第十六話【到着、王都ビアンド】
王都ビアンド───
ルコース王国の首都であり、王宮、市街地、工業区域、農業区域と大きく分けて、四つの区画で構成されている都市である。
都市の入口に位置する郊外部に沿って、大きな川が流れており、二つの石造りの大橋が、都心部に向かってのびていて、その下流側に位置する大橋を、三人の旅人が渡っている───
一人は薄炭色の道中合羽に三度笠、手甲脚絆に振分荷物を身に付けており、腰には長脇差を差している。
旅姿だと一目で分かるが、少しだけ違和感があり、それは和装束には似つかわしくないリュックを背負っていることだろう。
男の名は十朗。
この国に漂着して以来、名前を勘違いされており、ジューロと呼ばれている。
タレ目気味の顔立ちで、二十代中頃の年齢に見えるが、髭が生えていないことから、もっと若いのかもしれない。
彼は故郷に帰る為、その手掛かりを掴むべく、王都へと向かっている。
そんな十朗は橋の上から、王都と思わしき場所で大量の煙が上がっているのを目撃した。
「ぬぁっ!?…リ、リンカさん!グリン!火事でござんす!!」
慌てて煙が上がっている方へと駆け出そうとしたが、すぐに呼び止められた。
「ちょ、ちょっと待って下さいジューロさん!あれは火事じゃないですよ!」
呼び止めた声の主、その少女の名はリンカ。
澄んだような紫色の瞳と美しい青い髪を持ち、透き通るような肌、そして愛くるしい顔立ちをしている。
だが、今の彼女は慌てる十朗に対し、困惑と少しだけ呆れたような表情を見せていた。
リンカは紺色のローブと、質素なエプロンドレスを身に着けている。
右手に付けた金色の腕輪だけは、その質素な格好に見合わぬ唯一の値打ち物に見えた。
「むぅ…!しかし、あの煙は…」
「大丈夫です!あれは工場の煙ですから」
「こ、工場でござんすか…?うぅむ?」
リンカに言われ、目を凝らして見てみるが、よく分からない。
工場。そこから煙が出ているということは、竈で炭か陶器を造っていると思われるが…。
あれほど大量の煙が上がっているものを、十朗は火事以外で見たことが無かった。
落ち着きなく煙の方へ目を凝らし続ける十朗に対し、獣の顔を持つ男が話し掛ける。
「ハハハ!ジューロ、大丈夫だよ。あの場所は工場のある場所だし、もしも火事なら…僕が臭いで分かるからね」
落ち着きのない十朗に声を掛けた男、彼の名前はグリン。
獣人と言われる者で、犬に似た顔立ちをしており、鼻が利くのが強みの種族だ。
爽やかさのある声色で、好青年といった雰囲気を感じさせる。
頑丈そうな布の服に、皮を鞣した胸当てと腰巻きで体を固めていて、背中にはリュックと弓矢一式を背負っていることから、彼も旅姿であることが伺えた。
「ふぅむ!グリンが言うなら…安心でござんすね」
「ちょっと!?ジューロさん!なんで私の時には信じてくれないんですか!?」
グリンとのやり取りで落ち着きを取り戻した十朗に対し、リンカは少し不服な様子で頬を膨らませる。
「ぬ?別にリンカさんを信用してないワケじゃござんせんよ」
「それにしたって、反応が違いすぎません!?」
「いやいや、だってほら!グリンは臭いで判断してくれやしたし…」
十朗とリンカはここに来る前、ラサダ村という場所に立ち寄ったのだが。
そこでグリンをはじめとした獣人達の嗅覚の鋭さを目の当たりにしていた。
その件もあって、十朗はグリンの嗅覚を信用しているのだ。
「それに…あっしは、知らねぇことばかりなんで。説明されても、説明された事そのものが、分からないんでござんすよ」
「む~!本当ですかぁ?」
「うむ、本当でござんすよぉ…」
「ん、なら良いです!…ジューロさん、王都は私の生まれ故郷なんですから!分からない事があれば、いつでも聞いて下さいね!」
「う、うむ?ありがとうござんす。頼りにしておりやすよ」
「えへへ、任せて下さい!」
王都に近付くにつれ、リンカは心なしか楽しそうにしているのが見て取れた。
「…僕も一応、ここが生まれ故郷ではあるんだけどね?」
「そうなんですか!?」
「そうなのでござんすか?」
「うん、僕が居たのは十年くらい前だから。大まかにしか覚えてないけどね?」
「ふぅむ…。あぁ!確か、グリンの父親は王都で兵士をやってた…とか言っておりやしたね?なるほど!生まれはこちらでござんしたか」
「そうそう!でも、あれから随分と経ってるし、小さい頃の記憶しかないから、王都を案内するのは難しいかな…。リンカさんも王都から、しばらく離れてたんだよね?」
グリンと一緒に旅をすることになってから、彼には二人の事情…。十朗がリンカと共に旅をするに至った経緯については話しを通している。
リンカが魔族のハーフであることや、イゼンサ村から十朗が彼女を拐ったことにして出てきた事。
十朗達はそれらをグリンに正直に打ち明けていた。
最初はグリンも困惑していたが、正直に話したことが良かったのだろう。
こちらの事情を素直に汲み取ってくれていた。
「え~っと、私が王都から離れたのは…だいたい五年前くらいです」
「結構たってるね!五年かぁ、都心部は発展しやすいって聞くけど今はどうなんだろ?」
「ん、それを言われると、ちょっぴり不安になってきました…」
「え~?大丈夫でござんすかぁ~?」
先ほどまでの威勢の良さが無くなったリンカを見て、十朗は少しからかってみたくなった。
「ちょっとぉ!?ジューロさんっ!」
「ハハハ!でも僕よりは勝手が分かるんじゃないかな?僕も久しぶり過ぎて…正直、不安がないワケじゃないしね?」
「そうなんでござんすか?あっしは二人が一緒で心強いでござんすよ。それに、何も知らぬより余程いいじゃありやせんか」
「ま!それもそうだね」
「ん…、ですね!」
「ぬはは!でもグリンは兵士になる目的がありやすから。もうすぐ別れるのでござんすかね?」
「うん?いや、しばらくは二人と一緒に行動しようかなって思ってるよ。迷惑じゃなければね」
「迷惑じゃないですよ!」
「うむ!むしろ助かりやす…が、グリンは大丈夫なのでござんすか?」
「今は兵士の募集をしてるか分からないし、しばらくはここで仕事探しだね。半分勢いで出てきたから、アテがないけど」
「ぬぅ、意外とグリンも行き当たりばったりでござんすねぇ?」
「それを言ったらジューロも大概だろ~?王都の方向だけ聞いて行こうとしてたって、リンカに聞いた時は耳を疑ったよ」
「いやぁ、あっしのは臨機応変ってやつでござんすから!」
「えぇ…?それは無理があるでしょ!」
「ぬへへはははは!」
「ハハハハハハ!」
互いに笑う二人を横目に、リンカは頭を抱えて呆れた顔をみせていた。
「はぁ…も~!何笑ってるんですかぁ…」
「ぬはは、いやぁ…すまぬ。でも実際、これからどうしたらいいのか分かりやせんし…どうしやしょう??」
故郷を探すにあたり、貿易商を訪ねることも考えたが、いきなり行ったとしても取り合ってくれるとは思えない。
ともかく、十朗はこれからの事はどうしようかとリンカに訊ねたのだが。
「はぁ~…も~!ジューロさんも行き当たりばったりじゃないですかぁ…」と、彼女は呆れつつ、溜め息と共に返してきた。
「まずは宿でも探そうか?僕もいくらかお金はあるからさ。ま!問題はその後だよね…、資金的にもそうだけど、ずっと宿泊まりってワケにもいかないし」
「ぬぅ、やはり先立つものは必要でござんすね…。なんならあっしは野宿でも───」
「それはやめて下さい!」
「ジューロ、王都で野宿はちょっと…」
お金に関しては不安があり、出来るだけ切り詰めていこうと思っての発言だったが、二人に止められる。
「ぬぅ、ダメでござんすか?」
「ダメですよっ!なに考えてるんですか!?」
「お金の不安がありやすし…節約しようかと思いやして…」
二人と旅する道中で、十朗はここでのお金の事に関して色々と教わっていた。
銅貨、銀貨、金貨───
大まかにだが価値の低い順から分けて、これらが通貨になっている。
主に使われているのは銅貨と銀貨であり、金貨は滅多にお目にかかることはないらしい。
十朗はイゼンサ村で、バジール夫妻から頂いたお金があるのだが、十日くらいは寝泊まりに困らないくらい貰っていたことも、お金のことを教わったその時に知ったのだが…。
「寝泊まり以外で金銭が必要になる可能性を考えやすと、あまり使いたくないってのが正直なところなんで…」
「なるほどね、ま!気持ちは分かるよ」
「はぁ~、まったくもう。…でも、そうですね。すぐに手掛かりが見付かるか分からないですし、グリンさんが言ってるように、お金は稼いだ方がいいのも確かですし…」
リンカは指を頬に当て、考える素振りをすると、何かを思い付いたのか、両手をポンと合わせ、言葉を続けた。
「そうだ!私に少しだけアテがありますから!二人とも付いてきてくれませんか?」
「うむ?…リンカさん、何か考えがあるので?途方に暮れる所でござんしたし、助かりやす!」
「そうだね、お願いしようかな?えーと、どこに行くんだい?」
「はいっ!ギルドに行くつもりです!」
リンカの答えに、グリンも心当たりがあるようだった。
「ああ!ギルドかぁ…、急に押し掛けて大丈夫なんだっけ?」
「分かりません!けど、私の友達がギルドマスターの娘さんですし、一度あたっておくのも良いかなって…」
「…そういえば、友達にも久しぶりに会いたいと、言っていたでござんすな?」
「はいっ!」
リンカは明るい口調で返した。
その様子を見ると、仕事探しの算段も理由の一つだろうが、友達に会ってみたいという想いもあるのかもしれない。
「なるほどね!じゃあ、最初はそこに行こうか!」
グリンも同じく意図を汲み取ったようで、ギルドに向かうことを今度は即断した。
「ところで…、ギルドって何でござんすか??」
リンカの友達に会いに行くことは目出度いが、十朗はギルドというものを知らないので、純粋な疑問を二人にぶつける。
「えっ?ジューロさん、ギルドを知らないんですか…?」
「ギルドを知らない…?」
二人のキョトンとした反応からすると、この国ではギルドを知っているのは常識の一つなのかもしれない。
「えぇ、あっしの故郷では聞いたことがありやせんから」
「そ、そっか…。簡単に説明すると。ギルドは仕事を管理してる場所で、その人に合わせた仕事を斡旋してくれるんだ」
グリンが説明してくれたのだが、どうにもピンと来なかった。
「ほほぉ?…ほ~ん!?…なる…ほど…?」
似たようなものが故郷にもあっただろうか?と思考を巡らせ、腕を組み、頭を捻りまくるが、何も出てこない。
そんな十朗を見かねたようで、リンカが一つ提言を出してきた。
「う~ん、なんかよく分かってないみたいですし。もう直接行きましょうか?その方が早いですよ、きっと」
「そうだねぇ、行こうかジューロ」
「う、うむ!宜しくお願いしやす!」
二人に促されるまま、再び橋を渡り出す。何も分からない十朗にとって、二人が居ることは本当に心強かった。
大橋の向こう、対岸に映る街並みは色鮮やかで、その空には大きな鳥が飛び交っているのが見える。
下流側にある街からは、相変わらず煙がもくもくと立っていて、そこにはリンカ達が言ってたように工場地帯があるのだろう。
これまで見てきた村も、十朗にとっては珍しいものばかりだったのだが。
都ともなると、それらとは比較にならないほどの不思議な光景が広がっていて、心が躍るのを感じずにはいられなかった。




