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風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
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第十九話【渡世人の履歴書】

 

 案内された建物の中に入ると、大勢の人がせわしなく動いているのが目に入り、忙しいであろうことが伺えた。


 十朗が周囲を見渡してみると、建物の内部は三階建てで、中心は吹抜けになっており、上階の手すり部分から中央部が一望できる構造になっていて、見通しは良さそうだ。


 天井を見ると間接的に光が射し込んでいて明るく、建物そのものは古さを感じるが、掃除は行き届いているし、キレイに保たれているのが良く分かった。


 ラティが三人を招き入れてすぐ、一人の年若い男が彼女に気付くと駆け寄ってきた。


「姐さん、お疲れ様です。嫌な役回りでしたね…」


 そう言って、ラティに話し掛けてきた若者は、幅のある波打ったような鍔の帽子を被っており、革で拵えたベストを着ていて、腰には頑丈そうなベルトを巻いている。


 全体的に茶色い格好だったが、端正な顔立ちをしているし、栗毛の髪と青い瞳が相まって地味な印象はない。

 落ち着いた色合いで唯一、腰のベルトに携えた銀色の物が目立ち、その形状から…十朗には馬上筒(※短い火縄銃)のように見えた。


「仕方ないわよ…。あ、それよりもフレッド!丁度良かったわ。この人達を応接室を応接室に案内しといてくれない?」

「応接室に?」


「ええ、私は少しだけ…先に済ませておきたい事があるから。その間、履歴書だけでもって」

「おっ!ということは新入りですか?」


 フレッドと呼ばれた若者がそう言うと、十朗達に歩み寄ってきて、右手を差し出してくる。


「俺はフレッド!ここにきてまだ半年の若輩者だけど、よろしく!いやぁ…なんか若い人材って冒険者ギルドに流れるらしくってね?来てくれて嬉しいよ」

 十朗はフレッドから、ただ者ではない雰囲気を感じ取っていたが、人懐っこい笑顔で来たこともあって、自然と握手に応じてしまっていた。


 フレッドが嬉しそうに、握手した手をブンブンと振るっていると、それを見ていたラティが呆れた顔で呟く。

「あのねぇフレッド…。まだウチに決まったワケじゃないわよ?仕事の説明もしとかないと」


「え?!そうなんです?…うーん、分かりました、とりあえず応接室に案内しときますよ」

「履歴書用紙は庶務さんに聞けば分かるから」


「大丈夫!分かってますって」

「お願いね?出来るだけ早く戻るわ」

 フレッドに指示を出した後、ラティは翼を広げて、吹き抜けになってる中央部から、そのまま三階まで飛び立っていった。


 そんな彼女を視線で見送り、本当に空を飛ぶんだなぁ…と、十朗が関心していると。

 フレッドは天井を見上げたままの三人に声を掛けた。

「じゃあ三人とも、こっちに来てくれるかい?」


「あ、はいっ!…二人とも、行きましょう?」

 リンカがそう言って、ぼけっとしている十朗の袖をクイッと引っ張る。

「そ、そうでござんすな!」

「そうだね、行こうか」


 十朗たちは、そのままフレッドに案内され、奥の部屋へと通された。

 そこには机が一つに椅子が六つ並んでいて、木製の棚と時計が一つあり、飾り気はないが落ち着いた雰囲気である。


「じゃあ三人とも待っててくれ、履歴書用紙持ってくるから!」


 フレッドが三人を席に着かせたあと、部屋から出ていくが。すぐに何かの紙と鉛筆を持って、あっという間に応接室へと戻ってきた。


「お待たせ!…三人とも読み書きは出来るかい?」

「はい、私は出来ますっ」

「僕も問題ないです」

「あっしも、一応は…」


「それなら良かった!俺は少しだけ席を外すけど、その間これに書けるところだけでいいから書いておいてくれないかい?」

 三人の答えを聞くと、フレッドは紙と鉛筆をそれぞれの目の前に配る。

 彼もまた、忙しい様子だった。


「えっ…と、わかりました!」


「本当にごめん、二十分ほどしたら戻ってくるから」

 それだけ言い残し、フレッドが再び去っていってしまった。


 静まり返った部屋の中。彼が出ていった扉を見つめ、グリンが「なんか、大変そうだったね?」と、ポツリと呟いた。


「うむ…。ところで二人とも、よござんすか?」

 ここまで流されるままに来た十朗であったが。この部屋に通されるまでにも、いくつか知らない言葉ばかり出てきて少し混乱していた。


「ん、どうしました?」

「気になる事でもあった?」

「えぇと、履歴書ってなんでござんすか?」

 他にも知りたいことは多々あったが、いま知っておくべきはコレだろうと思った。


「あの、知らないんですか…?履歴書」

「お恥ずかしながら…」

 十朗が困ったように、蟀谷(こめかみ)を掻きながら答える。

 この国で常識であっても、まだまだ知らないことは多いのだ。


「いえ、大丈夫です!知らないことは悪いことじゃないですから」

「ま!そうだね、こういうのは僕の村でもやってないしさ。知らない人もいるよ?…とりあえず、書いていこうか」

「そう言ってくれると助かりやす…。して、筆と墨はないのでござんすかね?」


「えっと、ジューロさん…?これで書くんですよ」

 リンカが机に置かれていた鉛筆を手に取り見せると、十朗に分かるようにサラサラと紙に書いてゆく。


「おぉ?凄いでござんすな!?墨もないのに書けるとは…」

「鉛筆って言うんです」

「ほほぉ…?便利なものがあるんでござんすなぁ!んじゃ、あっしも!」


 鉛筆を手に取り、筆を持つ要領で紙に書こうとしたのだが、それをリンカとグリンの二人に止められた。

「ちょっ、ジューロ!ストップ!」

「あっ!待って下さい!鉛筆の握りかたが…!」


 しかし、二人の静止は間に合わず、鉛筆の先がポキリと折れてしまう。

「ぐぬ…。す、すまぬ…」


「別に謝らなくても…、ちゃんと教えてあげますから」

「ハハハ、初めてなら無理もないよ?大したことじゃないから、すぐに覚えるさ」


「申し訳ねぇ、ありがとうござんす。二人とも…」

 そんなこんなでリンカとグリンの二人に鉛筆の握り方を教わり。その時にふと、稲作一家にいた頃の思い出が頭をよぎった。


 昔の事だが、親分の娘さんに連れられ、兄弟分たちと一緒に、寺小屋で読み書き等を教わった事がある…。

 なんとなしに、似た懐かしさを感じていたのだろうか。


 鉛筆の握り方を教わった後、履歴書の記入欄に書き込んでいくが。そんな中、十朗は凄まじい違和感を覚えた。


 それは、履歴書に並んでいる文字のことである。

 見たこともない文字…であるにも関わらず、その文字が何故か十朗は読めるのだ。


 履歴書を見ると、名前、性別、種族、年齢、職歴などの文字が並んでいる…ことが分かる。…理解出来てしまう。

 普通であれば、上から下へと文字が続くものであるが、横に読むということさえ、解る。


 奇妙な感覚ではあったが、とりあえず自分の名前を、書かれている文字に倣って、同じように横になるよう書き込んだ。


十朗(じゅうろう)


 履歴書の書き方について色々と教えていたリンカだったが、その書いた文字を見た瞬間、不思議そうな顔を浮かべた。

「ジューロさん、この文字って一体…」


「あっしの名前でござんす!」

「うん、いい返事です。でもこれは…」


 グリンもこちらを気にしてか、書いている履歴書を覗き込んでくると、リンカと同じような反応を見せる。

「この文字、僕らには読めないな…。え~っと、ジューロは履歴書の文字って、理解出来てるのかい?」


「う、うむ?おそらくでござんすが…。上から名前、性別、種族、年齢…と、続いておりやすよね」


「…うん、合ってる。けど…そうか、ジューロは別の国から来たから書けないのか。でも、それだと…読めるだけってのも不思議だなぁ」

 グリンは首を捻って考え込んでしまった。


「私が代わりに書きましょうか?教えるにしても時間が掛かると思いますし」

「…うん、そうだね。とりあえず一緒に書いていこう!ジューロもそれでいいかい?」


「本当にありがとうござんす。お手数お掛けしやして、なんと礼を言えばいいのか…」

「ふふっ、いいですって。こういうのも楽しいですよ」

「そうだね、ラティさん達が戻ってくるまで時間もありそうだし。ま!丁度いいよ」


 そうして一つずつ、履歴書の項目に記入していくことになった。


 早速リンカが「じゃあ最初に、名前はジューロ…さんっと!」と呟きながら、名前欄に…間違えて覚えられた名前を、そのまま書き込む。


 間違いを訂正できる最期の好機だったかもしれないが、いい笑顔でリンカが名前を書き込んでくれたこともあり、結局は最後まで言い出せなかった。


 この時に十朗は、異国にいる間はジューロで通すことを…ひっそりと心に決めた。


「ジューロはヒト族、でいいんだよね?」

「…あっしはどうも、そもそも種族がなんなのか。それ自体も分かっておりやせんので、なんとも」


「そ、そっか…。まぁ、匂いで判断するとヒト族のそれだから大丈夫だと思うよ」

「グリンの鼻は、そういうのも分かるのでござんすなぁ」

「じゃあ、私が書いておきますね?ヒト族…っと」

 リンカがジューロの代わりに記入してくれる。

 そんな風に一つずつ記入していく中…。


「えーっと、次は年齢ですね」

「ジューロは年いくつ?」

「あっしは十七でござんすな」

 ジューロが年齢を伝えると、リンカとグリンが固まった。


「へぇ~、十七…ふぇ?」

「ん?…え?十七!?」

 二人が目を丸くすると、驚いたような視線を向けてきて、それを受けたジューロは少しだけ困惑した。


「ど、どうかしやしたかい?」


「あ、いや!僕より年下だったんだな…って」

「…えっと、私もてっきり二十は過ぎてるのかと…」


 大人びて見えるのか、それとも老けて見えるのか。

 …訊ねたい気持ちが、ジューロに少しだけ生まれたが、それは聞かないことにした。

「…左様で、ござんすか」


「種族が違うと見た目じゃ年齢分かりにくいからさ?てっきり同い年か、年上かなって!ほら、ジューロは落ち着いてる雰囲気がさ?」

「はいっ、です!」

 ───何故だか気を遣われた気がする。


 ジューロはチラリと二人の履歴書を見てみると、年齢の欄にはそれぞれ、リンカが十五歳、グリンは二十歳と書いてあるのが見えた。


 リンカとグリンに関しては、見た目通りというか、印象通りの年齢であるように思う。

 その二人から見て、そんなに年上に見えるものだろうか?


 ほんの少しだけ心外であったが、あまり深く突っ込むと、逆に傷付きそうな予感がしたので、次に進むことにする。


「うむ、それは置いといて、とりあえず続きを書き終わらせやしょう!」

「そ、そうですね!え~っと…」

「次は、職歴かな?」

 ジューロが促して、次の記載へと移ったのだが。その職歴の欄で、頭を悩ませることになった。


「職歴…で、ござんすか…」

「ジューロさん?職業のことですよ」

「う、うぅむ…」

 それは…なんとなく理解出来ているのだが、ジューロは渡世人である。

 要はゴロツキ…賊と言われる人間なので、働いているとは決して言えなかった。


「えっと、ジューロは確か…傭兵?みたいなことを言ってたよね?」

 悩んでいるジューロの様子を見かねたのか、グリンが話し掛けてくる。


「…渡世人のことでござんすな」

「そう!それを書けばいいんじゃないかな?」

「いや、そいつぁ職業とは違いやして…」

「え?そうなのかい」


 ジューロは未だ、渡世人がどういう者なのかを、二人に詳しく話せずにいた。

 だが、これは良い機会とも言える。

 リンカとグリンには、ジューロがどのような人間であるのか、ちゃんと説明しておいた方がいいだろう。

 何よりもこのまま黙っていることは、二人を騙しているようで気持ちのいいものではない。


「うむ…。お二人に少しだけ、話をしてよござんすか?ちゃんと説明をしておきたいことが…」


「ん、なんでしょう?」

「なんだい?改まって」


 ───ジューロは二人に、渡世人がどういう者であるのか。何故それを言い出せなかったのかを、簡単に説明した。


 渡世人とは、堅気から道を踏み外した者が行き着く先の一つであり、それは真っ当な人間ではなく、いわゆる賊とかわりないこと。


 リンカと一緒に王都へ向かうことになった時、自分の都合を優先し、彼女にそれを話さなかったこと。


 そしてラサダ村では、正直に話してしまうと追い出されかねないと思い、誤魔化してしまっていたこと。

 これらを詫び、ジューロは二人に頭を下げた───


 少しの沈黙のあと、グリンが最初に口を開く。

「別に、そんなこと気にしないよ。どうこうされたワケじゃなし…むしろ二人には助けられたくらいだしさ」


「私も気にしてませんから!それに言ったじゃないですか。里帰りしてみたかったって」


「すまねぇ、痛み入りやす。本当に…」

 二人の優しさが身に染みるようだった。


「うーん…でも、それよりもさ。職歴の欄はどうしよう?」

「ジューロさん、他に何かないですか?…ちょっとしたことでもいいですから」

 リンカとグリンは早々に話を切り替え、履歴書の方へと話を戻す。


「うぅむ、と言われやしても。その前は百姓をしてたくらいで…」

 ジューロは己の過去をふりかえる。

 自分に何が出来るのかと問われているようで、それはそれで苦しいものだった。


 リンカやグリンと比べて、教養もなく知識もない。

 魔法が使えるワケでもなければ、狩りの技術があるわけでもない。

 いや、生きるために必死で働く堅気の人達と、渡世人のジューロなどを比べることがおこがましいように思う。


 この国に流れ着いてからも、結局は他力本願で助けられてばかりだったし、過去をふりかえるほど、不甲斐なく、情けない自分に嫌気がさしてくる。

 そんな居たたまれない気持ちに押し潰されそうになった時。それとは逆に、グリンとリンカの表情パッと明るくなった。


「百姓…?ああ!農民のことか」

「一応、そうでござんすね…」

「あるじゃないですかぁ~!」

 二人がジューロの肩を軽くポンポンと叩いたり、揺すってきたりして、何故だか嬉しそうにしている。


「じゃあ、書いておきますね?」

 リンカがそう言ってサラサラと、ジューロの職歴に【農民】と書き連ねた。


「でも、良いのでござんすかね?昔の話ですが…」

 本当に大丈夫なのだろうか?騙していることにはならないのかと、ジューロは不安になったのだが。


「ハハハ!昔のことも含めて職歴だからいいって」

「そうですよ~!それにここのギルドには、きっとバッチリ合ってますから!」と、太鼓判を押されたことで、ジューロは少し気が楽になった。


 そうして三人でワイワイと履歴書を書き進める最中。

 ジューロは、リンカやグリンと出会えたことを改めて心の中で感謝するのであった。


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