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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第四十一話

 

 それは、ギルドに入った初日の夜まで遡る。


 当時、リンカが割り振られた部屋まで戻ると、窓が開いている事に気付いたそうだ。


 リンカは窓を開けた憶えがなく、不思議に思ったのだが。まずは閉めてから考えようと、部屋の明かりもつけずに入った。


 しかし、それが良くなかったらしい。


 暗い上、開いた窓に気を取られていたこともあって、リンカは人の気配に気付かなかったし。既に部屋の中にいたチーネも、リンカが部屋に帰ってきた事に気付かなかったからだ。


 リンカが奥の部屋に入ると、その入口の死角になっている所で、ゴソゴソと何かが物音を立てている事に気付いた。


 物音をがした方へと目をやると、ここで始めてチーネもリンカに気付いたらしく、お互いに目が合ったそうだ。


 その時はまだチーネだと気付いていなかったリンカは、暗闇に光る目を見て驚いた。

 それは互いに同じだったようで、光る目の持ち主も驚いて「みぎゃっ!?」と声を上げてしまい。リンカもつられるように悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまった。


 チーネは悲鳴にも驚いたが、それがリンカだと分かったようで。

 一度リンカに背を向けると、慌てふためきマスクを付けた後、リンカに声を掛けてきた。

「ゴメン、驚かせるつもりは無くて…。大丈夫?」


 その声は明らかに図書館で出会ったチーネのものだった。

 マスクで目元を隠しはしたものの、それがチーネだという事はバレバレで、すぐに分かったという。


 ともかく変なマスクを付けているものの。それがチーネだということに気付いたリンカは、色々と疑問こそあったが、ひとまず安心した。

「だ、大丈夫ですっ」


「よかったぁ…、ほんとゴメンね。ここに人が入ってるなんて思わなくてさ───」

 チーネがそう言ってリンカを助け起こそうと手を差し伸べた…その時。ジューロが部屋に駆け込んできた。


 そこからはジューロも知っている流れだった───のだが、リンカの視点からは少しだけ違っていた。


 ジューロがチーネを捕まえようと飛び掛かったものの逃げられ、彼女が出て行った窓の外をジューロが確認していたり。

 同じく駆けつけたグリンやラティも含め、てんやわんやしていた時。


 リンカは、チーネが何をしていたのか気になり、彼女がゴソゴソとやっていた場所に視線を向けると、隠し収納のようなものがあることに気付いたそうだ。

 部屋に入ってきていたのがチーネであることや、部屋になぜか隠し収納になっている場所があること。

 その時は、それらをジューロ達に説明しなければと思い至ったそうだ。


 …しかし、結局リンカは言い出せずに終わることになる。


 この状況を経て、ジューロは「とっちめてやりたい」などと言い出したりしたし。

 グリンも追跡しようとして嗅覚を麻痺させられ咳きこんでしまうし。

 ラティに至っては逃げた人影を見て「ウワサの義賊、怪盗スパータ」だとか言い出すしで…。

 話しかけ難い雰囲気があった事も、話を切り出せなかった原因の一つだが。なによりも逃げたチーネの為に、これ以上の騒ぎにしたくなかったというのが本音だった。


 そこでリンカは一旦ラティの話に乗っかり、あれは怪盗だったということにして庇う事にしたそうだ。


 ジューロは不服な様子だったが、ラティの部屋でリンカを預かる事を条件に矛を納めてくれた。

 安心したのと同時に、心配してくれているのは伝わってきたので、この事を説明出来なかったのは、申し訳ない気持ちになったという。


「二人とも、ごめんなさい。その時に言えたら良かったんですけど…」


「ま!僕は気にしないよ、言い出し難かった気持ちも分からなくはないし。な、ジューロ?」

「うむ。あの時、庇い立てした理由も分かりやしたし一安心ってやつで。あっしはてっきり…」


「…?てっきり?」


「い…いやぁ~、ぬはははは!何でもござんせん。それよりも、話はまだ終わってねぇんでしょう?これだけだとチーネさんが怪盗だとは断定できやせんから」


 実際この話だけだと、チーネが侵入してきたのは分かっても、彼女が本当に怪盗スパータなのかまだ分からない。

 ラティの発言に関しても、勘違いしただけと思うのが普通で、その言葉だけではチーネが怪盗である証拠にはならないだろう。


「…はい、実はですね。ジューロさん達が戻った後なんですけど────」


 ジューロ達と別れ、ラティの部屋に泊まる事になったリンカは、ラティと二人きりになったタイミングで事のあらましを伝えたそうだ。


「そこでラティ姉さんに、私の部屋に入ってきたのはチーネだったって事も伝えたんですけど。それは知ってたみたいで…」


「えっ?」

「んん?」

 ジューロとグリンは首を傾げた。


「えっと。私もラティ姉さんにそう聞かされた時は同じ反応をしたので、気持ちは分かりますっ」

「…ふむ、続けておくんなさい」

 その後リンカは、何故ラティがチーネのことを怪盗スパータと呼んだのか…。その事情を聞くことになったそうだ。


 それは過去の王宮内。来賓の一人としてラティも王宮に呼ばれていた時の出来事。

 怪盗スパータにより王宮内に騒ぎが起こり、それが切っ掛けで、怪盗スパータがチーネだと知ってしまうことになったらしい。


 その時も怪盗スパータは、目元を覆うマスクをして、腰回りにヒラヒラとした装飾を施し、ピッチリと身体のラインが見える服を身に付けていた。


 当然ながら、目元しか隠していない事もあり。知り合いが見たら一発で誰なのか判断がつく程度の変装である。


 あまりにも雑な変装で、その現場に居合わせたラティは唖然としてしまい、頭を抱えたくなるほどだったという。


 しかし、怪盗と遭遇した時。その場に居合わせた人達とは距離があり、チーネと面識のない人には怪盗が何者なのか、どんなヤツなのか全く判別が付かなかったであろう事は幸いだった。


 それでも同行していた産業ギルドのメンバー達はチーネだと気付いてしまったそうで。

 このままだとギルドを含め色々と問題になると考えたラティ達は、チーネを庇う為、居合わせたメンバーと口裏を合わせ"怪盗スパータは男である"という嘘の目撃証言と噂を流布する事にした。


 意外にも、ラティの思惑は上手くいき、怪盗スパータの見た目に関する噂だけはチーネに結び付かないようにすることが出来た。


 そういう経緯もあってか、今回チーネがリンカの部屋に侵入した事に気付いた時も、ついウッカリ庇う時のクセで、怪盗スパータであると発言してしまったらしい。


 普段ならこの発言は誤魔化して終わる所だったが。

 リンカが既にチーネと知り合っていた事、そして部屋で遭遇した侵入者がチーネだと看破してしまっていたことを聞いた事で、変に誤魔化して話をややこしくするより、正直に話した方が良いとラティは考えを改め、リンカに事情を打ち明けるに至ったようだ。


 ───ジューロはリンカの話を聞いて、疑問も残るが概ね腑に落ちた。

 最初から知っていたと考えれば、彼女らの行動や言動も色々と納得がいくからだ。


「あのさ。ひょっとして、チーネをギルドから追い出したのも、彼女を守る為だったりするのかな?」

 グリンも話を聞いて、そんな疑問を口にした。


「みたいです…。あのまま騎士団に捕まったりしたら、ちーちゃんの素性もバレるんじゃないかって」


 チーネを追い出さず、彼女を置いたままでいたら、ギルドに乗り込んできた騎士団に捕まっていた可能性は高い。

 その場合、チーネも勿論だが、産業ギルドとしての立場も危険にさらすことになる。


 考えてみれば、チーネを怪盗スパータだと知って尚。こういう事態になるまでギルドに置いていた事そのものが、甘い対応だったとも言えるが…。


「…怪盗スパータの件は分かりやした。リンカさん達がチーネさんを庇いたい気持ちも理解できやすが…。今回、人を襲った件については看過できねぇと思いやす」


 襲われた冒険者たちは、命こそ無事だったが大怪我を負っていた。

 リンカが居合わせなければ失血死していたことだろう。


「実際、あの場でチーネに好きにされていたら…リンカさんやグリンだって襲われていたかもしれやせん」

「確かに、そうだね…」

 グリンの表情が暗くなる。

 友人がああいう凶行に及んだのを目の当たりにしたのだ、心中おだやかではないだろう。


「あ、あのっ!実は、その事について気になる事があって…」

「気になる事?」

 リンカが身を乗り出してジューロとグリンに近付く。


「あの時のちーちゃん、どうみても正気じゃなかったですよね」

「うむ」

「うん」


「私。おかしいと感じて、ちーちゃんの魔力を見てみたんです。すると、その身体の内側から気味の悪い魔力が湧き出てて。まるで、それに蝕まれているような…」


 リンカはギルドで仕事を始めてから、魔法を使う頻度が上がっている。

 そのお陰もあって、他人の魔力を視認する事ができる程度に魔法の技術と練度が上がっていた。


「ふぅむ??…リンカさん、すまぬがあっしは魔法の事が分かりやせん。つまり、どういう事なので?」

「えっと。簡潔に言うと、ちーちゃんが何かに操られているんじゃないかって」


 何かに操られている────?


 ジューロの故郷、日ノ本にも"狐憑き"といわれる逸話を聞いたことがあるが、同じようなものだろうか。

 思い返せばチーネの最後の反応からも、自分の意思での行動ではなかったように見受けられる。


「実は、僕もあの時、チーネに対して気付いたことがあるんだ…聞いてくれるかい?」

 グリンもリンカの話を聞いて、何か思うところがあったようだ。


「はいっ!」

「うむ、お願いしやす」

 ジューロとリンカは頷いて返した。


「僕もチーネを見た時、あんな事をするなんて信じられなくてさ。嗅覚で本当にチーネかどうかどうか確かめたんだ。結局チーネの匂いで間違いなかったんだけど、彼女の身体の内側、そこからチーネとは別の嫌な感じの臭いが混じっててさ」


「内側…?」

 二人の話は共通する点がある。

 チーネの身体の中に…何かがあるのか?


 リンカもグリンも、友達を庇いたいが為にデタラメな事を言うような人達ではない。

 なによりジューロ自身も、違和感があるのは身をもって感じていた。


 路地裏で暴れるチーネを無力化しようと、腹部に拳を叩き込んだ瞬間───拳を通して妙な気配があったからだ。


「…リンカさんが言うように。チーネさんは何かに操られていると見るのが良ござんすね」

「でもジューロ、僕が言うのもなんだけど。確証があるワケじゃないから…」


「たしかに確証はありやせんよ。ですが、嗅覚を麻痺させる香水まで使うような怪盗が、ああいう凶行に及んでいるのに、その時だけソレを使ってねぇってのも...おかしい話でしょう?」


「…あっ!」

 グリンも言われてから気付いたようだ。

 怪盗と遭遇した場所で、普通に嗅覚を使えていたことに。


 本当に自分の意思で行動したのであれば、追われる可能性を考えて、用意周到にするのが定石だ。

 少なくとも、今のチーネは正気ではないと思われる。このまま放っておけば、犠牲者が出るのも時間の問題だろう。


「ともあれ、何とか騎士団より先に取り押さえるしかねぇか。どうすれば正気に戻せるかは分かりやせんが…」

「そ、そうだね。ハハハ…」

 グリンが苦笑いを浮かべた。

 一度は一緒になってチーネを取り押さえようと試みたが、恐ろしいまでの力を発揮していたチーネを思い出し頭を抱える。


「ジューロさん、それなら私が何とか出来るかもしれません」

「む?!取り押さえる事をでござんすか?」

「そ、そっちじゃなくて…」


「正気に戻せるってこと?」

「はい!可能性があるってだけですけど…」

 可能性だけでも十分だ。正気に戻すため具体的にどうすれば良いのかが気になり、訊ねようとした時。給仕係が料理を運んできた。


「でも、その前に腹ごしらえしましょう!二人とも今日は大変でしたし…ちゃんと食べて下さいね?」

 正気に戻す方法は気になるが。リンカの言う通り、ジューロ達も色々あったせいで消耗している。

 今後に備え、休息も体力もとっておくべきなのは確かだ。


「うむ!それもそうでござんすな」

「じゃあ、先に食べちゃおうか。いただきます!」

 リンカに促され、ジューロとグリンも食事を摂りはじめるのだった────


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