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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第二十六話

 

「経験人数…?で、ござんすか」

 ジューロは首をかしげる。


 その言葉の意味は良く分からないが、話の流れから察するに、これまでの話題の延長線だろう。


 大人の世界、荒事も大いに関わってきて、なおかつ命のやり取りになることもある…とか言っていたし。

 それから導き出される答えは。


『殺しの経験人数』のことだと、ジューロは察しをつけた───


 そういう意味では、大人の世界とやら…それは渡世人であるジューロも良く知っているつもりだが…。

 リンカとグリンは、その質問に困惑しているようだ。


「けっ、経験人数…ですか?」

「えぇ~…チーネ、ちょっとそれは話題としてどうなの?」


 リンカは顔を赤くしているし、グリンは引きつった顔で苦笑いを浮かべている。

 無理もないだろう、堅気である彼女らに、人殺しの経験なんかあるはずもない。…怒って当然だ。


「さすがに失礼でござんすよ、この二人にそういう経験があるハズねぇでしょう?パッと見でも分かりやす」


 ジューロが断言すると、グリンとリンカが少しショックを受けたような…、なんとも言えない微妙で複雑な表情に変わると、チーネがどこか嬉しそうに言う。


「ふっふぅ~ん!やっぱりないんだぁ?やっぱりお子様じゃない!…わ、私は経験あるけどね~」


 そんな経験など、なんの自慢にもならないというのに…。


「そ、そりゃ僕は確かに無いけどさ…。ジューロ、もうちょっと言い方というか…」

「うぅ…、私もありませんけど…。キッパリ断言されるとあの…」


 二人が自信無さげに言うのを見て、そこは胸を張っていいのに…と思った。


「そういう経験なんて、なんの自慢にもなりやせんし。気にすることはありやせんよ?」

 ジューロが二人にそう説くが、横からチーネが話を挟んでくる。


「えー、そっかなぁ…?そういう数って、男の人ほど自慢してたりしない?」


「うぅーむ、そう言われると確かに…?いやしかし、そういう男にロクなヤツはいねぇと思いやすし…。あっしからすりゃ、自慢するのは頭がおかしいとしか思えやせんけど…」


「それって、モテない男のひがみじゃない?っていうか、分かってないわね~?女の子って、ワルに惹かれるものなの!」


 なんか良く分からないが、悪党の方がモテるのか…。

 ジューロは自分の記憶を振り返ってみた。


 言われてみれば、悪党ほど妖艶な女性をはべらせていることがよくあったし、その方がモテるってのは、あながち間違ってないのかも知れないが…。


「でも、そういうのに惚れる女性ってのは、大概ヤバいんじゃござんせんかね…?」

「そ、そんなことあるわけないじゃない!…ねぇねぇ?リンカもワルの方が好みでしょ?」


「私は別に…、そういう人は好きじゃないですけど…」

 チーネは同意を求めたが、リンカはハッキリと否定してみせた。


「ほら、やっぱりそれって…。おめぇさんの好みってだけなんじゃ…」

「え~…?」


 リンカに否定されたのが効いたのか、チーネは少しだけ自信なさげにひるみ、チラリとグリンを横目で見る。


「そりゃあ、別に…。私も、そういう男は好みじゃないけどさ…?」

 じゃあなんなんだろうか、この話。


「…っていうか!ずいぶん余裕あるっぽく言うけど、ジューロ…!だったっけ?」

 チーネはジューロの顔に向けてズビシッ!と指をさしてくる。


「左様ですが、…人に指をさすのは失礼になりやすよ?」

「あっ、ごめん…。じゃない!あんたの経験人数って何人よ?」


 失礼を指摘したことに対して素直に謝るあたり、性根は良い子のような気がしてきた。

 そんなチーネも、経験があるとか言っていたが、彼女が人を殺せるようには思えない。…おそらく、変な見栄をはっただけなのだろう。


「…あ!言っておくけど。私って、ウソをついても見抜ける特技があるからね~?」


 人を食ったような態度に戻ったチーネだったが、彼女が言う『ウソが見抜ける特技』とやらが気になったので、ジューロは試しに嘘を言ってみる。


「あっしの経験ってのは…、一人でござんすね」

「…ぷっ、にゃはは~!それはウソだ~。見栄はってもバレバレだよ?どうせ経験なんて無いんでしょ?」


 チーネが勝ち誇ったように、ジューロの嘘を見破ってみせた。


 それに対してリンカとグリンも、心なしかホッとしたような顔を見せる。

 たぶん人を殺したことがないと、安堵してくれたのだろう。


 二人の安堵する気持ちを裏切ることになるが、…ここは正直に答えることにした。

「ウソを見抜けるってのは、本当のようでござんすね。…本当は、三人でござんす」


 改めて答えた瞬間、その場が凍り付いた。

 リンカとグリンは目を点にして動かないし、チーネは目を丸くして…なんか瞳孔まで開いている。


「…え?…マジじゃん。えぇ?少なく言ってたの…!?」


 チーネが少し引いているようだ…、そっちから訊いといて、そりゃないだろう。


「えっ!?ジューロ…。いやあの、ジューロさん?マジですか…そうかぁ、そっかぁ…」

 グリンも急に敬称を付けて呼んでくる。


 気持ちは分かるが、友達と思っている相手に距離を置かれる感じは傷つく。つらい。


「…グリン、敬称をつけるのはやめておくんなさい」

「ご、ごめんごめん!ちょっと意外というか、驚いただけだからさ…。それより、あの…。リンカさん?大丈夫!?」


 グリンでこの調子なのだ。

 リンカには、さぞや軽蔑されてるだろうと思い、ジューロは恐る恐るリンカの方に視線を向ける。


 その肝心のリンカも、ショックを受けたように固まっていたが。ジューロの視線に気付いて、ようやく反応し、答えになってるようでなってない返事をした。


「へぁ?…あっ、はいっ!そっか、でしゅよね…。えっと、はい!です…よね」

 少し混乱させてしまったのだろう、少し目が泳いでいる。


 その反応に、申し訳ない気持ちになるし、リンカに嫌われたかと思うと…。

 ジューロ自身、いたたまれない気分になってきた…。とてもつらい。


 しかし、そんな気持ちを知るよしもないチーネは、さらに詳しく質問を重ねてくる。

「じゃ、じゃあさ!?どんな女をヤってきたの!?」


 人聞きが悪すぎる…。

「いや、相手は全員男でござんすが…」

「にゃっ!?」


「ふぇ!?」

「ジューロ!?」

 チーネどころか、リンカやグリンにも驚かれた。

 …女子供を好んで殺すような外道に見えるのだろうか?


 チーネにはどう思われても何とも思わないが、リンカとグリンにそう思われるのは…かなり堪える。

 ジューロが頭を抱える暇もなく、チーネはさらに食い付いてきた。


「そういう趣味なの!?」

「趣味!?…趣味でそんなことはしやせんよ、するわけねぇでしょう!…襲われて仕方なくでござんすが」


「襲われたらヤっちゃうの!?」

「襲われたらやりやすよ!?仕方ねぇでしょう、あっしは加減がきくほど強くはありやせんし」


 その時ガタッ!と、司書さんが席から立ち上がる音が聞こえた。


 しまった、騒ぎすぎたか───


 チーネは司書さんに『図書館ではお静かに』と注意されたばかりであるし、ジューロたちもそれは既に聞いている。

 騒いでしまったことを後悔しつつ、ジューロは怒られるのを覚悟して、視線を司書さんの方へ向けたのだが…。


 司書さんは「大丈夫です、続けて下さい」と真顔で一言だけ言うと、椅子に座り直した。

 メガネの奥から覗く彼女の視線が、熱を帯びていたような気がしたが…、たぶん気のせいだろう。


「そ、そうなのか…。なんか大変だったね…」

 グリンは複雑な顔をしている。


 色々な感情が織り交ざっている顔だが、不快感からくるというより、心配されている感情が多分に含まれているように思える。


「渡世人には、よくあることでござんすから…」

「よくあるんだ…」


 ジューロは今まで、火付け盗賊などと殺し合いになったことがある。

 生き延びる為とはいえ、人を殺したことには違いない…。


 そんな中にも、好き好んで無法者になったワケじゃない者もいるだろう。

 彼らを斬った数など、誇れるものではない。


「そ、そっか…私こそゴメンね。まさかそんな男同士で無理やりなんて…」

 ジューロの表情が暗くなっていたのだろう。

 チーネも流石に悪いことを訊いたと思ったのか、申し訳なさそうに謝った。


「いや、気にしてはおりやせんよ。…それにしたって、チーネさんこそ経験があるってのは、嘘でござんしょう?」

「うっ、うぅ…嘘じゃないしぃ~」


「こう言っちゃなんだが、おめぇさんじゃ…とても人なんて殺せそうにありやせんよ」


「…ふぇ??」

「ジューロ…?」

 ジューロの一言で、リンカとグリンが再び固まった。


「ん?どうしやした?」

「悪い、ちょっと待って…。ジューロ、何の話?」

 グリンが眉間に指を当て、悩むように頭を支えながら訊いてくる。


「なんの話って、グリン。人を殺したことがあるかどうかって話でござんしょう?」


「えぇ…?…あのさ、チーネ。僕が勘違いしてただけかもしれないけどさ。ひょっとしてそういう話だった?」

「いやっ、待ってよ!?違っ…!違う、違う!殺しの経験なんかあるわけ無いし!」


 チーネは慌てて否定する。

 今度はずいぶん素直に経験がないことを白状するが、これはどういうことだろうか?


「…うん、だよね。…分かった、よく分かった。…あのね、ジューロ。ちょっと勘違いがあるみたいだけど、聞いてくれるかい?」

「うむ?勘違いでござんすか?」


「チーネが言ってた経験人数ってのは、あの…え~と…、異性との交際経験の事かな…」

 グリンは少し言葉を選んで、ジューロに伝えた。


「ふむ、なるほど!…ん?」


 交際経験の話…?なるほど?

 グリンが言葉を選んだように思うし、つまり…そういう話題だったということなのだろう。

 今までの会話と、グリンとリンカの反応を思い返せば全て納得がいく。


 …納得はいくが、ちょっと待てよ?と、思った。

「ちょっと待っておくんなせぇ、何で急に交際経験の話になったのでござんすか?!」


「いや、こっちのセリフなんだけど!?雑談するから、そういう話しをしただけで、そっちこそ何で物騒な話になってるの!?」

「だっておめぇさん、冒険者だとか、荒事な話の流れからなら、そう思うでござんしょう!?」


「そう思わないでしょ!?ちょっと常識がなさすぎるにゃー!」

「常識がねぇのはチーネさんでござんしょう!?個人的なことに土足で踏み入る話ってのは、どうかと思いやすが!?」


「ねぇ、グリン!この変な格好のヤツとは付き合いやめた方がいいよ、それより私と冒険者やろ!」

「ぐぅっ、言い返せねぇが…。でも、おめぇさんだけには言われたくありやせん」


「…分かった、分かった!二人ともストップ!少し落ち着こう」

「そうですっ、ジューロさん!えっと、チーネさん。図書館ですし、静かにしましょう?」


「ぬぅ…。も、申し訳ござんせん…」

「うっ、ごめん…」

 グリンとリンカに諭され、反省する。流石に騒ぎすぎた。

 それに、ちゃんと理解しないまま、勘違いしたのはこちらなのだ、おそらくジューロに非があるだろう。


「あっ、でも良かったですねジューロさん!勘違いが分かって」

「あんまり良くありやせんけど…。聞いての通り、あっしは人を斬ったことがありやすし…」


「それは…、なにか事情があった事は分かりましたし…」

「ま!そうだね。少なくとも僕は、ジューロは無闇な事はしないと思ってるよ。付き合いは短いけどね」


「リンカさん、グリン…」

 気を遣ってくれているのだろう、二人の言葉が身に染みた。


 それと同時に、二人の人の好さに少しだけ不安を覚える…。

 世の中には、人の厚意につけこむ人間もいるのだから。


「それに、私も勘違いしちゃってましたから。私ってば、てっきり…。だってジューロさん、グリンさんのお尻とか、たまにジッと見てるから…。そうだったのか~…って」


「…ジューロ?!」

 リンカの余計な一言で、グリンが警戒したのか、尻尾を内側に丸める。


「待っておくんなせぇ!?そいつも誤解ってもんで!…なんというか、尻尾を見てただけでござんす!」

「し、尻尾?それはそれで…なんで?」


「グリンにも道中説明したとは思いやすが、あっしの故郷じゃ獣人を見たことがねぇもんで…。だから、見てるだけで面白くてつい…」


 そこまで言うと、チーネが割り込み再び余計な事を言い出した。

「グリン!気を付けて!最後のは嘘が入ってる」

「えっ?」


「…尻尾フサフサしておりやすし。尻尾を触ってみてぇとかは…、思っておりやすが」


 …変に勘違いされても困るので、正直に答える。

 すると今度は、リンカが目を輝かせて同意してきた。

「あっ!それ分かります!尻尾いいですよね!」


「そ、そっか…。いや、流石に二人でも、触らせたくはないかな…。敏感なところだし?やめてよ?」


 二人から期待するような視線を感じたのか、グリンが一言釘を刺した後、大きく溜め息をついた。


「でもさ、チーネの嘘を見抜く特技ってのも…、あんまりアテにはならない感じかもね。むしろ誤解を生んで…ややこしい感じがするよ」


「そ、そんなことないもん、嘘はちゃんと見破れるし!…さっきのは勘違いされたのを正直に言われたから…変なことになっただけだよ!」


「本当かなぁ?」

「本当だもん!」


 グリンとチーネがワイワイとやりだし、ジューロはぼんやりとその様子を眺めながら思った。


 チーネは確かに『言葉の嘘』は見抜けるようだが、『言葉の真意』までは見抜けないらしい…。

 ギルドの前でラティとチーネが言い争いをしていた時も、おそらく…。


 いや、これはジューロが考えても仕方ないことだろう。


 ジューロは椅子の背もたれに身を預けると、ぐったりとした。

 …どうも疲れたが、嫌な気分ではない。

 それに───


「ジューロさん、ジューロさん」

 ぼんやりとしているジューロに、小声でリンカが喋りかける。

「…グリンさん、少し元気になって良かったです!」


 リンカが言うように、ギルドで騎士団の一件から、少し元気がなかったグリンだったが、図書館でチーネに会ってから明るさが戻ったような気がした。


 グリンが求める手掛かりが見付かったこともあるのだろうが、何より友人と会えたことが良かったのだろう。


「うむ、あっしも…良かったと、そう思いやすよ」

 リンカと互いに微笑んでいると、チーネが再びジューロにからんで来た。


「じゃあ、見ててよグリン!今度こそ嘘かどうか見破れるか証明してみせるから!…ジューロ、質問するから答えてよね!」

「いきなり何でござんすか!?」


「さっきは質問を勘違いして答えてたから…変な感じになってたけど!今度は理解したから答えられるわよね?経・験・人・数」


「もう、そいつはどうでも良くないでござんすか?グリン、おめぇさんの幼なじみでござんしょう!なんとかしておくんなせぇ!」


「いやぁ…でもなぁ。僕らは答えちゃったワケだし」

「あっ、ですね!勘違いしてたとは言っても…私達のことはハッキリさせちゃったようなものですからね」


「ぬぐぐ…」

 思い返してみれば、確かに二人は答えてしまっているし、あの流れはジューロが実質的に悪いと言えるかもしれない。


「さぁ~、一人だけ逃げるなんて真似はしないよね?嘘を見破れると証明する為にも…観念するにゃー」


 そんなこんなでジューロが詰められた結果。調べものやらどころではなくなり、三人はチーネを交えて雑談に明け暮れる羽目になり。


 そして、気付けば日はとっぷりと暮れているのであった───


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