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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第六十六話【追跡】

 

「皆、よくやってくれた」


 フレッドが言葉をこぼしながら、落下してくる蛇頭に対して集中力を高め、左手を拳銃に添えるように、ガッチリとおさえながら引き金を引く。


 ガァン!という発砲音が森の中に響くと、放たれた銃弾が蛇頭に命中し、胴体の真ん中に風穴をあけた。

 その衝撃たるや、木々がざわめく程の風を巻き上げて蛇頭の身体を吹き飛ばしてゆく。


「ジャギャァアーッ!!!」

 つんざくような悲鳴と共に、蛇頭は勢いよく茂みの向こう側へ、枝葉をバキバキと折りながら落下していった。


 視界が悪い場所へと吹き飛んだ事で、蛇頭の姿は見失ってしまったものの、ドサリという落下する鈍い音は耳に届いてくる。


 フレッドは拳銃を構えたまま、鈍い音のした方向へ…蛇頭が落下したであろう場所へと向かっていく。

 グリンもそれに続いて進み、ジューロも着地すると斧を構えながら二人の後を追った。


 蛇頭とは、このまま勝負をつける。


 胴体のド真ん中、おそらくは心臓部を撃ち抜いたのだ。

 仮に心臓を外れていても、あの一撃をまともに食らったのなら致命傷になっているはず。


 だが油断は禁物だ。

 万が一の可能性を考慮し、用心しながら進んでいくと、グリンが途中で声を上げた。

「待った、何か変だ!臭いが途切れてる!」


 グリンの言葉に反応したフレッドが足を止める。

 そして、全員が追い付くのと同時に訊ねた。

「…臭いが途切れたってマジか?また地面に潜ったって事か?」


「いや、地面に潜ったとか…そういう途切れ方じゃないんだ。臭いの残滓もないし、なんて言えばいいんだろう、不自然な途切れ方というか」

 グリンは眉間に指を当てながら、悩むように考えると、再び口を開いた。


「蛇頭の歪な臭い。それが急に無くなって、かわりに二つの別の臭いが…急に現れた感じというか」

「別の臭い?」


「うん、二つとも蛇頭の臭いと似てる気がするけど…。それぞれ違うというか、上手く説明出来ないけど違和感がある。だから用心してくれ」


 嗅覚に関しては、グリンにしか分からない領分だ。

 彼にとって想定外の事態が起こっていて、それを妙だと感じるなら、こちらが分からなくてもグリンの忠告を念頭に置いて慎重に行動すべきだろう。


 ジューロも同様に、蛇頭が吹き飛ばされた後から胸騒ぎを感じていた。

「うむ。しかし別の臭いってヤツが気になりやすが、どうしやす?」


「そうだな…。グリン、その臭いってのはどっちに向かってる?」

「このまま真っ直ぐ、蛇頭が飛ばされていった方向と同じだね」


「オーケー!向かう先が同じなら、グリンはその臭いに注意をしつつ、異変があればすぐに知らせてくれ」


「分かった、任せてよ」

「じゃ、あっしとグリンが先に向かうんで、背後を頼みやす」


 追い付いてきたリンカとチーネにも現状を説明して共有すると、ジューロはグリンと共に進んでゆく。


 そしてグリンが嗅覚を研ぎ澄ませながら進んだ先。

 樹木に塗られたような血痕を見付けることが出来た。

「グリン、こいつは…」


 蛇頭が飛ばされた落下地点はこの辺りだろう…と、感覚的に思う。

「臭いが似てるけど、蛇頭のとは違う。新しく出てきた臭いと同じものだし」

「ふぅむ、なら他にも何かいるのは間違いねぇのか…」


 その血痕は未だ乾いていない。

 とすれば、ここで蛇頭に襲われた何かがいるのか?


 しかし、そう考えると変な話だ。

 蛇頭の臭いのかわりに出てきた新たな臭い…。

 それが襲われたなら騒いだりするはずだし、当然そうなれば物音が聞こえたり何かしらの気配がしたはずだ。


 やはり何かがおかしい。

 なにより血痕が地面にではなく、樹木をなぞるように残っていることも違和感を感じる。


 ジューロが思考を巡らせはじめた時、グリンの声が響いた。

「ジューロ!後ろ!」


 背後にゾワリとした嫌な殺気。

 グリンの声が聞こえたと同時、ジューロはそれを察知し、前方に踏み出しながら身をひるがえす。


「ぬおっ!?」

 ジューロの視線の先、そこには大口を開けて迫る"大蛇"が迫っていた。

 木の上に潜んでいたのか、背後の上部から飛び掛かってきていたのだ。


 ジューロは身を翻した勢いに乗せ、構えていた斧を振り上げる。

 ───ズガァッ!!


 下方からの一撃は大蛇の顎を捉え、そのまま頭部を貫く。

 危険を察知したグリンも距離を詰めており、短剣で大蛇の首根元を突き刺す。


 そうして大蛇は地面に落ち、バタバタと身体を暴れさせたかと思えば、すぐに動かなくなった。

「…グリン、助かりやした」

「僕の方こそ、もっと早くに気付けていれば」


 一先ずの危機を脱し安心した後。しんがりを任せていたフレッドの声が聞こえてきた。

「大丈夫か?二人とも」


 ガサガサと草木をかき分け、フレッド達三人が顔を出す。

「うむ、問題ありやせん」

「ちょっと驚いたけどね」


 グリンが動かなくなった大蛇を指差し、今しがたの問題は解決したことを伝えてみせた。

 とはいえ、ちょっとした騒ぎでも心配をかけた事は変わりないようで、リンカが不安そうに駆け寄ってくる。

「お怪我はないですかっ?」


「うむ!大丈夫。いや、それより…こいつは蛇頭じゃござんせんよね」

 ジューロは手甲で汗を拭うと、動かなくなった大蛇に視線を落としながらグリンに訊ねた。


「そうだね、これは普通の…大きさはかなりのものだけど、普通の蛇だと思う」


 他の三人にも大蛇の亡骸を見てもらうが、みな一様に知らないという様子で首を振った。

 この大蛇、追っていた蛇頭と色合いは似ているものの、手足はついていないし異形感もない。

 だが、気になる点が一つある。


「しかし、この蛇。胴体に穴が開いておりやすね…」

 既に手負いだったのか、胴体の中心がえぐれており、まるでフレッドの銃弾を受けたような傷に見えた。

 そこから血が流れていて、木に付着している血痕と一致するような気がする。


「新たに出てきたっていう臭いは、こやつと同じですかい?」

「うん、臭いの一つはこの蛇だよ。それは間違いないと思う」


「とすると、もう一つは?」

「この近くだ、動きはないけど注意して行こう」

「承知!」


 蛇頭が近くにいるなら、既にこちらを探知していても不思議ではない。

 グリンと共に先行して進んでいくと、一際目立つ大樹の前に出た。

 グリンはそこでピタリと動きを止めると、ジューロにハンドサインを送る。


 …どうやら、大樹の裏側に何かが居るようだ。


 グリンはハンドサインを続け、大樹の両側から別々に回り込み、挟み撃ちするという意思を示す。

 それに頷いて返すとグリンは早速行動に移し、ジューロもそれに倣い、逆方向から裏側へと向かっていく。


 わずかな緊張。

 ジューロが意識を大樹の裏に向けると、弱々しいが何者かの気配を感じる。

 こちらには気付いていないかどうか、それは分からないが、先手を取るならこちらから踏み込むしかない。


 反対側から回り込んでいるグリンは、こちらを視認してなくても、嗅覚で合わせてくれるハズだ。

 ジューロは呼吸を整えると意を決し、斧を構えて裏側へ飛び込んだ。


「そこだっ!…な、なに?!」

 裏手に潜んでいた者を見て、ジューロの動きが止まる。

 グリンも合わせて飛び込んで来ていたが、彼も同様に動きを止めていた。

 そこにいたのが蛇頭ではなく、ただの人だったからだ。


 胸から血を流し、人間の男が倒れている。

 この事態に、最初に言葉を発したのはグリンだった。

「こ、この人は…?」


 珍しくグリンが動揺の色を見せている。

 こういう状況であっても、普段は冷静でいるハズのグリンがだ。


 ともかく、男にはまだ息がある。

 困惑しているグリンを尻目に、ジューロは大声でリンカを名前を呼んだ。

「リンカさん!こっちに来てくれ!頼む!!」


「は、はいっ!」

 リンカが返事をすると、パタパタと急いで大樹の裏に駆け付けた。

 ジューロの大声に反応したフレッドと、リンカの護衛についていたチーネも、何事かと後から付いてくる。


「人が怪我をしておりやす、リンカさんの力が必要で…」

「分かりました、やってみます」

 ジューロが伝えると、リンカは即座に事態を把握してくれた。

 倒れている男に対して魔法を使い、すぐさまに回復を試みる。


 フレッドも事態が気になったようで、リンカに治療されている男を目にすると、怪訝な顔をしてみせた。

「フレさん、何か気になる事でも?」

「あ、ああ…。この男の胸にあった傷なんだが…」

 フレッドが少し言いよどむ。

 今はリンカが魔法で回復させていて、傷はみるみる内に塞がってるが、フレッドは何かに気付いたようだ。


「傷がどうかしやしたか?」

「俺が蛇頭を撃ち抜いた場所と同じ…気がしてな?まさかとは思うが」

 ジューロも蛇頭を撃ち抜いた瞬間は見ていた。


 確かにフレッドが言うように、蛇頭を撃ち抜いた身体の位置と、男の胸に空いていた傷の場所は合致している。

「こやつが蛇頭だと?」

「どうだろうな、人に化けるモンスターが居る可能性だってあるんじゃないかと思ってな」

「なるほど…」


 確かに一理あるかもしれない。

 ジューロの古郷にあるお伽噺でも、人に化ける妖怪の話だっていくつかあるくらいだ。


 しかし、フレッドが蛇頭に空けた傷はもっと大きく風穴と言ってもいいくらいのものだった。

 なにより、仮に人に化けられたとして、臭いまで誤魔化せるものだろうか?


「グリンはそういうの、詳しかったりしやせんかね?」

 ジューロはグリンに話を振るが、彼は男を見て未だ考え込んでいた。


「グリン?」

「あっ、ごめん…。どうした?」

「人に化けるモンスターとか、知ってたりしねぇかなぁと」


「あ、ああ…いるにはいるけど。この男の人が蛇頭じゃないかって疑ってるってこと?」

「うむ」


「なら大丈夫だと思うよ。変身できたとしても、臭いまで変化させれるなんて聞いたことはないし…。その可能性は限りなく低いんじゃないかな」

 グリンが言うなら大丈夫だろう。

 万が一に備え、リンカの身に危険が及ばないようにチーネも傍に控えてくれているのだ。


 リンカが魔法で回復を続けてからしばらく───

 意識が戻ったようで、男はうっすらと瞼を開いた。

 そして、そのまま目だけを左右に動かして、風景を確認したかと思えば、男が口を開いた。

「ここは…どこだ?」


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