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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第四十三話

 

 一方その頃。

 酒場で話し合いを終えたジューロ達は帰路についていた。


 チーネの目撃情報があったゴミ捨て場の事も気になるが。今はチーネを何とかする為に、協力者が必要だという結論に至り、先ずはラティにこの事を報告しようと考えているからだ。


 何物かに操られているチーネ───


 あくまでリンカの憶測だが、チーネを操っている魔力を彼女の体内から取り除けば、正気に戻すことが出来る…らしい。


 リンカがチーネに直接魔力を送り、操っている魔力を追い出すという方法を試したいそうだが、その為にはまず、チーネを取り押さえる必要がある。

 しかし、チーネが発揮していた怪力。これが厄介で、ジューロとグリンだけで取り押さえるのは困難だろう。


 そこで、協力者が必要になるというワケだ。


 産業ギルド内でも魔法の使えるラティや他のメンバー達。あと、ジューロと同じく謎の怪力を発揮できるフレッドの力を借りたい…と考えている。


 騎士団が既にチーネを捕まえている可能性もあるが、もし未だ捕まっていないのであれば、こちらで秘密裏に決着をつけたい。

 被害者をこれ以上出さないようにしたい。


 そんな焦りもあるからか、三人の帰り道は早足になっていた。


「あのさ、二人とも。もし姐さんの協力を取り付けれたら…。今日からチーネを追いたいんだけど、良いかな?」


「はいっ!もちろんですっ」

「うむ、元からそのつもりで」


「ありがとう、二人とも…」

「礼にはおよびやせんよ」

「ですっ!それに私だって、ちーちゃんを早く助けたいですから!」


「うむ。…しかし、問題はフレさんでござんすな。手伝ってくれるとは思いやすが、事情を説明せねばならぬのが」

「あー…そうか。この話が広がり過ぎるのも良くなさそうだもんね」


「あっ、それなら大丈夫ですっ!」

 ジューロとグリンが頭を悩ませる中、リンカが間を置かずに答えた。


「フレッドさんも、ちーちゃんの事については知ってる筈ですから」

「「…えぇ?」」


「ラティ姉さんは、フレッドさんによく相談に乗ってもらってるらしくって。ちーちゃんの件も、情報を共有してる一人だって聞いてますから!問題ないはずです」


「ほほーん、そういう事で…」

「ま!それなら話が早くなりそうだし、助かるかも」

 フレッドがラティの事を気に掛けていることは知っていたし、その流れで色々と話が通っているのだろう、心配事が少し減って有難い。


 三人がそうこう話し合いながら進み、産業ギルドの建物が視認できる所まで差し掛かった時だった。

 ギルドの方から悲鳴が…叫び声が、響いてきたのである。


「ぎゃっ!!」

「うわぁあー!!?」


 既視感覚…というべきか?

 ギルドで何が起こっているのか、見てもいないのに最悪の状況が脳裏に浮かんだ。


「リンカさん!グリン!」

 ジューロは二人に一声かけて走り出す。

 最悪の状況もありうる、二人の力が必要だ。


「は、はいっ!」

「ッ──ああ!わかってる!!」

 リンカとグリンもそれは理解しているのだろう。

 ジューロに続き、リンカとグリンも悲鳴のする方へ、真っ直ぐに駆け出した───


 もし、あの悲鳴の元凶がチーネであれば、探す手間は省けるが、出来れば彼女であって欲しくないとグリンは思った。


 だが、グリンの思いも虚しく。向かっている場所に居るのは怪盗スパータ────チーネだ。


 既に騒ぎになっており、ギルドメンバーの数人が怪我をして倒れていた。


「てめぇ!チーネ!!何でこんな真似をしやがるんだ!?」

「…追い出された復讐のつもりなのか!?」

「逆恨みも大概にしろよ!姐さんがどんな思いで───」


 マスクを付けているとは言え、知り合いが見ればチーネだと看破できる。

 だからだろうか、復讐に来たのだと誤解が生まれているようで、ギルドメンバーは怒りを露にし、チーネに対して怒声を響かせていた。


 彼らは農具を持ち出し、唸り声をあげるチーネを取り囲んで応戦する構えだ。


 ギルドメンバーが殺気立つ中、ラティの声が響き渡る。

「───アンタらは下がってなさい!!」


 ラティの一喝により、ピタリと怒声がおさまった。

「...あの子とは私が話をつけるわ、アンタ達は先に怪我人をお願い」


「で、でも姐さん!」

「危険ですぜ?あの様子、何をしでかすか分かったもんじゃない」

 ギルドメンバーの言うように、チーネを見れば全身に殺気を漲らせているのが分かる。

 いま動きが無いのは包囲されているからだろう、隙が生じれば何時襲ってくるか分からない。


「いいから、後は任せなさい」

 ラティは静かに、しかしよく通る声で再び周りを諭す。

 まだ二十代前半ながらも、ギルドマスター代理として纏め役をしているだけあり、その佇まいには威厳を感じさせた。


「…わ、分かりました」

「あんま無茶はせんで下さいよ」


「ありがとう、大丈夫よ」

 ラティの指示を受けたギルドメンバーは、チーネの包囲を徐々に散らし、その場から怪我人を運び出していく。

 他のギルドメンバーは警戒したまま包囲を続けているが、手出しはしないようにとラティに言われ、渋々ながらも様子を伺うことにした。


 そしてラティは、興奮状態のチーネの前に歩み出て、彼女と向かい合い言葉を投げ掛ける。

「チーネ、アンタは何しに戻ってきたの?」


 ラティの問いに、チーネは答えない。

 変わらず全方位に殺気を放ちながら唸り声をあげているだけだ。


 その様子を見たラティは、無差別に向けられる殺意を引き付ける為。威嚇するように背中の翼を大きく広げると、チーネに向かって話を続ける。


「ウチのメンバーが言うように、復讐の為なのかしら?だったら私だけを狙えばいいじゃない、アンタを追い出す決定をしたのは私。他の人達は関係ないでしょう」


 その言葉が届いたのか、チーネの視線と殺意が真っ直ぐラティの方へと向けられた。

 その殺気は衰えるどころか、更に増しているように感じる。

「ギギィッ…シャアァーッ───!!」


 唸り声でしか返さないチーネは、端から見たら怒り狂っているようにしか見えない。


「そう…やっぱり復讐ってワケね。残念よ、チーネ…」

 ラティは肩を落とし、広げていた翼を仕舞った。


 チーネに何も伝えず追い出したのは事実だ。

 考えがあってやった事だが、間違えてもギルドに戻ってこないようにと、酷い言葉も投げ掛けた。

 …自分自身が本当に嫌になるくらいに。


 だから恨まれたとしても仕方ない、責任は私にあると…そういう思いがある。

 と同時に、いつか理解してくれるだろうという期待も少しはあったから、短絡的なチーネの行動に対して落胆もしたのだ。


 ───その落胆が隙を生じさせることになり、チーネの殺意はその瞬間を逃さなかった。

「ね、姐さんッ!!」

「危ないッ!!」


 様子を見ていた周囲のギルドメンバー達がチーネの異変に気付き叫ぶが、遅かった。

 チーネは地面を抉るように蹴りだし距離を詰めると、右手に備えた鉤爪をラティに向かって振り抜いたのだ。


「ッ…!?しまっ───」


 刹那の挙動、鉤爪がラティの胸を貫こうとした瞬間。

 ───ギギィン!!という金属音が鳴り響いた。


 ジューロがラティとチーネの間に割って入り、鉤爪を長脇差の鍔で受け止めたのだ!


「ジ、ジューロくん!?」

 ラティは驚きの声を上げた。


「姐さん、ご無事ですかい!?何とか間に合っ……てはいねぇか、くそっ!」

 最初にギルドへ到着できたのはジューロだった。


 間一髪の所で、ラティに対する攻撃を食い止める事が出来たが、辺りを見回せば怪我人が何人かいる。

 最悪の事態にまではなっていないようで、それだけは不幸中の幸いなのかもしれない。


 だが、事態は一刻を争うようだ。

 周囲で様子を伺っていたギルドメンバーは、農具を手に取り敵意を滲ませていた。


 それを見て、ジューロが叫ぶ。

「チーネさんは今、何らかの魔力に操られておりやす!」


 今はチーネの身に起こっている事を伝えるしかない。

「正気に戻す手立てが、リンカさんにあるとの事!!」


 ジューロは頭が悪い、それは自覚している。

 言葉が足りないかもしれないが、出来る限り状況を伝えようと何とか言葉を捻り出す。


「凄まじい怪力のせいで、取り抑える事が困難!!フレさんの力をお借りしてぇんで!!」


 チーネが発揮する怪力は、魔力によるものが原因である可能性を、リンカから聞いている。

 だから取り抑えるにしても、普通の人間には荷が重い。

 ジューロと同じく、謎の怪力を発揮できるフレッドの力を借りたいと思っていた。


 言葉足らずだったが、ラティは意図を汲んでくれたようだった。

「───アンタらは近付いちゃダメ!!怪我人を連れて逃げなさい!避難命令ッ!!」


 その声が響き渡ったタイミングと同時に、チーネがジューロを押し退けようと力を加えた。

 ジューロの足元にある石畳の道が、ビキビキと音を立てて割れてゆく。


 それを目の当たりにしたギルドメンバーは驚くが、ラティの命令もあって状況を呑み込めたようで、チーネとの距離を開けてくれた。

 これなら多少暴れられても、巻き添えになりにくくなるだろう。


「姐さん!フレさんは!?」

「フレッドは出掛けてて、もうすぐ戻ってくるとは思うけど」


 ギルドに戻れば、フレッドと二人がかりで抑えれると期待していたが、アテが外れた。

 仮に一人で抑える事に成功しても、ジューロだけだと抜け出される可能性も高くなるし、近付く事も危険でままならない。


 こうなれば危険を承知でギルドメンバーの力を借りるべきか?

 いや、やはり危険すぎる…。

 大勢で組み付くのも良いが、そうなるとチーネに予想外の動きをされた場合、攻撃を避けられず、下手をすれば命に関わると思う。


 そんな事を考えていると、グリンも追い付いて来たようだ。

「…チ、チーネ!ジューロ!!」


「グリン!リンカさんは!?」

「もうすぐ来るよ!…チーネ、しっかりしてくれ!」

 グリンの呼び掛けに、チーネはわずかに反応を示した。

 操られているとはいえ、少しは自我も残っているのだろうか?


「グリン!声を掛け続けておくんなせぇ!少しだけ反応が…ぬあっぶ、ねぇっ!」


 グリンと話をしようとした時、チーネが喉元に噛み付いてくる。

 何とか体を反らして避けたが、気を一瞬でも抜くと殺されそうだ。


 それでも何とか組み合っていると、少し遅れてリンカも合流してきた。

「ジューロさんっ!」


 ここでチーネを正気に戻したいが、一つだけ問題が生じていることにジューロは気付いた。

「リンカさんっ、騒ぎになりすぎておりやす!」


 周りを見渡すと、ギルド以外の野次馬が徐々に集まり始めている。

 その人達に危険が及ぶ懸念がある上、騒ぎを聞きつけて例の騎士団が駆け付けてくると厄介だ。


「場所を変えたい!あの…風の魔法で、あっしとチーネさんを何処かに飛ばす事とか…!出来やせんか!?」

 風の魔法───

 畑仕事で農薬を散布する時にリンカが使っていた魔法だ。

 風で巻き上げて色んなモノを飛ばす事が出来るなら、ジューロ達を遠くへ飛ばす事も出来るかもしれない。


「!!…はいっ、出来ますっ!!」

 こちらの意図を汲み取ってくれたのだろう、リンカはサッと杖を構えて魔力を練り始めた。


「僕も加勢を───」

「グリンまで飛ばされたら、リンカさんが後から合流出来ねぇでしょう!匂いで追って、後から一緒に来ておくんなせぇ!」


「…あっ!」

「何とか時間を稼ぎやす、説明やら怪我人は任せやした」


「ジューロ!ごめん、すぐ追うから!」

「それは本当、頼みやす」

 グリンと話終えた時、風がジューロとチーネを包み始めた。


「ジューロさんっ、飛ばしますっ!」

「承知!!」

 正直、吹き飛ばされるのは怖いが四の五の言っていられない。

 なんの準備も出来ずに、ぶっつけ本番だが、チーネがここに居たのは好機と考えるべきだ。


 チーネが巻き起こる風の中から逃げようとするが、鉤爪と腕に組み付いたジューロがそれを阻止する。

「悪ぃが…、おめぇさんをここで自由にさせるワケにはいかねぇんで」


 ジューロの背後からリンカの声が聞こえた。

風魔法(ゼカーフ・トゥーベ)!!」


 詠唱が終わると同時に体が浮き始め、そのままジューロはチーネと共に、風に乗って飛ばされて行くのであった────



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