第三十二話
リニクト達の姿が見えなくなると、ラティはフレッドに指示を出した。
すぐ行動に移るつもりなのだろう。
「もちろんですよ姐さん、こっちは任せといて下さい」
「ありがとフレッド。三人とも、後の説明はフレッドがしてくれるから宜しくね」
「はいっ!」
「承知しやした」
「分かりました」
三人が返事をするのを見届けて、ラティは手を振りながら会議室を後にした。
「───とは言っても、今日の説明はほとんど終わってるんだけどな…」
ラティを見送った後、そう呟くフレッドに、リンカが「そうなんですか?」と訊ねる。
「作業着のサイズ確認も終わったしなぁ。あとは現場じゃないと、ここで説明したところでどうにもなぁ…」
フレッドは帽子を脱いで頭を掻いていたが、ふと思い付いたように指を鳴らした。
「あ、そうだった!列車やパドル船とか、移動手段の説明をしておかなきゃいけなかったな」
「ええと、その列車だのパドル船?とかいうのが何なのか、分からないのでござんすが…」
「…え?知らないのか?」
ジューロが訊ねると、フレッドが驚いたように聞き返す。
「へい、あっしは聞いたこともありやせん」
「そうなのか。…えーっと、グリンとリンカちゃんだっけ?二人は列車やパドル船は分かるかい?」
「はい、私は大丈夫ですっ!昔は王都に住んでましたから」
「僕もですね、列車もパドル船も分かりますよ。ジューロはこの国に来たばかりですし、何も知らないのは仕方ないんじゃないかと」
「め、面目ねぇ…」
「そうか、うーん…。じゃあせっかくだし、王都の案内でもするか!駅の場所とか教えるついでだし、何より直接見た方が覚えるだろうからね」
モノを知らないジューロの為に、フレッドは案内を買って出てくれた。
「ありがとうござんす、お手間をかけてしまいやして…」
「いや、これくらい別にいいよ。難しいことじゃないからさ。二人はどうする?駅の場所や時間帯は地図や時刻表で説明できるし、今日はもう自由にしててもいいけど」
「あの、私もついて行っていいですか?久しぶりですし、前と変わったことだってあるかもですから」
「僕も一緒に行こうかな。フレッドさん、いいですか?」
「よし分かった、それなら三人とも案内しよう。今日は普段着のままでいいから、準備が出来たら三人ともフロアに来てくれ」
フレッドに言われたように、ジューロ達の三人は各々準備を済ませると、フロアへやってきた。
フロアの玄関口近くには、既にフレッドが待機しており、格好こそ作業着のままだったが、腰にベルトを巻きなおしていて、銃であろうものが収められているのも見えた。
待機していたフレッドがジューロたちに気付くと、ニカッと笑い「おーい!こっちだ」と言って三人を手を振り呼び寄せる。
「よし、三人とも揃ったな。まずは駅に行こう、これも渡しておかないとな」
フレッドは懐からカードを三枚取り出し、それぞれを三人に配った。
「こいつはなんでござんすかい?」
「定期券ってヤツだ、決まった場所でしか乗り降りできないが、それも含めて説明するよ。そのカードは失くさないようにな」
───今後の仕事に関わるということで。フレッドは王都について、簡単に説明を挟みながら案内し、その説明を聞いたジューロは改めて、この国の文化水準の高さに驚かされることになる。
「王都の地下には、巨大水路が通っているんだ。ウチのギルドにも関わることがあるから、定期的に掃除に入ったりしてるよ」
フレッドは歩きながら道を指差す。
「道に金属の蓋がついてるだろ。そこから地下水路に行けるんだ。でも案内無しで入るなよ?薄暗い上に、迷路みたいになってて。それこそマッピングしないとあっという間に迷子になるから」
「んむ?まるで迷子になったことがあるような物言いでござんすね」
ジューロの一言でフレッドはウッと怯み、少し苦い顔を見せる。
「くっ…情けない話だけど、察しの通りだ。仕事で入ることがあったんだが、その時に迷子になってさ?チーネに迎えに来てもらわなけりゃ…ヤバかったな!」
「チーネさんでござんすか」
「ああ、アイツは地下水路に詳しくてね。暗闇にも強いし、地下水路で仕事する時とかの貴重な人材の一人だったんだが」
「ほほぉ!」
「へぇ、チーネが…」
「だから、ギルドとしては割と痛手だな。かといってチーネを残しても今度は───いや、言っても仕方ないか」
何かフレッドは何か言いかけたが、進んでいく道の先に視線を移して言葉を仕舞いこんだ。
「あの建物が見えるだろ?あれが駅だ…ちょうど列車も来てるみたいだな」
フレッドが指差す方向へ視線を向けると、その先には確かに建物が見えた。
あれが駅と呼ばれる建物なのだろう、人の往来もチラホラ見える。
そして、駅の横には巨大な黒い塊のようなものが見えた。
駅へ近付いていくと、かつて坑道で見掛けたレールというものが敷かれているのが分かり、それが建物からずっと伸びている。
レールの上には、遠目からでも見えた巨大な黒い塊が鎮座していて、煙突や車輪も付いているのが分かった。
その黒い塊の後方には、ズラリと箱状の建物が並んでいて、ジューロには車輪のついた長屋のように見える。
───これは、鉄で出来ているのだろうか?人も出入りしているようだし、なんなのだろうか?
ジューロは興味津々で、レールに入れないように仕切られた柵から黒い塊を覗き込んでいると。
「ジューロさんっ、こっちですよ!」
ジューロを呼んでいる声に気付き、その声の方を向くと、駅の出入口で三人がジューロを待っているのが見えた。
どうやら見かねたリンカが声を掛けたようで、ジューロは慌てて合流する。
「リンカさん、なんか黒くてゴツイのがござんした!」
「あの、ジューロさん。迷子になっちゃいますよ?ちゃんと付いてきて下さい」
「も、申し訳ねぇ…」
「さっき、フレッドさんにも迷子にならないようにって言われたばかりでしょ?」
「えぇ…?そういう話でござんしたっけ」
「まあまあ、列車を見るのは初めてなんだろ?目を奪われるのも仕方ないさ」
フレッドがリンカをなだめるように言う。
「でも、放っておくとすぐ何処かに行っちゃいそうですし…」
「ま!その時は、僕が匂いで追えるから大丈夫だよ。リンカさん」
「グリンさんっ、そういう問題じゃないと思いますけど」
「そ、そうかな?ハハハ…」
「とにかく、駅に入ろうか。今の時間なら船着き場までの列車も出てる筈だしな」
フレッドが三人を駅の中へ入るように促した。
リンカに気圧されるジューロ達を見て、話を切り、助け船を出してくれたのかもしれない。
ジューロ達は、フレッドに案内されて構内へ入ると、改札口を通りホームへやってきた。
そこには、先ほど見ていた黒い塊があり、外から見るよりも迫力を感じる。
「ジューロさん、これが列車ですっ。人や荷物を運んでくれるんですよ」
「ほほぉ…。しかし車輪はついておりやすけど、これを引っ張るとなると相当数の馬や牛が必要になるのでは?」
ジューロはキョロキョロと辺りを見回すと、ホームには人がそれなりに居て、それぞれが列車に繋がっている客車へと入っていく姿があった。
しかし、牛や馬といった輓獣の姿はどこにも見当たらない。
そんな落ち着きのないジューロに、グリンは横から説明を入れてくれた。
「ジューロ、これは列車そのものが動くんだ」
「こんな大きいものが!?…ふぅむ、やはり魔法ってのはとんでもないでござんすなぁ」
「ふふふっ、ジューロさん!これは魔法じゃないです。蒸気機関っていう動力を積んでるんですよ」
「そうそう、魔法じゃなくて技術だね」
「ふ~む?」
技術と言われてもジューロには今一つピンと来なかった。これほど大きなモノが自力で動くなら、それはもう魔法と言ってしまってもいいのではないだろうか?
そんな感じで頭をひねっていると、フレッドがジューロに質問をしてきた。
「なぁ、ジューロ。銃は知ってるかい?」
「うむ!見たことはござんすね」
「技術ってのはソレと同じだな、仕掛けがあって動くんだよ。銃が火薬を使って弾を撃つように、列車は石炭を燃やすことで動く仕組みがある…イメージは湧くかな?」
「う~む…、なんとなく?」
「へへっ、とりあえず乗ってみるのが一番かな!今日はこのまま列車で船着き場まで行こう」
そう言ってフレッドは客車へと入っていく。
「じゃあジューロさん、乗りましょう!」
「か、勝手に入っていいのでござんすか?部屋に上がるなら挨拶を…」
「ふふっ、お家じゃないですから大丈夫ですよ」
「そうだね、それに出入口で突っ立っていても駅員さんが困るだろうし…入ろうか」
ジューロは、リンカに引っ張られながら客車に入ると、備え付けられていた椅子に四人で座る。
そうして、しばらくしてから汽笛の音が聞こえ、列車がゴトンゴトンと動き出した。
ジューロは、巨大な列車というものが本当に動き出したことに心底驚き、辺りを見回してみたが。乗っている人達は皆、涼しい顔で外を眺めていたり、本を読んでいたりと、各々が変わらず過ごしているようだ。
それを見てジューロは、ここの国の人にとっては普通の事なのだなと理解することができた。




