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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第三十七話

 

 冒険者ギルド【女神の加護】は王宮近くにあり、ミルフィーとチーネが住んでいる区域からは少し距離がある。


 ジューロ達はミルフィーから話に聞いた冒険者ギルドの情報を話し合いながら、そこへと向かっていた───


 ミルフィー達が住んでいる区域にも冒険者ギルドはいくつかあるのだが、何故ワザワザ離れたギルドを選んだのか。

 それを疑問に思ったミルフィーがチーネに訊ねたこともあったそうだ。


 ミルフィーの質問に対し、チーネから「名の売れてきたギルドを選んだ」という答えが返ってきたらしい。

 価値観は人それぞれだし、ミルフィーもそういうものなのだろうと一応納得し、それ以上は聞かなかったという。


 しかし、チーネが冒険者として働き始めてしばらく経った頃。ある時を境に、チーネはパッタリと帰ってこなくなってしまった。


 最初はクエストの時間がかかっているか、他所で遊んでいるのだろうと考え、最初は特に気にも留めていなかった…のだが。


 チーネが仕事に出てから二週間が経ち、流石にこれはおかしいと、ミルフィーは王宮の騎士団の動きを調べたり、冒険者ギルドにチーネのことを訊ねに行ったりしたという。


 だが、騎士団が誰かを捕まえたという話もなかったし、冒険者ギルドを訪ねてチーネの事を聞いても、十日前にクエストを終わらせ既に帰ってきている…との答えだけ。


 それ以外には情報を得られず、ミルフィーはそのまま帰る事にしたのだが。ここ二年ほど冒険者の失踪が発生していることが脳裏に浮かび、不安に駆られて事件のことを調べる事にしたという。


 ミルフィーなりに調べていくと、失踪者の多くは"女神の加護"から出ている事が分かり。さらに失踪者のほとんどが何かしらの<特殊能力>を持った人間である事にも気付いた。


 チーネに嘘を見抜ける特技がある事をミルフィーは知っている。

 その不安は膨れ上がり、チーネの事を見ていないか、知らないかどうかをグリンに聞いてみたのが最近のこと。


 ジューロ達は二ヶ月前からチーネとは会ってなかったが、彼女が失踪したのはここ三週間の出来事。

 それでも結構な日数が経っている事には変わりないが…。


 そういう経緯を聞かされた事もあり、ジューロ達はチーネ探しが厄介な事になるような予感がしていた。



 ───今回、冒険者ギルドに向かうのはそこへチーネが戻っている可能性もあると考えたからだ。

 家に帰らずミルフィーと入れ違いになり、そのまま別のクエストに向かったという事だってありうる。


 それと時間は経っているが、チーネの匂いの痕跡が残っている可能性もゼロではない。

 これはグリンの嗅覚頼りになるが、いま出来ることはやっておきたいのだ。



「───ここが冒険者ギルド…ってヤツでござんすかね?」

 ジューロはそう言うと、豪華な造りの建造物を見上げた。


 建物の大きさだけで言うと、産業ギルドの倍はあるだろうか?

 ちょっとした城のような趣があり、結構な人数の出入りが見える。


「ん、ここで間違いないみたいです!」

「ともかく入ろう。まずはチーネが帰ってきてないか、もう一度確認しとかないと」

「うむ!」

 三人が豪華な建物の正面玄関をくぐると、ロビーと受付があった。


 そこでは鎧で身を固めた男たちが談笑していたり、尻や胸がほぼ丸出しの…スケベな格好の女たちが受付横の掲示板を真剣な顔で眺めていたりと各々の時間を過ごしている。


 …なるほど、たしかに冒険者ギルドのようだ。


 ジューロが王都に来たばかりの頃は、目のやり場に困る光景だったが。あれから二ヶ月経っているだけあり、だいぶ慣れてきている。


 異国はそういうものなのだろう───そう改めて思いながらスケベな格好をした女性を眺めていると、リンカに二の腕をつねられた。


「ぬぇあっ!…な、なんでござんす!?」

「…ジューロさんっ、鼻の下を伸ばしてないで行きますよ」

「リ、リンカさん…?」

 呆気にとられるジューロを置いて、リンカはさっさと受付の方へ行ってしまう。

 チーネを探しに来たのにそう見えたのなら怒るのも分からなくはないが、若干腑に落ちなかった。


「えぇ…?グリン、あっしそんな感じでござんしたか?」

「ハハハ…、僕はノーコメントで」

 グリンは苦笑いを浮かべると、逃げるように受付の方へ歩き出す。

「あ、ちょっ!待っておくんなせぇ」


 二人に置いていかれないよう受付に向かうと、ジューロ達に気付いた受付嬢が声を掛けてきた。

「こんにちは、冒険者ギルド"女神の加護"にようこそ!ご依頼でしょうか?それとも入会希望者ですか?」


「すいません、どちらでもなくて。人を探しに来たんです」

 申し訳なさそうにグリンが答える。

「人を?」


「はい、ここのギルドに所属してるラト族の女性。名前はチーネと言うんですが、いませんか?」

「ラト族の…チーネさん?ですね」

「そうです」

「確認します、少々お待ち下さい」


 受付嬢が受付席の背後に備えてある棚から帳簿を取り出し、パラパラとめくり調べはじめた。

「うーん、三週間くらい前にクエストを終わらせて帰ってきてるみたいですけど。それ以降はギルドに来てないみたいですね」

「そうですか…。チーネに連絡を取ったり出来ませんか?」


「あの、チーネさんにどのようなご用件でしょうか?依頼でしたら別の方を紹介できますけど」

 受付嬢は少し怪訝な顔を浮かべるとグリンに質問を返した。

 いきなり来て、ギルドメンバーの事を色々聞かれたらこうなるのは当然と言えば当然か。


「あっ、すいません。実はチーネが家にも帰って来てないらしくて。それが心配で探しに来たんです」

「なるほど、そうだったんですね…。ですが、申し訳ありません。チーネさんはギルド住込みではないので、そういった方のクエスト外の事はこちらも把握しきれませんし、連絡を取るにしても登録された住所に手紙を送付するくらいしか…」


「うぅーん…、そうですか」

 手紙を送付したところでミルフィーの家に届くだけだし意味がない。


 グリンが頭を抱える横で、リンカが何か思い付いたのか、受付嬢に質問を投げた。

「あのっ!ちーちゃ…チーネさんが最後に受けていたクエストは単独だったんですか?」


「えーっと、彼女を含めて三人だったみたいですね」

「その人たちにお話を聞く事って出来ますか?ひょっとしたら、行き先を知ってるかもしれませんし…ちょっとしたことでも分かれば」


 なるほど、確かに盲点だったとジューロはリンカに感心した。


 もしかしたらチーネの友人かもしれないし、そうでなくても仕事仲間なら少しでも情報を持っている可能性がある。

 それにグリンの嗅覚も加われば、情報を辿って手掛かりも見付けやすくなるハズだ。


 リンカの話を受けて、受付嬢は再び帳簿に目を通す。

「えぇと、この二人は…昼頃に帰って来る予定になってますね」

「本当ですか!?」


「二人ともギルド住込みなので連絡は取りやすいですが…確実に話を聞くなら依頼として出された方が良いと思いますよ?時間を拘束されるのを嫌う人もいますし───」


 受付嬢のアドバイスに従い、ジューロ達は依頼としてお願いすることにした。


 依頼なら無下にしにくいし、もし依頼を断られた場合も、依頼料の返却と断られたことを伝えにギルドの職員がこちらに来る事になっている。


 ジューロ達は、ギルド"女神の加護"の近くにある酒場。夕刻の四時を指定し、そこで冒険者と落ち合う事となった。



 ────夕刻。

 ジューロたち三人は、待ち合わせ時刻の十五分前に酒場に顔を出した。


 日が沈んでからの酒場は人が溢れるという話を聞いたので、やや早い時間を指定したが正解だったようだ。

 酒場は人がまばらで席も空いているし、これなら待ち合わせしている人が来てもすぐに分かるだろう。


 カウンターでグリンが酒場のマスターに話し掛けると、待ち合わせの冒険者たちは既に来ているらしく、さっそくスタッフに案内されることとなった。


 酒場の奥───厨房近くの席に通されると、男女の冒険者が見えた。

 男性はテーブルにうつ伏せになり寝息を立てていて、女性の方は酒を呑みながらダラダラしている所であった。

 …彼らがチーネと同行してた冒険者なのだろうか。


 案内してくれたスタッフにお礼を言って別れると、さっそく冒険者にグリンが話し掛けた。

「あの~、お二人がチーネとクエストに行った冒険者の方ですか?」


「そうだけどぉ~?んん~っ、どちらさまかしらぁ~?」

 冒険者の二人からは酒の臭いが漂っていて、女性の方は見るかぎり視線が定まっていない。

 …どうやら出来上がってしまっているようだ。


 若干の不安を覚えつつも、グリンはなんとか話を試みる。

「お二人に話を伺いたくて依頼を出したグリンという者ですが」

「あ~そっかぁ、もうそんな時間になったのねぇ。ホラぁ、アンタも起きな~?」


 女性がうつ伏せになっている男性を揺さぶり起こすと、男性も意識を取り戻したようでノッソリと顔を上げて挨拶した。

「お~ふ…、おはよう?なに?」


「ホラぁ、依頼の人たちよ~。チーネの事で話が聞きたいとかなんとかの~」

「…あ~来たのかぁ、早かったな。ところで何を聞きたいんだ?」

 二人とも酔っ払ってはいるが、この様子なら話は一応出来そうだ。

 ジューロ達は軽く自己紹介と挨拶を済ませると、さっそく本題に移った。


「えぇと、実はチーネが音信不通なったんです。最後にクエストで同行してたのがお二人だったので、彼女の行き先とか…何か知らないかなと思いまして」


「あらぁ…そうだったのぉ。でもアタシらが知ってる事っていってもねぇ」

「二回ほど組んだことあるけど、あくまで仕事仲間だからな。そんな詳しくはないぜ?」


「かまわないです、知っていることだけでも。最後に行ったクエストの帰りとか…どこで別れたかとか、本当に些細なことでも良いので」


「そ~言われてもねぇ~…」

「三週間くらい前の事は中々思い出せそうにないしなぁ?何か切っ掛けがあればな~」


 ジューロは二人がチラチラと酒瓶を見ている事に気付くと、懐から小銀貨を取り出し二人の前に差し出した。

「お二方はクエストから戻られたばかりと聞き及んでおりやす。疲れを取れば思い出すかもしれやせんし、これでお酒でも頼んでおくんなさい」


「あらぁ、気が利くじゃない。ちょうど思い出したかもぉ~」

 上機嫌で女性がそう言うと、お酒を注文しつつ話を続ける。


「あのねぇ、チーネはギルドに依頼の報告を終わらせた後は、いつもゴミ捨て場に向かってたらしいのよ~」

「ゴミ捨て場でござんすかい?」


「そーそー、ギルドの裏手にあってね~。ゴミを持っていくワケでもないし、逆に持ち出した話も聞かないし。特に面白いものもないハズだけど、ひょっとしたら何か分かるかも?」

 あまり期待していなかったが、思っていた以上の情報が出てきた。


「後は、そうだな~。気になる事といえば冒険者が行方不明になるって話?関係あるかは分からんけど」

「あ~それねぇ。冒険者が何の痕跡もなく消えちゃうヤツでしょ~?」


「何の痕跡もなく...ですかい?」

 ジューロは【神隠し】という言葉がなんとなく頭に浮かぶ。


「そーなのよぉ、だから事件かどうかも分からなかったんだけどぉ~」

「どうも騎士団は怪盗スパータが犯人だと目星を付けたらしくてね、冒険者ギルドにも手配書が出てるぜ?」


 二人の話を聞いていたリンカは顔を曇らせた。

「あのっ、私。怪盗さんは関係ないと思います…」


 王都に来てから、怪盗スパータの噂話はいくつか聞いている。

 人を傷付けず、病気や面倒事を抱え込んだ人…瀬戸際にいる人たちを救う義賊。

 そういう話もあるし、ひょっとしたらリンカは感情移入しているのかも知れないが…。


 それを抜きにしても、確かに違和感はある。

「そうでござんすな…。痕跡も無いものをどうやって怪盗の仕業と断定したのか。気になりやすね」


「うぅ~ん…それは俺らに言われてもなぁ。でも、言われてみたらおかしな話かもな~?」

「そーねぇ。けどあのイコナ様直属の騎士団だし、不思議な力を使って調べたのかもしれないわよぉ」

「だな~、女神の使いだからソレくらいは出来るのかもしれねーな」


 他にも何か知らないか訊ねてみたが、二人から聞けた情報で重要そうなのはその二つのみだった。


「悪いな~、あんま役に立てそうな話でもなくて」

「いえ、そんなことはなかったですよ!チーネの行動も少しだけ分かりましたし、僕なら匂いで辿れるかもしれないので」


「そっか~、頑張ってねぇ!アタシらも、もしチーネのこと何か分かったら教えたげるから~」

「クエストに行ったよしみもあるからな、それと変な帽子の兄ちゃん、お酒あんがとな!」


 冒険者の二人も帰路につくようで、ジューロ達と一緒に酒場から出ると挨拶を交わし、そのまま別れる事になった。


 冒険者の二人は互いに肩を組み、上機嫌のまま路地裏へと向かって歩きだす。

 路地裏の方へ消えていった二人を見送ると、ジューロは酒場に視線を向けた。


 日は傾いてきており、薄暗くなってきたと同時に酒場に明かりが灯る。

 徐々に人が集まり始め、賑やかになってきている様子は外からでも分かった。


「僕は日が沈む前にゴミ捨て場に行ってみるよ。二人はどうする?」

「私もお手伝いしますっ」


「んじゃ、あっしも。一人で帰るのも寂しいでござんすから」

 ジューロは自分の発した言葉にハッとなり、同時に少し動揺する。


 リンカやグリンと一緒に居ることが多かったからだろうか?

 甘ったれた感情に気恥ずかしさを覚え、誤魔化すように頭をかいた。

「ハハハ、じゃあ三人で調べに行こうか」

「ですね!手分けすれば早く調べ終わると思いますから」


 二人に促され、冒険者ギルドの方へ歩き出したその時だった。

 路地裏から先ほど別れた冒険者の悲鳴。それとバキバキッ、パリン───という、何かが壊れるような音が聞こえてきたのだ。


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