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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第三章】悪意に蝕まれゆく日常
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第五十二話

 早朝───


 王都にある大きな森林公園。そこに女性だけで構成された集団がいた。


 防具としての機能を備えてなさそうな見た目の鎧に身を包み、腰に剣を備えている。

 彼女達は、女神の使いオウノ・イコナ直属の騎士団だ。


 朝方であれば静かな公園が、騒がしさに包まれている。

 普段なら朝焼けに照らされ、美しい光景が広がる森林公園であるが…今は様相が違っていた。


 石畳の散歩道はヒビ割れ、へこみ。周囲の木々も薙ぎ倒されており、斬撃の痕も目立つ。


 酷い光景だが、その中で最も酷い状態だったのは戦勝記念像であった。


 女神とその御使いオウノ・イコナを讃え、建てられた像…それがバラバラに砕け、石で出来た首が仲良く転がっている。


 誰がこのような事をしたのか?

 その犯人の痕跡が残っていないか?

 それを捜査する為、騎士団達が集まっているという訳だ。


 森林公園には、騎士団以外にも一人、この状況を苦々しげに見ている影があった。


 華やかな仕立てのクラシカルなワンピースに身を包み、黒髪のセミロング。

 顔立ちは幼いが整っていて、美少女と言えるかもしれないが、その目付きは吊り上がっていて苛烈な性格を表しているようだった。


 彼女の名前はオウノ・イコナ。

 女神の使いと呼ばれる者で、この世界の人間ではない。


 元いた世界で死んだ後、女神という存在に肉体と特殊能力【神薬】を与えられ、この世界へとやってきた。


 彼女の持つ特殊能力、それはあらゆる怪我や病気を治す…だけではなかった。

 相手の体内で神薬を生成すれば、溶かし殺す事も容易だし、人に飲ませれば意のままに操ることも出来る万能の能力だ。


 その能力を使い、怪盗スパータを操り、人を襲わせ、冒険者が行方不明になる事件の犯人に仕立て上げる…という計画を立てていたのだが。


 ───途中で計画が狂った。


 原因は不明だが、怪盗は神薬の支配から一時的に逃れ、騎士団が行方を見失ったのだ。


 その後、再び怪盗に飲ませていた神薬に反応が起こり、移動場所は特定できたものの、それもすぐに消えてしまう。


 予定外の結果、何が起こっていたのか確かめる為。神薬が最後に反応を示した場所…森林公園へと、女神の使いイコナ自らが赴いているという訳だ。


「イコナ様!」

「……何か分かった?」


 騎士団長に声をかけられ、イコナは不機嫌さを隠そうともしない声で返事をした。


「はっ!大量の血が付着している場所がありまして」

 団長は姿勢を正し、報告を始める。


「血?」

「こちらです」

 団長に案内されイコナが脚を運ぶと、破壊の形跡が一番大きい場所へとやってきた。


 地面は黒く変色していて、血の跡であることが見て取れる。


「ふーん、血の跡ね。目撃者はいないの?」

「そちらは目下調査中ですが…。イコナ様、これを見て下さい」


 団長が部下に目配せして合図を送ると、その中の一人がうやうやしくイコナの前に跪き、何か金属片のようなものを差し出した。


「この近くに、このような物も落ちていました。どうやら刃物の先端のようですが…」


 戦勝記念像を破壊した犯人、その手掛かりになるモノかもしれない。

 イコナはそれを指でつまんで受け取ると、鋭い目を益々吊り上げ呟いた。


「刀の先端ね」

「カタナ?」

 団長は初めて聞く言葉に疑問の表情を浮かべる。


「そうよ、私が元々いた世界の武器」

「でしたら、イコナ様のような女神の使いが現れたのでしょうか?」


「ハッ、違うわよ。女神からそんな話、聞いてないし」

 イコナはバカにするように鼻で笑ったものの、何か思い当たる事があったのか、一瞬だけ考えついて、ハッと真顔に戻った。


「…っあァー、ひとつ思い出したわ。私たちに敵がいるってこと」

「敵ですか?」


「そう、女神の許可なく、別世界から侵入してくる敵がいるらしいのよ。俗に言う転移者ってヤツかしら?女神は転移者の事を【異放人】とか言ってたけど」

「異放人…」


「今回の一件、その異放人が絡んでると見て間違いないわ」

 イコナの言葉に騎士団達がザワめき立った。

 別世界からの敵と聞き、不安を口にする者や猛り立つ者と反応は様々だ。


「みな、落ち着きなさい!」


 その様子を見ていたイコナが騎士団達に一喝する。

 先程までのザワつきが嘘のようにピタリと止み、騎士団達の視線がイコナへ注目が集まった。


 イコナは小高くなっている瓦礫の上に登り、騎士団達を見下ろすと、そこにいる全員に見えるように、指でつまんでいた刃に生成した神薬を垂らし始める。


「どんな敵が現れても、私の敵じゃない。それは先の戦争でも証明してきた!」


 神薬を垂らされた刃は、腐るようにグズグズになり、そのまま地面に落ちると、ジュワ…と音を立てながら溶け崩れてゆく。


「この私に導かれ、選ばれし騎士団達よ!女神の加護、正義の名の元に、再び勝利と栄光を!そして邪悪なる敵に、神の鉄槌と天罰を!この国の…いえ!この世界の平穏は、私によって未来永劫守られ続けなければならない!」


 溶け崩れた刃を踏み潰し、イコナは高らかに声を上げる。

「だからどんな敵だろうと恐れるな!悪を裁けるのは私たちしかいない!」


 この宣言によって士気が高まり、騎士団達は「イコナ様!」「イコナ様!」「イコナ様!」と、まるで大合唱のようにイコナを讃え始めた。


 その歓声を浴び、イコナは満足そうに口角を上げニヤリと笑みを溢し手をかざす。

 するとどうだろう、かざした手の中に突如として剣が現れたのだ。


「まずは別世界から来た敵…異放人を捜索せよ!見つけ次第、私が直々に葬ってあげるわ」


 現れた剣を天に突き上げ、演説するイコナのパフォーマンスに周囲の騎士団達が盛り上がりは最高潮に達した。


 そんな中、おずおずと団長がイコナに訊ねる。

「しかしイコナ様。異放人とやらを探すにしても、今は何も手掛かりが…」


「手掛かりなんて無くても探しだすのは簡単よ、武器を持ってる人間が行く先なんて冒険者ギルドくらいのものでしょ?」

「冒険者ギルドですか」


「そうよ、冒険者ギルドの名簿を持ってきなさい、私が目星をつけるわ。武器を破損している冒険者も洗い出しておくこと、これですぐに見付かるわよ」

「なるほど、流石はイコナ様」


「それと武器屋も見張らせておくことね。刀が折れたなら、武器を新調しに現れるのは間違いないわ」

「はっ!ただちに!」


 団長が指示を出すと、少しの人員と団長を残し、一部の騎士団員は森林公園を後にした。


「イコナ様、あとは怪盗スパータの件ですが…」

 部下達が見えなくなると、団長が話題を切り替える。


「こちらはどう対処いたしましょう?怪盗の行方は…見失ってから分からず仕舞いですが」

「はァ、そうね。私も神薬の反応を追ってみたけど、公園での反応を最後に途切れてるのよ。そこから考えられる事は二つ、怪盗が死んだか、私の神薬を取り除かれたか…」


「大量の血液が怪盗のモノとするならですが、もう死んでいるのでは?」

「それなら面倒事が一つ消えて、都合がいいんだけどね」

「何か気になることでも」


 イコナはバラバラに砕けた戦勝記念像に視線を移すと、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「死体が出てない事もそうだけど。よりにもよって戦勝記念像…、これを念入りに壊されてるのが気に食わないのよ」

「確かに、わざわざ像を壊すとは…。これって異放人の宣戦布告でしょうか」


「…あァ、それだけだったらいいけど、像に埋め込んでた【女神の卵】も見当たらないのも気がかりね」

「女神の卵?」


「話してなかったかしら?信仰心を集める事で加護と結界を作り出す神聖な卵。それを像に仕込んでいたのよ」

「そんな重要なモノが…」


「戦勝記念像を置いておけば、民衆は私や女神を崇めるでしょう?その中に女神の卵を埋め込んでおけば、信仰心を卵に集めやすくなるって考えてたんだけど…。クソが、やられたわね」


 イコナは舌打ちをし、再び不機嫌になる。

「コレの準備が出来たら、港町にも安全に攻め込めたのに…。造り直さなきゃいけなくなったわよ」


「イコナ様。もし異放人の狙いが女神の卵なら、他の像も狙われるのでは?」

「そうね、人の目がない場所は重点的に見張りを立てておきなさい」

「はっ!」


「あと怪盗の件だけど、そっちは新聞屋を使いなさい。見出しはそうね…」

 イコナは団長を近くに招くと、耳打ちをした。


「しかし、それだと怪盗が生きていた場合───」

「問題ないわ、仮に生きていて姿を現したとしても。私が仕掛けた情報の罠に、まんまと掛かって姿を現した…って事にするだけよ」


「なるほど、流石はイコナ様!そこまで考えているとは…。早速、仰せの通りに」

 団長はうやうやしく頭を垂れると、残った部下に指示を出し動き始める。


 イコナはそれを見届けると、砕けた象を見下ろしながら「フン!」と鼻を鳴らした。


「港町に追い出した騎士や貴族の処理は後回しになるけど。…まァいいわ」


 イコナが再び手をかざすと、今度は突如として拳銃が現れる。

 そして空に向かって一発撃ってみせた。前哨戦の号砲代わりというやつだ。


「たまたま転移してきただけの異放人、女神に選ばれなかった劣等種かァ。どの程度の敵なのかしらねェ」


 銃口に残った煙をフッと吹き消しながら。イコナは薄ら笑いを浮かべて呟くのだった────


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