第四十八話【緊急病院と頭髪の変化】
フレッドはジューロを背負い、森の中を駆け抜ける───
カーバイドランプの明かりが周囲を灯しているおかげで、スルリスルリと木々を縫い、順調に進んで行けた。
「ご迷惑を、お掛けしやす…」
申し訳なさそうに喋るジューロに対し、思わずフレッドは苦笑いを浮かべる。
「水くさいな、俺は先輩なんだぜ?それに…アウトロー同士のよしみってヤツだ、気にするな」
ジューロとフレッドは、互いを無法者だと知っている。
産業ギルドで働くようになってから話を交えることも多く、色々と身の上話を喋る機会もあったからだ。
しかし、アウトロー同士のよしみって何だろうか?
少しおかしくなり、思わず笑ってしまう。
「ぬはは…、いっ…」
「おいおい、あんま喋んなって!そろそろ着くからじっとしてろよ?」
かつてフレッドはジューロに対し「同じ空気を感じる」と言った事があったが、その直感は当たっていた。
昔、フレッドの故郷での事。諸州間の戦争(※南北戦争)という大きな内戦に参加した事があったという。
その内戦からは無事に帰還し、家族の元へ戻ったのだが…。家へ戻っても、家族に責められ続けているように感じていたらしい。
家族はそういう事は言わない…と頭では分かっていても、そこは自分の居場所ではなくなってしまった。
それを心で感じたフレッドは、家から逃げ出し、無法者へと身を落としたという。
詳しい事までは語ろうとしなかったが、フレッドも修羅場をくぐり抜けて来た人間なのは間違いない。
先ほど見せた応急措置の手際の良さも、こういった経験から培ったものなのだろうなぁ…と、ジューロは何となく思った。
───移動してから数分、ジューロを背負っていたとは思えない速度で病院に到着した…のだが。
「…ジーザス」
病院は暗く静まりかえっており、閉まっているように見えた。
薄暗くて周囲は見渡せないが、産業ギルド並みに大きな建物で、手入れが悪いのか植物のツタが病舎の壁にまとわり付いている。
一見すると廃病院にも思える外観をしているが、わずかに病院の中から灯りが漏れていた。
「…いや、人の気配はあるな?おぉーい!開けてくれ!急患だ!」
ドンドンドン!と正面玄関を叩き、フレッドが大声で人を呼ぶ。
その声が届いたのか、病院内からドタドタと、こちらに向かって走る音が聞こえ、次にパッと正面玄関に明かりが灯る。
ガチャ───
正面玄関が開くと、初老の女性が顔を覗かせた。
看護服を身に纏っていることから、病院の人だと一目で分かる。
「まぁっ、大変!早くこちらへ!」
看護婦は、フレッドが背負っているジューロの状態に気付くと、大慌てで招き入れた。
病院に入ると、初老の看護婦の後ろに若い看護婦も控えていたことに気付く。
「ガイモン先生を!私は状態を診ておきます」
「は、はい!」
初老の看護婦が指示を出すと、若い看護婦はパタパタと走って何処かへ行ってしまった。
初老の看護婦に案内してもらい、消毒液の清涼感があるツンとした匂いがする部屋へと通された。
その部屋に設置してあるベッドにジューロを横にすると、簡易的な包帯を見て看護婦は感心したように呟いた。
「止血は…しっかり出来てるみたいね、コレはあなたが?」
「出血の酷い部分だけですが…」
「怪我の状態は分かる?」
「槍のようなものに刺されて出血してます、声は出せてたので肺は無事かと───」
そこから一言二言、フレッドと看護婦が言葉を交わしていたが、内容までは聞き取れない。
しかし、フレッドの身振り手振りしている姿だけは見え、怪我の状態を説明しているのは何となく分かった。
少しして、指示を出されていた若い看護婦が数名の人を引き連れ、部屋に入ってくるのが見えた。
引き連れてきた人たちは、同じ看護服を纏った女性だけでなく、白衣を着た…背の低いガッシリとした体躯を持つ男も一人混じっていた。
確か、ドワーフ族だったか。
ジューロもこの国に流れ着いて色々なことを学んできているから、少しだけ判断がつくようになっていた。
ドワーフとは、背が低く屈強な男で、雄々しいヒゲが特徴を持つ。
しかし、白衣のドワーフはヒゲを剃り落としているようで、顔つきはスッキリとして印象がまるで違っていた。
ジューロが余計なことを考えている間にも、数名の看護婦はテキパキと動き、医療具などを準備しているようだ。
ジューロの方も同時に処置しているのか、口元にマスクのようなものを当てられていた。
徐々に痛みが和らぎ、意識が遠のいていくのを感じる。
「もう安心じゃ、ワシらがしっかり治してやるからな!」
意識が朦朧としていたが、ドワーフの発した声だけは、力強くジューロの耳に届くのだった───
病院に到着してから、どれくらい経っただろうか?
ジューロは泥のように眠っていた。
こんなに寝たのは確か、ラサダ村でゴブリンと戦い終わったあと以来か。
(思えば、あの時も死にかけてやしたっけ…)
いや、実はもう死んでるのかもしれない。
徐々に意識が戻り、うっすらと目を開けてみると、白塗りの天井が視界入る。
日の光が窓から入っているのか、天井がやけに明るく見えた。
布団が掛けられていて、程よい重みが心地よかった。
…どうやら、まだ生きているようだ。
「んむ?」
右手が妙にあたたかい。
頭を起こして手の方を見ると、リンカが手を繋いだまま、布団に頭を沈めていた。
スゥスゥと静かな寝息を立てているので、邪魔するのは悪いと思い、そっとしておく。
逆の腕にも違和感を感じ、ふと見やると、細い管が繋がれている事に気付いた。
管には赤い液体が通っていて、妙な装置と繋がっている。
さらに、その管は隣のベッドで横になっているグリンにも繋がれているのが分かり、丁度グリンも起きたのか、ふと目が合った。
「ジューロ!?」
グリンがすっとんきょうな声を上げて驚く。
「おはようござんす、グリンもどこか怪我したので?」
「え?僕は違くて…!いやいや、そんなことよりリンカさん!起きて!!ジューロが目覚めたよ!」
グリンが声を掛けると、がばっ!とリンカが顔を上げた。
ジューロは少しビクッ!となる。
「じゅ、ジュ、ジューロさんっ!?だ、大丈夫ですかっ!?気分が悪いとかありませんかっ!?」
「お、おぉぅ…」
起きた瞬間から他人の事ばかり心配しているリンカに、ジューロは苦笑いを浮かべながら気圧された。
リンカの顔をよく見ると、目が赤く腫れていて、少しやつれているように感じた。
たぶん泣いていたのだろう。
それに、あまり寝ていないのかも知れない。
「だ、大丈夫で!それより、リンカさんの顔色の方が心配でござんすが…。ちゃんと寝やしたかい?」
「もうっ、それよりってなんですかっ!…私、何も出来なくて、ジューロさんが死んじゃうんじゃないかって…」
あの時、治癒の魔法が使えなかった事を言っているのだろうか?そんなことはない。
リンカやグリン、フレッド達がジューロを助けようと必死だったことを覚えている。
「そんなことはありやせん。今回も、リンカさん達に助けられやした、ありがとうござんす」
「うー…」
リンカは何か言いたげだったが、目一杯に涙を溜め、うつむいた。
少しの沈黙。会話が途切れ、少し気まずい。
だからジューロは、話題を変える事にした。
「ところでグリン、この腕に繋がってるモノって何なのでござんすかい?」
「あ、あぁ…。これは輸血のマジックアイテムだよ」
「ふむ、ユケツって何でござんす?」
「えぇ?……ま!知らない事もあるよね。血が足りない時に、他から血を取り入れる事だよ」
「ほほーぉ、そんなことが出来るので…。異国は進んでおりやすなぁ」
ジューロは素直に感心した。
「ハハハ…、ところでジューロは平気かい?」
「もちろん!不思議と痛みもあまり感じやせんし」
「いや、そういう意味じゃなくてね…」
「む?」
「なんていうか、獣人から血を分けられるのを嫌がる人もいるからさ」
「ほぉーん…?ああ、これってグリンが血を分けてくれてるのでござんすね!ありがとうござんす」
マジックアイテムとやらがグリンにも繋がれている理由が分かった。
仕組みは分からないが、話から察するに、グリンの血をジューロに輸血しているカラクリのようだ。
「あ、いや。言いにくいんだけどさ、それだけじゃなくて…」
「むむ?」
グリンは頭を掻きながら「どう説明すればいいのか…」と、参っている様子を見せる。
「見て貰った方が早いかも…。リンカさん、手鏡とか持ってる?」
グリンがリンカに振ると、彼女は顔を上げてコクコクと頷いた。
そして彼女は懐から手鏡を取り出すと、ジューロに渡そうとした…のだが───
「あのぉ、リンカさん?お手を離してくれねぇと、受け取れやせんけどぉ…」
右手はずっとリンカに握られっぱなしだった。
振りほどくのも何だかなぁ…と思うし、かといって、左腕は輸血の為の管が繋がれていて動き難い。
ジューロの言葉を聞いたリンカは、手鏡をジューロの顔の前に出した。
これで見ろということなのだろう、手は離してくれない感じか…。
差し出された鏡を見ると、まずジューロ自身の顔が映った。
たれ目がちな瞳。見慣れた自分の顔に向かってニッ!と笑ってみると、歯には固まった血がこびりついていた。
そういえば少し吐血もしてたか。
思い出したら口の中が気持ち悪くなり、歯を磨きたくなる。
「うーむ、歯が血で汚れておりやすね」
「いやいやいや、それもちょっと違ってて…。ジューロの髪がさ…」
「髪?」
グリンに言われ、手鏡に頭部が映るように顔を動かすと、そこに映し出された頭髪は珍妙な事になっていた。
前髪から上部にかけて髪色が赤く変色しており、その変色した部分だけが寝癖のように立ち上がっている。
これではまるで…。
「ニワトリみたいでござんすな!でも、なにゆえ!?」
「…ごめん」
その一言だけを発した後、グリンはションボリと俯いてしまう。
「えぇ?なんでござんす??」
グリンが黙ってしまったので、視線をリンカに移して何事かと目で問い掛けた。
「えぇと、獣人の血を取り入れるとですね…。稀に身体に変化が起こる事例があるんです」
「ほほ~」
「身体の変化を嫌がる人もいますし、グリンさんはソレを気にしてるんじゃないかなぁと…」
リンカの言葉にグリンはピクリと反応した。
どうやら彼女の考えは的中しているようだ。
「ふーむ?でもグリン。輸血ってのは、あっしを助ける為にやってくれた事でござんしょう?」
「それは…、そうだけどさ」
「感謝こそすれ、別に嫌じゃござんせんよ?」
「でも、よりにもよってニワトリみたいな髪になるなんてさ」
「何か良くないのでござんすか?」
含みがあるグリンの言葉に、ジューロが思わず聞き返す。
「ニワトリって、臆病者とか腰抜けってイメージがあるから…」
「そりゃまた。でも、あっしはこの髪…気に入ったでござんすよ?」
ジューロの一言に、リンカとグリンがキョトンとしている。
「あっしの故郷だと、ニワトリってのは縁起モノでござんすし、意外と勇猛な鳥なんで…。それに───」
「「それに?」」
「皆が助けてくれた証が目に見える…身体に残るってのは、こう…どこか嬉しいので」
いずれ、ジューロは故郷の日ノ本に戻らねばならない───
しかし、この国で色んな経験をした。
痛い目にも合ったが、大切な友人が出来たり、産業ギルドで働いたりと、数々の思い出が身体の変化として表れたのなら、それは宝物に思えたからだ。
染々(しみじみ)とひたるジューロに対し、リンカが少しだけ笑う。
「うふふっ!ジューロさんって、やっぱり少し変な所ありますよね」
リンカは先ほど迄と比べると、幾分か柔らかい表情に戻っていた。
「変でござんすかね?」
「ハハハ!でも…そういう考え方、僕は好きだよ」
互いに笑い合う中、ジューロは髪の毛が変色した事について、唐突に思い当たった事がある。
「…あ!でもひとつ、謎が解けたような気がしやす!」
「なになに?なんですっ?」
「ジューロ、急にどしたの?謎って」
リンカとグリンが身を乗り出して、ジューロに耳を傾けた。
「この国にいる人達の髪が色とりどりなのは、獣人から輸血されたからなのでござんすね!」
ジューロは確信に満ちた表情で、そんな推理を披露してみたのだが…。
リンカとグリンはガクッ!とベッドからズリ落ちかけた。
「ジューロ、そういうワケじゃないよ?」
「個人差があるだけで、だいたいは地毛ですっ」
「さ、さよかぁ…」
自信があった推理を外して縮こまるジューロを見て、リンカとグリンは思わず噴き出してしまった。
目が覚めた直後と比べると、和やかな雰囲気になった気がする。
ジューロはこういう空気の方が好きだ。
本来は、自分のような無法者が居ていい場所ではないのかも知れないが、彼女らと共にいる間だけは…御天道様に向かい合っていたいと思った────




