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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第二十三話

 

 司書さんの後に付いていき、図書館の奥に進むと、扉がいくつか見えてきた。

 扉にはそれぞれプレートが張り付けられており、資料室の分類が刻まれているようである。


 司書さんが扉を一つ開け入ると、部屋の中にある棚から厚みのある三冊の本を持ち出してきた。

「こちらの資料ですね、当時の事件やその記録もありますが…」


「あの、これだけ…ですか?」

 ジューロは資料などに関してよく知らないが、グリンの狼狽(うろた)えようを見るに、その量が少ないというのが分かる。

 グリンは村長の孫でもあるのだ、そういう資料に関しては詳しかったりするだろう。


「はい、図書館にある記録はこれで全てです」

「そ、そうですか…じゃあ、少しお借りしたいんですが」


「分かりました。では、こちらの貸し出し名簿に名前と───」

 司書さんが名簿を取り出し、グリンと何かやり取りをしたあと、資料をグリンに渡した。


「あっしも半分お持ちしやすよ」

「私も!」

「ありがとう、助かるよ」

 資料を渡された後、机や椅子等が並んでいる場所まで戻ると、持ち出した資料を空いている席に置く。


「ごめんジューロ、僕はまずこっちの事を調べてみるよ。リンカさんはジューロの故郷に探しを手伝ってあげて、これが終わったら僕も加勢に行くからさ」

「…えっと、大丈夫ですか?」

 リンカが心配そうにたずねた。


「問題ないよ」

「なぁグリン、あっしも文字だけなら読めやすし、三人で調べやしょう」

 ジューロはそう言ってグリンの対面に腰掛ける。


「でもさ、ジューロ…」

「グリンがあっしを手伝ってくれると言ってくれたように、あっしも同じく手伝いたいだけでござんす。それに、余所者だからこそ気付くこともあるかもしれやせん」


「…ですっ!私も調べてみます!」

 リンカも席につき、さっそく持ってきた本の一冊を開いた。


「ありがとう、二人とも。じゃ、お言葉に甘えようかな?」

「うむ!ではさっそく取り掛かりやしょう」

 勢い勇んで本を開くが、思っていた以上に文章がビッシリと並んでいてジューロが若干ひるんだ。


「ぬぅぅ、えーと…」

「ジューロさん。救援要請、派遣記録…とりあえずこの文章を探せば見付けやすいかもです」

 ジューロの狼狽えた様子を見たリンカが、要点をあげて指示を出す。


「な、なるほど!」

「あっ、ジューロ!コザラ谷とかラト族って文章があれば、それも探してくれると助かるな」


「うむ!承知しやした。しかし、その…ラト族?とかの種族とやらを覚えるのは大変そうでござんすな。まとめて獣人とかは…ダメなので?」


「ん~、でもジューロさん。それは覚えておいた方がいいですよ?種族ごとに特長がありますし、誰かを探すときも種族を言えばある程度しぼり込めますから」


「なるほど、そいつぁ確かに…」

 言われてみればその通りだ、調べるにしても、その種族の記載があるのと無いのとでは調べやすさはまるで違うだろう。


「そうそう!人だってそうだよ、ヒト族とか…司書さんみたいなアマゾネス族とかもさ」


「アマゾ…うぅむ?」

 ジューロが分からないという風に首をかしげる。

 司書さん自身がアマゾネス族と言っていたのは覚えているが、かなり大きな女性であること以外、大きな違いは感じ取れなかったからだ。


「ジューロさん、アマゾネス族っていうのは女性だけしか生まれない種族なんですよ。屈強な身体を持ち合わせている戦闘民族です」

「ふぅむ…。戦闘民族でござんすか…」


 どうも物騒な言葉に思え、ジューロは薩摩の事を思い出したが、すぐに頭から追い出した。

 あの司書さんからは、そういう印象は受けないし、それに結び付けるのは失礼かもしれない。


「…ま!二人とも、とりあえず調べよう!種族とかはたぶん自然と覚えるよ」

「そ、そうでござんすな!任せておくんなさい!」


「あ、ジューロ!ちなみに僕はウル族だから!」

「あっ、うむ。それは存じておりやすから…」


「っふ…うふふっ!…とっ、とにかく分からない時は言って下さいねジューロさん!」

「が、がんばりやす…」


 リンカとグリンのアドバイスのおかげで、ジューロでも資料をちゃんと調べることができそうだ。


 そうして三人で意気揚々と調べ始めたものの…。

 結果として、何の情報も得られなかった───



 グリンやリンカに言われた通り、関連性のありそうな文言を見落とさないよう探してみたのだが。

 兵士による救援、派遣に関する記録はあるにはあるものの、それはどれも王都内の出来事ばかりであり、外の村や町に関する記述がまるで出てこない。


 互いに資料を回して見直してみても、やはり王都の外に関する情報が一つもないのだ。


「ぬぅ、軍の人員削減とか都内のイザコザ、そういう記録しかありやせんね…。そういえばリンカさん、八年前は王都にいたのでござんすよね?」


「うん、でも流石に八年前の出来事はちょっと…。小さい頃はそういうの気にしてなかったし…」

「で、ござんすよねぇ…」


 なにか心当たりがあるかもしれないと、リンカに訊いてみたが、流石に無理があったか。


「…ま!仕方ない。ここじゃ調べても分からない事が分かったから十分だよ。二人とも付き合ってくれてありがとう」


「うぅむ…、力になれなくてすまねぇ…」

「二人のおかげで早く調べ終わったんだ、助かったよ。それに、調べる方法は他にもあるからさ」


 グリンが本を閉じ、片付け始めた。ここで調べれることはもうないのだろう。

 司書さんの所へ赴き、資料を返すことを伝えると、再び資料室に案内された。


「司書さん、ありがとうございました」

 グリンが貸し出し名簿に記入を終え、それを司書さんに渡しながらお礼を言う。


「…いえ、調べものはどうでしたか?」

「それが何も…。僕の父さんが兵士をやってた頃は、村や町の災害に対応することが何度もあったりして。そういう記録は残ってると思ってたんですが…」


「そうだったんですね…。こういうことは、あまり言いたくないですが。そういう兵士のほとんどはもう王都には残ってないですし」


「え?それって、どういう…」


「十年前、イコナ様という方が王宮に入ってから(まつりごと)が大きく変わりましたから…。あなたの父親が兵士をやっていたなら、そういう話とかはされてませんでしたか?」


「…初耳です、父さんからもそういう話は…。そういえば父さんが兵士を辞めたのも十年前だし、何かあったのかな…」

 グリンはふと、祖父の言葉が頭に過った。


(村に帰りたくなったら、いつでも戻ってきなさい。それは恥ではないからな…)


 考えてみると、責任には人一倍うるさかった祖父の言葉とは思えない。途中で投げ出すことを嫌う人なのだ。

 今にして思えば。王都に行くと伝えた時、少し様子がおかしかったように思う。

 父のこと…そして、王都での何かを知っていたからかもしれない。


 グリンは頭を振り、余計な思考を止めた。

 今は自分のやるべきこと、やりたいことに集中するべきだ。


「グリン、どうかしやしたかい…?」

「あ、あぁ!大丈夫。考え事をしてただけだから」


「あっしで良けりゃ、いつでも力になりやすんで。抱えこまねぇでおくんなさい。まぁ、役に立てる自信はあまりありやせんが…」

「グリンさん、私もいますからね!」


 ジューロとリンカなりに励ましているのが分かったのか、真剣だったグリンの顔つきが少しだけ緩む。

「ハハハ、ありがとう二人とも。でも、今度はジューロの方を調べてもらおうよ」


「あっ!そうでしたね。…あのっ!司書さん、何度もすみません。次は外国に関する地図や資料をお願いしたいんですが、いいですか?」


「外国のですか…国名とかは?」

「えーっと、ヒノモト…でしたよね?ジューロさん」

「へい、日ノ本という国でござんす。司書さんは何か知っていたりしやせんかい?」


「ヒノモト?聞いたことのない名前ですが…」


「どうにも国の内外で呼び名が違うことがあるようでござんして。お恥ずかしながら、あっしは学もなく、外からの呼ばれ方などは全く分からない次第で…」

 ジューロは自分の頭が悪いことを自覚している。故郷探しも誰かの力添えが無ければ、にっちもさっちもいかないだろう。


「手掛かりは少ないんですね…、分かりました。とりあえず、外国に関する書籍のある場所に案内しましょう」

「ありがとうござんす、よろしくお願いしやす」


 資料室から戻ってきた時、司書さんが座っていた席の所で、獣人の女性がいるのが見えた。


「あっ!いたいた、おーい!ミルフィー!」


 獣人の女性は、聞き覚えのない名前を元気よく発すると、こちらに向かって手を振ってくる。

 …おそらくだが、ミルフィーという名は司書さんのことで、一緒にいる司書さんに向かって挨拶しているのだろう。


 手を振る女性をよく見ると、ジューロ達はその姿に見覚えがあった。

 猫のような顔立ちに切れ長の瞳、その左目の下には大きく目立つ切り傷がある。


 ジューロ達がギルドに訪れた際、ラティと言い争いをしていた獣人の女性だ。

 確か名前は…。


「チーネさん、図書館ではお静かに…」


 そうだ、チーネという名前だったか。

 ちょうど名前を思い出そうとした時、司書さんが名前を呼んで女性をたしなめた。


「あっ、ミルフィーごめんごめん!…あのさ?ギンちゃん来てる?」

「今は利用者さんを案内中ですから、要件なら後で伺います」

「え~?ミルフィーのケチ~!」


 チーネはそう言うと、司書さんの席にある椅子に座ってクルクルと回る。

 その様子に、司書さんは呆れて溜め息をついた後、ふと何かに気付いたかのようにハッとして、ジューロ達に話を切り出した。


「…そういえば、外国のことに詳しそうな方に心当たりがあります」

「ほ、本当でござんすか?」


 思わぬ言葉に、ジューロは食い付いた。

 もし図書館で情報を探してダメでも、他に手掛かりを得る手段があるならありがたい。


「ええ、王宮の吟遊詩人が図書館に来ることがあるんです。もし、ここで分からなければ、彼に聞いてみるのも良いかもしれません」

「なるほど!…ところで、吟遊詩人って、なんでござんすかい?」


「へっ?知らないんですか?吟遊詩人…」

 ジューロの言葉に対し、信じられないという様子で司書さんが眉をひそめた。


「ああっ、ごめんなさい司書さん!この人、たぶん海外から来た人なので、なにも知らないだけなんです」

 リンカがジューロの肩をつかみ、ガクガクと揺らしながら司書さんへ説明する。


「あのねジューロ、吟遊詩人ってのは歌を唄うことを生業にしている人の事なんだ…。色んな場所を巡って、そこでの出来事を歌にして聴かせてくれる職業のことだね」


「ほほぉ~ん?…あぁ!つまり俳人みたいな者ってことでござんすね!」

「は、俳人…?ってなんだろう…」


 グリンの説明は分かりやすかったが。それに対し、ジューロが例えで出した俳人というものはグリンには理解出来なかった。


「ぬ、気にしないでおくんなさい。あっしの国にも似たような者がいるってだけでござんすから」

「そ、そっか…。ま!手掛かりになりそうなことが増えたのは良かったね」


「うむ!…して、その吟遊詩人とやらは───」


 ジューロが司書さんに話の続きを聞こうとした時、いつの間にやら獣人の女性…チーネがグリンのそばに立っていることに気付いた。

 彼女は先ほどまで、司書さんの席についてたハズだ…。近寄られた気配や物音はほとんどしなかった。


「ぬぉ!?」

「?……うわっ!?」

 ジューロの反応でグリンもそれに気付き、同じように驚きの声をあげる。


 チーネはそんなグリンの顔をじっと覗き込んでいたが、驚いてのけぞる様子を見て。

「にゃはははは!ごめんごめん、驚かせちゃったかな?」

 と言うと、笑いながら謝った。


「そ、そりゃ驚くよ…。えーと、僕たちになにか用?」

「ううん、違くて。あのさ?…キミ、前にどこかで会ったことない?」


「えっ?…僕?」

「そう、キミ!」

 思いもよらない言葉だったのか、グリンはチーネの顔を改めて見ながら、顎に手を当て考えこんだ───

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