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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第五十九話

 ケンタの言葉を聞いたリンカとグリンがジューロを見る。


 言葉の発し方が違っても、不思議と言っている意味は二人にも理解が出来たようだ。


「…ジューロ、どうする?」

 グリンがジューロに確認する。

 話を聞きたいだろうと気を遣ってくれたのだ。


 ケンタも食事を終えて落ち着いたようでもあるし、今なら話を聞いても大丈夫とは思うが…。

 ジューロがリンカに目配せすると、彼女は考えを察したようで、頷き返してみせた。


「ケンタさん、と申しやしたっけ?」

「な、なんでしょうか…」


「実はあっし、おめぇさんと同郷でござんして」

「え?ど、同郷…?」

 ケンタは怪訝な顔をしてジューロを見た。

 なんというか、実感がないといった様子でだ。


「おめぇさんも日ノ本の人間なのでしょう?」

「そ、そうです…。確かに、そうですが…」


 歯切れが悪く、何か言いたげに逡巡するケンタに、先の言葉を促す。

「ですが??…なんでござんしょう」


「ジュウロウさん…でしたっけ?あなたは…この世界の人なんですよね?」


 彼にはジューロと名乗ったのだが、十朗という本来の呼び名通りのニュアンスで受け取った所を見る限りは、同郷のように感じられる。

 しかし、この国───ではなく。この世界という言葉に、ジューロは引っ掛かりを覚えた。


「んむ?世界…?言ってる意味がよく分かりやせんけど。あっしは漂流して流れ着いたんで、この国の人間ではありやせんが…」


「え、そうなんですか?そりゃあ…なんか、大変だったんですね」

「へえ、そういうワケですから、あっしは故郷に戻りてぇんで。その為の手掛かりを探しておりやして…」


「あぁ、それで日本への手掛かりがないか自分に尋ねたい…と?」

「左様で」


 ジューロの話を聞いて、ケンタは困ったように頭を抱える。

「何と言っていいか…さっきも言ったように、気付いた時には森に居たんで…どうやって来たのか分からないです。それに───」

「それに?」


「自分の住んでた日本は、この世界には無い…というか」

「な、無い??どういうことで…」

 ケンタの言葉の意味が分からない。


「ここって、いわゆる異世界なんじゃないかって…」

「異世界?ずいぶんと突拍子もねぇ事を…」

 ジューロは更によく分からなくなった。


 このケンタという男。

 話を聞く限りはジューロと同じように、本人の意思と関係なく、この国に辿り着いたと考えられる。

 異国では初めて見るものも多いし、それに加え、森の中にずっといたのだ。正気を失っていても不思議ではないか。


「しかし、何故そう思われるので?」

 それを加味した上で、心の気休めになればと思い、会話を続けてみる。


「なにゆえって。そりゃあ、まず月がなんか二つもあるのが…おかしいんですよ」

「ああ~、そりゃあっしも最初は驚きやしたけど。ここは異国でござんすし?異国には月が二つあっても不思議じゃねぇんじゃ?」


「えぇ?いや…えぇ…?」

 ケンタはジューロの答えに戸惑いを隠せないようで眉をひそめた。

 そんな二人のやり取りを見かねたのか、リンカも話に入ってくる。


「えっと、ジューロさんの言う通りですよ?二つある月の一つは、初代の王様が魔法で造り出したものって言われてますから。遠い国、それこそ海の向こうの国からだと一つは見えなくても不思議じゃないと思いますっ」


「造り出した!?月を!?」

 リンカの言葉にケンタは困惑し、動揺した。

 夜空に浮かぶ光を造り出すなんて想像も出来ないし、その気持ちはジューロにも分かる。


「ほほーぉ?その話は初めて聞きやした、月って造れるものなのでござんすか」

「ふふっ、おとぎ話ですけどね?でも学者さんが望遠鏡で調べたら、動かない月は本物の衛星と違って、王都の空に浮かんでいる建造物だったみたいで───って、ジューロさん?」


 リンカから聞き慣れない言葉がツラツラと出てきてジューロの思考は停止していた。

「すいやせん、難しい話はちょっと…苦手でござんして…」

「難しい話でしたっけ?」

「うむ!」

「ふふふっ」


 のんきに話す二人であったが、それとは対照的に深刻な顔でケンタが再び口を開く。

「いやあの、そりゃ確かに月の数が変わる理由にはなりますが…。異世界だと思ったのはそれだけじゃなくてですね?自分の世界に獣人なんての、存在しないんですよ!」


「そいつぁまぁ、確かにあっしの故郷で獣人を見掛けた事はありやせんが。海の向こうの事なんて知らねぇ事ばかりでござんしょう?言い切れるものじゃありやせんて」

 ケンタの言いたい事も分からなくないが、ジューロにはその話が現実的とも思えなかった。


 故郷の日ノ本の事ですら、一個人が全て知る事など到底出来ないのに、それが存在しないなど言い切れるものではないと思えたからだ。


「おめぇさんは多分、混乱しているだけだと思いやす。異国に来て、食事もままならないまま森の中に居なすったんだ。落ち着けば、日ノ本からどう来たのかも思い出せるやもしれやせん」

 ケンタの言ってる事は支離滅裂に感じるが、これでも日ノ本に繋がるかもしれない人物だ。

 日を改めて冷静になれば、彼も何かを思い出す事もあるかもと考える。


 この話を一区切りしようとした時。意気消沈した溜め息のような声で、ケンタが独り言のように呟く声が聞こえた。


「期待してるような話、自分からは出来ないと思いますよ…名前が同じだけの違う国でしょうし。そもそもジュウロウさんの格好だって───江戸時代の人じゃあるまいし…って、言っても伝わらないか」


(江戸時代───?)

 その言葉を聞き、ケンタが同郷であるとジューロは確信する。


「江戸…?江戸と申されやしたか!?それを知ってると言うことは、やっぱり同郷じゃあござんせんか~」


 ケンタが目を丸くして驚いたように聞き返す。

「は??江戸まであるんですか!?いやいや…でも、その髪の色もおかしいですし!日本人なら普通は黒髪…そりゃ白髪になることはありますけど、染めたりしない限りそんな色には…」


「あぁ、この髪で?」

 何故ケンタがジューロと同郷とは思えなかったか理由が一つ分かった気がする。

 着物の違いもあるのだろうが、髪色を見てそう判断したのだろう。


「これは…輸血されたら何か変色しやしてね、あっしも元々は黒髪でござんすよ」

 ジューロはニワトリを彷彿とさせる色になった頭髪を触りながら、ケンタの疑問に答えた。


「えぇ...?ちょっと待って…」

 ケンタは頭を抱えるようにして考え込むと、今度はブツブツと自問自答を呟き続ける。


「江戸まであるのか。でもどう考えても…ここは異世界だろ?名前だけある偶然か?まさか過去って訳でもないだろうし、それに彼は確か漂流したとか何とか言って…」

 独り言を続けるケンタの様子を、大丈夫なのかと眺めていると、ようやく落ち着いたのか、今度はケンタから話を切り出してきた。


「あの…聞きたいんですが、江戸なら幕府がありますよね。その将軍は誰です?」

「んむ?徳川でござんすねぇ」


「マジですか…。何代目か分かります?出来れば名前も…」

「えぇ?あっしはそこまでは知りやせんよ。あまり興味もねぇし、関わることもねぇんで…」


「そ、それはそうか…」

 ケンタは頭を掻いて再び悩み始める。


 というか…日ノ本について、そこまで知っているなら同郷であるのを疑う余地はなさそうに思うが…彼は何を悩んでいるのだろうか?

 どうやってここまで来たか、それを思い出そうとしている───という訳でも無さそうなのが気になったが…。


「ジュウロウさん、ちょいといいですか?」

「なんでござんす?」

 ケンタが真顔で話し掛けくる。


 故郷に繋がる何かを思い出したのかもしれないと期待し、ジューロは耳を傾けた。

 しかし、彼の口から出た言葉。

 それはジューロを困惑させるものであった。


「もしかしたら…ですけど、ジュウロウさんは自分の御先祖様かも知れないです」

「んん???なんて??」



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