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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第五十六話

 

 無事に退院したジューロは、産業ギルド【インターセッション】の同僚達に大いに歓迎された。

 同僚達もジューロの状態のことは知っており、ずいぶんと心配していたのだという。


 ギルドへ戻ってきた時、驚異的な回復力と髪がニワトリを彷彿とさせる髪色に変化した事などを含めて驚かれたが。

 それよりなによりも無事に帰って来たことにギルドの人達が喜んでくれた事がジューロにとって嬉しかった。


「おおぅジューロ!!重症って聞いてたが、もう平気なのか?」

「三人とも滅茶苦茶がんばってたってな、姐さんに聞いたぞー」

「ともかく無事で良かったなぁ!でもあんま無理すんなよ?仕事は徐々にでかまわんからな」

 と、軽く揉みくちゃにされながらの歓迎だった。


 チーネの事についてはラティの指示でギルド内に箝口令(かんこうれい)が敷かれたらしく。

 ギルドで騒ぎを起した件も『不審者に襲われた』という形で処理したそうだ。


 今回の騒ぎを嗅ぎ付けたイコナ直属の騎士団もあの後ギルドへ来たらしいのだが、騎士団への説明は『不審者を魔法で吹き飛ばして追い払った』の一点張りで押し切ったらしい。


「しかし姐さん、良いのでござんすか?これってお上をあざむく事になるんじゃ」

「ウフフ、別に嘘は言ってないわよ」


「うーむ…。うむ!確かに…ぃ?」

 あの時チーネがしていた怪盗の格好は不審者と言っていいと思うし、ラティの言葉そのものに嘘はなかった。


「でも結構ムチャをしたんじゃ?病院に融通を利かせた事もそうでござんすが、内々とは言え箝口令とかも…無理を通しているように思えやすけど」

「別に良いのよ、代理とはいえ今のギルドマスターは私だし」


 どや顔をするラティを見て、やはり姐さんは頼りになるなぁ…とジューロは感心した。


「それに職権ってのはね、濫用する為にあるのよ?」

(───えぇ?)


 どや顔でとんでもない事を口走るラティを見て、ジューロは一気に不安になった。

 これって大丈夫なのだろうか?と思い、リンカに目配せしてみる。


 その視線に気付いたリンカがジューロに微笑み返して答えた。

「ふふっ、ラティ姉さんって少しヤンチャですよね?」

(───リンカさん?!)


 それはヤンチャの一言で流していいものだろうか?

 そういう考えが顔に出ていたようで、ラティはジューロを見て可笑しそうに肩を震わせ笑っていた。


「フフフッ、冗談よ?…とりあえずこっちの事は心配いらないわ、私に任せときなさい」

「そ、そうでござんすね。差し出がましい事を申しやした…」


「いいのよ、心配してくれる気持ちは嬉しいもの。ジューロ君は安心して自分の仕事に集中なさいな」

「恐れ入りやす」


 言ってはなんだが、この件はジューロには関わりのない事だし余計なお世話だったか。


 怪盗スパータに関する話や王都の内情こそ聞いてしまったが、それはジューロがどうにか出来る問題ではないだろう。

 なにより自身もイコナとやらに関わりたくもない。


 それよりも今は地道に働きお金を稼ぎつつ、日ノ本に帰る為の情報と方法を探すべきだ。

 そう思い直し、チーネに関わる件は考えないようにするのだった。




 ギルドに戻り、数日が経ったある日の事───


 早めに農作業を切り上げたジューロとグリンは、農地を荒らしている何者かの調査に取り掛かる為、納屋の中でその準備を始めていた。


 リハビリを兼ねて野良仕事に精を出し、体調も万全であることを確認できたこともあって、調査の依頼を改めて出されたというワケだ。

 ラティとしてもギルドを預かる者として、農業に勤しむ人達の不安は早めに取り除いておきたいという思いもあるのだろう。


 先の調査はしていたそうだが、それで分かった事といえば、農地に繋がる森の奥から夜な夜な妙な声が聞こえてくる…程度の情報のみで、害獣用の罠も幾つか仕掛けていたらしいが何も成果はあげられていないとのことだった。


 田畑に被害を出しているのがモンスターの類いである可能性も考慮し。

 森の深層部へ踏み込まなければならない調査は狩人兼レンジャーをやっていたグリンに任せ、加えて荒事に多少の心得があるジューロを同行させる事で不足の事態にも備える───


 というのがラティの考えなのだそうだ…。そこまでは良いのだが。


「…んで、なんでリンカさんまで準備してるので?」

 ジューロはグリンと一緒に支度をしているリンカに訊ねた。

 今回の調査は二人で行く予定になっていた筈で、リンカが同行するとは聞いていない。


「ふぇ?」

 キョトンとした表情でリンカがジューロを見返すと首を傾げてみせた。

 まるで付いていくのが当たり前だと言わんばかりで、何故そう聞かれたのか分からないといった感じである。


「いや…調査とはいえ危険かもしれやせんし、そもそも今回リンカさんが付いてくるとは聞いておりやせんけども」


 ジューロがそう言うと、話を聞いていたグリンが耳をピンと立てて驚いた。

「えっ、そうなの?僕はてっきりジューロが聞いてるものかと」

「えぇ…?」


 リンカがあまりにも堂々と一緒に準備をしていたので、グリンはそのことを疑問に思っていなかったようだ。

 ジューロとグリンが困惑し顔を見合わせた後、どういうことかと訊ねるようにリンカに視線を向ける。

 まさか独断で付いてくるつもりなのかと心配しての事だ。


「あっ、二人には話してませんでしたっけ?二人だけだと心配ですから、ラティ姉さんと話をつけて私も付いて行くようにしたんですっ」


「そうだったのか、それなら安心だね!」

「姐さんに頼まれたならまぁ…、んん?」

 ジューロはリンカの言葉に引っ掛かりを覚えた。

(───話をつけて??)


「えぇと、つかぬことをお聞きしやすが。頼まれた…じゃなくて?」

「はいっ!話はつけましたから大丈夫ですっ」


 リンカは胸を張って言うが、それってつまり無理やり同行する予定を入れたと同義ではないだろうか?


「あのぉ、リンカさん?道中あぶないかもしれやせんから…」

「だから私も行くんですっ、ちゃんと魔力も回復しましたから!」

 リンカは笑顔で腕まくりをして、力こぶのポーズをしてみせる。


「それにですっ、ジューロさんっていっつも死にかけてるじゃないですか!」

「うぐ…、そうでござんすかね?」

「そうですよ~、あぶない場所に行くなら私も居ないとでしょ?」


 確かにリンカと出会ってから三度ほど死にかけているが、だからといって考え方が少し過保護ではないだろうか?


 そんなジューロが言い返せない状況を見ていたグリンは隣で噴き出す。

「アハハハハハハ!」


「笑いごっちゃありやせんよ。リンカさん気持ちは有難てぇが、グリンも一緒におりやすし大丈夫でござんすって」

「そそ、僕もいるから平気だよ」


 グリンの言葉を受けたリンカは少し考え込んだ後、言葉を返した。

「でもグリンさん普段はポヤヤンとしてて…ぼんやりさんな所がありますし」

「えっ?僕?」


「ぬははははははは!」

 今度はジューロが思わず噴き出してしまった。


「ジューロさぁ、笑いすぎでしょ」

「いやぁ、すまぬすまぬ…」

 確かに笑っている場合ではない。


 そこそこ長い付き合いになって分かった事だが、リンカはわりと頑固な一面がある。

 でも彼女には危険な目に合ってほしくないし、何とか丸め込みたいとジューロは言葉を捻り出す。


「それよりも、リンカさん」

「はいっ!なんですか?」


「魔力が回復したのなら、あっしらより農作業の方を優先させた方が良いんじゃ…。魔法を使える人が居た方が作業効率も上がりやすし、より多くの人が助かると思いやすけど」

「それは大丈夫ですっ、仕事は別の日に組み直してもらいましたから!」


「さ、左様でござんしたか」

 意外と抜かりがなく、頭を抱えそうになる。


「グリン、どうしやしょう…」

「どうするって、ま!話をつけてるんなら良いんじゃないかな?」

「うーむ…」


 少し不安だが、別に戦いに行くワケではない。

 あくまでも依頼されたのは調査であり、何かの痕跡を見付け次第帰ってもいいだろうし、農地を荒らした何かの正体やその生息場所を突き止められたら運が良いくらいのものだ。


 それにモンスターや害獣を見つけたとしても、必ずしも相手にする必要はない。


「万が一の事がないよう、僕も嗅覚は研ぎ澄ませておくからさ」

「ん、頼みやす」


 二人の心配を露しらず、準備を終えたリンカが意気揚々とした様子で話し掛けてくる。

「二人とも~、準備は出来ました~?」


 ローブ姿に杖を持ち、リュックを背負った見馴れた出で立ち。

 その様子に少しだけ呆れはするが、彼女の張り切っている姿を見て、ジューロは少し微笑ましくも思えた。


「あっしは何時でも行けやす。ほら…リンカさんはリュックを貸して」

 道中合羽に三度笠、手甲脚絆を身に付けたジューロは、折れた長脇差を腰に差しながら返事をすると、リンカからリュックを預かり背負う。


「んじゃ僕も準備は終わったし…そろそろ出よう、行ける?」

 グリンも時を同じくして準備を終えたようで、皮で鞣した胸当てと腰巻きで身を包んでおり、背中には弓矢一式を担いでいた。


「うむ!参りやしょうか」

「はいっ、頑張りましょう」

 三人が納屋を後にし、農家の人達やギルドの仲間達に挨拶を済ませると。


 農地を荒らす何かが潜むであろう森へ、足を踏み入れてゆくのであった───


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