第五十一話【二章最終話】
ラティが最初にチーネに問い質した内容。
それは「誰に操られていたのか?」というものであった。
「チーネ、話せるわよね。誰がアンタを操ってたの?」
「………言えない」
ジューロ達がワイワイやっていた時は笑っていたチーネだったが、ラティの質問には口をつぐんだ。
「ふーん、ひょっとして私がアンタを追い出したこと、まだ根に持ってる?」
チーネは答えず、そっぽをむいた。
少しだけの沈黙…。しかし、リンカの言葉がそれを破る。
「あのっ!ラティ姉さんは…ちーちゃんが怪盗だったこと知ってたから、追い出すしかなかったんです」
少し早口で説明するリンカだが、それは誤解を解きたいという気持ちからだろう。
「あのままギルドに置いとくと、騎士団と揉め事になるのは避けられませんし…、最悪の場合、引き渡しだってあったんですっ!王宮の命に叛くワケにもいかないから、ちーちゃんを逃がす為にわざと───」
「リンカ、いいから」
興奮気味に喋るリンカをラティが制止する。
「姐さん、本当?」
話を聞いていたチーネがラティに訊ねた。
「…半分はね?でもアンタだけの為じゃないわよ。組織を預かる者として、他のギルドメンバーにまで迷惑をかけるワケにはいかないの」
「でも、それなら私に教えてくれたって…」
「懲罰として追い出したっていう事が重要なのよ。それに教えたって、アンタにケンカ別れの芝居は無理でしょ?」
痛いところを突かれたのかチーネが再び黙る。
「もう!こっちの事はどうでもいいのよ。質問してるのは私の方。チーネ、アンタは誰に操られたの?」
「………やっぱり言えない」
再びラティが問うが、チーネは頑なに答えようとしなかった。
「どうして?」
「巻き込みたくないから…」
「関わるかどうかの判断は私たちがするわよ、それでも話せない?」
チーネは無言で頷く。
「ふーん、そう…」
チーネの反応を見たラティは、唇に指を添えて考える。
「…じゃ、私なりに推測させてもらうわ。勝手にね?」
そして何かを思い付いたのか、指をパチンと鳴らした後、話し始めた。
「チーネ。アンタを操っていたのは、女神の使いオウノ・イコナ…でしょ?」
ラティが断言するようにキッパリと言う。
何故ここでイコナという名前が出てくるのか?と、ジューロ達は疑問符を浮かべるだけだったが。
そんな中、チーネだけはピクリと反応し、視線を泳がせながら狼狽し、慌てて聞き返す。
「ど、どうしてそう思うワケ!?」
「そうね、一つは怪盗の活動。イコナ関連の施設を狙っていた事も探りを入れる為…って所かしら?実際に私がアンタを目撃した場所も王宮内だし、狙いとしてはバレバレ。だから、嗅ぎ回っていた所を捕まったって不思議じゃないわよね」
ラティはチーネのベッド横に置いてある椅子に腰を掛けると、足組みをした。
「もう一つは、グリンから聞いた話だけど路地裏の一件。その場に居合わせた騎士団の事も…偶然にしては出来すぎじゃないかしら?まるで最初から分かってたみたいな…」
ジューロは黙って聞いていた。
森林公園でジューロが重傷を負った時は流石にラティといえど取り乱していたが、普段の冷静な彼女は頼りになる。
推測がどれほど当たってるか分からないが、それなりに核心はついているかもしれない。
実際チーネの顔は焦燥に塗り固められていて、反論しようにも言葉が出ないのか、口をパクパクさせている。
「チーネ、アンタはさっき巻き込みたくないって言ってたけどね…。私はこれ以上、巻き込まれないようにする為に情報を知っておきたいの。何かあった時に動けるようにね」
ラティは優しく諭すものの、やはりチーネは答えなかった。
何か喋ることを迷っているようにも思える。
静まりかえる中で、最初に口を開いたのはリンカだった。
「ちーちゃん、ラティ姉さんの言ったことが当たってるかどうかは分からないけど。何か知ってるなら答えても良いんじゃないかな…」
グリンも同じ考えのようで、リンカに同意するように頷く。
「僕も話した方が良いと思う。…というより、黙っててもさ?チーネが隠してることは、遅かれ早かれ分かっちゃいそうな気がするんだけど」
ここでチーネが黙ったからといって、ラティが追求をやめる事はないだろう。
チーネは気付いていないようだが、ラティからわずかな憤りを感じている。
ギルドのメンバーが傷付けられた事もあるだろうが、チーネが操られていた事に対しても怒りを滲ませているのが分かるのだ。
「そうでござんすね。チーネさんの足取りを追おうとすれば、おのずと真相に辿り着くでござんしょう」
もし、ラティが真相を知りたいのであれば、彼女に協力するつもりでいる。
実際、ラティが言うように置かれている状況を知っていた方が対策が打てるだろうし、それに巻き込まれる可能性も低くなると考えたからだ。
「例えば、冒険者ギルドの裏にあるというゴミ捨て場…。そこにチーネさんが出入りしているという話も聞きやした。そこを探れば何か情報が出てくる可能性がござんすよね?」
ジューロの一言でチーネが固まった。
ラティはまだこの話は聞いていなかったのか「ゴミ捨て場?」と不思議そうに首を傾げる。
「あまり探られたくないなら、ここで話しておいた方が良いかと思いやす」
三人がチーネに話すよう促すものの、やはりチーネは迷っていた。
そんなチーネを見て、ラティが何かを察したのか再び口を開く。
「…なるほどね、少し見落としてたけど。これでも迷いがあるなら他にも理由があるのかもね」
「ふぅむ、というと?」
「例えば、怪盗の仲間がいる…って可能性。これまでチーネが単独で行動してたと考えてたけど。仲間がいたら話は別よ、独断で秘密を話して良いか分からないとかね」
「なるほど…」
「考えてみれば、チーネの身のこなしも素人のそれじゃなかったし、師事した仲間がいると考えた方が自然だわ。一朝一夕で身に付く動きとは思えないし」
「操られてたからあれだけの動きが出来た可能性もあるけど…」と、付け加えるが。
ラティの読みは当たっているように感じた。
「いや、リンカさんの部屋に入って来てた時も同じような身のこなしっぷりを見せておりやしたんで、あれはチーネさん自身が身に付けたモノで間違いないかと」
ジューロの言葉を受けて、ラティはまた思考をめぐらせる。
「…でもま、私の推測が当たってる前提で進めても仕方ないわね。この話はいったん私に預けてくれるかしら?」
ジューロは黙って頷きかけたが、リンカが割って入った。
「ラティ姉さん!あのっ、ちーちゃんを心配してる人がいて…。無事だったことは伝えておきたいです」
「そんなことも言ってたわね。分かった、そっちにはチーネに手紙を書いてもらいましょうか」
「手紙ですか?」
「ええ、直接会わせたいのは山々だけど。しばらくチーネにはここに居てもらうわ」
「にゃっ!?何で!?」
「アンタが私の質問に答えないのに、私がアンタの質問に答える義理はあるのかしら?」
「うぐぅ…」
「チーネ。追求しないかわり、しばらく勝手な行動は禁止!アンタが話したくなったらその限りじゃないけどね」
チーネからすれば八方塞がりの状況だろうが。ラティの事だから何か理由があって行動を縛るっているのだろう。
「というワケで!ジューロくんが退院するまではチーネもここに居てもらうから、監視よろしくね?」
「む?よく分かりやせんけど、頼まれやした。でも、勝手に決めて良いのでござんすかい?」
「ガイモン先生には話を通しておくから大丈夫よ。それじゃ、私たちはそろそろ帰るわ。ジューロくんの無事も確認出来たし」
ラティが一通り話終えたのを見計らい、フレッドは持ってきていた荷物をベッド横に置いた。
「着替え持ってきておいたぞ。ジューロの着物はよく分からないから、テキトーにだけどな?」
「おぉ、ありがとうござんす!」
「そのうち見舞いにも来るよ、なんか暇つぶしになりそうなモノとか持ってさ」
ニカッと笑うフレッドに、ラティが声をかける。
「フレッドー、行くわよー?」
「へーい!じゃ、またな!」
二人は手を振りながら病室から出ていく。
それを見届けたチーネが頭をかきむしり、「にぁあぁああ!」と悶えた。
少し可哀想と思わなくもないが、ラティの立場も分かるので仕方ないだろう。
リンカとグリンも含めて哀れみの視線をチーネに向けていると、扉の方からラティの声が聞こえた。
「あ!念のために言っておくけど!」
帰ったと思ったラティが、扉から顔を覗かせている。
「万が一逃げようものなら、今度は容赦なく追求するからよろしくね?」
言いたいことを言い終え、ラティは今度こそ帰路につく。
ダメ押しの一言に呆然とするチーネに対しては、誰も言葉を掛けれなかった。
「ま!なんにせよ、みんな無事で良かったよ」
グリンが発した言葉。それは沈黙を破る為の他愛ないものだったが、ジューロには染み入った。
怪我人は多く出たし、それに対してどうするかなど、チーネ自身の問題は山積みだろう。
だけど、今こうして無事に生きていることは尊いことだ。
「ですねっ!ちーちゃんも無事でしたし、ジューロさんも…怪我は酷いですけど。魔力が回復したらキレイに治してあげられますから!」
「頼りにさせて貰いやす」
「はいっ!任せて下さい!」
三人が和気あいあいと話す中、チーネは複雑な顔を見せていた。
話せない事、抱えている不安があるのだろう。
わずかでも不安を取り除けないかと、ジューロとグリンはチーネに声を掛ける。
「チーネさん、何の問題を抱えてるか存じやせんが。今は無事だったことを喜びやしょう」
「そうそう、僕で良ければ協力するからさ?…悪いことは別としてね」
この件は、まだ明らかになっていないことが多いが、ラティも何か考えがあるようだし、きっと何とかなるだろうと、ジューロは気軽に考えていた。
「そ、そーだね!……うん、ありがと」
チーネの言葉に三人は目を丸くして固まる。
「ど、どしたの?三人とも…」
その様子にチーネは動揺し、何事かと訊いてしまった。
「えっ、えっと。ちーちゃんが素直にありがとうって…」
「だね。ちゃんとお礼言えるんだって、少し意外というか…」
「ひょっとして、まだ操られてるんじゃあござんせんかこれ?」
三人が口々にチーネへの評価を語る。
言葉の嘘を見抜けるチーネは、それが全部本当にそう思って言っている事が分かるのだろう。
「ちょっとー!流石に失礼じゃにゃーい?!」
虚しい怒りの声が病室に響き、それに対し、ジューロ達は苦笑いを浮かべる。
何時もの調子に戻ったチーネに内心安堵し、またワイワイと話し出す。
ようやく平穏な日常に戻れた気がした。
しかし、この時のジューロ達は、王都全体を巻き込む大きな事件に関わる事になろうとは…知る由もなかった────




