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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第六十五話【シンプルな策】

 

 ───五人は気を張り詰めながら移動を開始する。


 待ち伏せに選んだ場所は障害物になる木々が多く、植物の背も高めだ。

 蛇頭の行動方法を考えると、ここに留まるのは危険だろう。

 とにかく、見通しが利く場所へと向かうのだ。


 移動している最中、ジューロは一つ懸念が生じていた。

 …リンカの事ではない。


 いや、もちろん彼女の事は心配なのだが、それとは別に気になるのがフレッドの様子だった。


 気を張り詰めているのは分かるが、それ以上に深刻な顔をしているように思う。

 時と場所を考えれば当たり前の事のように思うが、普段は不足の事態にも動じずおちゃらけているフレッドらしくない。


 蛇頭と遭遇し狙われているだろう今。

 緊張しすぎた状態だと、何かあった時に対応出来ないのではないだろうか?


 ジューロはフレッドの横につき、声を掛けた。

「少し良ござんすかい?」

「どうしたジューロ、なにかあったか?」


「いや、思い詰めたような顔をしておりやしたんで…気になりやして」

「そ、そうか?はは、気のせいだろ」

 フレッドは笑って見せるが、その笑顔は固くひきつったようにぎこちない。

 いつもなら余裕を感じる声も、今は若干の焦燥が表れているようだった。


 様子のおかしさにグリンも気付いていたようで、この話に加わってくる。

「フレさん、僕らのことを頼まれたからって、一人で背負い込まなくても良いですよ?」


 ギルドマスター代理のラティは今回、蛇頭退治のお目付け役としてフレッドを付けた。

 フレッド自身、野良仕事でリーダーを務める事は多々あったが、今回のような命の危険を伴う仕事を引率するのは初めてのハズだ。

 責任の重さを感じていても不思議ではない。


「危険な目にあった事は何度かあります。だけど、それを乗り越えてきた経験だってありますから」

「うむ!ここに居る全員、危険は承知の上ってやつで」


 フレッドの気持ちも分からなくはない。

 ジューロだって、リンカに危険な真似はしてほしくないと内心思っているからだ。


「フレさんが心配する気持ちも分かりやす、しかし覚悟を持って付いてきた以上、それも尊重して欲しいのでござんすよ」


 ラティだって危険な目に合わせたくて頼んだ訳じゃない、これは信頼なのだ。

 それはフレッドも良く分かっているだろう。


「───フフ、そうだな」

 一瞬、小さな声で呟いたのが聞こえた。

 しかしそれを取り繕うように、フレッドは少し慌てて言葉を訂正する。


「…あ、いや!違うぞ?別に心配してたんじゃあなくてだな」

 フレッドは照れ臭そうに頭を掻くと、帽子を深く被り直す。


「あー、えーと…。言いにくいけど、実はな?これ失敗したら姐さんに怒られちゃうなぁ~とか、そういうこと考えてただけなんだ。だからその、別にな?変に気を遣わせたみたいで…すまないな」

 芝居がかった感じはあったものの、フレッドの声からは固さが消えており、いつもの調子を取り戻したように思える。


 ジューロがチーネの方をチラリと見ると、ヤレヤレと言わんばかりに両手のひらを広げながら、首をかしげてみせた。


 チーネは言葉の嘘を見抜く特技がある。

 心まで読めるわけじゃないが、フレッドの言葉そのものに嘘はないのだろう。


「なぁんだ、心配して損しましたよ」

「ぬはは、フレさんはいつも姐さんの事ばかり考えておりやすからねぇ…。そういや『姐さんに怒られるのはご褒美だぜ!ッフゥー!』とかぬかしておりやしたし、多少の妄想くらいは───」


「お、おいおいジューロ!ソレをここで言うのは勘弁してくれ…」

 この話を聞いていたチーネは、フレッドの後方から突き刺すような視線を向け続けていた。


「リンカちゃん、今の話はナイショで頼むよ?…あとチーネ、その目はもう止めろぉ」

 そんな風に雑談を交えつつ、五人は森から引いていく。

 移動している最中、蛇頭の気配は感じなくなっていた。


「…しかし、蛇頭が襲ってきやせんね?」

 見渡しがきく場所へ差し迫った頃、ジューロが蛇頭のことに話を戻す。


「そうだね。もう臭いも感じないし、諦めてくれたなら助かるけど」

「で、ござんすね。まずは無事に帰りやしょう」

 このまま何も無ければそれでいい。

 そう思うジューロ達に、リンカが声を掛けてきた。


「ごめんなさい...。私があの時、足を引っ張らなければ」

「んむ?なにが?」

「どうしたの?」

 ジューロとグリンは思わずキョトンとしてしまう。

 リンカに足を引っ張られた事があっただろうか?と思ったからだ。


「襲われた時、何も出来なくて…。ちーちゃんにも迷惑をかけたし…」

 雑談している時、リンカの口数が少ないのが気になってたが、どうやら庇われた事を気にしているらしい。


「もー、その話はいいのっ!あんなの想定出来なくて当然にゃんだから」

 チーネがリンカの肩をポンと叩く。


「うむ、それにリンカさんは色々と出来るでござんしょう」

「ま!そうだね、魔法で回復とか出来るから僕らも思い切って立ち向かえるのもあるしさ」


 ジューロとグリンが言うものの、どこか納得していないように感じる。

 リンカはもっと、他にも何か出来たハズだと考えているのかもしれない。

「なんというかリンカさん、全部やりたがるのは悪癖でござんすよ」


「悪癖…ですか?」

「左様で。何もかも一人で出来るなんて、それこそ一握りの人間しかおりやせんし、まず出来ることをちゃんとやれている事が大切かと」

 そこまで言って、ジューロは自身の事を考え直す。


 リンカ達は出来ることをやれている、だが自分はどうだろうか?出来ているとは言えないのではないか?

 リンカの考え方はむしろ、自信のあらわれなのかもしれない。


 ジューロは色々な魔法の力を見てきた。それを考えるとリンカなら魔法で何でも出来るような気がしてくる。

 これは釈迦に説法だったか…。


「リンカさんなら、もしかしたら全部一人で出来るかもしれやせんけどぉ…。ん?逆にあっしの方が足手まとい…とか?」

「そっ、そんなつもりで言ったんじゃないですからね!?」

 リンカは顔を染めながら、パタパタと手を振り首を振り否定する。


「ふっ、ぬははははは!」

 その様子がおかしく、ジューロは思わず笑ってしまうが、笑ってる最中リンカの魔法の事で閃きがあり。

 ジューロは「…ぬあっ!?」と、すっとんきょうな声をあげた。


「どっ、どうしました?!」

「あぁいや、ちと思い付いたことがありやして」


「思い付いたこと?」

「うむ、フレさん達にも聞いて欲しいのでござんすが…」

 あくまでも素人考えで上手く行く保証はない。だが、ジューロは皆にある提案を持ちかけるのであった───



 そろそろ視界が開ける場所に着く。

 そこへ出てしまえば死角や障害物も少なくなり、フレッドの拳銃も使いやすくなるだろう。


 森から離れる為に移動を続けてきたが、あの襲撃の後から蛇頭の気配は感じなくなっていた。


「ジューロ、気を弛めるなよ?少なくとも森から出るまでは」

 少し気が抜けていたのを察知したのか、フレッドが先頭を進むジューロに声を掛ける。


「承知!任せておくんなさい!」

 ジューロは振り向き、拳をあげて返した。

 その腕には、道中合羽がグルグルと巻かれており、これは蛇頭のしなる攻撃を緩衝できるように考えた策の一つでもある。


 後ろの様子を見ると、グリンも同様に右手をマントでグルグル巻きにしており、チームの最後尾についていた。

 グリンは継続して鼻を利かせているが、今のところ異常は無いようだ。


 蛇頭はあきらめてくれたのだろうか?

 一応の策はいくつか練ったが、このまま森を出れるなら、それも構わないだろう。

 リンカ達の安全を考えても、仕切り直せるならそれに越したことはない。


 そんな事を考えながら再び足を踏み出した時、ジューロは足元に違和感を覚えた。

 土が柔らかく、まるで耕したばかりの畑のように沈み込む感覚があったからだ。

 ジューロ達はこれまで来た道を戻っているが、こんな不安定な土壌ではなかったハズだ…。


 ジューロは片腕を横に広げ、残りの四人を制止する。


「ジューロ、何かあったか?」

 フレッドがホルスターの拳銃に手を添える。


「うむ、違和感が」

「違和感?」

「地面が沈み込むように柔らかいので…」

 知らぬ間に道を間違えたのだろうか?


「…あっしらが引き返してる道、間違えてはおりやせんよね?」

「あ、ああ…問題ないと思うが…。グリン、匂いはどうだ?」


「大丈夫。ちゃんと僕らの匂いが残ってるし…それにほら!残してきた目印もあるだろ」

 グリンが指をさした先には一つの木があり。

 それには、森の奥へ向かう際に目印として残してきた傷が残っている。

 周囲を見渡すが、来た道を戻っているのは確かだ。


 だからこそ、明らかにコレはおかしい。

 嫌な予感があり、ジューロなりに考えを巡らせてみる。


 ジューロ達が引き返し始めてから、蛇頭の気配を感じなくなっていた。

 グリンの嗅覚でも捉えられていないし、近くに居ないと考えると諦めたようにも思う。


 しかし、そんな都合良く諦めてくれるだろうか?


 フレッドが言っていたように、拳銃を知っているような知性があるとしたら?

 もし、蛇頭もグリンのように嗅覚に優れていたりすればジューロ達が辿ってきた道も分かったり、嗅覚をあざむく方法も心得てたりするのではないか?


 あくまで可能性ではあるが、もしも…ジューロの考えている通りならば、まさか───

「グリン!フレさん!先回りされておりやす!」


「えっ!?でも蛇頭の臭いはまだ」

 グリンの言葉が終わるのを待たず、ジューロは柔らかくなった道の先へと足を踏み出した。


 自らを囮にするために突っ込んだのだ。


 柔らかく耕されたような地面、そしてグリンの嗅覚でも探知出来ない場所…つまり!

「地中でござんす!」


 ジューロが地面へ意識を向けた瞬間、ボコリと地面が蠢く。

 蛇頭の殺気を感じて跳躍すると、蛇頭も同時に地中から姿を現した。


 ケンタから聞いていた情報、蛇頭は振動で察知するというのは正しかったようだ。

 いの一番に、あの場で唯一動いたジューロを狙ってきたのがその証拠だろう。


 地中から飛び出した蛇頭は、ジューロを捕獲しようと腕をしならせながら伸ばしてくる。


 だが、ジューロは跳躍していたことで対応できる間合いをとっており。

 上手く身体を反転させると、蛇頭が伸ばしてきた腕を蹴り飛ばし、その反動で背後に回り込む。


「シジャアッ!?」

 腕を踏み台にされた蛇頭は一瞬だけ怯んだが、負けじと身体をうねらせて崩れたバランスを立て直すと、ジューロが距離を詰めた事を逆に好都合だと言わんばかりに、裂けた口を大きく開けて迎え撃ってくる。


「ぬおぁあぁっ!」

 ジューロは反射的に、右腕に巻き付けた道中合羽を口の中に叩き込んだ。


「グガガッ!?」

 想定していた使い方とは違っていたが、右腕に巻き付けた道中合羽が功を奏した。

 蛇頭の口が塞がり、道中合羽を残して腕だけ引き抜くと、そのまま蛇頭を羽交い締めにする。


 しかし、羽交い締めにしたとはいえ、完全に抑えられるものでなはい。

 蛇頭もジューロを引き剥がそうと暴れ回り、さらには地面を這いずり、森の奥へと逃げようとする。


「リンカさんっ、頼みやす!」

「は、はいっ!風魔法(ゼカーフ・トゥーベ)!」

 リンカが魔法を使うと、ジューロと蛇頭の身体が宙に浮き、そのまま垂直に…真上へと吹き飛ばされた。


 空に投げ出されたジューロと蛇頭───

 空中なら、もう羽交い締めにしておく必要はない。

 身を隠す障害物も、なにもないからだ。

 そのまま空中で拘束を解くと、ジューロは蛇頭の背中を蹴り、落下しながら距離を取った。


 これは次善の策として、ジューロがフレッド達に提案した事である。


 ジューロは以前、リンカの魔法で飛ばしてもらった事があり、これはその経験から思い付いたことだった。

 あの時と同じように魔法で飛ばし、空中で身動きが取れない所をフレッドが狙撃する…というシンプルな作戦。


 高速で動き回る蛇頭だけに狙いを絞り、それを吹き飛ばすのは困難らしく。

 リンカが魔法を使い易くできるよう、ジューロかグリンが足止め役を担っていた。


 そして今、それは無事に成功し、ジューロも蛇頭と距離ができ、あとは落下していくだけで自由に動くこともままならないだろう。


 ジューロが飛ばされた上空から下を見ると、フレッドが拳銃を構えており、蛇頭に狙いを定めていた。


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