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エレベーターの幽霊

俺はビルメンテナンスの仕事をしている。

契約している建物の点検やメンテナンスが主な仕事だが、たまに突発的な依頼も入ってくる。廊下の照明が切れた、水回りの調子が悪いなどなど。


さて、今回はその突発的な依頼で、とある10階建てのマンションに来ている。なんでもエレベータに何らかの異常が見られるということだが、見た感じ普通に動くし、ボタン類も正常、照明も異常なし。


依頼主の自治会長に詳しく話を聞いてみた。曰く、20時以降にエレベータに乗ると幽霊が乗ってくる。人によってその人数はまちまちで、一人の場合もあれば三人だったり、どうもハッキリしないそうだ。


全然信用してなかったので、20時過ぎにエレベータに乗ってみた。最上階の10階に行ってみる。すると、3階で誰か乗ってきた。40代くらいのOLのような姿をした女性だが、何故か顔が見えない。しかも彼女が乗ってきた途端、心なしかひんやりと寒くなってきた。


軽い気持ちでエレベータに乗った俺は、正直に言うととても怯えていた。本当に出てくるとは思わなかったし、何より思ったよりも雰囲気がすごい。なんというか、冷たい圧力が身体にまとわりついてくる。しかも、その女は身体を常に扉側ではなく、壁側を向いているのも恐ろしい。怖がらせるために出てきたのだろうか。


しかし、こんなものではなかった。4階、5階、6階…階層が上がるたび、確実に生きている人間ではない人々が乗ってくる。10階に着くころにはもうぎゅうぎゅう詰めで、恐怖を感じる以前に鬱陶しい。満員電車みたいなものだ。こいつらはなんでこんなに乗ってくるのか。


そして最上階。乗ってきた連中は10階で一斉に降りていった。俺は最初に感じた恐怖感と引き換えに、ぎゅうぎゅうに押された身体の痛みと熱気でちょっと気持ち悪くなっていた。その日は疲れた身体を引きずり、帰路についた。


次の日、自治会長と話をすると、各住民の体験と全く同じであった。10階の住民などはもう毎晩エレベータの渋滞にヘトヘトでなんとかしてくれと泣きついてきているらしい。


俺はこの日も、20時過ぎにエレベータに乗った。


案の定、9階でぎゅうぎゅう詰めだ。10階に到着し、幽霊の連中が降り出したときに俺は言った。

「待て待て、俺はこのマンションのメンテナンスの者だ。お前たちはこのマンションの住民じゃないな」


移動しようとした幽霊たちは困惑したが、足を停めて俺の話を聞いてくれた。


「お前たちは何故このエレベータに乗るのか教えてくれないか」

すると教えてくれた。ここは霊道となっており、このマンションの屋上から天に向って道が延びているのだという。


「それにしても、お前たちがエレベータに殺到するせいで、住民が迷惑しているんだ。エレベータを使わないようにしてくれないか」


そう言うと、出るわ出るわ苦情の雨あられ。


「幽霊だからと差別するな」

「お年寄りだっているんですよ」

「10階までなんて登ってられるか」

「霊道のせいじゃん。俺のせいじゃない」

「こんな場所にマンション作って偉そうに」

「科学と電気の恩恵を受けて何が悪いのか」


口々に苦情を言う幽霊たちに、俺は堪忍袋の緒が切れた。


「うるせぇ、死んだ後も軟弱者かお前ら…」

実は俺は元自衛隊員で教官を努めていた。こんな軟弱な連中には我慢がならない。今まで隠していた素の姿が爆発してしまった。


「貴様らが一般国民に迷惑をかけていることは明白なんだ。これからは俺の指揮に従ってもらうぞ」

一括したら幽霊どもは大人しくなった。とりあえず1階に戻って階段をダッシュで往復させる。腕立伏せ、スクワット、腹筋を追い込ませる。休養を取り、プロテインと卵、サプリメントを摂らせる。つまりお供えする。


ヤンキー気質で反発してくる若い幽霊には蹴りを入れ、頑張ってる幽霊を励まし、動こうとしないニート体質の幽霊は近所の神社に叩き込み、老人の幽霊はしょうがないのでエレベータで上げた。文句を言ってきた幽霊どもには鉄拳を食らわせた。書類での処分でなくて有り難く思え。


しかし、さすが幽霊。生きている人間の身体の理とは違うのか、もうどこに出してもおかしくないくらいのムキムキとなった。そこで俺は、ここで教官役を二名、アシスタントを二名選出し、これから来る軟弱な幽霊どもの訓練を担わせることにした。


さて、一般幽霊の出陣式である。


「お前らはもう、エレベータなど使わなくても堂々と階段を使い、天に登ることが出来る精鋭となった。最後までこのマンション出身ということを誇りに、堂々と天に登れ!」


俺も幽霊たちも、涙涙の別れである。教官側以外の幽霊全員が、階段を乱れぬ行進で駆け上がり、天に登っていった。


よし、これでエレベータは住民が普通に使えるようになったはずだ。俺は教官側の幽霊たちを激励し、自治会長にもう大丈夫だと伝え、家路についた。


それからしばらく、そのマンションからはなんの音沙汰も無かった。これで解決だと思っていたが、それから数カ月後に、また依頼が来た。


「階段にマッチョな幽霊が列をなしてて怖いのだが、どうにかしてくれ」


「一緒に鍛えたらどうですかね」

俺はそう言って、電話を切った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 問題解決にいそしむ、主人公のひたむきさが伝わりました! ユーモアがあって、面白かったです!
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