第二十話【王宮の騎士団】
リンカとグリンの協力もあり、ジューロも無事に、履歴書を書き終えることが出来た───
「二人とも、ありがとうござんす。いやぁ、助かりやしたよ」
「ふふっ、どういたしまして」
「大したことはしてないよ」
リンカとグリンが爽やかに返す。
「少し時間かかっちゃいましたけど。…そういえば、まだ戻ってきませんね」
リンカが棚に置かれている時計をチラリと見る。
フレッドが戻ってくるはずの時間は過ぎているようだ。
「そうだね、彼…フレッドさんだっけ?二十分くらいで戻ってくるって言ってたけど」
履歴書を書き終わったのはいいが、ラティもフレッドも未だ戻ってきていない。
そんな会話をしている二人を横目に、ジューロは時計の見かたが分からないでいた。
二人の会話内容、そして数字を言っていることから、【分】というのが時間を示すものだとは何となく分かるのだが…。
「リンカさん、グリン。待ってる間で良ござんすので、二人に教わりたいことがありやして…」
「ん、なんでしょう?」
「時計の見かたを教えてもらえたらなぁと…。まぁ、あっしは頭が悪いんで、それを覚えられるかも分かりやせんが…」
手持ち無沙汰ということもあるし、どうせなら待っている間に色々と知っておきたいこともある。
「もちろん良いですよ!教えてあげるって約束してましたし」
「そういえば、時計を知らないって言ってたね。待ってる間に丁度いいかも」
グリンは棚の上に置かれていた時計を持ってくると、リンカと二人でジューロに時計の見かたを教え始めた。
そうして、二人に時計の見かたや時の数えかた等を教わりつつ、待っていたのだが。
しばらくしても応接室に誰も戻ってこない。
フレッドに言われた時間から三十分は過ぎていたし、ラティが戻る気配もなかった。
誰も来ないことに不安になってきたのか、リンカが話を切り出してくる。
「私、少し聞いてきますね?ひょっとしたら何か来れなくなったのかもしれないですし」
「そうでござんすな。じゃ、あっしも」
「だね、行こうか」
リンカが席を立ったの見て、ジューロとグリンも席を立つ。
「え?あの、二人まで行かなくても…」
「入れ違いになるかもしれやせんし、それはそれで二度手間でござんすよ?」
「そうそう、みんな一緒にまとまってた方がいいよ。探して居なかったらまたここに戻ればいいだけだし」
「で、ですかね?分かりました!行きましょう」
三人が応接室から出て、吹き抜けになっている広間まで行くと、何やらまた人が集まっているのが見えた。
ラティかフレッド、どちらかの居場所を知る人がいないかと、人だかりに近付くと。
その人だかりの中に、フレッドとラティ姿を見つけることが出来た。
ジューロはさっそく二人に話し掛けようとしたのだが。フレッドがこちらに気付き、人差し指を唇にあて、黙っておくように合図を飛ばしてくる。
なんだろうかと思い、周囲をよく見てみると、肝心のラティは人に囲まれ取り込み中のようであった。
「…ですから何度もお話したように、彼女は既に追い出しましたし、それを引き渡せと言われましても」
この話題、そして丁寧な対応で話をしている所を見るに、話をしている相手は所謂お上の人間なのだろうか。
ラティの対応している相手は、若い女性ばかりで構成されていて、同じ服装と高級そうな装飾品で身を固めている。
街中で見掛けた冒険者ほど露出が酷くはないものの、それでもキワドイ格好をしていた。
「その獣人の女が何をしたか、知っているだろう?」
相手の女性は苛立っている様子で言葉を返した。
「えぇ、イコナ様を殴ったと聞き及んでおります。ですからクビという形で処罰をしたのですが…」
「それは貴様だけで判断することではない!女神様の使いであるイコナ様を殴ったのだぞ?その程度で済ませて良いハズがないだろう」
「もちろん、そこは私の監督不行き届きでもありますから…後日、ギルドマスターと共に、改めて謝罪に伺います。それも王宮へ御伝えしていますが」
「そんな話、こちらには届いていない。だからイコナ様直属の騎士団である私たちが出向いてきたのだが?」
「その旨をしたためた書状も、王宮へ御伝えした時にお渡ししております。確認して頂けますでしょうか?おそらくは行き違いになっただけかと」
話を聞く限り、ラティは既に色々と手を回しているようだ。
会話を交えている二人の間に、相手と同じ格好をした女性が割り込んできて、苛立っている女性に敬礼をすると、一つの報告をした。
「団長、確かに例の獣人は追い出された後みたいです!複数の平民から同じ証言を得られました」
「…フン、そうか。隠し立てしているワケではないようだな」
報告を受けた団長と呼ばれる女性は、ラティと周囲の人間を一瞥する。
「もちろんです、イコナ様に対して無礼を働くなんて許せませんから」
「ハッ…言葉の割には、信心が足りていないようだが?」
「そんなことはありませんよ。それとも何か失礼をしましたでしょうか?」
「…外にある戦勝記念像だ。ずいぶんと放置されて薄汚れているようだが、女神様やイコナ様への敬意が足りていない証拠ではないのか?」
「あぁ、それは…ですね…」
団長の問いにラティが言葉を濁していると、様子を見ていたフレッドが話に入ってきた。
「あぁ~!申し訳ないです騎士団様!!今まさに!その像をキレイにする所だったんですよ~」
フレッドの口調は軽いものの、態度にはそれとなく気を遣っていることが分かる。
「何だ貴様は?言い訳にしか聞こえんな」
団長と呼ばれる女性はゴミを見るような視線をフレッドに向け、不機嫌な声で答えた。
「いやいやぁ、そう思われるのが嫌で、代理も言葉を濁したんですよ!実は今日、新人が入る日でして。彼らに最初の仕事をですね?…女神様とイコナ様の像をピカピカにしてもらうつもりだったんですよ」
広間に来ていたジューロたちに視線を向けてウインクすると、三人にも聞こえるように話す。
そしてフレッドは、ジューロとグリンの肩に腕を掛けると、団長と呼ばれる女性に紹介するようにして「な?三人とも!」と、軽く同意を求めてきた。
「へい、左様でござんして」
面倒な相手に因縁を付けられるのを避けたい気持ちは分かるし、その意図も理解したので話を合わせることにした。
「僕らは今日から、ここで働くことになったんです」
「えぇ、必要になる書類も今から提出するところだったんです」
グリンとリンカも同じ気持ちだったらしく、フレッドの言葉に乗っかる。
「というワケですから!いや~タイミングが悪かっただけだったんですよ、掃除に取り掛かる直前ってな感じで」
「フン、それならさっさと仕事にとりかかったらどうだ?」
「早速そうさせてもらいます!」
フレッドは帽子を脱いで頭を下げると、何か思い出したかのように話を始めた。
「あ、そうそう!そういえばですね?騎士団様も知ってるとは思いますが、なんでも最近は冒険者がこつぜんと行方知れずになる事件があるとかなんとか…」
「それがどうした?」
「いやぁ~王都の平和を守る騎士団様ですからね、そういう事件も追ってるのかなぁって」
「危険がともなう職業だ、行方が分からなくなるなど珍しくもない」
「でも、その冒険者は仕事終わり…王都に帰ってきてから消えてるんでしょう?」
「…貴様らには関係ない事だろう」
「とは言いましてもね?俺らのような平民にとっては、こういう話は怖くて怖くて…騎士団様が王都の希望なんです。ですから怪しい事件の解決を、是非とも一番に!」
「あぁ…?しつこいヤツだ!」
団長と呼ばれる女性は腰に下げている剣を抜き、フレッドの首めがけて横になぎ払う。
それに対し、フレッドは尻餅をつき「うひぇ!?」と情けない声を上げる。
その場面だけ見ると、ただ脅しただけに見えたが。ジューロとグリンには、フレッドが攻撃を見切り、躱したように感じられた。
「…どうせ犯人は、世間を騒がせてる怪盗だろう。義賊だなんだと持て囃されているが、しょせんは犯罪者だ。ヤツさえ捕まえれば事件は全て解決する。平民が気にすることではない」
「そ、そうなんですか?犯人の目星がついてるとは!流石は女神の使いであるイコナ様直属の騎士団様だ!頼もしいなぁ…それに───」
おべっかを使い尻餅をついたまま、尚も喋り続けるフレッドの肩に、ラティは手を置いて制止しようとする。
「フレッド…、少し控えてて。今は真面目な話をしている所だから」
「しかしですね姐さん?せっかく騎士団様が直々に参られたんですから、こういう事も何とかお願いして…」
フレッドは頭を搔きながら立ち上がると、帽子を被り直して、とぼけたように話を続けようとしていた。
「チッ…、無駄な時間を過ごした。今日のところは戻るとしよう」
話に介入してきたフレッドを馬鹿馬鹿しく思ったのか、騎士団は引き揚げ戻るようだ。
「だが、獣人の女はそちらで捕まえて引き渡すように、我々も暇ではないのでな」
「つ、捕まえるって言われましても…」
「それはそちらが考えることだ。しかしそうだな…相手は無礼な害獣だ、死体で持ってきても構わん」
それだけ最後に吐き捨てるように言い、騎士団はギルドから立ち去っていった。
騎士団が居なくなるのを見送ると、見守っていた周囲のギルドメンバーがラティを心配して集まってきた。
「すいません、代理に任せるしかなくて…」
「姐さん、大丈夫ですか?今日はもう休んでもらっても…仕事は私らがやりますんで」
「大丈夫よ!嫌味だけで済んだのは幸運だと思わなきゃ。皆は仕事に戻って、チーネが抜けた穴も調整しなおさないとでしょ?」
「…そうですね、おいフレッド!お前もヒヤヒヤさせるなよ?相手はお偉いさんだぞ!?」
周囲の人たちに注意されたフレッドは、バツが悪そうに帽子を深く被りなおすと頭を下げる。
「あ…すいません。どうも見てられなくなって、つい何か出来ないかと…。姐さんにも申し訳なかったです、話に割って入ってしまって」
「いえ…、助かったわ。あのまま居座られるよりはいいもの、皆も心配掛けたわね」
ラティがそう言うと、集まっていた人たちが励ますような言葉を掛けたあと、それぞれ仕事へ戻っていった。
「あ!そうだ三人とも。話を合わせてくれてありがとうな!助かった」
フレッドがニカッと笑い、礼を言う。
「なんか大変そうでしたし、ラティ姉さんも困ってたみたいで…私もつい」
「そうだったの?私の知らない間にフレッドが勝手に話を進めてたかと思ったわ…。リンカありがと!お二人さんもね」
その様子を見て思い出したのか、フレッドが「そうだ、三人とも履歴書はどうなった?」と訊ねてきた。
「そいつぁ、部屋に置いたままでござんすね」
「はい、誰も戻って来なかったので、ラティ姉さんかフレッドさんを探しに出たんです」
「あ、そうだったのね?みんな待たせてゴメンね。…とりあえず部屋に戻りましょうか。ちゃんとギルドの説明はしておきたいし」
そう言ってラティが応接室へ向かおうとした時。
「じゃあ姐さん、俺は像でも掃除しときますよ。ああ言った以上、やっとかないとですからね」と、フレッドが言った。
「わかったわ、お願いねフレッド」
「任せといて下さい、あ!三人とも。もし働くことになったら宜しくな!野良仕事も悪くないぜ?」
それだけ言い残し、フレッドは外に出ていく。
残された三人が、ラティと共に応接室まで移動する途中。グリンから元気が失くなっていることに気付き、ジューロは少し気になって声を掛けた。
「グリン、大丈夫でござんすか?浮かない顔をしておりやすが」
「…あぁ、うん。騎士団を見て少しショックでね」
「ふぅむ…、なんと言えばいいのか。あれが仕事であれば仕方ないとも言えやすし」
グリンは王都の兵士になるべく、ここに来たワケだが。ああいう姿は、見ていて気持ちいいものではないのだろう。
なんと声を掛ければいいか分からなかったが、リンカも話を聞いていたようで。
「グリンさん、あの人たちはイコナ様直属…って言ってましたし、皆があんな感じと決まったワケじゃないですよ?」と、フォローするように一言添える。
それを聞いたグリンは「そ、それもそうだね!」と、少しだけ元気を戻してくれたようだ。
そんなやり取りをしつつ、応接室に到着すると。早速ラティからギルドについての簡単な説明を聞くことになった。
ジューロには馴染みのない単語ばかり聞くことになったが、大まかな部分はラティの説明で…たぶん理解することが出来た。
このギルドの事を簡単に言えば、生活基盤に関わる分野の総合的な組織である。
ギルドの中心としているのは農業、林業、漁業など(一次産業と言うらしい)なのだが。
それだけでなく、各種分野のギルドとも繋がりを持って、やりくりしている…とのことだ。
「イコナ様が政策に関わるようになってから、産業関連は軒並み予算を縮小されててね…。って、あなた達に愚痴っても仕方ないか!あはは」
なにやら大変苦労していることは伝わるが、頭の悪いジューロには細かいことが分からず、ついつい首を傾けてしまう。
「おほん!…とにかく、人手不足もあるからウチとしては助かるけど。あまり御給金を弾めないのも、正直なところなの…。月に出せるのは、これくらいかしら」
そう言ってラティは金額の書かれた書類を見せてくれた。
お金に関して、ジューロはまだまだ理解が足りないので、リンカとグリンに見てもらう。
「生活する分には困らないね!けど…」
グリンがそう言ってチラとジューロを見る。
リンカも同じようにジューロを見ると、困ったような表情を向けて「お金を貯めるには、少し心もとない…かもです」と言ってくる。
どうやら二人とも、ジューロが故郷に帰る為の資金のことを気にしてくれているようだ。
「うん…?何かあるのかしら」
二人の様子を見て、何か事情があると察したラティが訊ねてきた。
「ラティ姉さん、実はね」
「リンカさん、あっしから説明しやす。自分のことでござんすので…」
ジューロはそう切り出すと、自分が異国から流れ着いたこと。そして故郷へ帰るため、手掛かりを探しに来たこと等をラティに説明するのだった───




