表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風来の奇譚録 ~抗い生きる者たちへ~  作者: ZIPA
【第二章】王都とギルドと怪盗と
21/68

第十八話【追放の目撃】

 

 言い争いをしている女性の一人は、その見た目からすると、年齢は二十代前半くらいだろうか?


 肩から背中にかけて大きく露出した服に、左右非対称の裾の長さをしたジーンズとロングブーツを身に付けていて、どことなく妖艶さを感じさせる美人であった。


 健康的に焼けた小麦色の肌に、深緑色をした髪を後ろで一つに束ねていて、目元の下にある、短い隈取(くまどり)のような青色の化粧が目立つ。

 その化粧も相まって、一見すると厳しい顔付きに見える。


「もう一度言うわ。チーネ!アンタはもう…、ここには置いておけないの!」

 彼女の声色は、怒っているように聞こえるが、どことなく悲しげであるようにも感じた。


「なんでよ姐さん!?私、悪いことなんてしてないよ!」

 それに反論しているのは、獣人の女性である。

 チーネと呼ばれていたし、おそらくそれが彼女の名前なのだろう。


 猫のような顔立ちから、ラサダ村で出会ったソラという少女と似ていて、ラト族と呼ばれる獣人に思えた。


 獣人の女性…チーネは、腹部が開けた服を身に付けており。それを革製のベルトで身を固め、短パンと長靴下にブーツという出で立ちをしている。

 切れ長の瞳をしていて…左目の下にある、大きな切り傷が目立つが、表情は豊かで、ハツラツとした声も相まり、活発な印象を受ける。



 ───そんな女性二人が、建物の扉…その真ん前に陣取り、言い争いをしていた。



 この言い争いを無視して建物の中へ入りたかったが、これだけの人だかりでは入るに入れない。

 それはリンカやグリンも同じようで、この事態が収まるまで、ひとまず事の成り行きを見守ることにした。


「…そうね。アンタは悪いことはしてないし、むしろ正しいことをしたと思うわよ」

 姐さんと呼ばれた女性がそう言うと、大きなリュックをチーネの前にドカッと置く。


「じゃあ何で!」

「正しいことと、その行動が正解であることは違うの。…アンタが今日ぶん殴った人。誰だか知ってるわよね?」


「…知ってる」

「なら、もう分かってるでしょう?女神様の使いであるイコナ様を殴るなんて…どうかしてるわ」


「…でも!あれは」

「でもじゃない!…いい?チーネ。お(かみ)がやることに口出しなんてするもんじゃないわ、ましてや手出しするなんて…もっての他よ。アンタが人を助けようとしたのは知ってる。けどね?余計な事には関わらない、見て見ぬふりをすることも覚えるべきだったのよ」


 言い争いの原因はどうやら、チーネという娘が、お上に逆らったことが発端のようである。


「そ、それだけで…何で私が追い出されるの?おかしいよ」

「それだけ?あのね、ギルドの看板を背負って仕事してる最中にやらかした以上、アンタだけの問題じゃ済まない。組織ってそういうものなのよ…。だから、アンタはもう、ここには置いておけない!あの後、仕事仲間に迷惑が掛かったのも知ってるわよね?」


「うぅ…それは…。姐さん、ごめん。迷惑かけたなら、私みんなにもちゃんと謝るから!イコナ様にも…」

「…ダメね。少なくともアンタを置いておくと、色々と都合が悪いの。…荷物はここに全部まとめといたから、今すぐ出ていきなさい」


「姐さん!…嘘だよね?だって、姐さんが急にそんなこと言うなんて、変だもん!」

 チーネは涙を目に一杯溜めている、その表情から察するに、今起こっている事態が信じられないという感じだった。


「嘘?…私は嘘なんてついちゃいないわ。チーネ…、アンタは嘘を見破るのが得意だったわよね?」

「そ、そうだけど…それがなに!?」


 姐さんと呼ばれている女性が深く深呼吸し、一瞬の間をおいた後、チーネに向かって言葉を紡ぎ出していく。


「だからハッキリ言ってあげるわ、アンタには一刻も早くここから…。いいえ、むしろ王都から出ていって欲しいって思ってる」


「───ッ!?」

 目線を合わせて真っ直ぐに見詰め、そう彼女が言い切った。

 それに対して、チーネに凄まじい動揺が走ったことが見てとれる。


「今、こうやってアンタと話をしていると、本当に気分が悪いし…私が嫌になってくるわ」

「そ、そんな言い方ッ…」

 チーネの瞳に溜まっていた涙が、その一言を皮切りにボロボロと流れ始めた。


 様子を伺っていた周囲の野次馬は、ざわめく者がほとんどであったが。

 中には、苦い顔をしながら状況を見守る者、何か声を掛けようとして止めようとする者と、様々な反応をしている。


「…嘘は言ってないって分かるでしょう?」

 さらに念押しとばかりにその女性が続けると、チーネも腹をくくったように涙を拭い、置かれたリュックを掴むと乱暴に背負ってみせた。


「うぅぅ…!姐さんのバカぁ!チキン!!」

「…フン!なんとでも言えば──」


「デカパイ!!!」

 そう付け加えてチーネが言い捨てると、その場から逃げるように走り去っていく。


「───ッ!チーネェ!!」

 女性は去っていくチーネの背中に向かって叫んだ。

 最初の言葉はともかく、最後の一言だけには本当に怒気が込められていたように思う。


 そしてチーネの姿が見えなくなると、気持ちのやり場が無い様子で「っ…はあぁ~っ!もうっ…」と、言葉を(こぼ)しながらこめかみを指でおさえた。



 ───どうやら、この言い争いは一応の終わりを見せたようである。


 騒ぎが終るのと同時に、グリンがチーネという女性を目で追っていたことに気付く。

 グリンが顎に手をあてて、何か考え事をしている様子だった。


 それに対し、十朗も少し思うことがあったので、グリンに話し掛ける。

「グリン、訊かなくて良かったのでござんすかい?」

「ん?」


「あの逃げて行った子。おそらくソラさんと同じ種族でしょう?なにか手掛かりを知ってるかもと思ったのでござんすが…」


 一緒に旅をしているグリンには、王都で兵士になりたいという目的の他にも、やりたいことがあった───

 それはラサダ村にいるソラという少女、その子の親を探してあげたい…というものである。


「ああ、そのことか。…いやぁ、流石にあの状況で声は掛けにくいよ?」と、グリンも思わず苦笑いで返した。


「む、言われてみたらそうでござんすな。考えなしでござんした、申し訳ねぇ」

「いやぁ、いいよ。こっちのことも気にしてくれてたんだね」


「ううむ、そりゃまぁ…」

「ま!そこは慌てなくてもじっくりやるさ。それに同じ種族でも、必ずしも知ってるワケじゃないだろうし…。それよりも、どうする?」


 グリンに促され、周囲を見渡してみた。

 騒ぎが一旦おさまったとは言え、集まっている野次馬の人たちは未だにザワついているし、どうにも目的の建物へは近付きにくい状況のままである。


「そうでござんすなぁ、リンカさん。…いったん出直しやしょうか?」


 リンカに声を掛けたと同時、姐さんと呼ばれていた女性の声が辺りに響いた。

「ほら!アンタらも!休憩時間終わるよ!?散った散った!」


 野次馬たちは彼女の一声で、数名は時計台が付いている建物に入り、他もそれぞれがゾロゾロとバラけて去っていく。


 先ほどまでの野次馬がウソのように消え、十朗たち三人は、意図せずポツンとその場に残される形になっていた。


「…ん?見ない顔だね?」

 姐さんと呼ばれていた女性が十朗たちを一瞥(いちべつ)する。

 とり残された事もあり、三人が目についたようだ。


「あ、あの…。私たち、ギルドに用があって来たんですけど」


 リンカが女性に対し、話を切り出したのだが───

「あ~、はいはい!よく勘違いされるけどね。ここは冒険者ギルドじゃないわよ?」

 と、半ば呆れたような口調で、リンカの話が終わる前に答えられてしまった。


「え、えーっと…。そうじゃなくて、ですね…」


「ひょっとして冒険者ギルドの場所を聞きたいの?…なら、王宮周辺を探せば適当なのが見付かるから。…んん~?アンタどこかで──」

 女性はそこまで言うと、リンカの顔を覗き込んできた。


 先ほどまで言い争いしていた当事者を相手しているからか、リンカは女性の空気に少し呑まれているように感じた。


「リンカさん、大丈夫でござんすか?」

 落ち着きのないリンカの様子が心配になり、声を掛けた時。

 十朗が発したリンカという名前に、女性が食いぎみに反応を示した。


「…えっ?リンカ?!」


「は、はいっ?…そ、そうですけど?」

 いきなりグイと女性に詰められたせいか、余計あたふたしつつ、ワケも分からぬままリンカが答える。


「私よ!覚えてない?」

「えっ?…えっ?」

 女性が自身に指を差し、リンカに訊ねるが、リンカは混乱しているようで目を白黒させていた。


「あっ、そっか!…これなら思い出すかも」

 女性はそう言うと、背中から大きな翼をバサリと、リンカに見せ付けるように広げた。


 これに十朗とグリンも、一瞬ビクリと驚く。

 何も無かったハズの女性の背中、そこから急に翼が現れたからである。


「えぁ…!ローク族の翼…?もしかしてラティ姉さん!?」

 その広げた翼を見て、リンカが何か思い出したように答え、リンカの顔つきがパッと明るくなったのが分かった。


「せいかーい!」

 女性がリンカの答えに明るく返した。名前はラティと言うらしい。

 どうやらリンカと知り合いのようで、先ほどまで見せていた険しい顔が、その瞬間だけは少しだけ柔らかい表情になっていた。


 彼女がリンカが言っていた友人か…。ローク族の翼…とかリンカが呟いていたし、パッと見では普通の人間と変わらないように見えるが、彼女は空飛ぶ獣人なのだろう。


「きゃ~!リンカ久しぶり!すっかりレディ!って雰囲気になっちゃってぇ」

 ラティは隈取(くまどり)のような、目の下にある化粧のせいで厳しい顔つきに見えていたが。今、改めてよくみると彼女は優しい目付きをしているのが分かる。


「そ、そんなことないよ?ラティ姉さんこそ…。えっと、ずいぶん…」

 リンカの言葉が止まり、視線が顔から胸に向かって落ちるのを、ラティは見逃さなかった。


「リンカぁ~?どこ見てるのかなぁ~?」

 ラティはイジワルっぽく言うと、リンカをギュウっと抱きしめて胸に沈める。


「わぁ~!?ごめんなさい!っぷ…くるしいってラティ姉さん!」

「あはは!ごめんごめん!でもリンカ、会うのは五年ぶりくらい?」

 ラティが笑いながらリンカを解放し、リンカの肩をポンポンと軽く叩いた。


「…だね、ちょうどそれくらいかも」

「急にいなくなった時は、みんなリンカを心配してたんだよ?」


「ラティ姉さんごめん、お母さんが色々あったみたいで、急に出ていくことになっちゃって…。王都から離れる時に、お別れくらいはしたかったんだけど…」


「へぇ~…事情はわからないけど、リンカも大変だったんだ?」

「うん。でもそれを言ったらラティ姉さんも…。怒鳴るなんて珍しいし、何かあったの?」

 先ほどの事が気になっていたようで、リンカがラティに質問を投げ掛ける。


「あははは…、イヤなとこ見られちゃってたか…。こっちは仕事のことだから、あまり気にしないでよ?…それよりも──」

 その話題には触れられたくなかったのか、ラティが話を変えるべく、十郎とグリンに視線を向けると、逆にリンカへ質問を返した。


「あの二人って誰?冒険者でも雇ったとか」

「え、えっと。二人は冒険者じゃなくて。なんて言えばいいのかな…」

 リンカが二人をどう説明したものか、困っている。


「申し訳ありやせん、紹介が遅れやした。あっしは名を十朗と発しやす」

「僕は、ラサダ村のグリンと申します。王都には今日、リンカさん達と一緒に到着したばかりです」

 十朗とグリンが頭を下げて挨拶をする。


「私はラティ、産業ギルド【インターセッション】のマスター代理をやってるわ。…え~っと?リンカ、ギルドに用があるって言ってたけど、ウチのことなの?」

 ラティは意外そうな顔を見せ、リンカに念押しして訊ねた。


「うん、王都に帰ってきたのはいいんだけど。他にアテになりそうな所が思いつかなくて…。急に来たのは迷惑だったかな」

「ううん、それは別に良いのよ?でもそっか、それで訪ねて来たってワケね!」

 ラティはその言葉で、リンカが訪れた理由を察したようである。


 彼女は少し間を置いて、右手を頬に当てると、少し考えるそぶりをしてみせた。

「…でも良いのかい?ウチは一次産業中心のギルドなんだけど。そちらのお二人さんには説明してるのかしら?」

「えっと、詳しくはまだ…」


「えぇ…?うーん、まぁいいか!こっちも雇うなら色々と聞きたいこともあるし。そうねぇ、じゃあ説明も兼ねて案内したげるわ」

 そう言うと、ラティは建物の中へ入り、三人を招き入れる。

「じゃ、三人とも付いておいで」


「はいっ!」

 リンカが元気よく返事をしてから扉をくぐると。

 十朗とグリンもそれに(なら)い、それぞれが「失礼いたしやす」「お邪魔します」と、挨拶を一言添えて、ギルドに足を踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ