第二十二話【図書館へ】
「でもディリンク国と戦争って、どうしてまた…」
グリンがフレッドに訊ねた。
「いやぁ、流石に原因までは知らないなぁ。姐さんなら詳しいとは思うが、もう終わった事だし。気にしても仕方ないんじゃないか?…面白い話でもないだろうしさ」
「…ですね、すいません」
「気になるのは分かるよ。…本当に、よく分かる」
軽い口調だったフレッドの声が、わずかに暗くなったことに気付く。
彼は戦争の経験でもあったりするのだろうか?
ジューロはどうも気になったが、その話題には触れないことにした。
なぜなら以前にも、リンカやグリンの事情に深く踏み込んで聞いてしまい、気まずくなった事があるからだ。
…そういう話は聞かない方がいいだろう。
「…ともかく!三人とも手伝ってくれてありがとう、おかげで早く終わったよ」
「とんでもねぇ。あ、そうだフレッドさん!ラティさ…いや、姐さんからの言伝てで、宿舎の場所を教えてもらうようにと」
「そうなのか?よし、分かった!片付けついでに案内しとくよ」
「ありがとうござんす!」
フレッドと共に掃除用具の片付けを終わらせると、その足で宿舎まで案内してくれた───
雑魚寝部屋というから、汚い部屋を覚悟していたが。部屋はキチンと掃除が行き届いていた。
棚のような物がいくつか並んでおり、他に目立つものはテーブル以外なく、本当に寝て泊まるだけの部屋なのだろう。
古臭さは感じるものの、そのどれもが大切に使われているのが分かった。
「とりあえずロッカーの割り当てはまだだし、荷物はテキトーに置いといてくれ。あ、貴重品だけは手元に持っといてくれよ?」
「む、承知しやした」
「今日は自由にしてていいからさ?…俺はそろそろ仕事に戻るよ!仕事の予定については…そうだなぁ、俺もこの部屋だから、後で俺が伝えることになる…?かな?たぶん」
どうにも歯切れの悪い答えが返ってくるが、彼もまた忙しそうだし、把握しきれていないこともあるのだろう。
「仕事が割り振られるのも明日以降になるだろうし、細かいことは後で考えよう!んじゃ!」
「ではまた、のちほどお願いしやす」
「ありがとうございました!」
ジューロとグリンに挨拶を交わすと、フレッドは軽く手を振り、その場を後にした。
「行っちゃいましたね?」
雑魚寝部屋の前で待っていたリンカが二人に声を掛けた。
「だね、本当は掃除とかやる予定じゃなかったんじゃないかな?」
「うむ、忙しいのでござんしょう。しかしリンカさん、付いてこずとも…自分の部屋でゆっくりなされても、良うござんしたのに」
「えっ?でも、このあと図書館に行きますよね?私が案内しないと分からないじゃないですかぁ」
「ぬぇ…?今からでござんすか!?」
「…嫌なんですか?」
「そ、そういうワケじゃありやせんけど…」
まさか今日行くつもりだとは思ってもみなかった。
というか、また人混みの中を移動するのは正直いって堪えるのだが、リンカは平気なのだろうか?
「すぐ行くつもりだったんだ…」
グリンもリンカの提案に怯んでいるようで、苦笑いを浮かべつつジューロと顔を見合わせた。
「もちろんですっ!善は急げ!ですよ!」
リンカが元気良く返事をした直後、彼女のお腹からクゥ~…という音が切なく鳴り響く。
その音に反応し、ジューロとグリンが思わず視線を向けると、リンカは顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしていた。
「…ま!行く前に、何か腹ごしらえしとこうか」
「そうでござんすな。考えてみれば、お昼は何も食べておりやせんでしたからね」
ギルドに来てから履歴書を書いたり、像を掃除したりして昼時はとうに過ぎている。
遅い昼食になるが、空腹のままだと体調を崩すかもしれない。
「携帯食料がまだ残っておりやすけど、どこかで食べやすかい?」
「いや、まずは食堂でも探そう。近場で適当な場所を見付けておきたいな」
グリンの言うように、近場に食堂があるなら便利なのは間違いない。
「…ふぅむ、じゃあリンカさん」
「はひっ!なんですっ?」
「どこかこの近くで、食堂とかの心当たりはありやせんかい?」
「えっ、あっ、えーっと。私ほとんど外食とかってしたことなくて…」
「左様かぁ…。ん~む、どうしやしょう?」
「んじゃあ、図書館に向かいながら探してみようか?…ここに来るまでに、匂いで飲食店っぽい場所は、いくつか目星をつけてるからさ」
「おぉ~、流石でごさんすな!んじゃリンカさん、早速参りやしょう。実はあっしもお腹ペコペコでござんして」
その言葉に返事をするように、ジューロのお腹もグゥ~っと鳴ってみせた。
「…ふふっ、分かりました!じゃあ図書館の方に案内しますから。グリンさん、食堂の方はお願いしますね?」
「あぁ、任せてよ」
ジューロたち三人は、一度ギルドを後にする────
そうして図書館へ向かう道すがら、近場で食堂を見付けると、そこへ立ち寄ることにした。
やはり味付けはジューロの故郷とは別物であったが、いずれも美味で食文化の高さを感じ取れた。
その中でも特にジューロが驚いたのは、リンカに勧められた飲み物【ソーダ水】である。
それを口に含んだ瞬間、ジュワっと口の中に刺激が広がり、思わずむせてしまった。
「げほっ…えほっ…」
「も~!慌てるからですよ」
リンカがハンカチを取り出し、ジューロの口を拭うと呆れたように言う。
「め、面目ねぇ…慌てて飲んだワケではねぇんですが。あと手拭いがありやすから大丈夫でござんす、汚れてしまいやすよ」
「はいはい、そういうのは気にしなくていいですから…」
気を取り直してソーダ水をチビチビと飲む。
「コレって本当に飲んでも大丈夫なモノなんでござんすかね?げふ…っ、グリンは笑わねぇでおくんなさい」
ソーダ水はほのかに甘くて美味しいのだが、ジューロには少し刺激が強く、飲むたびに小さくゲップをしてしまう。
それの姿がどうにもおかしいようで、グリンは肩を震わせながら笑って様子を見ていた。
「ッハハハ!っひ~…ご、ごめんごめん!だよね?初めて飲んだらそうなるよね!あははははは!」
「ぬぅ、それになんか見られてると気になりやすから、勘弁しておくんなさいよ…えふっ。というか…リンカさん?おめぇさんも勧めておいて笑うのはどうかと思いやすけどねぇ」
「ふふっ、うふふふっ!ご、ごめ…っん…ふふっ」
グリンと同じように肩を震わせ、笑いをこらえるリンカに対し、ジューロはジト目で見て抗議してみせる。
一応そうは言ったものの、正直にいうとリンカやグリンの笑顔を見るのは嫌いじゃないし、彼らと一緒にいるのはジューロも楽しかった。
そんなちょっとした出来事がありつつも食事を済ませ、支払いの時になると、リンカやグリンが互いに奢ろうとしてくる。
しかしジューロは、お金の使い方や価値も勉強しておきたいと申し出て、割り勘にしてもらい。
この時に、お金の使い方や数えかたをリンカとグリンに教わることになった。
───三人が食堂から出る頃には日が傾いてきていた。
「いまから図書館とやらで調べものになりやすと、日が沈んで危ねぇのでは?」
ジューロが二人に訊ねる。
暗くなると、たとえ月明かりがあったとしても道中は危ないと思う。
グリンの鼻が利くとはいえ、完全に日が沈んでしまったりしたら帰る時に一苦労するのではないだろうか?
灯りになるような物も持ってきてはいないのだ。
「ん?いや大丈夫さ、王都だからね」
「そうですよ、村や山道とは違うんですから。さっ、行きましょ!」
ジューロの心配をよそに、二人は平然と答えてみせた。
…二人が言うなら大丈夫なのだろう。王都の事に関しては彼女らに任せるのが良いはずだ。
リンカ達の後に付いてしばらく歩くと、白く大きな建物が見えてきた───
「あれが図書館ですっ!」
リンカが指さした建物は、周囲の建物に比べて一回り大きく、まるで小さな城のように外装は白いレンガで固められていて、二階には大きなガラス窓が並んでいる。
リンカに案内されるまま図書館に足を踏み入れると、紙と木の実のような匂いがした。
周囲には本棚が整然と並んでおり、壁にまでギッシリと棚が詰められていて、ハシゴなども掛けられている。
机と椅子も綺麗に整理されているのを見る限り、本来はジューロのような渡世人には場違いな所のように思えた。
「うぅむ、これだけの本があると…どこから調べればいいのやら…」
「だねぇ、僕も図書館には初めて来るけど…こんなに広いと調べたい本を探すのに苦労しそうだ」
グリンも同じように思ったようで、壮観である本棚を見ながらぼやく。
「司書さんに訊いてみましょう、少なくとも私たちだけで探すより効率がいいですから」
そう言ってリンカが辺りを見渡すと、さっそく目当ての人物を見付けたらしい。
「二人ともこっちです」
リンカに付いていくと、事務机と思わしき場所に一人の女性が座っており、その腕章には【司書】と書かれていて、この人が司書さんなのだとわかる。
その女性は帳簿のようなものをつけている所であった。
「あの~、司書さんですよね?」
リンカが話掛けると、司書さんと呼ばれた女性が手を止めて、三人に視線を移す。
「はい、どうされました?」
「実は調べたいことがあって、関連する書籍とかの場所が分からないかなって」
「調べものですね、分かりました」
要件を受けてくれるようで、司書さんが席から立ち上がった。
そんな彼女の姿に…、というよりも身長にジューロは驚く。
なぜならジューロやグリンよりも遥かに背が高く、七尺(※約2m)近くあるのだ。
しかし服装は、都内で見たような露出の激しいものではなく。白色のブラウスに黒のスカート、そして灰色のエプロン姿で落ち着いた格好である。
桃色のお下げ髪だけが目立ち、メガネのせいでパッと見は不美人に見えるが清潔感はあり、賢そうな印象を受けた。
「ずいぶんと、大きなお方でござんすね…」
ジューロは司書さんを見て、迂闊にも思った事をそのまま言葉に出してしまう。
「ちょっ、ジューロさん!?失礼ですっ!」
リンカから肘鉄砲を食らって我に返るが、出してしまった言葉は取り返しがつかない。
「…ぬぁ!?も、申し訳ねぇ!」
「いえ…私、アマゾネス族ですし。こういう仕事をやっているとよく言われるので、慣れてますから」
慣れているとは言っているが、気にしてないとは言っていない…。どうにも申し訳ない事を言ってしまった。
「本当に申し訳ねぇ…」
アマゾネス族というのが何なのか気になったりはしたが、今やるべき事は頭を下げることだろう。
「いいですよ。えぇ…っと、それより調べものですよね?」
「あっ、はいっ!…え~っと」
リンカはジューロかグリン、どちらから先に調べるか悩んでいるようだ。
そこでジューロは「調べものはグリンから済ませやしょう…、ちぃとばかし気まずいでござんす」と、二人だけに聞こえるように、声をひそめる。
「わかった!じゃあ僕から先に調べるよ」
ジューロの気まずさを汲み取ってくれたグリンが、まず先に調べものを頼むことにした。
ゴブリンの襲撃にあったコザラ谷の集落、そこにいたラト族の人たちの行方、その情報────
ソラの両親について調べるのもグリンの目的の一つだ。
「今から八年前、コザラ谷にいた人達が王都に避難したそうなので、その時に救援要請も出したと思うんです。その情報を遡れば、コザラ谷の人達の事も分かるかなと…。なので記録があれば見たいんですが」
司書さんはグリンの話を黙って聞いていたが、その表情には少し困惑が浮かんでいる。
そしてしばらく考えた後、司書さんはグリンに答えた。
「そういうことがあったんですね…。ですが、王都から騎士団が救援のために派遣されたことは、ここ十年近くありません…」
「えっ?!そんな…」
司書の答えにグリンが動揺する。
「八年前の資料をお渡しすることは出来ますが…、記録にそういう情報があるかどうかは…」
だが、ジューロは少し違和感を感じた。
「む?しかしおかしいでござんすな、イゼンサ村には騎士団が来るというような話をお聞きしやしたが…」
グリンに出会う前、トロールに襲われていたイゼンサ村にジューロは居たのだが。そこでは騎士団が救援に来るという話が出ていたハズだ。
司書さんが嘘をついているようには思えなかったが、どういうことなのだろう。
「イゼンサ村に…?でしたら簡単な話です。それは港町スプーにいる騎士団のことでしょう。そこにも騎士団が駐在していますから」
…なるほど、合点がいった。
騎士団というものは、王都だけにいるワケではないということか。
考えてみればそれもそうだ。ジューロの国にいる岡っ引きだって、都心でなくとも町にだっているのだから。
「…あの、それでも記録には目を通しておきたいです。僕に八年前の資料を出してくれませんか?」
しかしグリンは、やはり信じがたいという様子で資料を求める。
「分かりました、では案内しましょう。こちらです」
司書さんは机の引き出しから鍵を取り出すと、図書館の奥へと三人を案内するのだった────




