第六十三話【蛇頭を待ち伏せろ】
───森の件、謎の生物。
ジューロ達はそれの事を【蛇頭】と呼ぶことにした。
その蛇頭の対処をする為、準備は万全に整えるべきとの事で。
森へ向かう前、ジューロ達は蛇頭についてケンタから詳しい話を聞き出していた。
ケンタは森に引きこもるにあたり、自衛の為にも観察せざる得ない状況であったらしく。
生息場所、行動時間と範囲、生態などについて彼なりに調べていたようで、それらの情報を事前に共有できた事は有益と言えるだろう。
ケンタが作物を盗んだ一件も、今後は彼の行動にジューロが責任を持つという事と、何よりラティが事情を上手く説明し、説得してくれたお陰もあって、農家の人達にひとまず納得してもらえることができた。
ケンタ自身も申し訳ないという気持ちがあったようで、森から出てきてからは、荒らした農地の修繕に勤しみ真面目に働いている。
蛇頭の討伐、その準備を整えるまでの数日間。
ジューロはケンタの事を見張りつつ、一緒に働きながら交流を重ねていた。
彼が話す異世界うんぬんに関しては理解し難かったが、それ以外の受け答えはしっかりしたものだし、ケンタの話すべてが出鱈目には感じられない。
そして交流を重ねるうち気付いたことだが、ジューロやフレッドに比べて高い教養があるだろう事も、そう感じさせた理由だろう。
ジューロがこの国に来てから知った数々のモノ、ケンタはそれらも理解出来ているようだった。
特に意外だったのは、フレッドの故郷について少しだけでも知っていたことだ。
フレッドも異世界から来た人間かもしれない!…などとケンタが言い出した時は、フレッドも流石に困惑の表情を浮かべていたが。
そんな感じで、ケンタについては謎が多く、まだ色々と聞いてみたい事もある。
嘘を見抜けるチーネを同席させるのも良いかもしれない。
───そんなことを考えているのだが、今は目の前の…森の件に集中すべきだろう。
「ジューロさん?大丈夫ですか?」
考えを巡らせていたジューロに、リンカが声をかけた。
「む?」
「まだ傷が痛むとか…」
「あぁいや、大丈夫でござんす!少し考え事をしてただけなんで、怪我はバッチリと治っておりやすから!」
「ん…、なら良いですけど。何かあったらすぐに言ってくださいね?」
ジューロが森に入ってからずっと黙っているのを見て、様子がおかしいと思ったのかもしれない。
余計な心配をかけたと申し訳なくなる。
そんな中、別の声がジューロの背後から聞こえてきた。
「も~っ!こんなところでボーッとするなんて、危機感足りてないんじゃにゃい?」
声の方へ視線を向けると、フードを目深に被った女性が腰に手を当てながら、呆れたように首を振っていた。
彼女は猫のような顔を持つラト族と呼ばれる獣人で、名をチーネと言う。
身体のラインが分かるほどピッチリとした黒ずくめのタイツを身に纏っており、フードで隠れて見えにくいが、目元にマスクをつけている。
「…ところで、なんでチーネさんが居るのでござんしたっけ?」
「ちょっとぉ!?私が姐さんに頼まれたからでしょ~!」
「あー、そういや。そんなこと話しておりやしたね」
ラティはリンカが今回の討伐に加わると決まってから、チーネを護衛として寄越していた。
「まったく、そんなんじゃ先がおもいやられるわ!ね~っ?リンカ~」
チーネはそう言って、同意を求めるようにリンカにスッと寄り添う。
「えっ?いえ、そんなこと…」
困惑しながら否定はするものの、リンカはチーネに圧され気味のようである。
「安心して、お姉さんの私が蛇頭からリンカ達を守りきるから!」
リンカにピッタリと張り付いて、チーネは張り切っている様子だ。
…護衛を頼まれたのがよほど嬉しかったらしい。
彼女はラティとリンカ、それとグリンに恩があるし、それを返したい気持ちもあるのだろう。
やる気があるのは良いことだし、普段なら賑やかなのは歓迎するところだが…今は森の中だ。
謎の生物───蛇頭の生息場所まで距離があるとはいえ、賑やかだとコチラに勘づかれかねない。
「そういうの、他人に迷惑をかけたヤツが言うことじゃないんだぞ?」
「うにゃ…」
わちゃわちゃしているチーネを見かねたのか、カウボーイハットを被った男…フレッドが釘を刺すような口調でたしなめる。
フレッドもラティに頼まれて、今回の討伐に参加している一人であり、ラティに代わってお目付け役を担ってくれている状況だ。
「リンカちゃんの護衛をしてくれるのは助かるが、あまり騒がしくするのは感心しないな」
「わ、分かってるわよ…」
「頼むぜー?」
チーネの軽口も、一つはフレッドが一緒だからという理由もあるのかもしれない。
彼の腰には銀色の拳銃が納められており、それを使えば討伐も一瞬で片付くだろう。
しかし、フレッドはそう単純には考えていないようだった。
「もし向こうから仕掛けられて、俺らが散り散りにでもなったら、銃は使えないと思っておいてくれ」
「む、なにゆえ?」
「俺は凄腕ってワケじゃない。フレンドリーファイアするかもしれないからな?そうならないよう、出来れば先手を取りたい」
確かに、もし仲間に当たれば取り返しがつかない事になりそうだ。
「そういうことでござんすか」
「あぁ、でもグリンの嗅覚があるなら、こっちに分があるのかな?」
フレッドが疑問を投げ掛けると、グリン少し考え込む。
「どうだろ…。ケンタさんが言ってたけど、振動にも反応するらしいし、僕らが知らないだけで嗅覚も聴覚も鋭いかもしれない。向こうから近付かれたら流石に分かるとは思うけど、警戒するに越したことはないよ」
「うぅむ、左様か…」
その答えを聞いたフレッドも腹をくくったようだ。
「…とにかく予定通り、生息場所に向かう。上手くいけば、待ち構える事が出来るだろうしな。いつでも応戦できるよう、心がまえておけよ?」
警戒を促して、それぞれが頷いたのを確かめると、フレッドは先導するように歩み始めた。
ジューロは折れた長脇差の他に、斧を持って後に続く。
これはラティが用意してくれた武器がわりの農具である。
長脇差の修理が出来ないかと、ラティは知り合いの鍛冶屋に頼んでみたそうだが、特殊な製造法で出来ていると言われたらしく、修理は無理との事だった。
チーネも別の武器を買って弁償したいと申し出てくれたが、長脇差など元々消耗品だし、もう戦うこともないだろうと思っていたので断っていた…。
だが、こんなことになるなら、言葉に甘えておくべきだったかもしれない。
いや、今さら考えても仕方がないだろう。
とにかく待ち伏せが成功することに期待し、蛇頭の生息場所、移動ルートへ向かって一行は進んでいく。
───森の奥は前に来たときと変わらず静まりかえっていて、薄気味の悪さと嫌な感覚がある。
グリンも警戒を怠らず、嗅覚を研ぎ澄ませているが、今のところ異変はないようだ。
ケンタが残していた鳴子の罠。それとグリンの嗅覚を頼りに森を進んでいくと、蛇頭の通り道らしき場所を見つけ出すことが出来た。
ケンタから話を聞いた通り、暴れまわった形跡が多く、ここがその場所なのだという事はすぐに分かった。
あとは待ち伏せするだけだが、身を潜めようとする前にリンカが一つの提案をしてくる。
「あのっ、魔法で探知罠を張ることも出来ますけど…どうですか?」
「魔法の探知罠?鳴子みたいな感じでござんすかね」
「はいっ!イメージとしてはそんな感じです。簡単に言うと、魔法を張った場所を誰かが通れば、それが分かる仕組みです」
フレッドも話を聞き、その魔法に興味を示したようで、リンカに質問する。
「へぇ~…なるほど。それって何か音とか鳴ったりするのかい?」
「えっと、音は出ないです。だから気付かれる心配はないと思います。探知出来るのは仕掛けた術者…つまり私だけですけど、正確な場所は分かりますし」
「…なるほど、それは使えそうだな」
フレッドは顎を指で抱えるようにして、考え始めた。
「リンカちゃん、罠ってどれくらい仕掛けれる?それと、時間制限やリスクがあるなら聞いておきたい」
「えっと、私だと10ヶ所が限界です。持続時間は三時間ほど…。魔力の消耗はしますけど、仕掛けるのに時間はかからないですし、リスクは無いと思います」
「そうか。例えばだが、仕掛けたポイントに番号を割り振って、反応があったらそれを伝える…みたいな事は出来るか?」
「はいっ!できます」
「なら決まりだな!リンカちゃん、さっそく頼めるかい?」
「えっと、言い出しておいてなんですけど…。どこに仕掛ければ良いんでしょう…」
「あー…言われてみれば、そうだなぁ。どうしようか?」
フレッドは森という環境下での戦いには馴染みがないらしい。
「じゃ、グリンに頼みやしょう」
「え?僕?」
周囲の警戒中、ジューロに話を振られたグリンはポカンとした顔を見せる。
「ああ、そういえば狩人の経験があるとか言ってたっけか。グリン、任せていいか?」
フレッドもジューロの提案に乗るつもりのようだ。
「ん、分かった。そういうことなら!仕掛ける位置はそうだな…、皆ついてきて」
先に相手の位置を把握できたなら、それは大きなアドバンテージになる。
リンカはグリンに指示された場所へ次々と魔法の探知罠を張り。
ジューロ達はその魔法を仕掛けた場所をしっかりと覚えた。
───これで準備は万全だ。
そうそう遅れを取ることはないだろう。
グリンの指示に従い、全員が息を殺して身を潜め。
即座に反応できるよう、蛇頭を待ち構えるのだった。




