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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第二十一話【戦勝記念像】

 

「なるほどね、事情は分かったわ…。故郷に帰る為の資金を貯めたいってワケね?」


 ジューロの身の上話を聞いて、ラティは少し考え込んでいた───


「リンカと、え~とグリン君?…たぶん二人とも、彼の宿代とか、そういう生活費含めて計算したのよね?」

 ラティが二人にそう言う。


「うん…、ジューロさんの話を聞いた限りだと、海の向こうから来た人みたいですし」

「船旅ってなると、それなりに費用が掛かるって聞いたこともあるので…」


 こんな自分を気に掛けて考えてくれるリンカとグリンに対し、ジューロはありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで複雑な心境になる。

「いや、あっしのことより。リンカさんとグリン自身の事をまず優先して欲しいでござんすよ」


 そんな三人に対し、ラティが一つの提案を出してきた。

「…ならさ?ウチに宿舎があるから、住み込みで働かない?雑魚寝部屋になるけど、費用は安く抑えられると思うわ」


 思わぬ申し出に、ジューロが食い付く。

「い、良いのでござんすか?ありがたい申し出でござんすが、ご迷惑では」


「いいのよ!…予算が降りてた内は無料で使えてたんだけどね。それでも格安だし、なにより住む場所を探すのも手間でしょう?」


 この提案はありがたい。住む場所の心配はこれでしなくてよくなるし、これまでリンカやグリンに頼りきりだったので、彼女達の負担も減るだろう。


「リンカとグリン君もどうかしら?」

「ちょ、待っておくんなさい!リンカさんは雑魚寝部屋というわけには…」


「…ぷっ、あっははははは!…それは心配しなくても、リンカにはちゃんと個室があるわよ?」

 慌てるジューロを見て、ラティは笑って言うと。


「ちょうどチーネが使ってた部屋が空いたからさ、…情けないことにね」

 そう付け加えて、自嘲気味な苦笑いを浮かべた。

 チーネ…つまり、あの追い出された獣人女性の部屋なのだろう。


「それに女の子を男部屋に放り込むわけないでしょ?」

「そ、それもそうでござんすよね!早とちりしてしまいやした…」


「本当は男性用の個室もあるんだけど、今は埋まっちゃっててね。グリン君はどうする?ジューロ君と同じ雑魚寝部屋で良ければ入れるけど」

「ありがたいです!お願いしていいですか?」


「うん、もちろんよ!じゃあ、これで決まりね!それじゃ三人とも、総合産業ギルド<インターセッション>にようこそ!一緒に頑張りましょう」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


「それと、これから私を呼ぶ時は姐さん呼びでお願いね?」

「分かりました!ラティ姉さん!」

 リンカは良い笑顔で返していて、分かっていないようだったが。たぶん上下関係的な意味合いで、そう呼ばせているのだろう。


 ラティはそれぞれと握手を交わし、話がまとまった所で。何かを思い出したらしく、ラティがジューロに声をかけた。

「…あ、そうだ。ジューロ君?」


「ぬ?なんでござんしょう」

「あなたの故郷の名前…ヒノモトって言ったっけ?」


「なにかご存じで?」

「いや、知ってるワケじゃなくてね?国の名前って、国内と国外で呼ばれ方が違ってたりすることがあるんだけど…」


 その情報はジューロにとって、想定外のことだった。

 ジューロが日ノ本の名前を出して、これまで色んな人に故郷のことを訊ねていたのだが、国の呼び名が違っていては、その国を知っていたとしても、気付けなかったかもしれない。


「そ、そうなのでござんすか…?」

「あ~、その様子だと国外からの呼び名は知らない感じなのかな」


「流石にそれは分かりやせんね…」

 ジューロはガックリと肩を落として答えた。

 王都に来て、故郷へ帰る為への一歩を踏み出せたかと思っていたのだが。この情報を聞かされて、故郷が遠ざかるような感覚を味わった。


「ジューロ、大丈夫だよ!僕も探すの手伝うからさ?きっと見つけられるって」

「いや、しかし…」

 気持ちは嬉しいが、グリンも色んな目的があって王都に来たのだ。


 それをジューロの都合で阻害するような真似はしたくなかった。

 むしろ今までずっと協力してくれた二人には感謝しかない、これから先は出来る限り自分でなんとかすべきだろう。

 この恩義を返せるかも分からないし、頼りきりは良くないのだ。


 そう伝えようとした矢先。リンカがジューロの腕を、ぽすぽす!っと叩いた。

「あのっ、ジューロさん!」


「う、うむ?どうしやした?」

「そういう調べものをするなら、私に心当たりがありますっ!任せて下さい!」


「んおぅ?何か妙案でも」

 リンカの元気に少しのまれ、ジューロは素直に聞き返す。


「図書館ですっ!」

「むう?図書館…で、ござんすか?」


 ───図書館とは何だろう?


 どや顔をしているリンカに聞き返す前に、グリンもリンカに賛同してきた。

「なるほど、それは良いね!僕もそうだな、調べたいこともあるし一緒に行きたいけど」

「はいっ、グリンさんも一緒に行きましょう!」


 グリンとリンカの話から察すると、調べものが出来る場所なのだろう。

 ここで訊くより行ってみた方が早いか…。


 また二人に世話になってしまっているが、この恩はいつか必ず返したいものだ。


「あっ、三人とも!その前に少し…お願いがあるんだけど。いいかしら?」

 今後どうするか纏まった頃合いに、ラティが三人に声をかけてくる。


「ん、ラティ姉さん。お願いって?」

「あのね?フレッドと一緒に、外の石像を掃除してほしいの。あの人も他に仕事あるし、その手助けしてくれないかしら」


 そういえば、流れとはいえ像の掃除をすることになり、彼は外へと向かったのだったか。

 話を合わせた手前、ジューロも手伝うべきだと思っていた。


「うむ、勿論でござんす!」

「ですね!それから先に終わらせましょう」

「そうだね、実際やるって僕らも言ったし」


 三人それぞれの返事を聞くと、ラティは安心したように微笑んだ。

「うん!三人ともありがと。じゃあ、リンカの部屋だけ先に案内するから、とりあえず荷物はそこにおくといいわ」



 そうしてラティに案内され、個室へ移動すると。ひとまず荷物はまとめて置いておくことにした。


「えっと、ジューロ君とグリン君。宿舎の方は、掃除が終わってからフレッドに案内してもらって?私は…まだ立て込んでて、やることが残ってるから」


「承知しやした」

「分かりました、掃除のほうは任せてください」

「ん、ラティ姉さんも気をつけて」


「ゴメンね三人とも、また後で!」


 ラティと別れ、ジューロ達が掃除用具一式を持って外へ向かうと。フレッドが黙々と像を洗っている所だった。


「フレッドさん、手伝いに参りやした」

「…おっ、三人とも。いいのかい手伝ってもらっちゃって?」


「僕らもここでお世話になることになりましたから」

「本当か!?それは嬉しいよ!なんか近い世代の人間が少なくて寂しかったんだよね!…野良仕事も悪くないもんだよ。えーっと、名前は…」


「あっ、私たちの自己紹介はまだでしたよね?私はリンカっていいます」

「あっしはジューロと申しやす」

「僕はグリンです!宜しくお願いします」


「ああ、改めてよろしく!俺って名前覚えるのがニガテだからさ、間違えたり忘れたりしたらゴメンな?」

「名前を覚えるのが苦手なのは、あっしもでござんすから、分かりやすよ。気にしないでおくんなさい」


「そっか!へへっ、なんだか君からは俺と似た空気を感じる気がするな」

「…あっしでござんすか?」


「あぁ、見た目とかじゃないよ?なんとなくそんな気がしたってだけさ」

 フレッドという男とジューロでは、見た目も格好もまるで違うし、性格も似ているとは言いがたい。


 だが、ジューロも何となくだが…。このフレッドという男からは、堅気の人間ではない雰囲気を感じとっていた───


「さてと、それじゃ早速だけど、手伝ってもらうとするかな!」

 フレッドがコンコンと石像を軽く叩いて言う。


「…どうにも俺は、この像が嫌いでね。どこか気持ち悪さを感じるっていうか…。一人でやるのも気が滅入ってきていた所だったんだ。手伝ってくれるのはホント助かるよ」


 フレッドがそう言うものだから、ジューロ達も気になって、改めて像に視線を向けてみた。

 台座の上には、女性の姿をした石像が二つ立ち並んでいる。


 像の一つは豪華絢爛な衣装をしており、長く伸ばした髪と、美しい顔をしていて、まさしく美術品といった風情であった。

 もう一つの像は、華やかな衣装をしているが、背格好からすると少女なのだろう。こちらは片方と比べると幼い顔立ちで、目付きは鋭く悪いが整ってはいるし、美少女像といったところか。


 そんな二人の女性像が、どこか高慢さを感じる表情で見下ろしている。

 台座をよくみれば、文字が刻まれていて。これもジューロには読めないハズの文字であったが、履歴書に書かれていた文字と同様に、何故か…理解することができた。



 【戦勝記念像】

 女神・ルモネラ 様

 女神様の使い・怏之(オウノ) 夷狐菜(イコナ)


 ───台座にはこう刻まれている。



(オウノ イコナ…で、ござんすか)


 名前の響きから、もしや自分と同じ国の者なのでは?と、一瞬ジューロに考えが過ったのだが…。

 女神の使いという肩書きからも、それはあり得ないだろうと思いなおした。

 ルモネラという神の話など聞いた事もないからだ。


 一方のリンカは、特におかしな感じは受けなかったようである。

「そうなんですか?…石像の二人、美人さんに見えますし。変では無いように思いますけど」


「…外見に関しちゃ俺もそう思えるけどね、なんでだろな?見た目とかじゃなくて、根本的な…。いやまぁ気にしないでくれ」


 しかし、この像を見たジューロはフレッドと同じような感覚を受けていた。

 うまく言い表せないが、この像を見てると心がゾワゾワするというか…。

 人が関わってはいけないモノであると心が拒絶しているようで、近くにいるだけで気持ちが悪くなってくるのだ。


 …これと似た感覚を、ジューロは前にも一度味わったことがある。


 ゴブリンの首魁が使役していた触手、それを初めて見た時、対峙した時の感覚。

 それと同じものを、この石像から感じ取っていたからだ。


「うーん、僕はヒト族の美醜はあまり分からないから見た目は何も言えないけど。…イヤな臭いが混ざってるのは分かるよ。像の材質が特殊な感じ…?なのかなぁ」

 グリンも嗅覚で違和感を察知しているようで、思ったことをそのままフレッドに伝えた。


「そうか、(にお)いか。ははっ…汚れてるし、臭いのせいで気分が悪くなってただけかもしれないよな。んじゃあ、とっとと洗った方がマシか!」


 フレッドを含めた四人で取り掛かり、それぞれ分担しながら手際よく掃除を進めていく───


 そして石像の掃除が終わりに差し掛かる頃、ジューロが一つの疑問を口に開いた。

「ところで…この像ってなんなのでござんすか?」


 石像をキレイにし終えたのだが。それでも石像からイヤな気配をずっと感じ続けていて、ジューロはどうにも気になって仕方がなかった。


「あ、それは僕も聞きたかったです。…戦勝記念って、戦争があったって事なんですか?そんな話聞いたこともなかったので…」

 グリンは像そのものよりも、戦勝記念像であることの方が気になっていたようだ。


「俺もここに来てまだ半年だからなぁ…。詳しいワケじゃないし聞いた話になるんだけどな?今から二年前に、ディリンク?とかいう国と戦争になったらしい」


「「ディリンクと戦争?!」」

 フレッドの出した国名を聞いたとたん、リンカとグリンが驚きの声を上げた。


「そうそう、それで女神の使いだとかいう少女と、そこに降臨した女神が相手国を蹴散らしたんだと。それを讃える像なんだとさ」


 驚く二人をよそに、フレッドは淡々とそう続けて言った。


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