第三話【グリンの祖父、ノーザン村長】
グリンに案内され、彼の家までたどり着き、十朗たちは門の前に立っていた。
彼の家は、このラサダ村で見掛けた他の家屋と比べ、敷地も建物も一回り大きく、赤みがかった石造りの垣根に囲まれており、まさしく屋敷といった風情である。
「あの、ジューロさん…?もう降ろしてくれても、私は大丈夫ですから」
十朗はラサダ村に到着してからも、リンカの事を背負ったままであった。
まだ無理をして強がっている可能性もあるし、降ろすことに不安は残る。
しかし、村に入ってからは人の視線もあるから、それが彼女にとって恥ずかしかったのかもしれない。
「む?左様でござんすか、もし倒れそうな時はいつでも言っておくんなさい」
「うん、ありがとう」
リンカを降ろすと、ピィスに預けていた杖を彼女に渡してもらい、振分荷物も返してもらった。
「ピィスさん。手伝って頂き、ありがとうござんした」
「これくらい、別に大したことじゃないよ」
「そんなことないよ、ありがとうピィスくん!」
「いやぁ、えへへ…」
リンカにお礼を言われて照れているピィスを見ながら、十朗はラサダ村に入ってから見掛けた人々を思い返していた。
ここに来るまで、それなりの人数の村人とすれ違ったが、誰もが奇異の目を向けてきていた。
村で最初に出会ったような子供たちは好奇心から向ける視線であったが、大人たちはそれとは違い、不信感が露といった感じだった。
…十朗のしている格好が目立つせいでもあるのだろうが、グリンの言っていたように、余所者に対して警戒心が強いのだろう。
だからといって、理不尽に襲い掛かってくるような気配はない。
だが、身の振り方は気を付けるべきだと思った。
「じいちゃん、ただいま!」
門をくぐり、家の玄関を開け、グリンが中に向かって呼びかけると、奥の部屋から声が返ってくる。
「グリンか?おかえり、今日はやけに早かったな」
「あぁ、ちょっと色々あってね。その前に、お願いがあるんだけどさ」
「お願い?…何かあったのか?」
「旅の人なんだけどさ?ウチに泊めてあげたくて、連れて来たんだけど」
「旅の人だ?」
旅の人という言葉に反応し、明らかに不機嫌な声色に変わるのが分かった。
少しの間があり、その声の主であろう一人の獣人が玄関口まで出てくる。
どうやら彼がグリンの祖父らしく、顔つきはグリンと似ているように感じられたが、その顔は険しく、雰囲気はまるで違っていた。
「グリン、余所者と関わってはいけないと、散々言っておいただろう」
「いや、そうなんだけどさ?少し事情があって…」
グリンが事の経緯を説明しようとしたが、それには聞く耳を持たないと言った様子で、十朗達に向かい言葉を切り出してくる。
「すまないが旅の方、村から出ていって頂きたい」
「ちょっと、じいちゃん!」
十朗にとっては、想定内の言葉であった。
まだ日は高いし、ここから出ていく分には問題がない。
しかし、リンカだけは安全な場所に置いておきたいってのが正直な所だ。
さて、少し困った事になったな。どうしたものか…と考え始めたが、グリンが祖父に食い下がる。
「ピィスとソラの恩人なんだ、無下に扱うのはやめてくれよ」
「恩人…?どういう事だ?」
グリンの祖父がさらに眉間にシワを寄せ、更に険しい顔になりつつもグリンに聞き返す。
この仕儀に関して気になったようで、一応耳を傾けてくれるようだ。
グリンはこれまでの経緯を簡単に説明した。
村の外に出ていたピィスとソラがゴブリンに襲われていた事───
それらから十郎達が身を挺して二人を守ってくれていた事をだ───
その話を聞くとグリンの祖父は目を瞑り、しばらく考え込むように黙っていた。
彼が再び目を開くと、ピィスを一瞥し、確認をとる。
「…ピィス、この話は本当か?」
「う、うん」
「村の外に出るのを禁止しているのにか?」
「うん…勝手なことをして、ごめんなさい…」
ピィスはグリンに怒られていた時よりも更に、体を強張らせているのが分かった。
「あ、あの…ピィスくんは」
ソラが話に割って入ろうとしたが、グリンに止められる。
そういえば森でグリンに助けられた後、彼ら兄弟が問答していた時にも、ソラは何かを言おうとしていた。
これに首を突っ込むことはしないが、子供達も子供達なりの理由があったりするのだろう。
それはそれとして、グリンの祖父はピィスの件を後回しにするようで、改めて十朗達に話し掛けてきた。
「そうか…旅の人、世話になったようだ。だが余所者を村に入れないこと、関わりを断つことは、村長としてワシが決めた事なのでな」
口調こそ先ほどに比べて少しだけ柔和になったものの、やはりそこは譲れないといった感じである。
「じいちゃん、二人とも長居はしないって言うし…少しくらいなら問題ないだろ?」
「駄目だ、許可できん」
「でもさ?余所者がダメだって言うんなら、ソラの件だって…」
「だからこそだ、既にソラという特例を認めてしまっている。余所者を受け入れているだけで、既に面目も信用も潰れていることが分からんか」
この会話を聞いていたソラが、少し悲しげな表情を見せる。
ピィスがそれに気付いたようだ。
「そんな言い方はないだろ、ソラだって一緒に暮らしてきた家族じゃないか!」
先ほどまで体を強張らせていた様子から一変し、強い口調で祖父に訴えかける。
「家族か…。ピィス、たとえワシらがそう思っていたとしても、他からも同じように見えているとは限らん。子供には分からんかもしれんがな」
「わかんないよ!」
「感情だけではいかんのだ、責任を負うということはな。そもそも約束を破って勝手な事をしたお前に、口出しをする資格があるとでも?」
これにはピィスも言い返せず、黙って俯くしかなかった。
少しの沈黙の後、グリンの祖父はバツが悪そうに頭を掻くと、言葉を続ける。
「はぁっ…しかしだ、まったく…勝手にされてもかなわんからな。グリン、いいか?」
「あ、あぁ…。なに?」
弟の肩に手を置き、慰めようとしていたグリンが素っ気なく返事をする。
「ワシは何も知らなかったし、何も見てもいない事にする」
「ん?…それじゃあ!」
パッとグリンの顔が明るくなるが、それに釘を刺さんとばかりに語気を強めて言う。
「ふん、勘違いするな、この家は使わせないし、許可も出さん!しかし、余所者を余所者が匿ってしまっては、ワシも気付くことなど出来なかっただろうからな」
その一言を聞いて、真っ先に反応したのはソラだった。
「あのっ、それなら私の所に、お姉さん達を泊めてあげれば!…居候の私が言うのは、おこがましいですけど…」
グリンはソラの言葉に微笑んで返す。
「いや、それがいい。頼めるかい?ソラ」
「はい!」
グリンの祖父がソラに視線を向けて、やり取りを見守っていた。
ソラはその視線を感じたようで、ビクリと畏縮してしまう。
しかし十朗は、その眼差しに、どことなく温かさがあるようにも思えた。
「いいか?グリン!何か問題があった時は、村長の息子としてではなく、お前自身が責任を取ることだ。分かったな?」
グリンの祖父がビシッ!とグリンに指を差し、念入りに釘を刺している。
「分かった!ありがとう、じいちゃん!」
十朗は事の成り行きを見守る事しか出来なかったが、グリン達のお陰で話が纏まったようだ、本当にありがたい。
「あの、ありがとうございます。私はリンカ、あと一緒に旅をしてくれてる人がジューロさんって言います」
リンカがペコリとグリンの祖父に頭を下げ、お礼と自己紹介を述べた。
十朗もそれに合わせて頭を下げる。
「…ワシはノーザン。このラサダ村で村長をやっている…が、憶えなくていい。それにお礼なら、その子達に言うんだな」
「はいっ!ありがとう、ソラちゃん」
リンカがソラの目の前でしゃがむと、視線を合わせてお礼を言う。
「あっしからも礼を言わせて貰いやす、ありがとうござんす…ソラさん」
十朗もソラに向き直ると、頭を下げ礼を言った。
「えぁっ、その…あの…ど、どういたしまして」
ソラはどう応対していいのか分からないといった感じで、少し照れているような、慌てたような、そんな落ち着かない様子である。
その空気を断ちきるようにノーザンが咳払いすると、皆の視線を集める。
「重ねて言うが、村からは出来るだけ早く出ていってくれ…信用に関わるんでな」
それだけ言い残し、ノーザンは家の奥へと戻って行ってしまった。
ノーザンが完全に奥へ戻った事を確認すると、グリンが溜め息をついた後、最初に口を開く。
「二人ともごめん、見苦しい所を見せてしまって」
「いえっ、そんなことは…大丈夫ですよ!」
「うむ、村長さんにも立場がありやすでしょうし、承知しておりやすよ」
「すまない、じいちゃん悪い人じゃないんだけどね…。頑固なとこがあるっていうか、素直じゃないっていうか」
グリンが苦笑いを浮かべると、リンカも微笑み返して相づちを打つ。
「ふふっ、それは何となく伝わってきましたから」
確かにリンカが言うように、ノーザン…彼の祖父が悪人でないのは十朗にも充分伝わっていた。
ここに留まるための免罪符まで与えてくれた事を考えると、むしろ人が良いのではないだろうか?
「…さてと!ここで立ち話もなんだし、まずはソラの家まで案内しておこう。…いいかな?ソラ」
「はい!こっちです!」
ソラに案内され、玄関口から離れると、敷地内を移動する───
先に進んでゆくと、屋敷の裏手。そこに掘っ立て小屋があった。
簡素な造りではあるものの、手入れはしっかりとされているようで、粗末な印象は受けない。
むしろ十朗が知る平屋よりも立派に見えた。
「どうぞ、入って下さい」
ソラがカチャリと扉の鍵を開け、小屋の中へ皆を招き入れる。
一通りの家具や寝具は揃っているようで、内装は思ったよりも広い。
「じゃあ僕は寝具でも持ってこようか、あと二人分あればいいかな?」
「うむ?しかし、そういうのを勝手に持ち込んで良いのでござんすか?まずはソラさんの親御さんに挨拶して…、それから確認しねぇと」
十朗がそう言うと、リンカを除いた三人が硬直した。
何か不味い事を言った覚えはないが、明らかに空気が重くなったのを肌で感じる。
「あっ…いや、そうか…二人にはまだ説明してなかったな。え~っと…」
グリンが、どう言ったものかと言い淀んでいる。
…これは何か藪蛇をつついたか?
十朗は前に、リンカにも家族の事を訊ねたことがある。
リンカが両親を亡くしていたと聞いた、その時の気まずい思い出が頭を過っていた。
「…あの、自分で説明しますから」
ソラがそう言うと、グリンも申し訳ないといった感じで頭を掻く。
「私の、パパとママは行方が分からないんです…えと、色々あって…」
行方知れずとは…、のっぴきならない事情ってもんがあるのだろう。
話の流れとはいえ、また余計な事を聞いてしまったことを十朗は後悔した。
「なんというか、申し訳ござんせん。余計な事を聞きやした…」
「あっ!気にしないで下さい!捨てられたってワケじゃないですから」
きっと…と、ソラが言葉の最後に溢したのを十郎は聞いてしまった。
非常に気まずい…。
「ま、まぁそういうワケだからさ?とりあえずベッドとか持ってこようか?」
場の空気を察してくれたようで、グリンが再び言葉を掛けて話を変え、そういう提案をしてくれた。
「あっ…そうですね、どうしましょう?ジューロさん…」
リンカが十朗に相談する。
長居はしないから、後片付けのことを考えると、ベッドの用意までしてもらう必要はないのかもしれないが。
ここはしっかり休んでリンカには疲れを取って貰いたい気持ちもある。
…まぁ、彼女の判断に任せるのが一番いいだろう。
「ふーむ、そこはリンカさん次第でござんすよ。少なくともあっしのは必要ありやせん。ここで失礼しやすから」
「えっ!?あの、ジューロさんは一緒に泊まらないんですか…?」
リンカが驚きの声を上げ、焦った様子で訊いてくる
「ん??…いや、女性だけの家に寝泊まりする訳にもいかねぇでしょう」
リンカに警戒心が足り無さすぎて、十朗も流石に不安になってくる。
仮にリンカが良くても、ソラの事だって考えるべきだろうに…。
しかし、この十朗の言葉を聞いたリンカは、安堵の表情を浮かべていた。
「…あっ!そういう意味だったんですね!」
そういうこと以外にどういう意味があるか分からないが、伝わってくれたなら何よりだ。
「でも、ジューロさんはどうするんです?」
「あっしは軒下をお借りするか…まぁ、グリンさん達の迷惑にならねぇようにするつもりですが」
村の中を彷徨くワケにはいかないから、そこはグリンにお願いして、敷地内のどこか…とにかく邪魔にならない場所を借りるつもりであった。
「あの、別に私のことは気にしなくても大丈夫ですよ?」
ソラがそう言ってくる。
「ソラちゃんもこう言ってくれてますし、ジューロさんもここは遠慮せずに、ちゃんと泊まるべきだと思います!」
「いやいやいや!ちと待って…」
ご厚意は有難いんだが、そういうのは非常に不味い。
なぜなら十朗は渡世人…、所謂ならず者なのだ。
リンカには自分のことを、渡世人というのがどういう者なのかを、ちゃんと説明しておくべきだったのかもしれないと頭を抱えた。
このやり取りを見て、十朗が困っていることを察したのか、グリンが話に入ってくる。
「じゃあさ、ジューロさんは僕が預かるよ…確かにそこは考えが足りなかったからさ」
この申し出は有難かった、だが今度はグリンに負担が掛かるのではないだろうか?
「しかしグリンさん、村長さんの手前もありやすし、ご迷惑では?」
「ま!僕の責任預かりになったからね。そこは気にしなくて良いんじゃないかな、どう?」
このまま一人で野宿をすれば、リンカ達も余計に気を回してしまうかもしれない。
それに何より、グリンが助け船を出してくれたのだ、これに乗っておくのが丸く収まるだろう。
「ありがてぇ、お言葉に甘えさせて頂きやす」
「じゃあ決まりだね!…あっと、話を戻すけどベッドはどうしようか?」
グリンが改めてリンカに訊ねる。
「あっ、それは大丈夫です!敷物がありますから」
「そうか、もしも必要な時はいつでも言ってくれ。僕が居ない時は、ソラかピィスに頼めばいいからさ」
「ありがとうございます」
「いいよ、二人とも恩人だし、このくらいはね?ただ、食事までは用意できないけど…そこは大丈夫なのかな」
「はい、食料なら持って来てますから!」
「なら良かった」
そこまで言って、リンカがハッとする。
「…あっ、ところでジューロさん!今日の晩ご飯どうします?」
この一言を聞いた十朗は、改めて思った。
…リンカはどうにも他人の事ばかり慮るきらいがある。
彼女の性分なのか、何か理由があって彼女をそうさせるのかは分からないが。
あまり他人のことばかり気にかけてるようだと、リンカ自身が潰れてしまわないか心配になる。
「問題はありやせん、あっしにはこいつがあるんで」
前にイゼンサ村で貰った非常食をリンカに見せる。イゼンサ村のバジール夫妻が渡してくれたものだ。
これまで二日間、リンカとの野宿では、彼女が食事を提供してくれており、そのお陰もあって非常食には余裕がある。
「リンカさん、気を回してくれるのは有難てぇんだが…今日はゆっくり休んでおくんなさいよ?」
「はいっ!」
良い返事だが、本当に分かってくれたのか疑問だった。
とりあえず今後のことの相談も一段落といった所で、十朗はグリンに声を掛けられる。
「そうだ、ジューロさん」
「うむ?」
「温泉があるんだけど一緒にどうだい?まだ日は高いけどさ?」
「ほう、温泉でござんすか?それは…よござんすね!」
ここ三日ほど、行水もできていない。
それに、森での戦いで餓鬼…いや、ゴブリンとやらの返り血で少し汚れてしまっていたので、体を洗って着替えておきたかった。
それに、温泉は好きである。
「あのっ!!温泉があるんですか!?」
それに食い付いて来たのはリンカであった。
いきなりだった事もあるが、彼女の意外な反応に、十朗とグリンは面食らった。
そして、そんな二人の目が点になっていることに気付いたのか、リンカが顔を赤くして俯く。
「あの、ごめんなさい、急に大声出しちゃって…温泉に入れるなら私も行きたいなって…」
徐々に声が消え入りそうになっていったが、話を聞く限り、リンカも温泉に行きたいようだった。
「あぁ、ごめん!温泉は村の外にあるからさ。さっき見た通り、ゴブリン共が出てくる危険もあるから、女子供は連れて行けないんだ。…ジューロさんを誘ったのは、途中で荒事になっても、平気かなって思っただけで」
なるほど、グリンがジューロだけに温泉の話を切り出した理由が分かった気がした。
ゴブリンに襲われていた時の一幕を見て、村の外に出ても大丈夫な人かどうかを判断した結果、十朗なら連れて行っても問題ないと思ったのだろう。
「そうなんですか…」
リンカが肩を落としガッカリしているが、こればっかりは仕方がない。
実際あの時、グリンが助けてくれなかったら、リンカが危なかったの見ているからだ。
リンカは魔法とやらが使えるから大丈夫かもと踏んでいたが、あの場で魔法は使わなかった…いや、使えなかったのか?
どちらにせよ今回の件で、魔法もやはり万能ではないと再確認させられたし、森に一緒に行くのは危ういと思う。
温泉に行けないと肩を落とすリンカに、ソラが話し掛けた。
「お姉さん、お風呂でよければ準備してあげるよ?」
「えっ?お風呂あるの?」
ソラの言葉にリンカが目を輝かせる。
「うん!あのね、お屋敷の中に…あっ」
つい先ほど、ノーザンに「家は使わせない」と言われていた事をソラは失念していたようで、途中で思い出したのか言葉を途中で止めてしまう。
「…お風呂くらい良いと思うけど?」
そんなソラに声を掛けたのはピィスであった。
「ピィスくん、でも…」
「家は使わせないって言われてたけど、お風呂を使わせないとは言われてないでしょ?」
このピィスの台詞を聞いたグリンは、こめかみを押さえ、心底呆れたといった声を出した。
「その言い訳…通るかぁ~?」
「大丈夫、怒られるのは兄さんだけで済むから!」
「おいおい…」
「だって兄さん達だけ温泉って、ズルいじゃない?」
ピィスにそう返されたグリンは、腕を組んで一考すると、「…ったく、まぁいいや。分かったよ…」と言って、苦笑いを浮かべながらも折れる。
「やったー!ソラ、良いってさ!」
ピィスが悪戯っぽく微笑むと、それを見たソラは、少し戸惑ったような笑顔を浮かべ…。
でも少し嬉しそうに、グリンにお礼を言った。
「グリンさん、ありがとう!」
「ま!いいって、その代わり…風呂の準備と片付けはピィスがしろよ?」
ピィスの肩を掴むと、今度はグリンが弟に向けて悪戯っぽく微笑んでいる。
「うえっ?…うー、分かった!」
「あっ、なら私も手伝います!お風呂に入りたいのは私のワガママですから」
そう言って、リンカが名乗り出た。
どうやら疲れを取る為に来たのを、もう忘れてるようだ
この様子だと逆に疲労を溜めることになりかねない。
元の木阿弥になるならいっそ、十朗が手伝って風呂の準備をさっさと終わらせ、リンカには休んで貰った方がいいだろう。
そう考え、言葉を発しようとした矢先…、グリンがリンカを制止した。
「リンカさんは手を出さないでくれ、これは勝手に外に出たピィスへの罰も兼ねてるからさ?」
「えっ、でも…」
「…ま!水汲みくらいは僕も手伝っておくからさ」
グリンが気を利かせてくれているのが分かる。
「ふむ?水汲みなら、あっしも手伝いやしょう。そういうことは手早く終わらせて、温泉に行きたいでござんすからね」
「ん、そうかい?助かる!」
色々と助かっているのはこちらの方だ、これくらいはやらないと申し訳が立たない。
「それじゃ、準備が出来たらピィスに呼びに行かせるからさ、二人は待っててくれ。…じゃ、行こうか!」
グリンがピィスの首根っこを掴み、ずるずると引っ張って連れていく。
「また後でね~!」
そう言いつつ、ピィスは兄に引っ張られながら、ソラとリンカにヒラヒラと手を振り、別れの挨拶をしていた。
「じゃあ、リンカさん。またのちほど」
「あっ、うん!またねジューロさん!」
十朗はリンカとソラに会釈をすると、グリン達を追って、その場を後にした。
───グリン達と共に、再び敷地内を移動していくと、屋敷に隣接するように浴場があった。
故郷で見掛ける風呂とは似て非なるものだったが、概ね仕組みは同じようなモノらしく、早速準備に取り掛かる。
「兄さん、水は溜め終わったよ!」
「あぁ分かった、薪はここに置いておくから」
「うん!」
水汲み用の井戸が敷地内にあったこともあり、意外と早く準備を終わらせることが出来た。
「ジューロさん、こっちも終わったし、そろそろ行こうか?」
「うむ!承知した」
十朗は、隅に置いていた振分荷物と長脇差を再び身に付け、支度をする。
「ピィス!僕らはもう行くから、風呂が沸いたら二人に声を掛けてやってくれ」
「分かった~任せて!」
どうやら、火の番はピィスに任せるようだ。
「じゃ、行こうか!温泉まで案内するよ」
グリンも十郎と同じく支度を整えたようで、再び弓を携えていた。
「よろしくお願いしやす」
二人が出発する様子を見て、ピィスが元気に声を上げた。
「いってらっしゃい!二人とも気を付けてね~」
ピィスに見送られながら、グリンは手を振り、十朗は軽く会釈で返すと。
二人は温泉に向かう為、森へと入って行くのであった──