第三十四話
時は少しだけ流れ、ジューロ達が総合産業ギルド<インターセッション>で仕事を始めてから、約二ヶ月が経った───
総合ギルドというだけあって、多くの業種と関わりがあり、互いに利となる部分で協力関係が築かれているようだ。
頭の悪いジューロには、ギルドの詳細な事については理解が出来なかったが。
それでも、農業から商品価値の落ちた作物や、穀物を収穫した後の藁などを飼料として畜産に回したり。漁業や畜産からは、肥料になるものを提供してもらったり。
また、工業系とのつながりでは農具を一括でギルドが買い入れ、農家に貸し出し。修理が必要な場合も速やかに対応できるようになっていて、ギルドを基点にすることで情報伝達も早く、連携も漏れなく取りやすくする工夫がされている…事だけは、何となく感じとることはできた。
そんなギルドの中。ジューロ達三人は新人ということもあり、フレッドに付いて仕事を覚えながら順調にこなしていた。
グリンは狩人の経験もあるので、害獣駆除に関する仕事にも加勢するようになったし。
リンカは魔法を用いて、風を起こして農薬の散布や、収穫前の穂から朝露をはらい乾燥させて収穫しやすくする…等の活躍を見せていた。
ジューロも最初は勝手が違っていて手間取っていたが。
それでも元農民だけあり、徐々に慣れ。全てとはいかないが基本的な仕事はこなせるようになっていた。
「うぅむ、しかし。リンカさん達に比べ、役に立ってる気がしやせんなぁ…」
魔法を使い、農薬の散布をしているリンカを眺めながら、ジューロがポツリと呟く。
「へへっ、そう言うなよ。魔法は確かに便利だけどさ、全てが出来るワケじゃあない。人の手を直接入れなきゃダメな所だってあるんだからさ」
同じように、農薬の散布が終わるのを待っているフレッドが、ジューロの背中を軽く叩きながら答えた。
今日は、枯れ木や切り株の撤去。他にも崩れた土手を修復する作業もあるのだが、それより先に農薬の散布を終わらせておく算段で、リンカが先に魔法を使って作業をしてくれている。
リンカが作業をするわずかな間。少しだけ暇が出来ることもあるが、こういった魔法を見るのが楽しいからだろうか。
作業する為に集まった農家の人達も、ジューロたちの隣で農薬の散布を見物している。
その中の年配の夫婦が、ジューロとフレッドに声を掛けた。
「そうよぉ、ジューロちゃん。魔法は確かにすごいけど、それだけで済むワケじゃないしねぇ。それに人手があるだけでウチらは助かってるよぉ」
「だなぁ。それに若い人らが来てくれるだけでも活気が出ていいもんだよ~。二ヶ月くらい前までは若い子、フレッドくんだけじゃったしなぁ」
ここにいる農民達に、若い人はほとんど居ない。
今までは、この土地の人達だけで十分に人手は足りていたそうなのだが。現在では、ギルドから派遣される人を加えなければ厳しい状況にあるとの事だ。
フレッドが以前、その状況を不思議に思い。なぜそうなったのかを訊いたそうなのだが。
どうやら、イコナ様が政策に関わるようになってから、農業に割かれる支援金などが削られ。給与面もそうだが、今後の発展も見込めなくなり、若い人達の流出が起こった───という顛末らしい。
「ほんとねぇ、ウチの孫も冒険者になるって出て行ったきりだし」
「冒険者でござんすか?」
「あぁ、一発稼いで家を楽にしてやるー!ってのぉ…。その気持ちは嬉しいんだがなぁ」
「イコナ様が来てから、冒険者への待遇が手厚くなったそうでねぇ…。出稼ぎのつもりなんだろうけど、死と隣り合わせの仕事だと聞くし…」
年配の夫婦の話題を皮切りに、ここに集まっていた人達が、互いにワイワイと口を揃えて不安を吐き出していた。
その中でも特に気になる事は、冒険者が行方不明になる事件だろうか?
そういえば、ギルドに初めて来た時、フレッドが騎士団とそういう会話をしていたか。
騎士団の人が言うには、犯人は怪盗だとか目星をつけてるらしいが、この件は未だに解決していないらしい。
「ふぅむ…、心配してるのでござんすね」
「心配もあるがね、本人の好きにさせてあげたいからなぁ、強くは止めやせんかったよ。しかしいざ若い衆が居なくなると活気が無くなるし、こうも寂しくなるとはなぁ」
「だぁねぇ~。だからジューロちゃん達が来てくれるのは本当に嬉しいのよぉ」
年配の夫婦が穏やかな笑顔で語る姿を見て、ジューロは初めてここへ仕事に来た時の事を思い出した。
フレッドに連れられて、ジューロとリンカ、グリンの三人が紹介された時。ここの人達は喜んで迎え入れてくれた。
ジューロが仕事を順調に覚えれたのも「若いのには教え甲斐があって、張合いがある」と、何かと彼らが世話を焼いてくれたお陰でもある。
「うぅむ、そう言われると有難いでござんす。あっしも気が入るってもんで」
「あらぁ、そう言ってくれるとウチらも嬉しいよ~」
「だなぁ~、うははははは!」
この会話を横で聞いていたフレッドが、満足そうにドヤ顔をしていた。
フレッドは前に「野良仕事も悪くない」とか言っていたが、そう話した理由も分かる気がする。
そんなドヤ顔をしているフレッドを尻目に、そろそろ魔法での散布も終わりそうだなと思い、ジューロはリンカに視線を戻した。
「ところで。ジューロちゃんはリンカちゃんのこと、ずーっと見てることが多いけど。やっぱりそういう事かしらぁ?」
年配の奥さんが興味ありげに訊いてくるが、おそらくは同じように心配事があるのだろうと察したのかもしれない。
「ふむ。確かに、気になる事はありやすね」
「へへぇ~、どんな感じで?」
せっかくなので、ジューロもその不安を少しだけ聞いて貰おうと思った。
「んむ、リンカさんが住んでた家のこと。予定よりも長く留守にしておりやすし、彼女の母親の墓参りとかもリンカさんは行きたいんじゃねぇのかと。…そういうのを含めて、どうにも気掛かりになる事が多くて」
リンカの事も気掛かりだし。もう一つ、一ヶ月前からチーネとも連絡が取れなくなっていたりなど、心配事が増えてきている。
「ありゃまぁ…。思ってたのと違うけど、そうなのねぇ。でも、それならリンカちゃんに直接聞いてあげたらどうかしら?」
「そうでござんすね。しかし、リンカさんは人に気をつかいすぎる所がありやすから、正直に答えてくれるかどうか…」
「それならなおさら聞いてみなきゃ~。もしリンカちゃんが遠慮してるように感じたらぁ、少し強引にでも連れ出すくらいしちゃっても良いと思うけどねぇ」
「それ、嫌われやせんかね?」
「だいじょうぶよぉ~!昔、おじいさんも強引な所はあったけどねぇ。ちゃんと伝えて、相手の事を考えてくれてるのなら、そうそう嫌われることはないと思うわぁ」
「ワシってそんな強引じゃったかなぁ?」
この夫婦の言葉は参考になるのかならないのか…、ジューロは思わず苦笑いを浮かべる。
少なくとも夫婦のそれは、信頼関係があってのもののように思えたからだ。
ジューロはリンカの事を信頼しているが、彼女から信頼されているかどうかは定かではない。
それはそれとして、彼女には話を聞いておこうとは思うのだが…。
「ジューロちゃん。グリンちゃんが戻ってきたみたいよぉ~」
ジューロが考え込んでいる間に、別件で出ていたグリンもこちらへと合流してくれたようだ。
「グリン、もう良かったのでござんすか?」
「うん、罠も仕掛けなおしたし、害獣が近寄らないようやれることはやっといたからね。こっちを手伝えることとか無いかなって」
「働きすぎじゃありやせんかい?休むのも大切でござんすよ」
「そうだぞー。やる気があるのは良いが、そこまでやられちゃ俺たちの立つ瀬もなくなるって」
フレッドも少し呆れたように言う。
「そ、そんなことは…。それに僕ひとりでやってるワケじゃないですし」
「そりゃこっちもそうだって。まぁ、助けが欲しい時は呼ぶからさ」
「じゃあグリンちゃん。リンカちゃんも丁度終わったみたいだし、一緒におやつ食べましょうかねぇ」
二人の話に割って入り、奥さんがグリンに声を掛けた。
リンカの方を見ると、空になった農薬入れの袋を持って、こちらに歩いてきている。
「ありがとうねぇ。リンカちゃんのおかげで時間に余裕が出来るわぁ」
「えっと、基本の魔法しか使えないですから、そこまでお役に立ててるかどうか…」
「謙遜しないのぉ、ほらほら!後はフレッドちゃんやジューロちゃんが頑張ってくれるから。リンカちゃんとグリンちゃんはしっかり休んでおきましょ?」
「で、でも…」
リンカがチラリとこちらを見る。
彼女の事だ、グリンと同じように他にも手伝おうとしているように思えた。
「後はあっしらに任せておくんなさい」
「そうそう、いってらー!」
そんなリンカに向かって手をヒラヒラと振り、笑顔で返すと。
「二人とも作業は気を付けて下さいね。特にジューロさんはドジなんですから」と、変な釘をさされた。
「ドジて…」
「へへへへっ、まぁまぁ良いじゃないか!とりあえず仕事、頑張ろう!」
少ししょんぼりするジューロを、フレッドが楽しそうになだめつつ、共に畑の方へと歩き出し、作業に向かうのだった───
ジューロが怪力を発揮するようになったのは、この国に流れ着いてからだ。
それに気付いたのは、最初に世話になった村、イゼンサ村での出来事が切っ掛けだった。
これまでジューロは必死だったり、余裕がなかったりで、あまり気にしていなかったが。本来、この膂力を発揮するのは、魔法で力を増強してないと不可能らしく、魔力を一切持たないジューロの力は異常であるとの事だった。
しかし、この場所で異常な力を発揮しているのはジューロだけではないことに気付いた。
それはフレッドである───
彼もまた、ジューロと同じく魔力は全くないらしいのだが…。
荒れ地になっていた場所の整地をする際。邪魔になる倒木や切り株を撤去する時、フレッドはジューロと互角か、それ以上の怪力をみせていた。
「いやぁ、二人とも凄いな…。本当に魔法も使わずあんな力を出せるなんて」
「だな、危険な作業だけど。何かあっても二人が近くにいれば何とかなるかもって安心感があるな」
近くで一緒に作業していた人達も、二人の怪力には驚いているようだ。
「買いかぶりすぎってもんで。それに、何も起こらないのが一番でござんすよ」
「そうそう、事故にならないよう注意しながらやらないとな!」
そんなこんなで合間に談笑を挟みつつも、野良仕事はひとつひとつ順調に進み、日が暮れる前にはみんなで作業を一段落させるのであった。




