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「どうだ?もう呼吸出来るだろ?」
声の主を見上げると、腰に手を当てた長い黒髪の妖艶な女が立っていた。
容姿の美しさよりも、女の右肩から見える黒い羽根の美しさに一人は息を吸い込んだ。
吸い込んだ息が先ほどよりも多く吸え、格段に呼吸がしやすくなっていることに気づく。
大きく息を吐き、また息を大きく吸った。
体の中で回っていなかった血液が循環するような感じがした。
死ぬかもしれないという恐怖がなくなり、取り込めた酸素のおかげで脳が働き出した。
四つん這いの状態から、正座の姿勢になり、周りを見渡す。
うっすらと汚れている石でできた壁、西洋の城を思わせる作り。明らかに先ほどまでいた、体育館ではない風景に、一人は瞬きを繰り返した。
視線を自らに移すと、体操服のまま。
また、周りに視線を移す。
見下げられている女は首を傾げてこちらを見ている。
一人はキョロキョロと自分と周りを交互に見て、手を握ったり、開いたり感触を確かめていた。
女は腰に当てている手を離し、屈んで一人の髪の毛をまた掴んだ。
二度も掴まれると思っていたなかった頭皮が痛い。
「お前、その目…見える眼か。」
至近距離で顔が近づき、こちらの目をじっと見られている。
黒く大きな目に自分が映っていた。
この赤い唇が自分に重なっていたんだと思うと女の黒い目が見れず視線を逸らした。
逸らした先には水着のような格好をした銀髪の女が目に入った。
女は一人を見ると急いでこちらに近づいてきた。
「ジャクリーン様!」
あぁ、また知らない名前が叫ばれた。