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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第三十三話

 初めこそ、列車という巨大な物体が動きだしたことに驚き、客車内を見回していたジューロだったが。これがこの国の日常なのだと分かると、視線は自然と窓の外───移り変わる景色へと向いていた。


 いままで生きてきた中で、このように動く巨大なカラクリに乗るのも初めてだったし、見たこともない新鮮な景観が次々と移り変わる様は、ジューロにとって心踊る体験だ。


 車窓からの景色に見とれていたジューロだったが、ふと我に返り、同じ席にいるはずのリンカ達から話し声が聞こえないことに気付いて振り返る。


 ───すると、なぜかリンカ達は生暖かな視線をジューロに向けていた。


「ジューロさん、本当に列車初めてなんですね」

「あっ、いや…なんか申し訳ござんせん。仕事の説明をかねて来ているのに」


「へへっ、いいさ。移動くらいのんびりしてたって構わないよ」

 フレッドは気にしないといった感じで、椅子に身を預けるようにもたれかかる。


「ハハハ!今のジューロを見てると懐かしい気持ちになるな…。僕も父さんと初めて列車に乗った時は、そんな感じだったし」

「私もです!お母さんと一緒に乗って、お出掛けしたこともあるんですよ」


「ほほぉ。二人が子供の頃には、既に列車があったのでござんすね」

「そうだね。ま!じいちゃんが子供の頃には走ってたっていうし、列車の歴史はそこそこ長いって聞くなぁ」


「ふぅむ!地下水路の話といい、この列車といい。とんでもねぇほど高い文明を感じやす」

 イゼンサ村やラサダ村でも、人や服装だけでなく家の造りや文化に違いは感じたが、王都はまた別格であるように思う。

 夜道ですら明るかったりしたのも驚きだったが、ここまで大掛かりな乗り物まで目の当たりにすると、本当に人の世なのか?とさえ思うことすらある。


「確かにな、この国は本当に凄いと思うぞ。俺の故郷だって、かなり高度な技術を持ってたと思うんだが。この国は間違いなくそれを凌駕してる。…銃火器は別だが」

「ふむ?銃火器?」

 少し含みがある言い方が気になり、ジューロは素直に聞き返してみた。


「…あぁ、三人とも。コイツを見たことあるかい?」

 それに答えるように、フレッドは腰に備えていた銀色の銃を取り出すと、三人の目の前に差し出す。


「僕は見たことないですね、形的に小型の銃に見えるけど…」

 グリンはそう言うが、今一つ確信がないといった感じで顎に指を添えて首を捻った。


 ジューロもグリンと同じ感想ではあったが、火縄銃のような火受け皿などが見当たらないし、別物にも見える。

「確かに形は火縄銃に似ておりやすね…、リンカさんは分かりやすかい?」


 リンカなら知っていたりするかもと考え、ジューロが話を振るが、リンカは首を横に振る。

「ううん、私も見たことないです」

「うぅむ…」


 誰も分からないという様子で回答に詰まると、フレッドがニッと笑顔を見せた後「銃で正解だよ」と口を開いた。


「そうなんですか?でもコレ、どうやって火薬を詰めるんだろ。火薬を入れるにしても、完全に吹き抜けてるし」

 グリンは狩人もしていた経験からか、火縄銃についても多少は知ってそうな感じである。


 そんなグリンが驚いている様子から、特殊な銃であろう事は想像できた。


「へへっ、銃に直接火薬を詰める仕組みじゃないんだよ。これを見てみ?」

 フレッドはベルトから一つ、粒のような金属を摘まみ出す。


「これがこの銃の弾だ。この中に火薬が詰まっててね、これを装填して引き金を引くだけで撃てる仕組みになってるんだ」

 フレッドがそう言ってグリンに弾を渡すと、グリンは興味深く観察し、匂いを嗅いだりしている。


 ジューロとリンカも少し身を乗りだして、グリンに渡された弾に注目する中。グリンが感心したような声をあげた。

「本当だ…こんな小さな弾の中に、色々詰まっている匂いがする。金属も違うのかな?」


「どうせなら二人も手にとって見てもいいぞ?」

 身を乗りだして見ていたジューロとリンカにも、フレッドが予備の弾薬を差し出してくる。


「むむ、危なくないでござんすか?火薬が詰まってるとかなんとか…」

「大丈夫!大丈夫!よっぽど激しい衝撃を加えなきゃ平気だからさ」

 フレッドに渡された弾丸は、先端が細くなっていて、形的には短くなった鉛筆といった感じだ。


 ジューロも火縄銃に詳しいワケではないが、この弾がジューロの知るそれとは別物であるのは理解できた。


「…でも、本当に見たことないんだな」

 渡した弾丸を興味深く見ている三人を見て、フレッドがポツリとこぼした。


 それは質問というより、自分の疑問を独り言で呟いたような声だったが。グリンはそれに反応し言葉を返す。

「はい、見たことも、聞いたこともない仕組みですね」

「…そうか、やっぱりこの国だとマッチロック式だけなのかな」


「僕も全部知ってるワケじゃないですから。武器屋に行けば、何か分かるんじゃ」

「武器屋ならいくつか行ってみたよ。でも、こういった銃の取り扱いは無いし、聞いたこともないそうだ」


「じゃあ、姐さんとかどうですか?狩猟関連の仕事もギルドにあるそうですし。銃の情報も知ってたりしないですかね?」

「姐さんには最初に聞いたんだよね。でも知らなかったんだ…となると───」


 フレッドの顔つきが再び鋭く変わる。何か真剣に考え込んでいるようだ。


「あの、フレッドさん。なにか気になることでもあるんですか?」

 その様子をリンカも察し、言葉を掛けた。


「…今日、リニクトさんがギルドに来てただろ?」

「リニクトさん?えっと、ラティ姉さんに会いに来てた貴族の人ですよね」


「ああ、彼が受けていた傷。あれが銃創だったんだが、それがどうにも引っ掛かっててね」

「銃創…」

 リンカはフレッドの答えに少し青ざめた。


「あの傷は、少なくとも前装式の弾丸で出来るものじゃない。この拳銃で受ける傷に近いものだったんだ。つまり───」

「リニクトさんを撃ったイコナという者は…フレッドさんと同郷の人間。という事でござんすかい?」


 ジューロの回答に対し、フレッドは首を横に振った。

「いや、その可能性があるってだけさ…それにヤツの話を聞く限りだと、特殊な能力を持っているらしい」


「特殊な能力…魔法でござんすかい?」

「いや、魔法とはまた違う能力みたいでさ。姐さんから聞いた話なんだけどね」


 フレッドは腕を組み、再び椅子にもたれかかる。

「そもそも、俺の故郷に魔法や特殊な能力なんてもの──俺の知る限りでは無いし。ましてや女神のルモネラだっけか?そんな女神なんか聞いたこともない。そんな女神の使いだのと…胡散臭い事を語るようなヤツなら噂になっただろうし、少しは俺の耳にも入っただろうからね」


「ふぅむ…」

 フレッドは断定こそしなかったが、イコナという人物のことを疑ってはいるようだ。


「…あっと、仕事の説明とか案内とかしないとなのに、変な話になっちゃったな。すまない」


「いや、あっしとしては興味深い話が聞けやした、ありがとうござんす。あと、この弾はお返ししやす」


 フレッドは弾を受け取ると、それらをベルトに仕舞いこみながら苦笑いを浮かべた。

「そういってくれると助かるよ。そうだな、今の話は気にしないでくれ。お偉いさん方以外じゃ、そいつと関わることもないだろうからな。運が悪くない限りはさ」


 話は反れてしまったが、ジューロにとって、フレッドの話を聞けたのは大きかった。


 オウノ・イコナという名前から、日ノ本の名前的な雰囲気を感じ取っていたのだが。

 話を聞く限り、火縄銃よりも高度な武器を持っているようだし。そんなものを所持してるヤツが特殊な能力を持った人間だったなら、なおさら日ノ本でも噂くらいにはなるハズだ。


 今回に関しては、手掛かりになりそうなことが一つ潰れたことよりも。この情報の為に、危険な人物──イコナと関わる必要がなくなった事に対する安堵の気持ちは大きかった。


 この話以降は、フレッドから仕事の説明や王都の話、それに関する移動方法や他の町の事などを、案内してもらいながら説明を受けた。


 案内された中でも、ジューロが興味を惹かれたのはパドル船であった。

 郊外部に沿って流れる大河に船着き場があり、水車と煙突が付いたような巨大な船がそこにはあった。


 港町スプーと往来する船で、貨物船としての役割も果たしているそうだ。

 乗ることはしなかったが、白煙を上げて外輪が回り進んでいく姿は圧巻で、ジューロはこれにも目を奪われた。


「…ジューロさん。雰囲気変わりましたよね」

 遠ざかるパドル船を興味深く、楽しそうに眺めるジューロに、リンカが声を掛ける。


「ん?あっし?」

「えっと、少し前まではこう真面目というか、硬いというか。大人の雰囲気を感じてましたけど…」


 リンカの言葉にグリンも同調して、うなずく。

「それは少し分かるな。僕から見ても、最初に会った時と今とじゃ、だいぶ変わったように見えるから」


 そうリンカ達に言われるが、ジューロ自身は変わったつもりはない。

 心当たりがあるとすれば…心境の変化くらいだろうか?


「あー…それは、なんと言うか。たぶん余裕が無かっただけでござんす」

「余裕───ですか?」


「うむ。この国に漂着してから、人も文化もまるで違いやしたからね。ましてやモンスターなんて見たことすらなかったくらいで…。出来るだけ平静を装ってはおりやしたが、内心穏やかじゃなかったでござんすよ」


 ジューロは気恥ずかしそうに頭を掻く。

「ですから、雰囲気が変わったというより、普段通りに戻れただけかもしれやせん。…それが良い事か悪い事か、分かりやせんが」


 ジューロの言葉を聞いて、リンカとグリンは顔を見合わした後、柔らかく笑う。

「ん、私は良いと思いますよ。自然体って悪い事じゃないですから」

「そうだね、気を張りつめているよりずっといいよ」


「ありがとうござんす。心に余裕が出来たのはリンカさんやグリンのおかげで、どうにも助けられてばかりで───」


 故郷へ出来るだけ早く帰りたい気持ちはある。

 生きているにも関わらず、それを伝えないこと、帰らないことは心配をかける人に対して残酷な行為だろう。


 だが同時に、受けた恩義も何らかの形で返してから帰るべきだとも思っている。

 きっと、そういう事情があれば親分も大目に見てくれるハズだ。


 そんなことをジューロが考えていると。ふと、ニヤニヤしながらこちらを眺めているフレッドが視界に入った。

「んむ?フレッドさん、いかがされやした?」


「うんにゃ、なんでもない!ひととおり説明も案内も終わったし、そろそろ戻ろうか。列車も時間を逃すと厄介だしさ」

 フレッドがポケットから手のひらに収まる丸い何かを取り出して三人に見せた。それは小さい時計のようだった。


「あっ、もうそんな時間ですか?んじゃあ、戻りましょうか」

 グリンも帰路につこうという反応を見た後。フレッドが最初に、帰りを先導するように歩き始めた。


「ジューロさん、迷子にならないように付いてきてくださいね?」

 リンカは冗談っぽく言うと、先に進んだ二人に追い付くよう、早歩きで進みだした。


「えぇ?いや、ちょっ…待っておくんなさいよ」


 少し反論しようと言葉を探したが、そんなことを考えていたら離されそうな気がして、ジューロは慌てて付いて行くのであった────


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