第四十三話
一方その頃。
酒場で話し合いを終えたジューロ達は帰路についていた。
チーネの目撃情報があったゴミ捨て場の事も気になるが。今はチーネを何とかする為に、協力者が必要だという結論に至り、先ずはラティにこの事を報告しようと考えているからだ。
何物かに操られているチーネ───
あくまでリンカの憶測だが、チーネを操っている魔力を彼女の体内から取り除けば、正気に戻すことが出来る…らしい。
リンカがチーネに直接魔力を送り、操っている魔力を追い出すという方法を試したいそうだが、その為にはまず、チーネを取り押さえる必要がある。
しかし、チーネが発揮していた怪力。これが厄介で、ジューロとグリンだけで取り押さえるのは困難だろう。
そこで、協力者が必要になるというワケだ。
産業ギルド内でも魔法の使えるラティや他のメンバー達。あと、ジューロと同じく謎の怪力を発揮できるフレッドの力を借りたい…と考えている。
騎士団が既にチーネを捕まえている可能性もあるが、もし未だ捕まっていないのであれば、こちらで秘密裏に決着をつけたい。
被害者をこれ以上出さないようにしたい。
そんな焦りもあるからか、三人の帰り道は早足になっていた。
「あのさ、二人とも。もし姐さんの協力を取り付けれたら…。今日からチーネを追いたいんだけど、良いかな?」
「はいっ!もちろんですっ」
「うむ、元からそのつもりで」
「ありがとう、二人とも…」
「礼にはおよびやせんよ」
「ですっ!それに私だって、ちーちゃんを早く助けたいですから!」
「うむ。…しかし、問題はフレさんでござんすな。手伝ってくれるとは思いやすが、事情を説明せねばならぬのが」
「あー…そうか。この話が広がり過ぎるのも良くなさそうだもんね」
「あっ、それなら大丈夫ですっ!」
ジューロとグリンが頭を悩ませる中、リンカが間を置かずに答えた。
「フレッドさんも、ちーちゃんの事については知ってる筈ですから」
「「…えぇ?」」
「ラティ姉さんは、フレッドさんによく相談に乗ってもらってるらしくって。ちーちゃんの件も、情報を共有してる一人だって聞いてますから!問題ないはずです」
「ほほーん、そういう事で…」
「ま!それなら話が早くなりそうだし、助かるかも」
フレッドがラティの事を気に掛けていることは知っていたし、その流れで色々と話が通っているのだろう、心配事が少し減って有難い。
三人がそうこう話し合いながら進み、産業ギルドの建物が視認できる所まで差し掛かった時だった。
ギルドの方から悲鳴が…叫び声が、響いてきたのである。
「ぎゃっ!!」
「うわぁあー!!?」
既視感覚…というべきか?
ギルドで何が起こっているのか、見てもいないのに最悪の状況が脳裏に浮かんだ。
「リンカさん!グリン!」
ジューロは二人に一声かけて走り出す。
最悪の状況もありうる、二人の力が必要だ。
「は、はいっ!」
「ッ──ああ!わかってる!!」
リンカとグリンもそれは理解しているのだろう。
ジューロに続き、リンカとグリンも悲鳴のする方へ、真っ直ぐに駆け出した───
もし、あの悲鳴の元凶がチーネであれば、探す手間は省けるが、出来れば彼女であって欲しくないとグリンは思った。
だが、グリンの思いも虚しく。向かっている場所に居るのは怪盗スパータ────チーネだ。
既に騒ぎになっており、ギルドメンバーの数人が怪我をして倒れていた。
「てめぇ!チーネ!!何でこんな真似をしやがるんだ!?」
「…追い出された復讐のつもりなのか!?」
「逆恨みも大概にしろよ!姐さんがどんな思いで───」
マスクを付けているとは言え、知り合いが見ればチーネだと看破できる。
だからだろうか、復讐に来たのだと誤解が生まれているようで、ギルドメンバーは怒りを露にし、チーネに対して怒声を響かせていた。
彼らは農具を持ち出し、唸り声をあげるチーネを取り囲んで応戦する構えだ。
ギルドメンバーが殺気立つ中、ラティの声が響き渡る。
「───アンタらは下がってなさい!!」
ラティの一喝により、ピタリと怒声がおさまった。
「...あの子とは私が話をつけるわ、アンタ達は先に怪我人をお願い」
「で、でも姐さん!」
「危険ですぜ?あの様子、何をしでかすか分かったもんじゃない」
ギルドメンバーの言うように、チーネを見れば全身に殺気を漲らせているのが分かる。
いま動きが無いのは包囲されているからだろう、隙が生じれば何時襲ってくるか分からない。
「いいから、後は任せなさい」
ラティは静かに、しかしよく通る声で再び周りを諭す。
まだ二十代前半ながらも、ギルドマスター代理として纏め役をしているだけあり、その佇まいには威厳を感じさせた。
「…わ、分かりました」
「あんま無茶はせんで下さいよ」
「ありがとう、大丈夫よ」
ラティの指示を受けたギルドメンバーは、チーネの包囲を徐々に散らし、その場から怪我人を運び出していく。
他のギルドメンバーは警戒したまま包囲を続けているが、手出しはしないようにとラティに言われ、渋々ながらも様子を伺うことにした。
そしてラティは、興奮状態のチーネの前に歩み出て、彼女と向かい合い言葉を投げ掛ける。
「チーネ、アンタは何しに戻ってきたの?」
ラティの問いに、チーネは答えない。
変わらず全方位に殺気を放ちながら唸り声をあげているだけだ。
その様子を見たラティは、無差別に向けられる殺意を引き付ける為。威嚇するように背中の翼を大きく広げると、チーネに向かって話を続ける。
「ウチのメンバーが言うように、復讐の為なのかしら?だったら私だけを狙えばいいじゃない、アンタを追い出す決定をしたのは私。他の人達は関係ないでしょう」
その言葉が届いたのか、チーネの視線と殺意が真っ直ぐラティの方へと向けられた。
その殺気は衰えるどころか、更に増しているように感じる。
「ギギィッ…シャアァーッ───!!」
唸り声でしか返さないチーネは、端から見たら怒り狂っているようにしか見えない。
「そう…やっぱり復讐ってワケね。残念よ、チーネ…」
ラティは肩を落とし、広げていた翼を仕舞った。
チーネに何も伝えず追い出したのは事実だ。
考えがあってやった事だが、間違えてもギルドに戻ってこないようにと、酷い言葉も投げ掛けた。
…自分自身が本当に嫌になるくらいに。
だから恨まれたとしても仕方ない、責任は私にあると…そういう思いがある。
と同時に、いつか理解してくれるだろうという期待も少しはあったから、短絡的なチーネの行動に対して落胆もしたのだ。
───その落胆が隙を生じさせることになり、チーネの殺意はその瞬間を逃さなかった。
「ね、姐さんッ!!」
「危ないッ!!」
様子を見ていた周囲のギルドメンバー達がチーネの異変に気付き叫ぶが、遅かった。
チーネは地面を抉るように蹴りだし距離を詰めると、右手に備えた鉤爪をラティに向かって振り抜いたのだ。
「ッ…!?しまっ───」
刹那の挙動、鉤爪がラティの胸を貫こうとした瞬間。
───ギギィン!!という金属音が鳴り響いた。
ジューロがラティとチーネの間に割って入り、鉤爪を長脇差の鍔で受け止めたのだ!
「ジ、ジューロくん!?」
ラティは驚きの声を上げた。
「姐さん、ご無事ですかい!?何とか間に合っ……てはいねぇか、くそっ!」
最初にギルドへ到着できたのはジューロだった。
間一髪の所で、ラティに対する攻撃を食い止める事が出来たが、辺りを見回せば怪我人が何人かいる。
最悪の事態にまではなっていないようで、それだけは不幸中の幸いなのかもしれない。
だが、事態は一刻を争うようだ。
周囲で様子を伺っていたギルドメンバーは、農具を手に取り敵意を滲ませていた。
それを見て、ジューロが叫ぶ。
「チーネさんは今、何らかの魔力に操られておりやす!」
今はチーネの身に起こっている事を伝えるしかない。
「正気に戻す手立てが、リンカさんにあるとの事!!」
ジューロは頭が悪い、それは自覚している。
言葉が足りないかもしれないが、出来る限り状況を伝えようと何とか言葉を捻り出す。
「凄まじい怪力のせいで、取り抑える事が困難!!フレさんの力をお借りしてぇんで!!」
チーネが発揮する怪力は、魔力によるものが原因である可能性を、リンカから聞いている。
だから取り抑えるにしても、普通の人間には荷が重い。
ジューロと同じく、謎の怪力を発揮できるフレッドの力を借りたいと思っていた。
言葉足らずだったが、ラティは意図を汲んでくれたようだった。
「───アンタらは近付いちゃダメ!!怪我人を連れて逃げなさい!避難命令ッ!!」
その声が響き渡ったタイミングと同時に、チーネがジューロを押し退けようと力を加えた。
ジューロの足元にある石畳の道が、ビキビキと音を立てて割れてゆく。
それを目の当たりにしたギルドメンバーは驚くが、ラティの命令もあって状況を呑み込めたようで、チーネとの距離を開けてくれた。
これなら多少暴れられても、巻き添えになりにくくなるだろう。
「姐さん!フレさんは!?」
「フレッドは出掛けてて、もうすぐ戻ってくるとは思うけど」
ギルドに戻れば、フレッドと二人がかりで抑えれると期待していたが、アテが外れた。
仮に一人で抑える事に成功しても、ジューロだけだと抜け出される可能性も高くなるし、近付く事も危険でままならない。
こうなれば危険を承知でギルドメンバーの力を借りるべきか?
いや、やはり危険すぎる…。
大勢で組み付くのも良いが、そうなるとチーネに予想外の動きをされた場合、攻撃を避けられず、下手をすれば命に関わると思う。
そんな事を考えていると、グリンも追い付いて来たようだ。
「…チ、チーネ!ジューロ!!」
「グリン!リンカさんは!?」
「もうすぐ来るよ!…チーネ、しっかりしてくれ!」
グリンの呼び掛けに、チーネはわずかに反応を示した。
操られているとはいえ、少しは自我も残っているのだろうか?
「グリン!声を掛け続けておくんなせぇ!少しだけ反応が…ぬあっぶ、ねぇっ!」
グリンと話をしようとした時、チーネが喉元に噛み付いてくる。
何とか体を反らして避けたが、気を一瞬でも抜くと殺されそうだ。
それでも何とか組み合っていると、少し遅れてリンカも合流してきた。
「ジューロさんっ!」
ここでチーネを正気に戻したいが、一つだけ問題が生じていることにジューロは気付いた。
「リンカさんっ、騒ぎになりすぎておりやす!」
周りを見渡すと、ギルド以外の野次馬が徐々に集まり始めている。
その人達に危険が及ぶ懸念がある上、騒ぎを聞きつけて例の騎士団が駆け付けてくると厄介だ。
「場所を変えたい!あの…風の魔法で、あっしとチーネさんを何処かに飛ばす事とか…!出来やせんか!?」
風の魔法───
畑仕事で農薬を散布する時にリンカが使っていた魔法だ。
風で巻き上げて色んなモノを飛ばす事が出来るなら、ジューロ達を遠くへ飛ばす事も出来るかもしれない。
「!!…はいっ、出来ますっ!!」
こちらの意図を汲み取ってくれたのだろう、リンカはサッと杖を構えて魔力を練り始めた。
「僕も加勢を───」
「グリンまで飛ばされたら、リンカさんが後から合流出来ねぇでしょう!匂いで追って、後から一緒に来ておくんなせぇ!」
「…あっ!」
「何とか時間を稼ぎやす、説明やら怪我人は任せやした」
「ジューロ!ごめん、すぐ追うから!」
「それは本当、頼みやす」
グリンと話終えた時、風がジューロとチーネを包み始めた。
「ジューロさんっ、飛ばしますっ!」
「承知!!」
正直、吹き飛ばされるのは怖いが四の五の言っていられない。
なんの準備も出来ずに、ぶっつけ本番だが、チーネがここに居たのは好機と考えるべきだ。
チーネが巻き起こる風の中から逃げようとするが、鉤爪と腕に組み付いたジューロがそれを阻止する。
「悪ぃが…、おめぇさんをここで自由にさせるワケにはいかねぇんで」
ジューロの背後からリンカの声が聞こえた。
「風魔法!!」
詠唱が終わると同時に体が浮き始め、そのままジューロはチーネと共に、風に乗って飛ばされて行くのであった────




