
しかしフタを開けてみれば、蛇頭という存在そのものが何かの能力で生み出された可能性が高いだとか。
それはディリンク国の捕虜を実験材料にしてそうだとか…。
果ては女神の使いイコナが裏で糸を引いていそうだとか…そんな話を聞かされればこうなるのも無理はない。
ラティの心労は推し量れるものではないだろう。
そんなラティの様子を見かねたフレッドは、机に伏せるラティの肩に手を置き、なだめながら指示を仰ぐ。
「姐さん、気持ちは分かるけど。今後どうするか判断して貰わなきゃあ…、俺達はどうすればいい?」
「ううぅ…、そうね…。…ともかく、蛇頭の一件は終わったのよね?」
「ああ、それは間違いなくだ。念の為、森から帰る前にグリンの嗅覚とリンカちゃんの魔法探知で安全は確認して貰ったから。他に異常はないって」
「…分かった、それならいいわ」
ラティはフーッと長い溜め息をつくと、今度はジューロ達にも伝わるように話し始めた。
「皆への説明はフレッドの案でいきましょう。大蛇の頭も持って帰ってきてくれてるし…コレを証拠に、森の件は解決したって伝えるのは悪くない考えね。早めに安心させてあげたいし」
大蛇の頭を討伐の証拠として使う。フレッドが持ち掛けた提案を、ラティは了承してくれるようだ。
念の為、しばらくは森の様子をみるそうだが、これから先、今まで森から聞こえていた叫び声がなくなっていれば、化物が居なくなったと皆も確信が持てて安心できるだろう。
一通りの報告が終わり、今後の対応や説明はギルドがやってくれるハズだ。
とにかく、ジューロ達の出来る事は終わった。
もしもやる事があるとすれば、蛇頭に関する口裏合わせ程度か。
色々と抱え込まないといけないラティを可哀想と思いつつも、後の判断や処理は彼女に任せる他ないのだ。
フレッドとラティは、農家の人達にその後の説明ををしてから戻るという事で、ジューロ達は一足先にギルドへ帰る事になった。
───そして現在、列車内。
列車が出ている頻度にバラつきがあるとはいえ、一時間一本程だがタイミングよく乗ることが出来た。
帰りの駅へと到着するまで十数分。
ジューロ、リンカ、グリン、チーネの四人は席に腰掛けて沈黙していた。
いつもなら、他愛のない雑談をしている所なのだが、今回は珍しく全員が静かである。
黙っているのは疲れから…というワケではなく。各々が物思いにふけっているようで、中には真剣な顔つきをしている者もいて、その理由も様々らしい。
ジューロも同じくその一人で、列車の窓から移ろいで行く景色を眺めながら…今日の出来事を思い出し、悩んでいる真っ只中であった。
その出来事とは、森でリンカと話した時の事───ディリンクの兵士が消えて亡くなった後の会話である。
深く考えずに『兵士が死んでしまったのは仕方のない事』だと、何気ない言葉のつもりで発したつもりだが。
…あの時、瀕死の兵士を助けようとしていたリンカに掛ける言葉じゃあなかったのでは?と、今さらながらに後悔しはじめていた。
目の前で人が死ぬこと。
ジューロには珍しくない事だったが、リンカにとっては違うかもしれない…いや、むしろそうでない方が普通だと考えられる。
リンカは最善を尽くしていたと思う。
しかし、治癒魔法を使った甲斐もなく、彼女の前で兵士は塵となって死んでしまった。
その時は深く考えていなかったが、改めて考え直すと、その時のリンカは落ち込んでいたのかもしれない。
そんな状況で割り切るような言葉をかけるのは、精神的に追い討ちをかけるような事になっていたのではないか。
リンカに申し訳ない事を言ったかもしれないと、グルグル思考が巡り、黙って考えている最中。
リンカがジューロの腕を突っつきながら、小さな声で話かけてきた。
「ジューロさん、ジューロさんっ…」
「ぬおっ!?…どうかされやしたか?」
小声で聞かれたので、思わず小声で聞き返す。
「ちーちゃんの様子…、少しおかしいと思いません?」
「チーネさんの?」
リンカに言われ、チーネにそっと目を向けてみる。
そこには、真剣な顔で何かを考えている様子のチーネの姿があった。
しかも着替えることを忘れているのか、ボディラインがくっきりと見える…例の怪盗タイツのままである、マスクもつけたままだ。
基本的に落ち着きのないチーネが、こういう風に真剣な顔で何かを考えているのは珍しい。
列車の中。しかも窓側の席なのに、視線を景色ではなく下に落としたままだし、怪盗スーツのまま列車に乗り込んでる姿は余計に異様さを感じさせた。
「うぅむ、言われてみれば確かに…」
チーネが黙っていること、それに思い当たるフシとしては、リンカを蛇頭から庇った時の怪我…くらいだろうか?
いや、あの直後。リンカは魔法でチーネの怪我は治療をしていた、それは考えにくいだろう。
グリンにどう思うかを聞いてみようと目を向けてみると、彼もチーネの様子には気付いているようだった。
だが、話し掛け難い雰囲気を感じているのか、声をかけることに二の足を踏んでいるように見える。
幼なじみのグリンが先に話し掛けた方がいいんじゃないか?…と思ったが、色々と考えても仕方がない。
こういう時は、素直に聞いてしまう方がいいだろう。
「チーネさん、ずいぶんと黙っておりやすが、何かありやしたかい?」
「にゃ!?……べ、別に」
「そうなのでござんすか?元気もねぇように感じやすし。それに、その服も着替えなくて良かったんで?」
「服?…にゃああっ!?」
彼女自身も気付いていなかったようで、格好を指摘されると慌てふためいた。
チーネは周囲を見渡し、ジューロ達以外に誰も居ないことを確認すると、腰に巻いた留め具のボタンを押す。
すると怪盗タイツだった姿から一変し、普段の短パンかつ、ノースリーブのシャツとベスト姿へと、パパッと早着替えをしてみせる。
これもどうやらマジックアイテムの効果のようで、留め具のボタン一つで服装の切り替えが出来るスグレモノのようだ。
「にゃんで教えてくれなかったの!?」
「いま教えやしたが」
ジューロのやる気のない返事にチーネが頭を抱える。
「そうじゃにゃくてぇ…!怪盗スタイルなワケだからぁ…、少なくとも駅に入る前には教えて欲しかったって言うかぁ…」
正直なところ、リンカとの事ばかり考えていて、ジューロもチーネの事については今ごろ気づいた。
しかし、ジューロはともかくとして、リンカやグリンは注意しなかったのだろうか?
「でも、グリンも教えなかったんでござんしょう?」
「あはは、ごめんごめん。気付いてはいたんだけど、チーネがあまりにも真剣な顔で考えてたっぽいからさ。邪魔しちゃダメかもって思って、放っておいたんだけど…」
グリンがそう言うと、リンカも同じ考えだったようで、コクコクと頷いてみせた。
そんな二人を見て、チーネはガックリとして脱力してしまう。
それを見たリンカは、心配になったようでチーネの状態を確かめるようにしながら話し掛けた。
「…でも、ちーちゃんがそんなにも悩むなんて…。あっ!もしかして、傷が治りきってないですかっ!?」
「そんなことないって!ちゃんとリンカに治して貰ったでしょ?」
「な…ならっ、別の所が痛むとか!?」
リンカが身を乗り出してチーネに尋ねる。
「そ、そんなんじゃないから!…大丈夫だから!」
「本当っ…ですか?」
「う、うにゃあ…」
リンカに気圧されるチーネは珍しく、ジューロから見てる分には面白かった。
しかし、怪我とかでないのなら…真剣な顔をして何を考えていたのだろう?
ジューロが思考を巡らせる前に、リンカが再び質問を始める。
「じゃあ、別の悩みとか?」
「……えーっと、その」
チーネが何か、話すか話すまいか…悩んでいる。
その姿を見て、ジューロは嫌な予感がした。
チーネが悩んでいる原因について、他にも思い当たる事がある…ことに気付いたからだ。
今回の件。
蛇頭について、女神の使いが絡んでいるという話をチーネは聞いてしまっている。
ラティの推測に過ぎないが、チーネは怪盗として、女神の使いイコナを探っていて、下手をすれば敵対している可能性さえありそうだ。
チーネに対してはラティが『勝手な行動はしないように!』と、キツく釘をさしているし、短絡的な事はしないと信じたいが…。
逆に色々と考え、それを相談された場合。リンカとグリンは間違いなく手助けしようとするだろう。
「リンカさん、あまり無理に聞く必要もねぇでしょう。チーネさんも言いたくねぇかも知れやせんし…」
チーネに何の事情があるか知らないが、少なくとも彼女自身が選んで決めた事のはず。
仮に困っていたとしても自己責任、それ込みで覚悟をしているハズなのだから、首を突っ込むべきじゃない。
正直なところ…、リンカ達を厄介ごとに関わらせたくないだけなのだが、そんな気持ちなど知る由もなく、グリンたちは話に踏み込んでいく。
「ま!そうは言うけどさ、僕らで良ければ相談くらい何時でも乗るよ」
「そうですっ!簡単に解決できるかは分かりませんけど、四人でなら何とかなったりするかも…ですから」
相変わらずリンカとグリンはお人好しが過ぎて不安になる。だがそれと同時に、そこが二人の良い面でもあるから注意しづらい。
しれっとジューロも数の内に入れられているが、それは別に良い…。
二人と一緒に居れば、リンカ達の善良さを他人につけこまれ無いように目を光らせる事が出来ると思っているから、のぞむところだ。
ぽややんとしているリンカやグリンに代わり、自分が一番しっかりしなくてはならない。
一方でチーネは、グリンとリンカの言葉を受けて決心をつけたようだ。
膝の上でギュッと拳を握り、なぜか視線をジューロの方へと向ける。
「あのね?ジューロに確認したい事があるんだけど…」
「あっしに?」
急に話を振られて首をかしげる。確認したい事とは何なのだろう?
「ジューロって、本当に異放人なの?」
「…ん?」
異放人───
たしか、リンカやグリンが言っていた…おとぎ話だか昔話に出てくる異世界から放浪して来た人間のことだったか。
チーネの言葉を聞いたグリンが話に入ってくる。
「チーネ、別にジューロがそう言った訳じゃないよ?僕らが勝手にそうかもしれないって思っただけで…」
「えっ?そうなの?」
「そうだよ、ちょっとした話のタネで話題にしてみただけで…あ、ごめんジューロ。何か勝手にさ」
ケンタの珍妙な話…異世界がどうとか、ジューロより未来の人間だとか、ましてやジューロがケンタの御先祖様だとか。
そんな話を聞いたのだ、チーネと会った時にネタとして喋ることくらいあるだろう。
「いや、気にしちゃおりやせんよ。あっしがグリンの立場でも、話題に出すかもしれやせんから」
グリンが裏で悪口を言うような人間でないことくらい知っている。
何気ない会話だったことくらい、想像もつくつもりだ。
ともかく、これでジューロが異放人だというのはチーネの早とちりという事で、この話は終わりだろう…と思ったのだが。
チーネは尚もジューロに対し、質問を投げ掛ける。
「でも、だけれど…ジューロはこの国の人間じゃあないんだよね?」
「そいつぁ~、まぁ…左様で」
「じゃ、じゃね?質問を変えるけど、ジューロは女神に会ったこと…ある?」
「えぇ…?女神でござんすか?」
半ば呆れたように聞き返すが、チーネの表情は真剣そのものだ。冗談を言っている顔ではない。
「いいから答えて」
「いやぁ、会った事などござんせんが…」
別に会いたいとも思わないし、本当に関わりたくないのだ。
ジューロが答えると、チーネの顔が少しだけ明るくなった。
彼女には言葉の嘘を見抜く特技がある、つまり…女神というのとジューロが無関係であることを知れたから、安心したというのもあるのだろう。
「ありがと…。うん、じゃあ決めた!実はね、三人に会わせたい人がいるの。だから私と一緒に来て欲しい!」
「えぇ…?嫌でござんす…」
ジューロはこの時、心底嫌な顔をしていた。
なんだか一人で納得して、一人で決められた感じが…なんとなく、気に入らなかったからだ。
ジューロの答えにチーネはしょぼくれ、落ち込む。
そんなチーネを見かねてか、リンカがジューロに突っ込みを入れた。
「ちょっ、ジューロさんっ!今のって行く流れですよね!?」
「な、流れってなんでござんす!?」
「そもそもっ、何で嫌なんですか」
「そりゃあ、嫌でござんすよ。なんか怪しいし…」
「流石に、そんなことないんじゃ…」
「怪盗って怪しさ満点なことをやってたのに?」
「それを言われたら…そう、ですけどぉ」
ジューロとリンカの会話を聞いて、地味にチーネも心にダメージを受けてるらしく「ぐにゅにゅ…」と、ぐうの音を漏らしている。
おそらく話の流れから、チーネの仲間に会わせたいとか…そんな所だろう。
何となく察せはするが、それに付き合う義理は正直なところ無いと思う。
しかし、グリンもこの硬直状況を見かねたようで、助け船を出してきた。
「まぁまぁジューロ。チーネはさ、誰かを陥れるような腹芸とか出来るタイプじゃないし…」
「そりゃまぁ…確かに?」
「騙そうとしてるワケじゃないと思うからさ、行くだけ行ってみない?」
「うぅむ…」
ジューロが少し耳を傾けたのを見て、リンカも言葉を続けた。
「そうですよジューロさんっ!行くだけ行きましょう?もし怪しいなら途中で帰ればいいんですっ」
チーネの性格的に、誰かを騙したりする事は出来ないだろうし、しないように思う。
彼女の仲間がそれを逆手にとって、チーネを利用している場合も考慮しておくべきではあるが…。
「それに今日だって…ちーちゃんは身を挺して私を助けてくれましたし!私は大丈夫だと思いますっ」
確かに、蛇頭の件ではリンカの事をしっかりと守っていてくれた。
少なくともチーネの事だけは信用して良いかもしれない。
「うぅむ…。リンカさんとグリンがそこまで言うなら!あっしも参りやしょうか」
そもそもの話、深く考えすぎているだけってこともあり得る。
嫌な予感はするが…別に厄介ごとに巻き込まれると決まった訳じゃあるまいし、ジューロの思い過ごしで終わるかもしれないのだ。
「ホント!?」
ついて行く事に話がまとまり、チーネはホッとしたような、どこか嬉しそうな顔を見せた。
「すぐにとはいきやせんが、仕事もありやすからね」
「ん、ですね。ギルドに今日の報告もしておかないとですし、仕事の予定も…」
「ま!そこは姐さんに聞かないとだね。仕事をほっぽりだすのは皆に迷惑をかけるからさ?チーネ、それからでも良い?」
「うん、わかった!大丈夫!」
チーネも元々は総合産業ギルド・インターセッションに居ただけあり、これには素直に納得してくれた。
様々な想いとジューロ達を揺らしながら、列車は進んでいく。
リンカやグリン、そしてチーネがワイワイと車内で話し合う姿。
目の前にある平穏な風景。
ささやかな日常を感じると同時に、今日の出来事を改めて振り返れば…。
やはり何か、心の奥底で…平穏を蝕む者の存在を感じずにはいられなかった。




