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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第六十四話【遭遇戦】

 蛇頭の接近───

 それを最初に気付けたのはグリンだった。


 グリンは嗅覚を研ぎ澄ませていたから、いち早く感じとったのだろう。

 ハッとして勘づいたかと思えば、自分の鼻を指でトントンと叩き、異変があった事をジェスチャーで伝える。


 皆がその意味を理解し頷くのを確認すると、グリンは探知したであろう方向を指差した。

 正確な場所までは把握できていないようだったが、今はそれで十分だ。


 フレッドが拳銃を構えながら少し前に出ると、ジューロとグリンも接近に備え、いつでも応戦できるようフレッドの左右後方に待機した。

 それに続くように、リンカが抑えた声で警告を発する。

「フレッドさん、三番罠に反応ですっ」


 リンカが仕掛けていた魔法の探知罠にも反応があったようだ。

 それはグリンが指し示した方向とも合致する。


「オーケー!リンカちゃんはチーネと一緒に下がっててくれ、後は俺たちで対処する」

「は、はいっ…」


 リンカとチーネを下がらせた時、ガサリと遠目に茂みが動くのが見えた。

 そこはグリンやリンカが探知した方向であり、蛇頭の姿が見えた訳ではない。

 だが、嫌な予感がする。


 息を潜め、探知した場所へジリジリと慎重に近付こうと動くが、それをグリンが手で制止した。


「臭いが強く…これは…、こっちに近付いてきてるのか?」

 グリンが信じられないという顔で、反応があった方向を凝視している。

 ジューロもそちらへ視線を向け、動きがないか探るが、蛇頭の姿は確認できない。


 全体的に微かに茂みが揺れているが、それが風によるものなのか別の要因なのかも判断がつきにくい。


 判断に迷う中、最初に声を上げたのはフレッドだった。

「───みんなッ、いったん引くぞ!気付かれている!!」


 ジューロとグリンはその言葉を受け、意識を攻撃から撤退へと切り替えた。

 フレッドの判断が正しいと思ったからだ。


 ケンタから事前に聞いていた情報の一つ、蛇頭の移動方法。

 それが特殊な場合があると言っていた事を思い出す。


 普段は二足歩行。しかし獲物と対峙した時、蛇のように素早く這いずりながらスルスルと移動することがあるらしい。

 今、蛇頭の姿が視認出来ないでいるのは、その為だと考えられる。


 リンカとチーネにもフレッドの声は届いたようで、二人が踵を返して後退する姿が見えた。

 ジューロはそれを見て安心したが、それは大きな間違いだった。

 既に蛇頭は…リンカ達の目前に回り込んでいたのだ。


「シャバァァーッ!!!」

 どこから出てきたのか不思議に思えるほどの巨躯、体長はゆうに2メートルを超えている。


 それが風を切るような息を吐き出し、大きく発達した両腕をうねらせながら、リンカに襲い掛かってきた!


「ふぇっ!?」

「リンカさんっ!!」

 ジューロは叫び、距離を詰めようと駆け出すが、流石に間に合わない。

 一瞬の出来事でリンカも呆気にとられており、反応もままならず硬直したままだ。


「───ニャアアッ!!」

 しかし、間一髪の所でチーネが割って入ることに成功する。

 リンカと身体を入れ替えつつ、迎撃の蹴りを叩き込む。


 チーネの蹴りは蛇頭の胴体を的確に捉えており、それは確実に重い一撃だった。

 だが蛇頭は怯む事なく、巨大な腕をズルリと伸ばしてチーネの脚を絡め捕る。


「ギニャぁっ!」

 絡めとられた脚をそのまま締め付けられ、チーネは痛みで顔を歪めた。

 チーネは身体をひねり、振りほどこうともがくが、蛇の巻き付きのように脚に食い込んだそれを剥がす事ができない。


 蛇頭は尚も締め付け続け、チーネの脚が折られそうになる直前───


 グリンが間に合い、チーネを巻きつけている腕に齧り付いた。

「ガヴォ!グォルルルル!!」


 普段のグリンとは思えない怒りの形相で、鋭い牙を蛇頭の腕に突き立て、その勢いのまま膝蹴りをブチ込む。


「シャギャァ!?」

 蛇頭もこれには堪らず仰け反ると、チーネを掴んでいた腕を弛めた。


 その隙をチーネも見逃さず、巻き付きから脱出すると、反撃するため地面を踏みしめる。

 だが、脚に受けたダメージが酷いようで、その場から動けず倒れてしまう。


 グリンはそれに気付き、チーネが離れる時間をつくろうと再び攻撃を加えようとするが、蛇頭も黙ってはいなかった。


 噛み付かれている腕をグンと伸ばし、わずかに距離をおく。

 そして蛇頭はガラ空きになったグリンの背部に目掛け、もう片方の腕を鞭のようにしならせて殴打した。


「ぐはぁ…ッ!」

 バチィッ!という音が聞こえると、グリンが吹き飛び、密集している木々に背中を叩きつけられ体勢を崩す。

 それを見た蛇頭もターゲットをグリン変え差し迫る。


 だがグリンが稼いだ一拍の間。おかげでジューロも追い付く事ができた。

 蛇頭を間合いに捉えて、斧を振り下ろす。

「ぜぇぇぇい!!」


 しかし蛇頭は身を屈め、ジューロ渾身の一撃は空を切った。

「ぬあっ!?」


 攻撃を躱した蛇頭は、地に伏せたまま滑るようにジューロに接近してくる。

 足元を狙って掬い上げる腹積もりだろうか?


 体格と重量を兼ね備え、高速で低い位置からの突進。まともに食らえばひとたまりもないだろう。


 弧を描くように、茂みの揺れが徐々に徐々にと、ジューロに迫ってくる。

 ジューロは即座に反応できるよう、少し身を屈めた。


 音と空気、嫌な気配をゾワリと肌に感じ取り、ジューロのトサカのような赤い髪が逆立つ。

(───そこかっ!)


 直感が脚を動かし、ジューロは地面を蹴った。

 跳躍と同時に蛇頭の突進が空振りし、ジューロと交差。

 身体をひねり、蛇頭の背中に斧を叩き込む!


「ガギャアァッ!!」

「くっ、浅いか?!」

 無理な体勢で振るったからか、思うように力を込められなかった。

 半端なダメージでは相手を逆上させるだけだ。


 ジューロが次の行動を考える前に、背後からフレッドの声が響いてくる。

「ジューロ!下がれッ!」


 意図は分かった。

 射撃の邪魔にならないよう、ジューロは大きく横に飛び、蛇頭から距離をおく。


 ───直後、ガァン!という発砲音が響いた。


 ジューロは視線を戻すが、肝心の蛇頭の姿がない。

「やりやしたか!?」


 ジューロが訊くと、フレッドは苦虫を噛み潰したような顔で「ガッデム!…しくじった」と返した。


 フレッドの悔しさを嘲笑うかのように、木々が揺れている。

 蛇頭が身を隠しながら移動しているのだ。

 一瞬だが、本物の蛇のように…スルスルと木を滑り登っていく影が見えていた。


 蛇頭を迎え撃つ為、ジューロ達は木々が生い茂った場所を選んで身を潜めていたワケだが。

 今はその選択が足枷になっていた。


 蛇頭の這いずる移動方法がこれほど厄介だとは…。

 茂みによって視認しにくいだけでなく、これで木々を登ることも出来るのは想定外だった。


 ジューロ達は蛇頭の襲撃に備え、再び一ヶ所に集まる。

 互いにカバーしあえるように陣形を整えた後、フレッドは口を開いた。

「皆すまない、俺の判断ミスだった…」


「そんなの結果論ですよ、イレギュラーはつきものですし」

 グリンが冷静に答える。


「不測の事態は致し方ありやせん、これからどう切り抜けるかが重要でござんす」

「そうそう、それに僕らもベストな作戦だと思ってましたし」

 グリンの言う通り、本当に予測のしようがなかった。


 今は蛇頭の有利な状況になっているが、ジューロ自身もこの立案は良かったと思うし、何より全員が納得した上での判断だ。


「そうだな、まずは切り抜けないとだよな」

 フレッドも頭を切り替え、意識を警戒に向けなおす。


「…あぁ、そうだった。あっしはチーネさんに礼を言わねば」

「えっ、私にぃ?…ニャにかしたっけ?」

 痛めた脚をリンカの魔法で癒している最中、チーネは急に話し掛けられた事に驚いた様子だった。


「うむ、リンカさんを助けてくれた事。ありがとうござんす」

「べ、別に当たり前のコトをしただけじゃない。そんなことで…お礼なんて言わなくてもいいし」


「お礼は言える時に言っておくもので」

 こういう時には尚更だろう、何かあったらお礼も言えない。


「も~、お礼はリンカに言われたし。はぁ…アンタ達って、案外似てるわよね?」

 チーネがタメ息をつくと、リンカをチラリと見る。


「えっ?なにがです?」

「なんでもにゃい」

 リンカと目が合ったチーネはそっぽを向き、リンカはそれを不思議に思ったものの。

 何でもないなら良いか!というように、すぐに魔法に集中し、チーネの脚を治してみせた。


「───ん、とにかくこれで治療できました。ちーちゃん動ける?」

 チーネは脚を動かして確認すると、コクリと、頷く。

「ありがと!もうバッチリにゃ!」

「ふふっ、良かったです」


 チーネの回復を確認したフレッドが早速動き出す。

「よし、移動しよう。戦うにしても、この場所じゃ分が悪いし、危険だからな」


 フレッドの言う通り、ここは安全ではない。

 とにかく周囲を見渡せる開けた場所に向かう為、チーネの怪我を治してすぐにジューロ達は移動を始めた。


「そうだ───二人ともいいか?少し引っ掛かるというか、気になった事があってな…」

 移動を始めてすぐの事、フレッドが話を切り出した。

 安全圏を待たずに切り出したということは、今話しておくべき内容なのだろう。


「気になること?」

 グリンが聞き返し、ジューロも耳を傾ける。


「あぁ、あの蛇頭。拳銃を武器だと認識している…というか、知っている動きだった」

「えぇ?いくらなんでも、考えすぎなんじゃ」


 ジューロも同じく、グリンが言うように考えすぎだと思う。

 王都で造られている銃は単発式のマスケット銃だけで、フレッドの持つリボルバータイプの拳銃は存在しない。

 それを知っている事などあり得るだろうか?


「だと良いが。アイツ俺の銃を見た瞬間、射線から外れるように隠れたんだぜ?一切の迷いなくだ───あれは知性が…」

 フレッドは真剣な顔で考え出すが、そこまで言うと頭を振る。


「いや、やっぱ忘れてくれ。避けられて少しナーバスになってるだけだ」

 フレッドは気を引き締めなおすように、帽子を被り直した。


「いや、用心するに越したことはありやせん。それにフレさんが経験でそう感じたなら、考慮しておくくらい損はねぇかと」

 フレッドの話を聞いて、ジューロは少し考えを改めた。


 現に今、蛇頭の気配と視線は感じるものの、こちらを警戒しているようで姿を現さない。

 巧妙に姿を隠して様子を窺う有り様は、高い知性を持ち合わせていると考えてもいいだろう。


 蛇頭の異様さ、空気というか気配は普通のモンスターと明らかに違うが、ジューロには何故か既視感があったからだ。


 その既視感の正体は何だろうか?

 ジューロが記憶をたどると、一つのバケモノに思い当たった。


 それは少し前に相対した、黒い粘液状の化物───

 チーネを操り、吐き出された後もジューロに立ちはだかり、大怪我を負わせられたアレに似ている。

 見た目の共通点こそ無いが、それに近い雰囲気というか気配がするのだ。


「それもそうか、何があっても不思議じゃないよね…。特に最近、妙な事が起きたばかりだし」

 グリンもチーネの一件を思い出したようで、いっそう気を引き締めるのだった。


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