表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
60/68

第五十七話【森に居た男】

 

 ───森へ入ってから約一時間。


 木洩れ日が森の深緑を映し出し、とても静かで…一見するとただ美しい光景が広がっていた。

 特に何事もない様子で探索を進めているが、見た目に反して森の空気が澱んで重い。


 かつてグリンと出会った森に雰囲気は似ているものの、その時よりも嫌な感じがする。


「今の所なんの痕跡も見付かりやせんが、どうにもここは肌に纏わりつくような…ゾワリとした場所でござんすな」

「うん、確かに。臭いの異常は今のところないんだけどさ、僕も気持ち悪さを感じるよ」


 グリンも同様に違和感を感じていたようで、森に入った時から警戒心剥き出しに、常に嗅覚を働かせていた。


「リンカさんはどう?姐さんに魔力探知を教えて貰ったって言ってたし、何か分からない?」


 リンカは産業ギルドで働くようになってからラティに色々と師事してもらい、短期間で魔法に関して目を見張る成長をみせていた。

 今では魔力を視認するだけでなく、半径数十メートル程度なら魔力を探知できるそうだ。


「ええと、魔力は何も感じないです…けど」

「けど?」

「森に入ってずっと、鳥の鳴き声すら聞こえないのは気になってて」


 そう言われ、ジューロも耳をすませてみる。

 静かだとは感じていたが、風もないと無音に近く気味が悪い。


「ぬう、言われてみれば確かに」

「…ほんとだ、気付いてなかったよ」


 グリンも嗅覚を働かせることに集中していたせいか、その異変にまで気を回していなかったようだ。


「どうしやしょう、ここから深く踏み入りたくはありやせんが」

 現在地は森の浅い部分。

 害獣用の罠が仕掛けてある場所までを目安に探索している。


 要するに農地に近い場所までしか探索していないのだ。

 何か手掛かりを求めるなら森の深くへ踏み入る必要があるだろう。


「気持ちは分かるけど、もう少しだけ進もう」

「そうですジューロさんっ!日が高い内に出来るだけ頑張りましょう」


「うぅむ…一つ聞きたいのでござんすが、こういうのって冒険者ギルドとやらに任せる事は出来ないのでござんすかね?」

「それは最期の手段かな…。彼らの中には森の環境や状況おかまいなしに暴れる人もいるって話だし、下手に森の動物達を刺激しても良くないからね」


「ははぁ、なるほどぉ…」

 ラティがグリンに調査を頼んだ理由。

 それも色々と考えての上だったのだなぁ…と、ジューロは思わず腕組みをし、感嘆の溜め息をついた。


「ふふっ、もしかしてジューロさん…怖いんですか?」

 その様子を見たリンカが悪戯っぽく微笑むと、ジューロに尋ねてきた。

 進むことを迷っているように見えたのだろう。

 それにリンカの疑問もあながち間違ってはいない。


「うむ、そりゃあ怖いよ」

「ほえっ?」


 意外な答えだったのか、リンカは思わずキョトンと一瞬だけ固まると、少しの間を置いてから言葉を溢した。


「…んー、ジューロさんって素直ですよね」

「そうでござんすかね?」


「はいっ!男の人ってそう言われたら意地を張るものだって、ちーちゃんから聞いたんですけど」

「う~む、それってチーネさんの知識の信憑性を疑うべきじゃござんせんかね?」


「あっ!言われてみたらそうかもしれませんっ、ふふふっ」

 鈴のようにコロコロと笑うリンカに、ジューロはジトリと視線を向けた。


「リンカさ~ん、ひょっとして焚き付けようとしやした?」

「うっ、バレました?」


「バレたというか半ば白状してると言うか」

「…だってジューロさん、あまり乗り気じゃなかったみたいですし」

 少しバツが悪そうにリンカが答える。


「心配しなくとも、やるからには気合いを入れやすから安心しておくんなさい」


 森の奥へ進むことを渋っていたのは事実だが、他に頼めない事情もあるなら致し方ない。

 なにより、こういう仕事を任せるのは相応に信用してくれているという考え方も出来るし、それを思えばヤル気も出てくるものだ。


「ホントですかぁ?」

「うむ!別に焚き付けられたからではありやせんけど、リンカさんに多少は良いトコを見せておかねぇとね?なんか、ことあるごとに死にかけてるって思われるのも…」


「意外と気にしてたんです?」

「うむ、というわけで頑張りやすよ!」


 互いに苦笑いして顔を見合わすと、それを面白そうに眺めていたグリンが話を切り出した。

「ま!話もまとまったようだし、行こうか?」


「承知しやした、気を付けて参りやしょう」

「はいっ、頑張りましょう!」


 グリンが先導しつつ、リンカを中心に挟むような形でジューロが最後尾となりついていく。

 そのようにしばらく進み続けると、突如としてグリンが足を止めた───


 何かが気になったのか、鼻をヒクヒクさせながら嗅覚を働かせている。


「グリンさん、何かありました?」

 緊張した面持ちでリンカが尋ねると、グリンは人差し指で口を塞ぐジェスチャーをしながら小声で答えた。


「うん、ヒト族の臭いがする…」

「ヒト族の?」

「先に調査に来てた人の臭いとかじゃありやせんかね?」

「いや、前もって森に入らないように言ってあるし。何より臭いが新しいから違うと思う」


 グリンの答えを受けてジューロも周りを見渡すが、それらしき痕跡は何も見当たらない。


「リンカさん、魔力探知の方はどうで?」

「んっ、何の反応もないです」

「ふむ…」


「ま!とりあえず臭いを追ってみよう、迷って入った人の可能性だってあるし」

 グリンが言うように、誰かが間違って立ち入っていたら大変だと思う。


「そうでござんすな、気を付けて進みやしょう」

 だが、警戒するに越したことはない。

 グリンが見付けた臭いの正体が人間だったとしても、それが農地を荒らしていた犯人の場合だってあるのだ。


 三人が森の奥へと歩みを進めていく途中、ジューロがある痕跡を発見した。

 それは植物のツタを縄として使っていて、木の鳴子を取り付けた簡易的な罠だった。


「グリン、ちと見ておくんなせぇ。こいつぁウチで用意した罠なんで?」

「いや、罠の事は聞いてるけど…あくまで仕掛けたのは害獣を捕獲する罠だけだし。何よりこんな所に鳴子を仕掛けても農地まで音は響かないよ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 仮に音で害獣を追い払う目的にしても、ここでは意味もないだろう。

 となると───


「あのっ、それって…誰かがここに居座ってるって事ですか?」

 ジューロが言葉に出すより先に、リンカが答えた。


「そうだね、誰かが拠点を構えてるのかも知れない…。理由は分からないけど」

 そう言って弓矢を取り出し、何時でも放てる体勢を整えながら歩み始める。


「うむ、少なくとも迷い込んだワケではなさそうでござんすね」

 ジューロもそれに倣うように、折れて短くなった長脇差とグリンに借りた短剣に手を添え、いつでも抜き払えるよう身構えてついていく。


 そうしてグリンが臭いを辿り、更に奥へと向かって行く最中、再びグリンが足を止めた。

 また痕跡か何かを見付けたのかと思ったが、今度は違うようだ。


「そこ!誰か知らないけど、居るんだろ?」

 木洩れ日があっても薄暗く、特に木々が密集している場所にグリンが声を掛けた。


 ジューロも注視すると、誰かが居る気配と…そこから向けられる視線を感じる。


「ヒト族なのは臭いで分かってる、おとなしく出てきて欲しい。もし姿を表さないなら賊のたぐいと判断する」


 グリンが弓を引き絞り木々が密集している場所に狙いをつけると、物陰からガサリと何かが動く音が聞こえ、それから間を置かずに声が返ってきた。

「ま、待ってくれ!今出ていくから…射たないでくれ!」


「…分かった、こっちからは攻撃をしないと約束するよ」

 グリンが弓を引くのを止めると、手で制するように二人に合図を送る。

 それを受けてジューロとリンカは武器に手を添えるのをやめると、ようやく一人の男が茂みからフラフラと姿を現した。


 その男は汚れたワイシャツと黒いズボンを身に付けていて、ボサボサした黒髪と無精髭を生やし、目の下にクマが目立っている。

 やつれた顔をしてる事から察するに、満足に眠ることが出来ていないように見えた。


「君は誰なんだい?見た限り、近隣の住人じゃなさそうだけど」

「…自分の名前はケンタと言います、ここの人間じゃないです」


「他所から来たのか、でも何でわざわざ森に居るんだい?…まさかここに住んでるとか?」

「それは自分でも、よく分からないと言うか…」

「?」


 グリンは首をかしげる。

 森に居る理由が自分でも分からないというのは変だ。

 ───何か言えない理由があるのか?

 例えば何かの罪を犯して隠れていたとか…、まさに今探している農地を荒らした犯人だとか?


 そんな考えが過ったが、ジューロはその疑問の他に気になる点が一つあった。

 ケンタと名乗った男の視線がずっとジューロに向けられているのだ。


 なんとなくケンタの顔立ちから懐かしさを感じるが、彼に見覚えはない。

 この国では見ない着物だから好奇の目を向けてる───というワケでもなさそうに感じる。


「おめぇさん、先ほどからあっしの事をずっと眺めてるようですが…。どこかでお会いしやしたでしょうか?」

 ジューロは相手が人違いをしているかと思い、目深に被っていた三度笠を脱いでみせた。

 髪の一部が赤く変色してニワトリのトサカみたいになった姿が露になる。


 その姿を見たケンタはガックリと肩を落とし、力無く独り言を呟いた。

「は、ははは…は。そりゃぁ日本人のワケ…無いよな…はは…っ」


 日本人───?

 いま確かに、日本人と言ったか?

「おめぇさん、ひょっとして…日ノ本の事を何か知ってるので!?」


 何か手掛かりを知る人物が見付かったかもと、ジューロは慌てて尋ねるが、男はそれに答える前に白目を剥いて倒れた。


「ぬお!?おぉい、大丈夫でござんすか!?」

 ジューロは慌てて駆け寄ると、倒れたケンタの身体を抱え起こす。

 見たところ怪我をしているようには見えないが、万が一の事もありえる。


 グリンとリンカも駆け寄ってきていたので、リンカにお願いして状態を調べて貰うことになった。


「えっと、空腹で倒れただけだと思いますっ」

 彼女の言葉と同時に、ケンタからグゥ~と腹の音が響く。


「さ、左様か。じゃあ何か食べさせれるものでもありやすかね?」

「お弁当は持ってきてますけど、できれば消化の良いものの方が…」

「ま!いったん戻ろうか、この人には色々聞きたい事もあるからね…。農地を荒らした犯人かもしれないし」


 そうと決まれば早い方がいいだろう。

「とりあえずあっしが背負いやしょう、他に何かが居ないとも限らねぇんで」

「わかった、周囲の警戒は引き続き僕が───」


 二人のやり取りの一瞬の間。

 微かにだが、カラカラリという音が森の奥から聞こえたのをグリンとジューロは聞き逃さなかった。


「グリン、今の音は…」

「うん、僕にも聞こえたよ。たぶん仕掛けられてた鳴子の音だ…」

 ジューロ達が入ってきた逆方向から聞こえてきたものだが間違いないだろう。

 囲むように鳴子が仕掛けられていたと考えれば当然のことか。


「それよりもなんだ…?この歪な臭いは…」

 鼻が利くグリンが緊張した面持ちで呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ