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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第二十四話

 

 そういえばギルドの前で、このチーネという獣人の女性を初めて見掛けた時。グリンが彼女のことを目で追っていたことを思い出す。

 それはグリンが彼女に見覚えがあったからなのだろうか?


「グリン、知り合いでござんすかい?」


 ジューロが出した名前に、チーネが即座に反応した。


「グリン…?あーっ!やっぱりグリンって、キミ!あのグリンだよね!?私だよ!私!」

 チーネはそう言い、詰め寄るようにグリンに近付いていく。


「…チーネさん、図書館ではお静かに」

 司書さんがチーネをたしなめる。


 興奮気味だった彼女は、しまったという風な表情を見せ、テヘペロと舌を出すと司書さんにウインクをしながら誤魔化し笑いをしてみせた。


「ん~?チーネ…?」

 グリンはというと、彼女に心当たりがあるのか分からない感じで、顎に手をあてて(うな)りつつ、チーネの顔をまじまじと見つめた後。

「チーネって友達は昔いたけどさ…?でも…」と、迷ったように呟いた。


 悩んでいるグリンの様子に、チーネは少し悲しそうな顔をして、目の下にあるキズをなぞって目を伏せる。

「…ひょっとして、このキズのせいでわからないのかな…」


「え?いや、なんていうか…その~…」


 グリンの言葉はどうにも歯切れが悪かったが、ようやく意を決したのか、頭を掻きつつ申し訳なさそうに言葉を続けた。

「…女の子だったの?」


「…へぁ???」

 チーネはその言葉に一瞬だけ凍り付く。


 しかし、チーネはすぐに我に返り、指先の爪をシャキン!と少しだけ伸ばすと、グリンの二の腕を突っつき始めた。


「…あっ、痛い!チクチクしないで?!いやっ、やめて!?」


「あのさぁ?女の子を男の子に間違えるとか、普通ある?…ねぇ?…ねぇ???」

 チーネは悲しそうな顔からいっぺんしており、今度は責めるような目と口調で、グリンを物理と精神的にチクチクやり始める。


「ご、ごめんって!…だ、だってさ?チーネは服だってこう…サスペンダー付きのズボンみたいな…。えーと」

「…オーバーオール?」


「そう、それ!そればっかり着てたしさ?」

「あのねぇ?…百歩譲ってそれで勘違いしたとして!温泉でも何度か一緒になったことあったでしょ!?」


「そ、そうだっけ?…あー!そういえばバスタオル巻いて入ってたのはそういう?」

「はぁ~…もぉ~コイツは…」

 チーネは呆れた顔をして、再びグリンを突っつき始めた。


 そんなやり取りをする二人を見て、ジューロはグリンと温泉に言った時、そこで聞いた話を思い出していた。

 あの時、話に聞いたコザラ谷の集落にいた友人とは、この女性…チーネのことなのだろうか。


「この人がグリンが言ってた友人でござんすかい?集落にいたとかいう」


「あ、うん!そうそう!えーと、二人に紹介するよ。この子はチーネ、最後に会ったのは八年くらい前だけど…」

「子って歳じゃないんだけど?…まぁいっか、私はチーネ、よろしくね!」


「あっしはジューロと申しやす」

「私はリンカって言います!チーネさん、よろしくです!」

 二人はチーネと互いに握手を交わす。


「しかし、良かったでござんすな!これで集落の人たちのことも分かるやも?」


 ジューロがグリンにその件を訊ねるよう促した。

 だが、肝心のグリンはというと、どうやらチーネを男の子と間違えていた事が気まずいらしく、彼女との話は後回しにしたいような反応をみせる。


「…ま!ジューロ、それはそうとして…。吟遊詩人のこと聞いておかないとさ?」


「ぬぅ、確かに…?」

 とにもかくにも、グリンの探す情報の目処は立ったのだ。

 そちらは何とかなりそうだし、これなら心置きなくジューロも自分の調べものに集中できるだろう。


 …そう思った時、チーネが話に割り込んできた。


「え?なになに?グリンもギンちゃんに何か用があるの?」


「ギンちゃん…って誰?チーネ、急になんの話?」

「む?ギンちゃん…とはなんでござんす?」

 ジューロとグリンはワケがわからず聞き返した。


「ギンちゃんはギンちゃんだけど…いま言ってたでしょ?」

 答えになってない答えをチーネに返され、二人が面食らっていると、司書さんが溜め息をついて、再びチーネをたしなめる。


「はぁ…、チーネさん?少し黙ってて下さい。私が説明しますので…」

「はぁ~い」

 チーネが気の抜けた返事をすると、退屈そうに机にもたれかかった。


「…すみません。彼女は吟遊詩人を略して、ギンちゃんと呼んでるだけなので、気にしないで下さい」


「あ、そういうことでござんすね?」

「なるほど。でも、それじゃ分からないよチーネ…」


「あのっ、ところでその…吟遊詩人さんはいらっしゃるんですか?」


「えぇと…残念ですが、今日はお見えになっていないですね。いつもなら歴史書や伝承…おとぎ話のエリアにいるんですけど…」


「ふぅむ。失礼さんでござんすが、その吟遊詩人さんが来たときに、取次ぎをお願いすることはできやすかい?」

「…流石にそれは業務外のことですから、お引き受けできないですね」


 なるほど、それは司書さんの仕事でないのなら、これ以上は厚かましい願いだ。

 それに手掛かりになりそうな事も教えてくれたのだし、充分すぎるほど助けられた。


「これは失礼しやした、申し訳ござんせん…」


「いえいえ、…お取次ぎすることは出来ませんけど。吟遊詩人のことは教えておきますから、ここに来たときに探してみるといいですよ」

「そいつは助かりやす!して、どのような方なので?」


「三十代で白髪の…ヒト族の男性ですね。いつも白いクロークコートを着ていて全体的に白っぽい人ですから、分かりやすいと思いますよ」


 クロークコートが何なのかジューロには分からないが、全体的に白っぽい人を探せばいい事はわかった。

「なるほど、全体的に白っぽい男の人…でござんすね」


「名前は、シャーリーという方です」

「シャーリーさん。シャーリーさん…承知。…うむ!ありがとうござんす!」


 正直いって名前を覚えるのは苦手なので、忘れてしまわないか不安だが、なんとか覚えておこうとジューロは頭の中で復唱しまくる。


「じゃあ、あとは僕らで調べれる所を調べよう」

「ん、ですね!あのっ、司書さん。外国に関する書物の場所を知りたいんですけど…」


「でしたら、すぐそこのエリアですよ」

 リンカの質問に対し、司書さんが座っていた席の裏手を指差した。


「あっ、そこなんですね!ありがとうございます」

「ご丁寧に、ありがとうござんした」

「助かりました」


「いえ、また分からないことがあれば声を掛けて下さいね。…ところでチーネさん、他に用件は?」

 司書さんが、机にもたれかかっていたチーネにも話し掛ける。


「ギンちゃんいないなら大丈夫!ありがとね!」

「そうですか。では、私はこれで」

「またにぇ~」


 自分の席へと戻っていく司書さんに、チーネがヒラヒラと手を振り見送る中。グリンがチーネに声を掛けた。

「…あのさチーネ。後で話があるんだけどいいかな?」


「んぇ?…なになに?ひょっとしてナンパ!?え~、私もヒマじゃないんだけどにゃ~?」

「え?全然違うけど…」


「なによ、つまんな~い!」

 グリンの即答にチーネは頬をふくらませ、不満げな態度をみせる。


「忙しいなら話は今度でいいからさ、チーネと連絡がとれる方法って何かあるかな?」

「ホント昔から真面目だよね…ちょっとはリアクションしろっての。…別にいいけどさ?ミルフィー…って言っても分かんないか。あの司書さんがいるでしょ?」


「うん」

「居候させてもらう事になってるから、彼女に言ってくれれば連絡はとれるかな…」


「そうなんだ、ありがとうチーネ!」


 グリンは彼女との連絡手段があることに安心したようで、ほっと胸を撫で下ろすと、チーネが忙しいと言っていたこともあってか。

「じゃあまた、時間がある時に色々と話そうね!」

 と、サックリと話を切り上げてジューロ達の方へ戻ってきた。


「ちょ、ちょっとグリンさん!良かったんですか!?」

 慌てたようにリンカが訊く。


「うん、なんかチーネも忙しいらしいし…。会う方法も分かったから大丈夫だよ」

「そうじゃなくて…。だ、大丈夫かなぁ…?」


 リンカは何を心配しているのだろうか。

 ジューロは何気なくチーネの方を見てみると、彼女の髪の毛が少しだけ逆立っていて、さらに不機嫌になったように見えたのだが…。

 ジューロは気のせいだと思うことにした───



 ともかく、今やるべきことは故郷の手掛かりを探すことである。


 それを探すにあたって、リンカやグリンに色々な質問をされた。

 故郷を統治している人は誰なのか?とか、どんな文化や歴史があるのか、貿易している国はどこなのか…等である。


 残念なことにジューロは学がないし、頭も悪い。


 知っている事は出来るだけ答えたいが、それでも貿易している国の名前など知るよしもないし、知っていることが狭すぎた。


 国を治めているのは徳川家…。貿易では南蛮だとか、蘭学というものがある…などを伝えてみたが、リンカもグリンも全く心当たりがないようであった。

 これはジューロの伝え方にも問題があるかもしれないが、その文言がないかも考慮して、二人は一緒に調べてくれるようである。


 そして最後にジューロが思い出した中で一つ、厄介なことがあった。


 ────それは鎖国である。


 昔に聞いた話だが、鎖国していても異国との貿易は一応ある…らしい。

 聞いた話なので情報に自信が持てないが、他にすがるものもないので、そのことを二人に伝えてみる。


「それなら、鎖国してる国を中心に調べていこうか」

「ですね!けど、問題は帰り方かも…。限られた国としか交流がないなら、その国と貿易してる所に一度渡らないと帰れないかもしれないですし…。あの、ジューロさん?大丈夫ですか?」


 二人に色々な質問をされていたこともあるが、頭の悪いジューロには高度な話題に聞こえて、ずっと目が回っている。


「う、う~む…。あまりにも難しい話で、ついて行けてないのでござんして…」

「む、難しいですか?」


「うむ、難しいでござんす!」

「そんな堂々と言われても…」

 リンカはジューロの答えに呆れ、頭を抱えた。


「ハハハ!まずはジューロの国がどこにあるかを調べとかないとね。帰る方法はその時に考えるしかないさ」

「…うむ、まずは故郷探しやす…うむ!」


「…でも、ま!いったん休憩にしようか。ジューロが少しダメになってる感じがするし…」


「ですね、そうしましょう…。あの、それと~…」

 思考が追い付いていないジューロとは別に、リンカには気になることがあった。


 それは、席について調べものを始めた時から、ずっとグリンの横に座って退屈そうにしているチーネのことである。


 リンカがチラリと視線を向けると、グリンも観念したようにチーネに話し掛けた。

「あのさ…チーネ、忙しいとか言ってなかったっけ…?」


「別にぃ~?予定が変わったんですぅ~!」

 膨れっ面でチーネが拗ねたように答える。


「そっかぁ…、予定がかわったのかぁ…。うん、それはいいんだけど、調べものしてる時ずっとイタズラ仕掛けるのはやめて欲しかったかなぁ…?」


 三人でジューロの故郷について調べようとしてる最中、ずっとグリンはチーネに好き放題されていた。

 フサフサしていた尻尾の毛や、頭髪部分が丁寧に編み込まれていて、ある意味では見るも無残といった感じだ。


 グリン自身、そのことに触れなかったので、ジューロとリンカも見てみぬフリはしていたのだが…。かまって欲しかったのだろうか。


「あのっ、息抜きに何かお話でもしましょうか?ジューロさんも難しい話より、気軽な話の方がいいでしょうし!…ね?ジューロさん?」


「う、うむ??そ…そうでござんすな?気晴らしにもなりやすし」

 まだ頭が回らない中、グリンとチーネに見えないよう、リンカが小突いてきたので。空気を察し、雑談の提案に同意するのだった───


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