第四十九話
───和やかな空気が流れる中で、ジューロは幾つか気がかりな事を思い出した。
「ぬあ、そうだ!姐さんやフレさんにも礼を言わねば。お二人はどこにおりやすかね?」
「えっと、二人とも今は居ないです…」
「ジューロの容態が安定した後に帰ったよ、ギルドメンバーにも色々と話しておかないと…ってさ」
「夜も遅かったですし、姐さんを一人で帰らせるワケにもいかないからって、フレッドさんも一緒に」
「左様でござんすか…」
「野次馬も多く来てたからね。あの騒ぎで騎士団が来ないとも限らないし、色々と対応しないといけないのかも…」
「ふぅむ、なるほど」
ラティはギルドマスター代理として、責任のある立場だ。
今ギルドがどういう状況になっているか分からないが、責任者があの場に居ないのはマズイかもしれない…と何となく思った。
何せ今回、チーネの件もからんでいる。
だが、ギルドの事に関しては、ジューロは何も出来る事はない。
しかし心配もいらないだろう、ラティは聡明な人だ、そこは上手く立ち回ると思う。
「ところで、チーネさんはどうなりやしたかね?」
もう一つ気になるのはチーネの件だ。
あの後なにかあったのなら、のんびりと会話どころではないハズだから、彼女が無事なのは確かだろう…と思う。
問題は今、どういう状況にあるのかということだ。
本人の意思では無いとはいえ、チーネはギルドメンバーや冒険者の二人に怪我を負わせた。
それについても思うところがあるし、操られたであろう経緯についても聞いておきたい。
「ちーちゃんは…、そのぉ」
「うん…」
リンカとグリンの視線が、ジューロの対面に置いてあるベッドに向けられた。
「ぬ?」
ジューロは首をもたげ、二人が向けた視線の先を見る。
そこにはベッドの上で縮こまり、黙ってこっちを見ているチーネの姿があった。
「ぬわぁ!?…いたのでござんすか!?」
あの落ち着きのないチーネが、借りてきた猫のように大人しくしている。
猫のような顔をしているからそう感じただけかもしれないが、その態度にジューロは驚いた。
「いたなら声くらい掛けておくんなせぇよ、まったくもー」
ジューロは不平を言葉にしてみるが、それでもチーネの反応が鈍い。
「ん?…チーネさんも何か、怪我でもしやしたかい?」
その様子を訝しみ、ジューロが訊ねてみると、チーネは顔を横に振る。
そしてボソリと小さな声で、チーネが一言つぶやいた。
「ごめんなさい…」
「な、なんが?」
「その…、怪我とか…」
どうやら、あの時の出来事は覚えているらしい。
黙っていたのは気まずさからか、話に入る事に躊躇していたということだろう。
「あー、こいつぁ別に…。ウネウネした化物にやられたやつなんで」
「う…」
このまま黙られても困ると思い、気にしないよう声を掛けたのだが…チーネは言葉に詰まり、うつむいてしまった。
「うぅむ、参りやしたね…。色々と事情を聞きたいのでござんすが───」
チーネはメンタル的にダメそうなので、ジューロはリンカ達に話を振る。
「あっしが寝てる間、もう皆で話はしてたりとか?」
「ふぇ?…あ、いえ!まだ何も話せてないですっ」
「ジューロの事も含めて、それどころじゃ無かったからね…」
「左様でござんすか、んじゃあ…」
もたげていた頭を枕に落とし、ジューロは目を瞑った。
「あっしは二度寝しやすね、おやすみなせぇ」
「ちょっ、ジューロさんっ!?」
「寝るの!?」
リンカとグリンから突っ込みが入る。
「いや、だって…話をするなら姐さんやフレさんが来てからで良ござんしょう?」
「いやま!そうだけどさ?」
「それになんか…起きたばかりでござんすが、まだ眠いんで…」
「あー…ハハハ、薬が効いてるのかもね。安静にしとく分には良いのかな?」
「うむ、なので寝やす…。リンカさんも、ちゃんと寝るのでござんすよ?」
「なんでですか!」
「なんでって…、リンカさんも疲れた顔しておりやすし…」
「ジューロさんの容態が急変したらどうするんですっ!?」
「いや、流石にもう大丈夫でござんすよ!?それに万が一があっても、グリンと…ほら、一応チーネさんもおりやすし。リンカさんが看てなくともね?」
ジューロがそう言うと、リンカは不服そうに頬を膨らませた。
「そーかも知れませんけど、…やっぱり私じゃ頼りないですか?」
「ぬう…?なんで?そんなことはありやせんけども」
少し話が噛み合ってない気がして、ジューロは首をひねり、不服そうな理由を自分なりに考えてみる。
もしかしたら彼女は「頼りにされてない、役に立ててない」などと考えているのだろうか?
リンカが献身的なのは、今までの事から良く承知しているが、その性質がダメな方へ向いてる気がする。
何が彼女を突き動かしているのか分からないが、それはジューロにとって心配の種でもあった。
「あっしは心配してるだけで…、リンカさんはもっと人を頼った方が良うござんすよ」
知る限りだが、彼女はあまり誰かに頼るということをしない。
何でもかんでも、自分でやろうとする傾向が強いように思う。
「おめぇさんはどうにも、人の事ばかり気に掛けすぎなんで…。おもんぱかる心はリンカさんの良い所でござんすが、限度ってもんが───」
「それを言うなら、ジューロさんだって…」
「あっしは頼っておりやすし、いつも助けられておりやすよ」
ジューロがこうして生きてるのも、リンカやグリンに頼ってきたからだ。
それにリンカやグリンだけではない。以前、立ち寄る事になった獣人の村…ラサダ村でも、ジューロは人に頼りきりだった。
情けない話だが、そこで出会った子供達にすら頼り、実際に助けられている。
「むー!」
リンカは納得してない表情だ、ジューロの言葉を嘘だと思っているのかもしれない。
しかし幸いな事に、嘘を見抜けるチーネがそこにいる。
「…チーネさん、あっしの言葉に嘘はねぇでしょう?」
チーネは会話にこそ入ってこないが、聞き耳を立てているのは分かる。
獣人の場合、本当に耳を立てるから分かりやすい。
「えっ…あ、うん。正直に話してる…。と、思う」
急に話を振られたチーネは戸惑いつつも、ちゃんと返答をしてくれた。
「と、いうわけなんで。だからまぁ、リンカさんだけが気を張る必要はござんせん。…心配してくれるのは、本当に嬉しく思っておりやすが」
ジューロの一言を聞いてから、リンカはチラリもチーネを見やる。
チーネが頷き、これも本当だという意思表示を示すと、少しは納得してくれたようだった。
「あ、それとも。チーネさんを信用してねぇのでござんすかね?」
「ええっ!?いや、そんなこと…」
ジューロがニヤリと笑いながら言うと、リンカは慌てたように否定した。
だが、その言葉が聞こえないフリをして、ジューロは話を続ける。
「でも、イマイチ信用できねぇのは分かりやすよ?チーネさんは、あっしの体調が悪くなっても、放っておいて逃げだしそうでござんすからねぇ?」
「さ、流石にそんなことはしないにゃ!」
チーネはジューロの意見に異議を唱える。
「本当でござんすかぁ~?『合わせる顔がない~』とか言い出して、気付いた時には病室から消えてた…とか!ありそうじゃ…ござんせんかねぇ?」
「ニャぐふっ!」
これがチーネにとって図星だったのか、ぐうの音を上げた。
「あ、やっぱジューロもそう思う?」
グリンもジューロと同意見のようである。
そして、他にも何か話したい事があるのか。グリンは少し考えた後、再び口を開いた。
「あのさ、チーネ。…もう話しちゃうけどさ?男女で同じ病室に入ってるの、おかしいと思わなかった?」
「…へ?」
チーネはキョトンとして分かっていない様子だったが、話を聞いていたリンカは「言われてみたらそうかも…」と、違和感に気付いたようだ。
「姐さんの意向でね、同じ病室にしてもらったらしいよ?どうせ個室だと逃げ出すからってさ」
「えっ!?ちーちゃん、逃げるつもりだったんですか!?」
「し、しにゃい!逃げない!!」
リンカに食い付かれ、チーネが慌てて首を横に振った。
「ま!可能性の話だからね?後は、聞こえは悪いけど…。怪我したジューロを見せておけば反省もするし、無責任に逃げ出しにくくなるだろうってさ?」
「へー!姐さん割りと鬼でござんすなぁ…」
「あ、最後のはフレさんのアイディアだから」
「あぁ、なるほど…。鬼か?」
「ハハハ…、ま!だからさ、チーネは看てくれると思うよ。責任感に関しては信頼してるんじゃないかな?」
チーネはというと、この話を聞いて両手で頭を抱えている。
…何にせよ、釘を刺せたのは良いことか。
まぁ、逃げた所で追跡するまでだが…グリンが。
「じゃ、大丈夫そうでござんすね?安心してチーネさんに頼りやしょう」
「だね!じゃ、チーネよろしく!僕も寝るから」
「リンカさんも、今度こそ寝るのでござんすよ?二度寝は気持ちいいってもんで」
「えっ?えっと…、分かりました!じゃあ私も寝ますから、ちーちゃん後はよろしくですっ」
三人が言うと、チーネは悶えた。
「ゔにゃああぁぁ!!?」
少しだけ哀れに思うが、一番元気がありそうなのもチーネだから仕方ない。
ジューロは言わずもがなボロボロ。
グリンは血を分けていて少しダルそうだし、リンカも魔力はまだ回復していないように思う。
ここはチーネに遠慮なく頼ることにして、ジューロは目を瞑り、二度寝を決め込むのであった───




