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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第四十四話

 リンカの風魔法によってキリ揉みになりながら、ジューロはチーネと一緒に飛ばされていた。


 人が居ない場所へと飛ばしてくれているのだろうが、心配なのは着地である。


 ジューロだけなら受け身も容易だろうが、今はチーネを抑えている事もあり、下手をすれば命に関わる大怪我に繋がりかねないと思った。


 ジューロは馬鹿なりに色々と考えを巡らせてみるが、無事に着地する方法が浮かばない。

 それでも一刻一刻と地面が近付いてくる。


(チーネが大怪我すると、リンカさんもグリンも悲しみ…やすよねぇ…)


 それだけは何となく分かるから、せめてジューロが落下の衝撃を肩代わりしようと考えた。

 チーネが地面に直撃しないように、ジューロの身体が下になるように回り込んで位置を入れ替えると、痛みに対する覚悟を決めた。


(これ絶対に痛いよなぁ…、嫌でござんすなぁ…)

 頭の中で愚痴た後、歯をくいしばる。


 しかし、ジューロの覚悟とは裏腹に、衝撃に襲われることはなかった。

 地面に激突する寸前、フワリと風が優しく身体を包み込み、ゆっくりと地上へ降ろしてくれたからだ。


「ぬぅぉあっ!…おぉ?」

 拍子抜けしたジューロは、思わず気の抜けた声を出した。

 気合いの入れ損だった気もするが、よく考えてみれば、リンカが危険に晒すような魔法を使う筈もないか。


 リンカに場所を変える為、飛ばすようにと無茶振りの頼み事をしたが。とっさの判断で、こういう魔法を使ってくれたのは流石だなぁと、ジューロは感心した。


 上手く地上に降りる事が出来たことで、チーネに対しての組み付きを継続できたのは非常に大きい。

 逃げられることはないだろうし、リンカ達と合流するまでの時間を稼げる。


 あとは、飛ばされてきた場所だけが気になる所だ。

 ジューロは軽く周囲を見渡した。


 既に周りは暗かったが、木々に囲まれていること、そして整備された道が通っていることが分かる。

 ギルドから飛ばされた方向を考えると、おそらく…森林公園だろうか?

 この時間なら人通りはないと思うし、後からグリンが嗅覚で追跡してくるには良い場所だろう。


 しかし、軽く見回した事が仇となった。

 ジューロが一瞬だけ注意をそらした僅かな隙をつき、チーネは組み付きから抜け出すと、強烈な回し蹴りをジューロの腹部にメリ込ませた。


 ───ズンッ!

 重い衝撃が内臓を貫く。


「ゴハッ!」

 チーネの攻撃をモロに受け、ジューロはそのまま後方へ吹っ飛ばされた。


 バキッ!ゴシャッ────

 そのまま背中を殴打し、けたたましい音と共に、何かが壊れる感触もあった。


「痛っ…づぁ」

 痛む体を起こし、体勢を立て直そうとした時だった。

 目の前にゴロンと、2つの生首が転がって来たのだ。


「───ぬおぁ!?」

 ジューロは驚き、素早く後退ると、何かにつまずき今度は尻餅をついてしまう。

 その瞬間、グシャ!と、何かを潰した感触を尻に感じた。


 もう踏んだり蹴ったりだ。


 慌てて起き上がり視線を落とすと、そこには殻と思わしき破片とベトベトした中身が広がっていて、お尻にもベトベトがくっ付いている。


「どわぁ、なんごたぁ!?ひえぁ、気持ち悪ぃ…」

 見た感じ、何かのタマゴだったのだろうか?


 ベトベトした中身がジュワァ…と音を立てながら黒い煙となって消えていき、お尻についてたベトベトも同じように無くなっていた。


(何なんだコレ!?ぐっ…いや、今はそんな事はどうでもいい!)


 先ほど見た生首の方が問題だろう。そこへ改めて視線を向けると、確かに生首はあった。


 だがソレは人のものではなく、石造りである事がわかる。


 そして、ジューロはそれに見覚えがあった。

 たしか、女神とイコナという者の戦勝記念像…だったか?


 産業ギルドの近くにある石像もそうだが、王都内には戦勝記念像が幾つか置かれていると聞いたことがある。

 ジューロが吹き飛ばされた先で壊れたモノは、ソレだったようだ。


 とりあえず人間ではなかった事に安堵し、ジューロはチーネの方へ視線を戻した。

 こちらがあたふたしている間に再び攻撃してくるかと思っていたが、それがない事に気付いたからだ。


 もしや逃げられたかと不安になったが、視線の先にチーネは居た。

 しかし様子がおかしく、苦しんでいるようだ。


「うぁッ…!ぎにゃぁあっ!!あぁあああっ!」

 チーネは苦しそうな声を上げて、のたうち回る。


 ジューロが路地裏でチーネに一撃を加えた時と似たような苦しみ方だ。

 ひょっとして、その時のダメージが残っているのだろうか?


「だ、大丈夫でござんすかい!?」

 そう声を掛けたものの、迂闊には近寄れない。

 どうすれば良いのか分からず様子を窺っていると、チーネが「ゼェ…ゼェ…」と息を切らせ始めた。


「こ、殺し…て…」

 か細い声がジューロの耳に届く。


「!」

「これ…以上、誰…も傷付けたくな…い…」


「おめぇさん、正気に!?」

「おね…がい…っ!私の意識がある…うちに…殺して!」

 確かに、それも選択肢の一つとしてはアリだろう。

 だが、それは決して最善ではない。


 リンカやグリンはチーネを助けたいと望んでいるし、何より操られている状態から解放できる可能性があるのだ。


「操られている事は…承知してやす!リンカさんが来れば、助かる見込みがありやすぜ」

「でも…っ!私は、何の罪もない人を…あの二人を…こ、殺し…」


「あの二人?…冒険者の事でござんすか?それならリンカさんのお陰で、一命は取り留めやしたよ」

「ほ、ホントに…?」


「おめぇさん、嘘かどうか見抜けるんでしょう?」

 ジューロがそこまで言うと、チーネはポロポロと涙を流し始めた。

 路地裏の出来事で思い詰めていたのだろう。

 ほんの少しだが、チーネに安堵の表情が見えた気がした。


 だが、それも束の間のこと。

 …チーネは再び自分の体を強張らせると、悶え苦しみ始める。

「うぐぅ…っ!?かはっ…」


「ぬぉ?!どどど、どこか痛みやすかい!?」

「は、離れて!また…っ、体が勝手に…!!」

 苦悶の表情を浮かべ、操る何かに抵抗しているのは分かるが、言葉とは裏腹に攻撃の構えをとっている。


「も、もうちょい…頑張れやせんか!?あっし、おめぇさんを抑えるのに自信が───」

「だから…ッ!逃げ…なさいよ!」


 逃げ出したいのはジューロだって山々なのだが、チーネを見失うのもマズいし、万が一ここに人がいた場合、被害が出そうなのも本気でマズい。

「そいつも無理ぃ!!ちょっとで良いから頑張って!!」

「なんっ、なの…もォっ!あぁああッ────」


 ジューロに魔力は視認出来ないハズだ。

 しかしこの時、チーネの中から赤黒いモヤが噴出し、それが彼女の体に纏わり付くのをジューロは何故かハッキリと認識できた…。


「────ギシャァアアッ!!!」

 ついに意識が途切れたのだろう。

 叫び声が轟き、ジューロの耳をつんざく。

 チーネの殺気、殺意がジューロを真っ直ぐと捉えた。


 これは間違いなく襲われるだろう。

 幸運なのか不幸なのか、少なくともチーネを見失うという事はないようだ。

 ジューロは長脇差を鞘に納めたまま構えると、攻撃に備えチーネの動きに集中する。


 ジューロが見ている中、チーネは姿勢を低く低く屈め、地面に触れるかという所で弾けるように跳び掛かってきた。


 野生動物のような動きに驚き、ジューロは思わず跳躍して避ける。

 だがそれを見たチーネは、今度は地面を掴み、下方からジューロに向かって蹴りを繰り出してきた。


「ッそぉ!?」

 鋭く天に伸びる蹴り───

 よく見れば靴にも隠し武器があったのか、鈍い光が見える。


 ギャリィン───という音が響く。

 ジューロはなんとか長脇差で攻撃を受け流したが、体勢を崩して地面に転がった。


 それでも容赦なく追撃してくるチーネに、石像が壊れた時に出来た破片を、苦し紛れに投げつける。

 不恰好だが効果があったようで、少しだけだが怯ませることができ、命からがら追撃からも逃れて距離を置くことが出来た。


(リンカさん!グリン…!早く来てェ!!あっし、死んじゃうかも───)


 ジューロは泣きたくなりながら、リンカとグリンの早めの合流を祈り、再び長脇差を構えるのだった───


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