再燃!心のアレ
お待たせしました
異世界には時折、地球人、又は人種全般の理解が及ばないものがある。魔法の原理然り、迷宮の魔物然り。そして……
真昼の公園に展開する、結界、然り。
少女を助けた雪那は、人目を避けて事情を聞くため、取り敢えず近くの宿屋に入ろうとした。そこでふと気づいたのである。「俺、絵面的に不味くね?」と。少年の腕の中で真っ赤になる少女が目撃されたが、そんなことはどうでもよかった、というより当人は無自覚だった。入り口まで行って「あ、やっぱいいです」と引き返し、「ヘタレめっ!」とでも言いたげな視線を受けながら近くの公園にあったベンチに少女を降ろす。彼女は降ろされた瞬間にため息と共に起きてしまったのは偶然、かもしれない。
異世界の公園には我々の理解の及ばない用途があるようだ。展開された遮音結界と遮光結界はその中心にあるベンチに標準搭載された魔道具による。目が覚めたオリビアに案内され目にした時の雪那の顔の、なんと面白かったことか。椅子に座り隣の少年をみた時に発せられた、少女の「ふグゥ」に関係しているとか、していないとか。
「そうだ、怪我とか大丈夫?成り行きでポーション的なやつ飲ませちゃったけど……」
「はい、すこぶる快調です!飲まされたのが勇者の回復薬なのはちょっと気に入りませんが……。まあ、生きていることに感謝しましょう!」
「勇者!?やっぱり俺が倒しちゃったのって勇者だったの!?」
「はい、そうですけど、ご存じなかったんですか?」
「そ、そうなんだ、へぇ〜。おれ、勇者キラーになったんだ〜。俺、知ってたよ、きっと、たぶん」
異世界で、ドラゴンで、勇者殺し。流石の3点セットに当の本人はなんでこうなっちゃったんだろう的な顔を浮かべてるのだが、異世界とドラゴン
「クッ、俺はもう死ぬかもしれん。あとは任せ、た…ぞ………」
「え、ちょっ!なんで死んじゃうんですか!? あと私は今、なにを任されたんですかー!」
「……………」
心の中から漏れ出た例のアレによく分からないままオリビアに突っ込む。己の所業を省みて、後悔やら羞恥心やらが噴き上げる雪那。これぞ文化の違いなり。
「……死んじゃうんですか?」
「……え?」
「…折角助けていただいたのに貴方様は死んでしまうのですかっ!?」
「い、いや、さっきのはほらちょっとした気の迷いというか、心の汚物が出ちゃったというか……」
「心のおぶ……?なんですかそれ」
「あー、えーと…そのー……少年の心にたまに宿る魔物的なやつ?」
「え、ま、まものが!?それは大丈夫なのですか?」
「みたいな!みたいな、だよ。なんと言いますかー…そう!不治の病です!」
中学生あたりでたまに発現する心の中のそれは、まさしく不治の病なのだ。地球の一部学生の中に蔓延る妄想魔法兵団。脱退済みの者達の心に大きな傷跡を残すあの魔法兵!きっと彼らの根幹にある魂は魔物よりも強く、重病よりも重症と言えるんだ!
「それって本当に大丈夫なのでしょうか……。むしろ早急な治癒が——」
「問題ないよ、そう、問題ない。てか、勇者殺されてるけど大丈夫なの?」
「はいっ!私は大丈夫です!って、そうじゃなくて病気が」
「——大丈夫」
「いや大丈夫じゃないですよね?」
「——大丈夫」
「でもっ」
「——大丈夫」
「……………ア、ハイ」
触れられたくない部分に触れられてちょっと強引な手に出た雪那。内心ではかなり悪いなと思っていたのだが、押し切ってしまった。どこか冷たくなる空気、目を逸らす二人。
「おっほん。私は竜人族族長の孫、オリビア=プロミネンスと申します。その角と翼、貴方も先祖返りですよねっ。同胞なことですし、よろしくお願いします!」
「…………え、同胞?」
「違うのですか?あなたも竜魔ですよね」
「いや、俺ただのドラゴンだ、ぞ?」
雪那の語尾が疑問系になる。
すらりと伸びた長い手足、5つに分かれた細い指。言葉にならない叫び声を漏らしながら近くの池に近づくと、そこには黒髪黒目の自分だった顔に小さな黒い角が生えた顔があった。暫しの静寂の末、思い出した様にステータスを開いた。
ステータス
名前:未所持(如月=雪那)
種族:賢竜 性別:男 年齢:0
称号:転生者、慈愛の悪魔、迷宮破壊者、竜神の眷属
レベル:138
体力:8245/8245
魔力:1283/1973
筋力:8254
耐久力:92746
スキル:特殊【前世の記憶、ステータス、言語理解】
Sランク【火魔法】【体当たり】
Aランク【鑑定眼】【飛翔】
Bランク【爪攻撃】【危険察知】
Cランク【雷魔法】水魔法】【風魔法】【人化】
Dランク【索敵、変化】
Fランク【破壊魔法】
加護:竜神の加護S
「ナンダ、コレ……」
いつの間にかおかしくなっていたステータスを見て呆気にとられる雪那に後ろからゆっくりと忍び寄る人影。こっそりと覗いてしまったオリビアもまた、掠れた悲鳴をあげる。ヨロヨロと立ち上がり、上目遣いで雪那を見つめる。目が合った途端、数歩後ろに後ずさった。
「わ、わたし、今日は失礼しますねっ!」
「え、どういうこ———」
「失礼、致しますぅぅぅう!」
まともに会話もできず離れていく後ろ姿を引き留めようとするが時すでに遅し。仕方なく明日またここでとでも叫ぼうかと思ったが、そこで初めて出会った時の彼女の姿を思い出す。何が原因であの状況になったのかを聞き出せていない。仕方なく、もはや本来の意味を失いつつある“体当たり”で追いかけるのだった。