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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第三十一話

 

「話はまとまった感じかしら、そろそろ食べないと冷めちゃうわよ?」


 ラティは、こちらの話が終わるのを待っていたようで、まだ食事に手をつけていなかった。


「あっ、申し訳ござんせん。待たせてしまったみたいで」

「ですね!私たちもいただきましょう」


「んあ、もう先に食べてるよ?」

 そう言ったのはフレッドだ。


 話が長くなると思ったのだろう。先に朝食をとり始めていて、パンを頬張りながら見物していたようだ。


「はぁ…、フレッド…」

 ラティは溜め息をつき、呆れたような目をフレッドに向けると。

 フレッドは咀嚼していたパンを呑み込みながら「ごめん姐さん、お腹すいてたからさ!」と、いたずらっぽく笑みを浮かべてみせた。


「そういえば、食事時のお祈り?みたいなのはやらないのでござんすね?」

 先に食べているフレッドを見て思い出したが。昨日の食堂に寄った時から、リンカとグリンの二人も食事前のお祈りをやらないことが気になっていたので訊ねてみた。


「ジューロさん、あれは人を待たせるような場所とかだと、あまりやらないんです」

「だね!家族の団らんとか、ゆっくり食事できる時にはやるけど」


「ほほぉ、なるほどー」

 思い返してみると、昨日行った食堂は盛況だったし、席に空きが出来るまでの時間は、短い方が良かったりするのだろう。


「食前のお祈りかぁ。忙しいのもあるけど、私はしばらくやってないわねぇ…。懐かしささえ感じるかも」

 ラティが溢すと、リンカが心配そうに「ラティ姉さん?」と言って顔をのぞきこむ。


「大丈夫、なんでよないわよ!…それより、早いとこ食べないとね」

 ラティが食事に手をつけるのを見て、ようやくリンカたちも食事をとり始めるのであった───



 全員が食事を終えると、ラティとフレッドは三人を連れ、会議室へとやってきた。


 その会議室には、フレッドが今着ているものと同じ服がいくつかテーブルの上に置かれていて、隣にはそれに似た女性用の服も用意されているのが見える。


 これが何かと訊ねてみると、この作業着はギルドから貸し出されるモノとの事で、洗濯なども業者が回収して一度に行うようになっているシステムらしい。


 今回、ここで作業着サイズの確認をした後。仕事場に関する説明を兼ねて色々な話をしてくれた。


 例えば、王都内には列車、王都郊外に沿っている運河にはパドル船なるものもあるらしく。

 移動手段および、貨物の運送も兼ねているなど…そういった話もあったのだが。

 ジューロは、列車やパドル船というモノが何なのか分からなかったし、話の内容についてもチンプンカンプンで頭が回りそうになっていた。


 しかし、しばらくはグリンとリンカを含めた三人で共に仕事をしてもらうとの事で、徐々に仕事や王都に慣れていくように取り計らってくれるようだ。

「慣れるまで、フレッドに付いて仕事を覚えてもらうことになるから、よろしくね?」


「承知いたしやした」

「分かりました!」

「はいっ!フレッドさんもよろしくお願いします!」


「仕事の指示を出すのは俺じゃないんだけどね、俺もまだまだ覚えることは沢山あるし…。でも、分からないことがあれば、出来るだけ教えるつもりだから。一緒に頑張ろう、改めてよろしく!」


 フレッドと握手を交わしている横で、ラティがリンカに話し掛けてきた。

「あっ!忘れる所だった。リンカ、見る限りアナタの魔力量なら問題ないと思うけど。中級程度の魔法は使えるのよね?」


「あの、私まだ魔法使いとしては初級というか…」

「えっ?リンカ、まだ初級の魔法使いなの?」


「魔力量を測るのも、直接触れないと分からない程度で…」

「あ、そうなんだ…、あくまで基礎までなのね。じゃあ詠唱や魔方陣の形成とか────」


 話の内容が気になって、聞き耳を立てていたが、なにか難しそうな話題をしているということ以外分からない。

 ジューロ自身、頭が悪いこともあるが、門外漢の魔法となるとなおさらだ。


「フレッドさん、姐さんとリンカさんが話してる内容って分かりやすかい?」

「いいや、魔法に関しては全く分からないな…。俺の住んでた国には魔法なんか無かったからなぁ」


「フレッドさんもでござんすか。魔法が無えってのは、あっしの国と同じでござんすね」

「それが普通だと俺は思うけどねぇ」


 だいぶ慣れてしまったが、言われてみればフレッドの言う通りだ。


「…グリンは、話の内容って分かりやすかい?」


「詳しいワケじゃないけど、話だけは聞いたことがあるよ。魔法使いは大まかに、初級・中級・上級と分けられてるんだけど。ある程度の魔法が使えるようになると、魔力も直接見えるようになるだとか…。魔法の効率を上げる為に詠唱したり、魔方陣を構成したりとか何とか…そんな話をしてるみたいだね」


「ほほぉ~」

 説明されてもよく分からなかったが、グリン自身はやはり村長の孫だけあって、教養がしっかりしているのだろう。

 魔法が使えなくても知識として把握しているようで、リンカたちの話も理解出来ているようだ。


 フレッドもジューロと同じように「へぇ~!」と、声をあげて感心している。

「あ、あくまでも聞いた話だから…。僕自身、魔法は使えないし、実際どうなのかまでは分からないよ?」


 ジューロたちがそんな話をしている時にも、リンカとラティのやり取りは進んでいて、魔法を実際に使って見せる段階に入っているようだ。


「リンカ、試しに風の魔法を使ってみて。この作業着を風で浮かせ続けれるかしら」

 ラティは作業着の一つをリンカに差し出して、そう指示を出す。


「…分かりました、やってみますね」

 リンカは、差し出された作業着に手をかざした。


 すると、リンカの手のひらから光が浮かび上がり、同時にフワリと風が吹いて、差し出された作業着がパタパタと、裾を揺らし回りながら宙に舞い、そのまま浮き続けた。

 おそらく魔法で、つむじ風を起こしているのだろう。


「へぇ…。魔方陣は形成してるし、コントロールも問題ないわね」

「はいっ、魔方陣だけはあらかじめ術式に組み込んでます」

「でも、魔力の視認はできないのよね?」

「はい…」


 ラティは顎に手を当てて少し考えると、リンカに質問を投げ掛けた。

「リンカはイビツな感じに魔法を覚えてるわね…。普段から魔法を使ってれば、魔力なんて普通に視認できるようになると思うんだけど…」


「えっと…、普段は魔法を使わないんです。お母さんの遺言で、自分の為に魔法を使うのは控えなさい。使うなら、誰かの為に…人助けに使いなさい。って言われてて…」

「なるほどね…って言うか、お母さん亡くなってたの?!…リンカ、ごめんね」


「だ、大丈夫ですから!」

「…けど、リンカが魔力を視認出来ない理由は分かったわ」

 ───魔法に関する母との約束については、ジューロも初耳であった。


 だが、思い返せば。リンカは自分の為だけに、魔法を使ったことはないハズだ。

 そこには、必ず誰かの為という想いが含まれていたように思う。


「リンカ、よく聞いてね。これから仕事でたくさん魔法を使うことになると思うんだけど」

「えっと…」


 たじろぐリンカを見て、ラティは少しだけ笑って答えた。

「あははっ、リンカはお母さんとの約束の事が心配なのよね?そこは大丈夫。人を助ける為にって事ならいいんでしょ?」

「…はい!」


「リンカにやってほしいのは、風の魔法を使って、農薬を散布する仕事なんだけどね?普通にやると、時間も人手も掛かっちゃうんだけど。魔法使いが一人いるだけでも、その負担が減らせるの。若い人たちの多くは冒険者に流れちゃって、農家に限った話じゃないけど、どこも余裕がない状況だから。その大きな手助けになると思う」


 ラティはゆっくりと、丁寧に説明する。

「魔法を使わせる為の詭弁とかじゃないから安心して、実際に行ってみれば分かると思うから───」


 そこまで言い終わった直後、会議室のドアがノックされた。

 ラティがドアに向かって「どうぞ!」と返す。

「失礼するよ」と、低いが穏やかな声が聞こえると、初老の男とメガネを掛けた男が部屋に入ってきた。


 初老の男は口ひげを生やしており、恰幅のよい体つきをしているものの、疲れているのか少し顔色がよくない。

 決して上等な服とは言えない半袖のダボついた服を着ているが、佇まいや落ち着いた雰囲気から身分の高い人なのではないかと、ジューロは感じとった。


 メガネを掛けた男は、痩せてはいるが姿勢がよく、背広を着ていて背が高いので、しっかりした印象を受ける。

 心配そうに、初老の男から目を離すまいとしている所を見るに、御付きの人なのかもしれない。


「リニクト様!?」

 ラティが初老の男を見たとたん、驚いたような声をあげた。


「お怪我は大丈夫なのですか?」

「あぁ、おかげさまで大丈夫だ。良い魔法使いのおかげもあってね。傷はふさがったし、熱も下がったよ」

 リニクトと呼ばれた初老の男は苦笑いを浮かべて半袖を捲ってみせる。


 その腕には二つの傷があり、どちらも穴を塞いだような形になっているのが分かった。


「銃創か…、しかもコレは───」


 様子を見ていたフレッドが、ボソリと呟いたのが聞こえた。


 これまでのフレッドとは雰囲気が変わっており、目付きが鋭くなっているのに気付く。

 そんなジューロの視線に気付いたようで、フレッドは「いや、なんでもない」と言って気の抜けた顔へと戻った。


「ここではなんですし、応接室にご案内しましょう。病み上がりなんですから」

「いや、気を遣わないでくれ。こちらこそ急に押し掛けてきてすまない…。長居はしないから」


「そ、そうですか。ではせめて、お掛けになって下さい」

 いつの間にかフレッドがラティの傍に移動しており。すぐに座れるよう、リニクトの近くにあった席の椅子を引いている。


「おお、ありがとう」

 リニクトは促されるまま腰を掛け、お礼を言うと。フレッドはそれに一礼をして、そのままジューロたちがいる方へと引っ込んだ。


「それで、今日はどのようなご用件でしょう」

「実はな…イコナ様に言われて、住民の移動を申し渡されてな」


「移動?」

「イコナ様が言うには安全の為だと。代わりの土地を用意したからと…ずいぶん簡単に言われたよ」


「あの、それはつまり…。今の住民の方々に土地を捨てろと」

「そういうことになるな…。できる限り、そうならないよう働きかけるつもりではあるが───」


 ラティとリニクトが真剣な面持ちで話し始める中、こちらへと戻ってきたフレッドにジューロは小声で話し掛けた。

「あの方は何者でござんす?」

「リニクトさんの事かい?彼はここらを治めてる貴族だよ」


「ほほぉ…」

「しかし、魔法ってのは凄いな。怪我をしたのは昨日の事らしいんだが、それがもう治ってる」


「昨日?」

「あぁ、なんでもイコナ様に口ごたえして、怪我を負わされたらしい──ってことを聞いてたんだがな」


 ジューロは昨日、チーネが言っていたことを思い出した。

 確か、イコナとやらの暴虐を見かねて、貴族を庇って殴りかかったとかなんとか言っていたか。


「ということは、チーネさんが庇った貴族ってのはリニクトさんの事なのでござんすね」

「そうだな。…うん?俺ってその話したっけ?」


「あ、いや…」

「…おおかた、姐さんにでも聞いたってとこか」

 余計な事を言ってしまったが、フレッドは一人納得したようで、それ以上聞くことはせず。フレッドは再びラティとリニクトの会話に耳を傾けた。


「───私自身、立場を失うことは決まっているだろうが、その決定の前に出来ることはしておきたくてね」

「なるほど…、分かりました。父と連絡がつき次第、話し合いの日程を決めるということでよろしいですか?」


「いや、日程はそちらに合わせるよ。都合がついたら教えて欲しい。…それと、私を庇ってくれたラト族の子に、お礼を言っておきたいのだが…。今いるかね?」

「チーネの事ですか」


「おぉ、そうだ!チーネくんだったな。命の恩人だよ。あの時かばわれていなかったら、私は殺されていたかもしれない」

「…残念ですが、彼女は先日ウチから退去してもらいました」


「そ、そうなのか?そりゃまた…どうして」

「イコナ様を殴ったことに対して、見える形で責任を取らせたんです」


「そ、そうか…。確かにそうか、君の立場としてもそうせざるを得ないか。…あの子にも悪いことをしてしまったな。私があの時、イコナ様に反抗しなければ…」

 リニクトも似たような立場だからなのか、ラティの言葉から何かを察したようで、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 どう言葉を掛ければいいのかラティも迷っているようで、微妙な沈黙が少し流れた後。御付きであろうメガネの男が、リニクトに声を掛けた。

「リニクト様、そろそろ…」

「あ、あぁ…そうだなすまない。ラティさん、私は戻るよ。お父上によろしく伝えておいてくれ」


「わ、分かりました。それではお見送りを───」

「いや、大丈夫。忙しいところ申し訳なかったね」


 リニクトが席を立ち、御付きの方と共に一礼をしたのを見て。ラティが深々とお辞儀を返す。

 そんなラティの見送る姿に倣い、ジューロたちも深々とお辞儀をして、リニクト達を見送った。


「───フレッド、私はこれからギルドマスターに連絡するから、リンカ達のことは任せてもいいかしら?」


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