第二十八話
ギルドに戻ると建物の明かりはほとんど消えており、業務は終わっているように思えた。
扉をくぐって中へ入ると。わずかな明かりの中、数人ほど残って業務をしていたようで、机に向かっている姿が見えた。
その中の一人が、ギルドに人が入ってきたことに気付いたようで、こちらへと近付いてくる。
「あら?三人とも、おかえりなさい」
近付いてきた女性は、マスター代理のラティであり、まだ何かの仕事をしていたようだ。
「ラティ姉さん!ただいまですっ。まだお仕事してたんですか?」
「ひとり抜けた穴を調整しなきゃならないから、ちょっとね?…リンカも少し遅かったようだけど、何かあったのかしら」
「えっと、外で夕飯を済ませてきたから…。それで」
「なるほどね?…あ!そうだわ、三人とも。仕事は明後日から入って貰うつもりだけど、大丈夫かしら?」
「うむ、いつでも大丈夫でござんす」
さっそく仕事があるらしい、故郷へ帰る為のお金を稼ぎたいジューロにとっては願ったりである。
ジューロが野良仕事をやっていたのは四年も前のことだし、足を引っ張らないか不安はあるが、頑張りたい。
ラティは、それぞれ予定がないか三人に確認した後、うんうんと頷いた。
「じゃあ明日の朝、やってもらいたい仕事の説明をするから。今日はもう休んでおいて?その時、改めて呼びに行くから」
「はいっ!あっ、ラティ姉さん。あの…」
「リンカさん、僕が話すよ。…実は、姐さんにお話ししておきたいことがあるんですが。いいですか?」
ラティの話が終わるのを見計らって、グリンが話を切り出す。
「いいわよ、なにかしら?」
「実は、チーネの件で少し…」
「チーネの?」
ラティは首をかしげつつも、耳を傾けてくれた。
「えぇと、騎士団に彼女を捕まえるように言われてたじゃないですか?」
「そうねぇ、確かに言われてたけど」
「実は道中、チーネを見掛けたんですが…。どうすれば良かったかなぁと。とりあえず見掛けた報告だけでもした方が良いのかなって、それを聞きたくて」
「そのこと…、かぁ」
ラティは頬に手を当てて少し考えた後、リンカに手招きした。
「…リンカ、ちょっといい?」
「えっ?はいっ!なんだろ…」
「二人とも少し待ってて、ちょっとだけリンカと話がしたいから」
「…うむ?承知しやした」
ジューロとグリンの二人から距離を少し開け、ラティがリンカに体をくっ付けるようにすると、二人でコソコソ話を始めた。
「リンカ、あの二人は信用できる?」
「ふぇっ?…もちろんですっ!」
素直な反応を返すリンカを見て、ラティの表情が少し柔らかくなるが。その後、困ったようにはにかんだ。
「あー、そうよねぇ?リンカは大抵そう言うわよねぇ…」
「ラティ姉さん?」
さほど時間も掛からず、ラティとリンカが戻ってくると、今度はジューロとグリンの二人にラティが声をかけた。
「お二人さん、少しついて来て」
「む?なんでござんす?」
「僕もですか?」
「いいから!」
ラティが二人を引っ張り、リンカから距離を取る。
「リンカ、少し待っててくれる?」
「えっ?はいっ!」
リンカは相変わらず素直に返事をすると、その場に佇んだ。
「──二人に簡単な質問するけど、答えてくれる?」
リンカには会話が聞こえない程度の距離をあけると、ラティが小声でそう言ってきた。
「内容にもよりやすが…」
「えっと、なんです?」
つられるように小声になり、ジューロとグリンが聞き返す。
「二人はリンカをどう思ってる?」
「むぅ?どう──、とは?」
「質問の意味が、わからないですけど…」
チーネの件を誤魔化したこと、それに感付かれたかと身構えたが。どうやら違う話のようで、二人は内心ホッとした。
「えーと、聞き方が悪かったわね。あなた達の関係性を知っておきたいの。理由は──ちょっと話せないけど」
質問の意図は掴めないが、ここは変に誤魔化しても仕方ないだろうと考える。
「うーむ?よく分かりやせんけど、あっしにとっては命の恩人でござんすね」
「僕もそうかな、彼女は恩人です」
二人の答えを聞くと、ラティが困ったように首をひねる。
「うーん、恩人と来たか。それだけだと話が見えないわね。…ちなみに、その話とかすると長くなりそう?」
「うむ!なりやすね!」
「割と…長くなります…」
ラティは「そっかぁ…」と呟くと、頭を抱えて考えるそぶりを見せた。
「…じゃあ、切り口を変えるけど。二人とも、もっとこう…リンカに対しての印象というか、どう見えるかとか話して欲しいんだけど」
「印象と言われても…、優しい子だなって。僕の村に来た時も、子供たちと遊んでくれたり、弟たちも色々と世話をやいてもらったり」
「確かに、グリンの言う通りでござんすなぁ。リンカさんは明るく気さくな方で、献身的というか…。手先も器用で、道中合羽も繕ってくれやしたね。それに料理も上手いのでござんすよ?…あぁ、料理で思い出しやしたが。この前、たまたま歌いながら料理をしてる所を見掛けやして。器量が良いのもさることながら、歌も上手いなぁ…と、感心した次第で」
少し早口になっていたのが悪かったか、ラティは若干引き気味に目を細め、ジューロを見ていた。
「ただ───」
ジューロは含みを持たせたワケではないが、その言葉に、ラティが反応して聞き返す。
「ただ?」
「本当に人が善すぎやす。なんというか…、人の世話をやきすぎる、気に掛ける──迄なら、まだ良いのでござんすが。どうにも無茶をすることが目につきやして…」
「あぁ~、それはあるかも。かなり向こう見ずな所あるよね、リンカさんって」
グリンも、思うところがあるようで、ジューロに相づちを打つ。
「うむ!あっし、内心ヒヤヒヤしておりやすよ。あの様子が逆に、心配になるのでござんす」
友人であるラティなら、リンカが何故あそこまで人助けにこだわるのか、何か原因を知ってるかもしれない。
これも良い機会であると考え、ジューロはラティにそのことを訊ねてみた。
「姐さんは、リンカさんが人助けにこだわる理由とか、何か知りやせんかい?」
「うーん?人助けにこだわるのは、あの子の性分だと思うけど」
「左様でござんすか…」
「でもそっか…相変わらずなのね、リンカは」
単純に性分から来る行動。確かに彼女なら、そうかもしれない。
ふと、リンカの方に視線を向けると、彼女と視線が合ってしまい。ジューロは誤魔化すように頭を掻くと、それとなく視線を元に戻した。
そんなジューロとグリンの反応を見て、ラティは何か納得したように頷く。
「うん、とにかく分かったわ!」
ラティはそれだけ言って、待っているリンカに手を振り、こちらへ来るように促した。
「三人とも、変なこと聞いてゴメンなさいね?…改めて、チーネの件なんだけど──」
ラティは一呼吸おいて、何かを決したように切り出す。
「…その報告、何も聞かなかったことにしたいんだけど、良いかしら?」
聞かなかった事にする───
つまり、騎士団の指示通りにするつもりは無いし、チーネの事は放っておく…ということだろう。
「それは別に、大丈夫ですが。騎士団に何か言われたりするんじゃ…」
「見付けられなかったで押し通すわよ、それにね?正義感が強すぎるチーネを…、間が悪かったとはいえ、イコナ様にカチ合わせてしまった責任は、私にもあるし…。責任を追及されるなら、私がどっちみち受けるしかないと思ってるからね」
なんとなく、ラティはチーネを庇っているのではないかと思っていたのだが、その推測は概ね当たっていたようだ。
そんなラティになら、いっそ今日のことは、正直に打ち明けた方が良いように思う。
ジューロはリンカとグリンに目配せすると、二人とも同じ気持ちだったようで。互いに頷いた後、グリンが口を開いた。
「あの、姐さん。僕からも、まだ話しておきたいことがあって…」
「えっ?ま、まだ何かあるの?」
「はい、実は───」
グリンはチーネと図書館で出会っていた事、グリンとチーネは幼なじみだった事、チーネは王都に残っていて冒険者になっている事などを説明した。
「すいません、全部正直に言わなくて…」
「あら、アハハハッ!気にしなくてもいいわよ?…私だって、二人の人となりに探りを入れてたし。おあいこってとこね」
そう言ってウィンクをしてみせる。
ラティは彼女なりの方法で、ジューロ達を見極めようとしていたらしい。
「でもそうなら、まだ王都にいるのは…。うーん、騎士団がチーネを捕まえようとしてるってことは、チーネは知らないのよね?」
「…ですね、話してませんから」
「もし会う機会があったらで良いんだけどさ?三人から、それとなく話しておいてくれないかしら」
「わ、分かりました。元々、もう一度会うつもりでしたし、その時に僕が伝えますね」
「うん、お願いね!グリン君」
「…あの、ラティ姉さん?」
話が纏まろうとした時。おずおずと、リンカが声を上げる。
「どうしたの?リンカ」
「心配してるなら、ラティ姉さんが直接会って説明した方が…。それに、ちーちゃん…じゃなかった。チーネさんにも話してても良かったんじゃないですか?」
「うふふっ、本当にリンカは真っ直ぐというか、なんというか…。ていうか、ちーちゃんって呼んでるの?」
「えっと、はいっ!」
ラティは、その呼び方が少しツボに入ったようで、肩を震わせ笑いをこらえた後。リンカを諭しはじめた。
「あのね?リンカ。チーネがイコナ様を殴ったこと、これが問題になるのは…。その報告がきた時、想定してたわ」
騎士団の動きが早かったのは想定外だけど──と、付け加え。話を続ける。
「互いの為に、形式的にギルドから追い出すこと。それをチーネに説明したとしてもね?あの子は腹芸が出来ないタイプだもの…。言葉の嘘を見破るのは得意なのにね?ふふっ」
「でも、今なら話をしても大丈夫なんじゃ。ラティ姉さんが酷い人だって、勘違いされたままなのは」
「万全を期して接触は避けるべきよ?『口論の末に追い出した』…これを衆目の中でやった意味がなくなるわ。本当は、アナタたちも接触させたくはないんだけどね?」
「うっ…」
リンカの気持ちは分からなくもないが、ラティの言う通り、あくまでも処罰の為に追い出したという建前、体裁というものがあるのだろう。
チーネを庇って、わざと放逐したとなれば。チーネだけでなく、ラティもまずい事になりかねないし。
なにより、口論をしていたあの時。周囲の様子から、ギルドの人たちも一芝居打っている事を、承知していたように思える。
もし、ジューロの憶測が正しければ。ギルド全体の責任問題にもなりかねないだろう。
「じゃあ、この話はおしまい。大丈夫よ、リンカ!ちゃんと考えた上での事だから…ね?」
「ラティ姉さん…」
リンカも、それ以上は言えなかった。
ラティは今日の仕事を切り上げるようで、リンカと一緒に帰ることになった───
リンカに割り振られた部屋は、ギルドの隣に位置する寮内にあり。ギルドの二階、その連絡通路から向かう事ができる。
ギルドに着いた後、荷物をリンカの部屋に置いたこともあり。場所は把握しているが、こちらからリンカの部屋に伺うことは、もうないだろう。
「───じゃあ、ジューロさん、グリンさんも。おやすみなさい」
「ジューロ君、グリン君!明日、仕事の説明はフレッドがするから、朝は二人とも、部屋で待ってるようにね?」
階段前で、リンカとラティが手を振っている。
「うむ、承知しやした!…それじゃ、お疲れ様でござんした。二人とも、ゆっくり休んでおくんなさい」
「僕も分かりました!じゃあ姐さん、リンカさん。おやすみー!」
ジューロとグリンも、二人に手を振り返し。二人の姿が見えなくなるまで見送った後、ジューロはグリンに話し掛けた。
「グリン、チーネさんの件。正直に話せたのは良かったでござんすね」
「うん!姐さんもチーネのこと、心配してくれてたみたいだし、これなら一安心かな。…今度、チーネに会ったら騎士団の事も、それとなく注意しておくつもり」
「それが良いでござんす…。あっしはもっと、リンカさんの友人を信じるべきだったかもしれやせん」
慎重になりすぎたように思えてしまう。
リンカの友人に対し、隠し事を提案したのはジューロからだった。
ラティだけでなく。リンカに対しても、イヤな気分にさせてしまった可能性があることを考えると…気分が沈む。
「うーん、どうかなぁ?逆にチーネの事をペラペラ喋った方が、信用されなかったかもしれないよ」
「うぅむ…、そうでござんすかね?」
「ま!少なくとも僕は、そういう相談をしてくれたジューロは信用してるし、姐さんに対しても、それは同じかな?大丈夫さ」
「左様かぁ?」
「さよーさ!」
確かに、ラティがああ言うのであれば、ギルドが積極的にチーネを捕まえることはしないように思う。
ともあれ、チーネへの心配事は、取り越し苦労であったことだろう。ジューロとグリンは互いに安堵したように、ニッと笑いあった…。
その時である。
「─────キャアアァー!!!」
女性の悲鳴が、響いてきたのだ───




