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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第三十六話

 ジューロがリンカの元へ行くと。白いクロークコートを身に纏った白髪の男が、リンカに何か頼み事をしている姿があった。


「───そこを何とか…お願い出来ないだろうか?譲って欲しいワケじゃないんだ、その【封魔の腕輪】を貸して欲しいだけなんだ」

 白髪の男は、少しかすれた声を出しながら、切羽詰まった様子でリンカに懇願している。


「いくら頼まれても困ります、これは大切な───」

 悪意は無さそうだったが、リンカは困った様子を見せており、右手に付けた金の腕輪を庇うような仕草をしながら男の頼みを断っていた。


「リンカさん、大丈夫でござんすか?何かトラブルでも」

「あっ、ジューロさんっ!」


 声を掛けると、リンカはジューロの存在に気付き、その表情と声に安堵の色が浮かんだ。

 そして彼女にしては珍しく、ジューロの背後に身を隠すように引っ込んでしまう。


「見たところ、事情がありそうでござんすが。彼女も困っておりやすし、お控え願いやせんか?」

「あっ、これはとんだ失礼を…」

 男は少し恥じるような素振りを見せた後、少し落ち着きを取り戻したようだ。


 それでも、男には焦燥感が少し残っているように思うし、疲労もあるのか顔色が悪い。

 無精髭が少し目立つのもあるが、白い髪であるからそう感じるだけだろうか?


「心配して声を掛けていただいたのに、申し訳ない───」

 男はそう言うと、フラフラしながらも頭を下げた。

 その言葉を聞く限り、どうやら先に声を掛けたのはリンカの方だったらしい。

 ジューロですら顔色の悪さに一目で気付いたのだ。この様子を見たリンカなら、心配して声を掛けることは想像に難くない。


「も、もういいですから!顔を上げて下さい。それより、大丈夫なんですか?体調が悪そうですけど…」


「ありがとう、大丈夫。一晩中調べものをしていたので、少し寝不足なだけなので」

「一晩中?図書館で…、でござんすかい?」


「あっ、いやっ!?たははっ!もちろん自宅で…」

 男は取り繕うように、乾いた笑いを浮かべる。

 そして気を取り直し、改めてリンカに向けて言葉を続けた。


「…それより、自己紹介がまだでしたね。わたくし、吟遊詩人をやっているシャーリーと申します」


「シャーリーさん、ですか」

「シャーリーさんでござんすか」

 シャーリーと名乗る男の言葉を聞いて、ジューロとリンカはハッと気付いたように言葉を重ね、互いに顔を見合せた。


 ジューロの故郷探しの手掛かりになるかもしれないからと、探していた人物だったからだ。

 吟遊詩人で全体的に白っぽい人物だと聞いていたし、その特徴とも合致している。


「自慢ではないですが、これでも王宮で御用達いただいている身。その様子だと、どうやら名前だけはご存知だったようですが」


 シャーリーはジューロ達の反応に少しだけ勘違いしたようだ。

 たぶんシャーリーは名の知れた人なのだろう。有名だから知っているというワケではないのだが…。


「いやぁ、なんというか。チーネさんや司書のミルフィーさんに聞いたから知っているだけでござんして」

「チーネやミルフィーさんに?」


「えっと。実は私たち、吟遊詩人さんに訊ねたいことがあって探してたんです。ちーちゃん…えと、チーネさんに吟遊詩人さんと話を通してくれるよう頼んでたんですけど…」


「そうだったんですか。…えっ?チーネに頼んだって、最近会ったんです?どこで見かけました!?」

 リンカの言葉に、シャーリーが身を乗り出して逆に訊ねてきた。


「あの、えっと…。それを頼んだのは二ヶ月くらい前のことで。ここ一ヶ月くらいは見てないんです」

「そ、そうですか…。たびたび申し訳ない」

 この反応。どうやらシャーリーもチーネが音信不通になっていることを知っているようだ。


「…あ、ところでお二人は。えぇっと───」


「すいません!まだ名前を言ってなかったですね。私はリンカって言います」

「あっしは名をジューロと発しやす」


「リンカさんとジューロさん。わたくしに聞きたいことがあると仰ってましたが…」


「あっ、そうなんですっ!実はジューロさんの故郷…ヒノモトの事について、吟遊詩人さんなら何か知らないかなって思ってて」


 リンカが日ノ本の名を口にした時。シャーリーの顔が真っ青になり、動揺したように見えた。


「日ノ本ですか。申し訳ない、そのような国は聞いたことも…」

 一瞬の間があり、シャーリーがジューロをチラリと見やる。

 その視線の質が先ほどとは変わっていて、どうにも警戒されているように感じた。


「そうなんですか…。うぅ、ジューロさん。どうしましょう」

 リンカはそんな事に気付いていない様子で、手掛かりになりそうな事が一つ減ったことを自分のことのように悲しんでいる。


 大丈夫、他にも手立てはあるからリンカさんは心配しないで欲しい──。

 そうやってリンカに声を掛けようとしたのだが、先にシャーリーが口を開いた。


「───ですが、王宮にある文献なら、日ノ本に関する情報もあるかもしれない」


「本当でござんすか?」

「本当ですか!?」

 思わぬ返答にジューロとリンカが食い付く。


「可能性があるってだけですが…。そこで一つ、交換条件というか、頼みがありまして」


「ふむ、頼みとは?」

 もちろん情報もタダとは思っていない。対価が必要なら、可能な限り払うつもりだ。


「リンカさんの封魔の腕輪。それを少しの間、貸していただきたい」

 しかしシャーリーは、ジューロではなくリンカに対して提案を出してきた。

 情報を欲しているのはジューロなのだから、リンカに提案するのは筋違いだろうに。…どうにも彼はリンカの腕輪に固執しているようだ。


「王宮に入れる人間は限られてますから、わたくしが日ノ本の情報を調べて提供する。腕輪に関しては心配いりません。わたくしの所在も身の上もハッキリしてますし、逃げたりなどはしませんよ。お借りするのも三日…いや、二日だけとお約束します。悪くない取引だと思いますが、どうでしょう?」


「…それなら───」

「申し出、ありがとうござんす。つつしんで、お断りいたしやす」

 ジューロはリンカの言葉に割って入る。


「えっ?でもジューロさんっ。ひょっとしたら故郷の事が何か分かるかも…」

 リンカが腕輪に手をかけ外そうとしているのが見え、ジューロは思わずリンカの腕をおさえた。


「リンカさんには既に、充分すぎるほど助けて貰っておりやす。これ以上は…」

「けど、貸すだけなら」


「その腕輪、どういう物なのか存じ上げやせんが、リンカさんにとって大切なモノなのでござんしょう?」

「…どうして、そう思うんです」

「そりゃあ、見てりゃ分かりやす。付き合いもそこそこになりやすから」


 王都に来てから約二ヶ月。ジューロはこの国を、人々を、自分なりに見てきたつもりだ。

 もちろん、見てきたのはリンカの事だって例外ではない。


「でも、故郷の人達だって、ジューロさんを待ってるんですよね…。長く心配させるのは良くないですよ?」

「気持ちは嬉しいが、友人にそういう真似をさせて帰ってきたとあっては一家の恥。あっし自身もそういうのは望んでおりやせん。だから、大切なモノを差し出すのはやめておくんなさい。良うござんすね?」


「えっと…その…」

 リンカは返す言葉に詰まったのか、その視線を下げるのが見えた。

 彼女の視線を追ってみると、どうやらジューロがおさえた手を見つめているようだ。


「ぬぁっ!?も、申し訳ねぇ…。痛かったでござんすか?」

 慌ててリンカの腕から手を離す。

 手に力を込めたつもりはないが、痛かっただろうか?


「あっ、いえ!大丈夫ですっ」

「ま、まぁ~ともかく!故郷を探す手立てもまだ色々と考えておりやすから、心配無用で!」

 吟遊詩人の提案だって、確実なものではないだろう。


「それに故郷の場所が分かっても、即帰れるとも限んねぇですし。帰る為の費用が足りなければ…稼ぐ為に、ここにしばらく居座ることになりやすから」

「は、はいっ!分かりました。頑張りますっ」

「うむ!…うむ?何を??うむ、あっしがね?頑張らねぇとね?」


 リンカの言う頑張るの意味がイマイチ噛み合っていない気がしたけれど、一応リンカも納得してくれたようで一件落着…。


 と思っていたのだが、シャーリーは尚も交渉しようとしてきた。

「では、お金の問題でしたら!腕輪をお借りする担保となるお金を───いや、なんでしたらいっそ資金をわたくしが工面しますから!」


 シャーリーの言葉にジューロは頭を抱えた。

「えぇ…?シャーリーさん。無粋とかよく言われやせんか?」


 悪気が無いのは見て分かるし彼の必死さも伝わるから、むしろ怒りよりも疑問が湧く。

「しかし、そこまで食い下がられると逆に気になってきやす。リンカさんの腕輪とは何なのでござ───」


 ジューロがシャーリーに質問しようとした時、背後から女性に声を掛けられた。

「おはようございます。リンカさん、ジューロさん」


 振り返ると、司書のミルフィーが両手に大量の本を抱えて立っていて、その隣にはグリンもいた。


「あっ!ミルフィーさん。おはようございます」

「おはようござんす、ミルフィーさん。グリンが連れてきてくれたのでござんすね」

「いや~、ミルフィーさんが常駐してる場所からさ…。館内は匂いが完全に混ざりあってて見付け難かったよ」


 グリンの嗅覚も万能ではない。だから手分けして探していたのだが、結果的にグリンに任せっきりになってしまった。

 サボっていたワケではないが、ジューロ達がシャーリーと話し込んでしまっていたのが原因でもあり、申し訳なく思った。


「…あら?シャーリーさん、今日もいらしてたんですね。おはようございます」

「あぁ、ミルフィーさんおはよう。けれど、わたくしはそろそろ失礼しようと思っていた所だから」


「そうなんですか?先ほど開館したばかりですが…」

「王宮を留守にしておくのも不安があってね…、では」

 シャーリーは三人に会釈をすると、そそくさと帰って行ってしまった。

 彼に対する疑問はいくつかあったが、今日は別の目的がある。

 チーネの事を探し、リンカを安心させたいのだ。


「お二人とも、シャーリーさんと会うことが出来たんですね。聞きたい話は聞けましたか?」

 シャーリーを見送った後、ミルフィーがジューロに訊ねた。


「あっしの故郷については知らないそうで」

「それは、なんと言いますか…」


「残念ですが、致し方ありやせん」

「では、今日も本で情報を?」


「いや、今日はちと別件で」

「はいっ!情報は情報でも、今日はちーちゃんを探そうと思ってて」

「チーネさんを…」


 不安を滲ませた声で返すミルフィーに、グリンが続けて訊ねる。

「まだ戻ってきてないんですか?」

「ええ、あの子は冒険者ギルドの仕事…クエストからは無事に戻っていたようなんですが」


「クエストから帰ってきて、そのまま音信不通…で、ござんしたっけ?」

「はい…」


「ふぅむ。グリン、確かミルフィーさんにもチーネさんが騎士団に追われていることはお話ししたのでござんすよね?」

「あぁ、この前チーネに伝えに行った時にね」


 チーネにそれとなく騎士団に狙われている件を伝えるように───と、ラティに言われていたのもあるが。

 ミルフィーに迷惑が掛かる可能性を踏まえ、グリンはチーネに会った時、同居人を含めて真っ正直に伝えていた。


「まさかジューロさんっ!ミルフィーさんを疑ってるんですか!?」

 ジューロの一言を聞いたリンカは、少し怒ったようにジューロの肩を掴んで揺さぶってきた。


「うむ?いやぁ、それは無いと思いやすよ。チーネさんが音信不通になったことを切り出してきたのは、他でもないミルフィーさんだと…グリンに聞いておりやすから」

 リンカに揺さぶられ、頭を左右にグラグラさせられつつもジューロは答えた。


「だね、チーネが居なくなったってのはミルフィーさんに聞かされて知った事だし。騎士団に突き出したなら、わざわざ僕に伝える必要もないと思うよ」


「ふぇ?」

 二人の答えを聞いて、リンカはピタリとジューロを揺さぶるのを止める。


「騎士団のことで、ミルフィーさんに情報が入ってないか訊ねる前に、ちゃんと事情を知ってるか確認しようとしただけなのでござんすが…。リンカさんには勘違いさせてしまいやしたね、申し訳ありやせん…」


「ふえぇ!あのっ、いえ!私の早とちりで!こっちこそごめんなさい」

 リンカは顔を真っ赤に染めながら小さくなる。


「まぁまぁ、二人とも。…それよりミルフィーさん、騎士団が誰かを捕まえたとか、そういう話を聞いたりしました?」

 気を取り直してグリンが訊ねると、ミルフィーは首を横に振った。


「騎士団のニュースについてはいつも目を光らせてましたけど、そういう情報は無かったですね。昨日、シャーリーさんから話を聞いたりしたんですが、騎士団に捕まってないのは確実かと」


「シャーリーさんからですか?」

 リンカが不思議そうに聞き返す。


「えぇ、彼もチーネさんの友人で、王宮内の事情も詳しいですから。例のやらかしも耳には入ってたみたいで」

 思い返せば、チーネと図書館で出会った時。彼女は吟遊詩人のシャーリーを探してミルフィーに声を掛けていたような気がする。


「そういえば話してなかったですね。私とチーネさんが知り合ったのは、シャーリーさんがあの子を連れて来たのが切っ掛けだったんですよ」

「ほほぉ、シャーリーさんの方がチーネさんとは古い付き合いだったので?」


「そうなんです。最初に二人を見た時、意外な組み合わせに見えましたから、今でも印象に残ってますよ。私が言うのも何ですけど」


 王宮の吟遊詩人と、当時は産業ギルドに居たチーネ。

 普通に考えると接点は無いように思う。


 だが、それを言ったらリンカやグリンと一緒にいるジューロも人の事は言えないか。

「何が起こって人と関わるかなんて、予想できやせんからね」


「フフッ、そうかもしれませんね。私も本来ならチーネさんと出会う事も無かったと思います。だってチーネさん、読書に興味無さそうでしょ?」


「「「確かに」」」

 ジューロ達が大いに納得し。三人が同調して言葉を発するのを見て、ミルフィーは声を殺して笑っていた。


「ま!捕まってないなら良い…のかな?」

「しかし、次はどうしやしょうか?チーネさんを探すにしても、闇雲に歩き回るワケにも」

 王都は広い。何の情報もなく人に聞いて回るのは現実的ではないだろう。


「とりあえず、冒険者ギルドに行ってみよう。チーネの手掛かりがあるとすれば、そこが一番だろうし」

「えっと、グリンさん。ちーちゃんのギルドは知ってるんですか?」


「あ、そっか…。冒険者ギルドって話しか聞いてなかったから。どうしよ」

 冒険者カードとやらを見せて貰ったことはあるが、流石に二ヶ月ほど前の事だ。

 情報が書いてあっても、その詳細までは覚えていないのも無理はないだろう。


 そんな感じで頭を悩ませるグリン達に、ミルフィーが笑って話し掛けた。

「ふふふっ、それなら私が知ってますから。冒険者ギルドまでの地図をお出ししますね」

「良いのでござんすか?この図書館は貸し出しとかしておらぬと聞きやしたが」


「大丈夫、私の私物ですし。それに、本当は私も探しに行きたいですけど…、仕事を放り出すワケにもいかないですし。せめてこれくらいは協力させて下さい」


 ミルフィーが持ってきた地図にギルドの場所を書き込むと、そのままグリンに渡してくれた。

 冒険者ギルドの名は【女神の加護】というらしい。


「ありがとうございます。何か分かったら、お伝えしに来ますね」

 グリンが地図を懐にしまうと、頭を下げる。

 ジューロとリンカもそれに倣い、ミルフィーにお礼を伝えた。


「こちらこそ、ありがとう…。三人とも、チーネさんの事をお願いしますね。お気を付けて」

 ミルフィーに見送られ、ジューロ達三人は図書館を後にする。


 目的地はチーネの居た冒険者ギルド【女神の加護】だ─────


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