第三十話
王都に到着した一日だけで、色んな事があったように思う。
ジューロの故郷探し。情報そのものは見つからなかったものの、手掛かりになりそうなことには幾つか目星を付けられた。
それだけでなく、当面の働き口と寝所も確保出来たのは本当にありがたいことだ。
一歩ずつ、前に進めていると感じていた。
異国に流れ着いてから、色んな人の助けもあり、今こうして生きている。
もし、一人だけだったら。王都に到着するどころか、野垂れ死にしていたに違いない。
特にリンカとグリンの二人には感謝してもしきれない。
いくつか心配事もあったりするが、それはまた色々と相談したりしていこう───
そんな事を考えながら。ジューロはグリンと共に女子寮を出て、もと来た道に戻り、そのまま真っ直ぐ自分たちの宿舎へと向かっている。
「グリン、鼻の調子はどうでござんすか?」
「ま!少し麻痺ってるけど、少しは調子が戻ってきたかな」
「そいつぁ良かった、とりあえずは一安心ってやつで」
「リンカさんも、何事もなくて良かったね。ジューロ」
「うむ、今日は姐さんもリンカさんについててくれるみたいでござんすし、ありがたい」
リンカの部屋に侵入してきた何者か(ラティが言うには怪盗スパータらしい)は気になるが。頭の悪いジューロが、それを考えた所でどうにもならない。
そんな中、ラティがリンカと一緒に居ようと提案してくれたのは本当に助かる申し出だった。
「姐さんがいて良かったね…。それに、あのままだと別の意味で騒ぎになってたかも」
「それについても助かりやしたよ…。あっし、よく分かってなかったんで───」
グリンとそんな話をしながら、無事に宿舎に戻ってきた───
そのまま雑魚寝部屋に向かい、扉を開けると。そこには、敷物の上で横になりながら本を読んでいる男が目に入る。
栗毛の髪に青い瞳。…昼間、ジューロたちと一緒に石像を掃除したフレッドだった。
帽子と革のベストを脱いでいて、ラフな格好でくつろいでいる所のようだ。
フレッドは、ジューロたちが入ってくるのに気付くと「おっ、おかえり!」と声をかけてきた。
読んでいた本をパタンと閉じ「…えーっと、名前は」と、バツが悪そうに頭を掻きながら続ける。
「ジューロでござんす」
「僕はグリンです、お疲れ様です」
「あぁ、ありがとう。ごめんな?名前が出てこなくてさ…。二人のロッカーはそこに空いてるから、どっちか好きな方を使ってくれ」
たしか自己紹介した時に、名前を覚えるのが苦手とか言っていた気がする。
「承知しやした、えぇと…」
「フレッドさんだよ、ジューロ」
「フレッドさん」
「ははっ、そういや君も名前覚えるの苦手とか言ってたな」
「面目ねぇ…」
互いに苦笑いを浮かべながら、少し間があった後、フレッドは思い出したように話を続けた。
「あっと、そうだった!忘れる前に言っておかないと。明日の朝、仕事の説明とか色々あるから、起きたら俺について来てくれ」
「承知しやした」
「んで、二人とも夕飯や風呂は?」
「夕飯なら食堂で済ませやしたね」
「ええ、まだ風呂には入ってないですけど」
「お、そうか!じゃあ浴場とか案内しとかないとな。入れる時間も決まってるから、まだ少し時間があるし、軽く施設の案内でもしながら行こうか」
ジューロとグリンが荷物をロッカーに預けた後、フレッドが二人を連れて、浴場に向かうことになった。
途中で案内されたギルドの施設は、ジューロが見たことがないものばかりであった。
特に、室内運動場と呼ばれる場所には、どう使うのか分からないような、色んな器具が設置されている。
「ここじゃバレーやバスケ、バドミントンとかやってるね。農作業出来ない雨の日とか、そういった日ってなかなか空かなかったりするけどな」
「バレー?バスケ…?って、なんでござんすか…?」
「知らないか?そういうスポーツがあるんだよ」
「フレッドさん、ジューロは異国から漂流して来た人なんですよ。ここの文化とか、本当になにも知らないらしくて」
「へぇ~…漂流?」
「フレッドさんには言っておりやせんでしたね。あっし、船から海に落ちやして。ここに流れ着いた次第で…」
「へぇ!奇遇だね」
「奇遇、でござんすか?」
「俺も異国から来たんだよ…あれ?言ってなかったっけ?」
「えーっと確か、ここに来て半年とか言ってましたっけ?けど、異国から来たとは…」
「へへっ、そういえば詳しくは言ってなかったなぁ」
「でも、漂流して来たのと、自分からやってきたのは少し違うような…」
グリンが言うように、事故で来たのと自分の意志で来たのとでは事情が違うと思う。
「いやいや、それが奇遇なんだよ。実は俺もな、状況は違うけど、飛ばされて来たんだな~これが!」
「飛ばされて、でござんすか?」
「あぁ、物理的にな!実は、竜巻に巻き込まれて吹き飛ばされてさ。気付いたら森の樹の枝に引っ掛かってて。そこで姐さんに拾われたのが半年くらい前…ってワケ。ははははっ!」
笑いながら、さらりとトンデモない事を言ってみせた。
「でもそういうことなら、ジューロがここのスポーツを知らなくても不思議じゃないか。俺もここで知ってるスポーツといえば、野球ぐらいなもんだったしなぁ。この国にも野球があるんだって驚いたが…」
フレッドは一人いろいろと呟きながら、納得したように腕を組み、ウンウンと感慨深そうにうなずいている。
そんなフレッドを見て思い付いたように、グリンがジューロに話し掛けた。
「あっ、ジューロ!フレッドさんなら、ジューロの故郷について知ってたりするかも」
「む!そうでござんすな。フレッドさん、日ノ本という国をご存知ありやせんかい?」
「ヒノモト?俺は聞いたことないなぁ」
「うぅむ、左様かぁ…」
ダメ元で訊いてみたが、ここまで誰も知らないとなると、見つかる気がしなくなり、意気消沈してしまいそうになる。
しかし異国では、国名の呼ばれ方が違う可能性があるとも聞いているし、まだ王都に来て一日目なのだ。
「───おっと、そろそろ俺たちも風呂に入れる時間だな!行こうか」
そんな話をしてる間に、時間になったらしい。
そのままフレッドに案内され、風呂に入った後。
今日の疲れを取る為、ジューロとグリンは真っ直ぐ雑魚寝部屋に戻ると、すぐに横になった。
疲れていたのはグリンも同じだったようで、時間を置かず、寝息が聞こえてくる。
故郷の手掛かり、情報集めも大切なことだが。今は自分に出来ること…目標を定めて一歩ずつでもしっかりとやることだ。
故郷に帰るため、お金を稼ぐことだって重要になると思う。
ジューロはそんなことを考えながら目を閉じ、意識を闇に落としていった。
───明くる朝。
「ジューロ、そろそろ起きて!朝食だってさ」
グリンの声で目が覚める。
「う、うむ…。おはようござんす…」
ジューロの眠りは深かったようで、グリンに起こされるまで、完全に意識が途絶えていた。
「おはよう!…ずいぶんとぐっすり眠ってたね」
グリンが言うように、普段は人が起きたり近づく気配だけでも、ジューロは否応なしに目が覚めていたものだが。気が抜けていたのか、たっぷり寝ていたようだ。
「…寝過ごしやしたかね?」
「余裕を持って起こしたから、大丈夫だよ」
グリンがそう返すと、続けて声が聞こえてくる。
「とりあえず、起きれたみたいだな」
声の方へと視線を向けると、グリンの背後にフレッドの姿があった。
フレッドは、被っている帽子はそのままだが、昨日見た服装とは違って、簡素なモノを着ている。
「フレッドさん、おはようござんす」
「おう、おはよう。早速だけど、食堂に行こうか!」
ジューロも身支度を整えると、フレッドに連れられ、三人で食堂へと足を運ぶ。
昨日の夜も軽く案内されたが、朝の食堂は人が多くいて、それだけでかなり雰囲気が違って見えた。
フレッドが言うには、朝食と夕食はギルドから格安で提供されているらしく。利用した分だけ給与から差引きされるようになっているとの事だ。
三人が食事を受け取り、席を探していると。背後から「おはようございますっ!」と、リンカの声が聞こえてきた。
振り向くと、リンカとラティも食堂に来ていたらしい。
「おはようリンカさん、姐さん」
「おはようござんす」
「三人とも!ここ空いたから、座っていいわよ」
二人が座っている席に、ちょうど空きができた所のようで、ラティが三人に手招きしている。
「おっ、ありがたいね!じゃあ、お言葉に甘えようか」
そう言ってフレッドが席につくと、ジューロとグリンもそれに倣って、それぞれ席についた。
「ありがとうござんす、ところでリンカさん。あの後は大丈夫でござんしたか?」
昨日の不審者の件が気になり、ジューロはリンカに訊ねてみる。
「大丈夫ですよ、ラティ姉さんと一緒にいましたし。今朝、部屋も確認しましたけど、特に変わったこともなかったみたいですから」
「それなら良ござんすが…。でも、もし出来ることなら、しばらくは姐さんと一緒にいた方が…」
「もー!ジューロさんは心配しすぎですって」
「ん~?昨日なにかあったのか?」
フレッドが少し怪訝な顔をして訊ねてくる。
「実は昨日、リンカさんの部屋に不審者が入り込んでいたのでござんす」
「不審者?」
「私の見立てだと、ホラ!例の怪盗スパータじゃないかなって?だからまぁ、ねぇ?アハハハ…」
フレッドの疑問に、ラティが割り込むように補足してきた。
「あっ、あー…はいはい!怪盗スパータね…。なら大丈夫じゃないかなー、心配しなくても放っておいていいよアレは」
ラティの説明に、フレッドはあっさりと納得してしまう。義賊ってだけで、そんなに信用していいものなのだろうか?
ジューロはどこか違和感を感じたが…。それとも自分の方がおかしいのだろうか?
「うぅむ、グリンはどう思いやす?」
「そうだなぁ、ジューロが心配するのはもっともだと思うけど…」
「もー!グリンさんまで、大丈夫ですよ。近くに大勢いるんですから」
不服そうに呟くリンカと、それでも心配が拭えないといった感じのジューロを見て。グリンが話を続ける。
「…そうだ、リンカさん。僕たちが村から出るとき、二人に渡した笛があるだろ?」
「あっ、はいっ!これですよね?」
リンカは首に掛けている笛を取り出してみせた。
「何かあったらさ、それを思い切り吹いてね?僕とジューロで駆けつけるからさ?」
しれっとジューロも駆けつけるという事にされているが。
リンカに何かあれば、グリンがジューロにも知らせるのだと、暗に示していることを察した。
「大げさですよぉ…。でも、分かりました!もし何かあったらですけど、覚えておきます」
「で、いいよね?ジューロ」
リンカがそういう約束は、ちゃんと守る人だというのは知っている。
心配事がなくなるワケではないが、幾分か安心できるのも確かだった。




