第六十八話【帰路へ】
他にも何か潜んでいたりしないか念の為、グリンの嗅覚を頼りに安全確認を行う事にした───
蛇頭を討伐してから不思議と森から嫌な空気は無くなっており、グリンの嗅覚でもソレらしき危険な臭いは確認できなかったそうだ。
森を改めて巡回している時に、グリンが教えてくれた事だが…。
蛇頭の発していた"禍々しい臭い"というモノは、ディリンク兵士と大蛇の臭いが混ざり合わさっていたような臭いだったそうで、もし似たような臭いがあれば嗅ぎ落としをすることは…まず無いだろうとの事だった。
ともかく、森で聞こえた叫び声の件。これは一件落着とみて良いと思う。
しかし幾つか問題も残っており、それを含めた今後について、フレッドから提案してきたことがある。
それは「化物───蛇頭の正体はただの大蛇だった」という、口裏合わせをする事だ。
そうしておきたい理由は二つ。
蛇頭の討伐は済ませたものの、その証拠がないからだ。
"蛇頭にされていた"証言者も塵となって消え、残されたのは大蛇の死骸ひとつだけだ。
蛇頭を討伐したという証明は出来ないし、口頭だけて安全になったと伝えても、納得もしにくいだろうし、不安を拭えない。
ならば残っている大蛇の死骸を持って帰り、これを証拠として納得してもらおうという腹積もりである。
もう一つの理由。
これが一番の問題で、女神の使いオウノ・イコナ…そいつの仲間が化物を造り出しているという証言。これを蛇頭にされていたディリンク兵士から聞いたことだ。
信じて貰えるかどうかの問題ではなく、こんな話をバカ正直に言う訳にはいかない。
ディリンク兵士が残した証言、その情報がイコナにとって都合が悪かった場合。
もしもイコナの耳に入れば、この話を聞いた者を消しに来る可能性が高いように思う…。
女神の使いイコナは今、王宮の政を取り仕切っている人物だ。
情報機関も掌握しているであろう彼女にとって、都合の悪い情報など擦り潰すことは容易いだろうが、それだけで済ませる保証は何一つない。
表向き、女神の使いイコナは特殊能力・神薬を使って人々の病気を治している救世主として崇められている。
実際に救われた人はいるそうだし、王都に益をもたらしているのは確かなのだろう。
正直な所、裏で何をやっているかは知らないし興味もない。
こちらに害が及ばないなら、余計なことに首を突っ込むことはしない方が身のためだ。
それでもフレッドは念の為、ギルドマスター代理であるラティにだけは真相を伝えて判断を仰ぐとは言っていたが…。
何にせよ、これ以上は民草のジューロ達がどうこうする問題ではないと思うし、みんなと無事に帰れる、それだけでジューロにとっては十分である。
蛇頭の一件はこれで終わったのだから。
他に何か危険な化物が潜んでいないかどうか、その安全確認も終わり。
ジューロたちは大蛇の死骸…その頭部を切り落とし、それを持って帰る為に歩みを進めていた。
そんな中、足取りが重い者が一人。
───リンカである。
彼女の魔法でディリンク兵士の怪我を治したまでは良かったが…。その甲斐も虚しく、あの兵士は塵となって死んでしまった。
恐らくは、それを残念に思っているのだろう。
表情は暗く影を落とし、付いてきた時の前向きさを感じられない。
「リンカさん、平気でござんすか?」
「…ん、大丈夫です」
…まぁ、彼女の事だからそういう答えが返ってくるのは何となく予想してたが、やはり様子がおかしいように感じる。
「そうは言っても魔法もたくさん使っておりやしたし、疲れているのではと。あっしで良ければ背中くらいお貸ししやすよ?」
少し冗談めかしたニュアンスで言うが、ジューロは真面目に背負って帰る事を考えている。
「あの、ジューロさん…」
「なんでござんす?」
悩んでそうな所、そこを軽い口調で話し掛けたから怒らせただろうか?
そっとしておいて欲しかっただろうか?
そう思ったが、リンカから投げ掛けられた言葉は、純粋な疑問であった。
「ジューロさんは平気なんですか?」
「平気…というと?」
「あんな人の死に方。それに蛇頭もたぶん、あの兵士さんでしたし…。戦って…あの、倒しちゃった事とか…」
リンカが遠慮がちに尋ねてくる。
なるほど…、彼女の元気がない理由が少し分かった気がした。
化物に変えられていたとはいえ、元々は人間。彼女から見れば人に手を掛けたと同じことなのだろう。
「まぁ、仕方がねぇと思っておりやす」
「仕方ないって、そんな…そんな簡単に割り切れるものなんですか?」
「蛇頭に襲われた、それを倒した、互いに戦いあった結果、それだけのことなんで」
「そ、それは…そうですけど。それに、あんな塵になるような死に方だって…」
「ふぅむ…」
異国だし、ジューロが知らないだけで塵になって死ぬことは珍しくないのかも?と思っていたが、どうやら違うらしい。
塵となって死ぬなど、ここでも異常なことのようだ。
「私がもっと、魔法を上手く使えたら…助けられたんじゃないかって」
「でも、リンカさんは最善を尽くしたんでしょう?それで駄目だったのなら、やはり仕方のねぇこって」
「また仕方がないって…」
ジューロの答えにリンカは眉をひそめた。
「リンカさんの魔法の力は尊い。傷を癒せるし、誰かを守る事も出来る素晴らしい力だと思いやす。あっし自身、何度も助けて貰って…いやまぁ、それは魔法に限ったことじゃねぇか───」
話が脱線しそうになり、ジューロは鶏冠みたいな頭髪を掻いて誤魔化すと、気を取り直して話を続ける。
「助けられてきたあっしが言うのもなんですがね。魔法が使えるからといって何でもかんでも出来る、救えると思うのは、少々おこがましいんじゃござんせんか?」
「えぁっ!?そんなつもりで言ったんじゃ…」
「…ふっ、ぬはははは!少し意地悪が過ぎやしたかね?リンカさんがそういう人じゃねぇのは承知しておりやすよ」
イタズラっぽくニヤリとしてみせると、リンカから軽く二の腕を小突かれた。
「…それにね。あの兵士は少なくとも納得して死ねたように見えやしたから」
「納得…ですか?」
リンカは不思議そうに聞き返す。
「うむ。死に方ってのは中々選べることじゃあねぇんです、不服な死に方も多いと思いやす。ですが、そんな世の中であっても覚悟と納得をして死ねたなら、その者を哀れんだりするのは失礼かもしれやせん」
その答えを聞いたリンカは、何か思うところがあるのか、黙り込んでしまった。
そして彼女はジューロの言葉を頭の中で反芻する。
「まぁ、これは…あっしがそう思っただけの事かもしれやせんがね」
黙ってしまったリンカに対し、ジューロは言葉を付け加えた。
あくまでジューロ個人の考え方であり、必ずしも正しいわけじゃない。
「ん…。いえっ、分かりました!」
リンカの表情は少しだけ柔らかくなっていた。
「うむ、なら良かった。ところで、おんぶはしなくて大丈夫なので?疲れているでしょうし」
「んもー!大丈夫ですっ!」
元気になった訳じゃないのだろうが、心の整理は少しだけついたのだろう。
先ほどと比べたら調子が少しだけ戻ったように思える。
二人の会話が終わると同時に、グリンが声を掛けてきた。
「ジューロ、余力があるならさ。大蛇の頭を持つの代わってよ?」
グリンやフレッドと交代交代に持っていたが、リンカと話し込んでいて順番なのをうっかりと忘れていた。
「えー?でもなぁ、グリンには病室での借りを返しておかねぇとぉ…」
「ちょっと待って、アレまだ根に持ってるの!?」
「あっしは覚えてろって言いやしたしぃ」
「えぇ~」
「ちょっとぉ、ジューロさんっ?」
ジューロの悪ふざけを見かねたリンカが注意する。
グリンは森に入ってから嗅覚を使いっぱなしで疲労しているし、あまり無理はさせたくないのだろう。
それはジューロも同じ気持ちだ。
「ぬははは、半分は冗談でござんすよ」
「まったくもうっ!」
「そうか、なら良かっ…えっ?半分?」
大蛇の頭をヒョイと受け取ると、グリンに対して言葉を付け加えた。
「まぁ、あの件は別の形でやり返しやすから…」
「別の形で!?それはそれで何か怖いんだけど?!」
「ぬへへへへへ」
「もうっ!ジューロさんてば!そういう意地悪はダメなんですからね!?」
三人がワイワイやりだすのを見て、前を進んでいたフレッドが呆れたような声を掛けてくる。
「おぉーい、お前ら!さっさと帰るぞー?」
気付いた時には、かなり離れてしまっていた。
「も、申し訳ねぇ!」
「ま!帰ってからの報告もしないとだしね」
「元気が余ってんならよー?やって欲しい野良仕事とか山ほどあんだけどー?」
フレッドの脅し文句が真面目なトーンだったので、三人は余計に慌てた。
「げっ!ちょっと、フレさん嘘でしょ!?それは勘弁してよ」
「えぇ…?あっしもう帰って風呂入って寝たいでござんす」
「で、ですねっ!あっ、ちーちゃんも急ぎましょう!」
「うにゃ!?」
ボンヤリと後ろを付いて来ていたチーネの手を引き、リンカ達はフレッドに追い付こうと走り出す。
「ジューロさんも早くっ!」
「ぬぉ!?待っておくんなせぇ」
まだ夕暮れに差し掛かる前。
木漏れ日で照らされるリンカ達の姿を追って、ジューロも駆け出すのだった。




