第二十五話
雑談しようというリンカの提案に、意外にもチーネは乗って来てくれた。
「お話?…ん~、じゃあさ!いま話題の怪盗スパータの話でもするかにゃ?」
「怪盗ですか?」
リンカが分からないといった風に首をかしげる。
「うん、知らない?怪盗スパータ」
「…チーネ。僕ら今日ここに着いたばかりだから…、最近の王都の話は知らないんだ。僕が住んでたのも十年くらい前だしさ」
「…私も五年くらい前までは王都にいましたけど、怪盗の話って聞いたことないです。でも、ちょっとだけ興味あるかも…?」
「そっかそっか!なら知らなくても仕方ないか…怪盗スパータが活躍し始めたのは二年くらい前からだしね」
怪盗───
その単語に聞き覚えはある。
ギルド内で、フレッドと騎士団とのやり取りの最中、怪盗がどうとか、義賊やらなんやらと言っていたからだ。
その事から察するに、賊の呼称であることは何となく分かるのだが…。
「すまぬが、そもそも怪盗ってなんでござんすかい?」
話の腰を折ってしまうが、知らない事はたずねるに限る。
そのジューロの質問に対し、チーネは一瞬だけ怪訝な顔を見せるが、オホン!と咳き込みを入れ。
「闇夜に紛れ活躍する、正体不明の謎多き盗賊!…みたいにゃ?」と、キレのあるポーズを取りながら説明してくれた。
「ほほーぉん?…つまり、泥棒でござんすね?」
「えぇ…?そう…なのかな。えぇ~…?ちょっと待って…」
ジューロの返答に対し、チーネはこめかみを押さえ、ものすごく不服そうに返答に困ったかのような反応を見せる。
「仮にも義賊だし…、泥棒の一言で済ませて貰いたくないというか。…あのさ?漫画とかで見たことない?」
「ま、漫画…?でござんすかい?」
「…え?なに?漫画も知らないの?」
「あっ、すみませんチーネさん…。この人、外国から来た人らしくて、ここの文化とか何も知らないかも…」
「ふーん、そうなんだ。どうりで…妙ちくりんな服を着てるなぁーとは思ってたけど」
チーネはジューロの格好を見て、うんうんと頷き納得した。
「うーん、でも何て説明すればいいのかなぁ?私腹を肥やす悪党から盗んだお金を、貧しくて立ち行かない人々に配って助ける!義賊…だけどぉ」
改めてチーネが説明してくれたが、それってやはり泥棒なのでは?と思う。
しかし、ジューロも似たような者に心当たりがあった。
「ふむふむ…。ネズミ小僧みたいなもんでござんすかね?」
「ネズミ小僧…?ってなに??」
「あっしの故郷でも似たような話を聞いたことがありやして───」
ジューロの故郷でも、そういう話を耳にしたことがある。
大名屋敷に盗みに入り、貧乏長屋へ金をばら蒔いていくという…、それがネズミ小僧の話だった。
真偽のほどは分からないし、話が独り歩きしているだけかもしれないが…。
ジューロはそのように、同じような者が自分の国にもいたことを説明すると、チーネを含む三人は興味を持って耳を傾けてくれた。
「へー!似たようなことをする人って、どの国にもいるんだね!うんうん!怪盗スパータだって、そういう義賊なんだよ」
ジューロの話を聞いたチーネが目を輝かせ、嬉々として語る。
「うぅむ…しかし、義賊と言っても賊でござんす。そのネズミ小僧も最期は捕まっておりやすから。あまり怪盗とやらに肩入れしねぇ方が…ようござんすよ?」
打ち首にされ、首を晒されたことまでは言わないが、無法者の末路はだいたいそのようなものだ。
そういう者に対して好意を抱くのはやめた方がいい。…渡世人のジューロが言えた立場ではないのだろうが。
「…そうだね。チーネさ、その怪盗が良い人間だとしても、捕まったりしたら処罰されるんだから…。あまり親近感を持っても後がツラいかもしれないよ?」
「えー?そうかなぁ…ていうか、二人とも男なのにロマンが足りなくない?ねぇねぇ、リンカは怪盗のこと、どう思う?」
「え?私ですか!?えーっと…私は素敵だと思いましたけど。その…」
「でっしょー?ほらぁ!こういう話って、ノリでするもんじゃん?二人とも真面目すぎ~!」
いつの間に移動したのか、チーネがリンカに肩組みし、どやっ!とした顔をしてみせる。
「それもそうか…、ま!雑談で深く考えすぎだってのは悪かったよ」
「いやぁ、…面目ねぇ」
「いいけどさー?…でも、見たところ三人とも冒険者でしょ?そういう話くらいノリノリでしそうだと思ったんだけどにゃ…」
「いや?チーネ、僕らは冒険者じゃないよ」
「そうなの?」
「うぅむ…。ここにきてからよく耳にしやすけど、そもそも冒険者って何なのでござんすかい?」
「えぇ~?冒険者も知らないの…!?マジで?」
「そういえば、ジューロには冒険者の話とかしてなかったね。何も聞かれないから、知ってるのかと思ってたけど…。リンカさんはどう?」
「さすがに私も冒険者は知ってますよぉ…、でもジューロさんの故郷って不思議な所なんですね?獣人も魔法も見たことないらしいですし…、冒険者もいないなんて…」
不思議な所ってのは、むしろこっちが言いたいセリフであるが、ここで言っても仕方ないことなので、黙っておくことにした。
「ジューロ、冒険者っていうのはね…。一言で言うと、お宝を探しにダンジョンに潜ったり、モンスター退治の依頼を受けて生計を立ててる人たちのことなんだ。ま!大雑把に言うとこんな感じかな?」
なるほど、グリンの説明である程度わかった…ような気がする。
お宝探しのことは分からないが、あのゴブリンやトロールといったモンスター退治、それを生業にしているのは大変なことだろう。
ジューロもモンスターとは戦ったことがあるものの、それは退っ引きならない事情があったからにすぎないし、ああいうのと関わらないなら、それに越したことはない。
「左様かぁ…、それはそれで大変な稼業でござんすなぁ…」
「ま!危険と隣り合わせだろうからね…」
グリンがしみじみと相づちを打つ。
ラサダ村でレンジャー兼、狩人をやっていた彼が言うからには、よほど危険な仕事のようだ。
「ねぇねぇ、あのさ!良かったらだけど…。私と一緒に冒険者やってみない?」
ジューロの考えをよそに、チーネが三人に…特にグリンに対して勧誘を仕掛けてくる。
「え?…いや、チーネが誘ってくれるのは嬉しいんだけどさ。僕はもう働き口を見付けてるから」
「えぇー?そうなんだ…。じゃあ、そっちの二人は?」
「ぬ?あっしらもグリンと同じでござんして…」
「はい、インターセッションっていう産業ギルドで働くことになったんです」
ギルドの名前を聞いたとたん、チーネの顔が曇っていくのが見てとれた。
その理由も分かる。
今日まさに、チーネがそのギルドから追い出されたのを三人ともその目で見ているからだ。
しまったと、リンカが口を手で塞ぐ。
「えぇ…、あそこのギルドぉ?やめときなよぉ…」
「ん?何故でござんす?」
「だって姐さ…じゃなかった…。えーっと…、むむー!ともかくっ!若いうちは冒険とか、スリルがある事をした方が楽しいって絶対!産業ギルドなんて地味なだけだし?モテないよ?」
「ぬぅ、なんかよく分かりやせんけど。あっしは危険なのは苦手でござんすし、それにモンスターには関りたくねぇでござんすから…」
仕事先が既に決まっていることもあるが、危険なことに進んで関わりたくないのは本心だ。
「ハハハ、そうだね!それは僕も同じかな」
「もー!それでも男なの?」
グリンがジューロに同調するのを見て、チーネは口を尖らせながら不満を口にする。
「いやぁ、ハハハ…。兵士になりたい僕が言うのもなんだけどさ?」
「え?…グリンは兵士になりたいの…?」
グリンが兵士になりたいという話を聞いて、チーネの挙動が少しおかしくなった。
どこか不安そうに、ソワソワしはじめる。
「そうだけど、どうかした?」
「べ、別に…」
「…そっか。チーネの方こそ冒険者になりたいのかい?…冒険者同士の揉め事で命のやり取りになることもあるって、昔うわさで聞いたこともあるけど、危ないんじゃないかな?そういうのはやめた方が…」
「…心配してくれるの?」
「そりゃ心配だよ。それに冒険者が行方知れずになる事件もあるとか聞いたし…。なんか騎士団が言うには、怪盗の仕業だとか言って───」
「!…むーっ、余計なお世話で~す!!べー!!」
グリンが最後まで言い切る前に、今度は不機嫌になったチーネがそっぽを向く。
その様子の変わりように三人とも面食らった。
「ぬぅ、どうしたのでござんすかね…?急に」
「わ、私にも分からないです…。グリンさん?なにか失礼なこと言いました?」
ジューロとリンカの質問を受けて、グリンもまるで分からないというように、困った表情を浮かべている。
「別に変なことは言ってないと思うけど…、チーネってば、どうしたのさ?」
困った様子でグリンは訊いてみるが、チーネはツーンとした態度で顔を背けたままだ。
「…困ったなぁ、こんな子じゃなかったのに」
「えーと、どんな子だったんです?」
「うん、昔はさ?僕の事を、ぐぅりん!ぐぅりん!って言って付いてくる、素直で良い子だったんだけど…、いたっ!チーネやめてって!」
いつの間にグリンの隣に戻っていたのか…、再びチーネがグリンの腕を爪でチクチクしてきたようだ。
そんな彼女の顔が真っ赤に染まっている所を見るに、よほど腹に据えかねたに違いない。
「もぉ、昔の話を引っ張り出さないでよっ!!」
「いや、ゴメン!でもさ?昔はあんなに…、痛いって」
ジューロはこの状況をどうしていいのか分からず、あたふたしていたが、リンカだけは肩を震わせた後、二人のやりとりを見て、笑いを吹き出した。
「ふふぅっ…うっふふ、あははははっ!…あっ、ごめ…んあっふふふっ!」
そのリンカの反応で毒気を抜かれたらしく、チーネも少し落ち着きを取り戻したようだ。
「はぁ~…でもグリン、昔を引きずったままなんて、まだまだお子ちゃまよね」
「お子ちゃまって…、そういうチーネこそどうなのさ?」
突っつかれていた腕をさすりながら、呆れたようにグリンが聞き返す。
「ふふーん!私はもう大人です~!お酒だって飲めるし?それにホラ、これ見て」
チーネはそう言って、胸ポケットから札のようなものを取り出し、テーブルの上に置いてみせる。
その札にはチーネの名前や種族と性別。役職の欄には【地図師】や、年齢が十九歳であること等、色々な情報が記載されていた。
本当にジューロより二歳も年上なのか?という疑問を思わず口にしたくなったが、それは何とか飲み込んだ。
「冒険者カード?…もう冒険者になってたのか。でも、大丈夫?」
テーブルに置かれたその札を見て、グリンが心配そうに呟く。
「ふふーん、バカにしないでよね?私はこう見えても荒事だってこなせるんだから!」
「そうなんだ、でも危ないのには変わりないと思うんだけど…」
心配そうにしているグリンの気持ちも何となくだが察せられる。
危険な渡世の道へ、自ら足を踏み入れたがる堅気の若者たちを見たことがあるが、それを心配するような感覚に近いだろうと思った。
…それが幼なじみなら尚のことだろう。
「…グリン!あんまり子供扱いしないでよ。私はね、修羅場だって何度もくぐってきたし。そっ、それにグリン達と違って…おっ、大人の世界だって…ちゃんと知ってるんだから!」
「大人の世界って…」
鼻を鳴らし、自慢気に語るチーネを見て、グリンが頭を抱えた。
しかしチーネは、そんなグリンはお構い無しといった風に、話を続ける。
「あっ、そうそう!ちょっとだけ話を変えるけど…」
何を思い付いたのか、今度はイタズラっぽくニヤリと微笑むと、三人に別の話題を切り出してきた。
「グリンの…いえ、みんなの経験人数とか知りたいにゃ~」




