まずは出会いを求めて
晴れてかすみ荘の一員になれたことで、僕は少しだけ前向きになれた。
しかし、明日住む場所の悩みから解放されたとしても、全ての悩みから解放されたわけではない。
「オタクのくせに他のオタクを馬鹿にしている奴が一番痛い」
大学の授業もまともに聞かずに、圭吾はそんなことを僕に言った。
かれこれ5分ほどこの話である。
昨日、圭吾のサークルの横の特撮研究会がひたすらオタク批判をしていたらしく、圭吾は大層御立腹であった。
僕から見たら、圭吾もよくオタクを馬鹿にしており、正直五十歩百歩だ。
しかし、圭吾には自分なりの理論が確立されているため、どうしても許せないようだ。
「何がムカつくって、あいらに女子部員が結構いることだよな」
話がおかしな方向に変化してきた。
圭吾がいろいろ御託を並べても、ただの僻みなのかもしれない。
まあ今の僕の悩みも似たようなものなのだが。
その悩みとは、菊池愛花。
僕の想い人に関するものである。
「なぁ圭吾。友達と話してたら、女子に話しかける一番の方法って何かという話題になったんだけど、圭吾はどう思う?」
僕は少しだけごまかして聞いた。
正直、聞く相手を間違えてる気しかしないが、とりあえず、誰の意見でもいいから聞いてみたかった。
「はぁー、そんなこともわかんねぇのかよ。てか、今更いちいちぼやかさなくて良いよ。お前が菊池に話しかけたいってことだろ」
圭吾は観察力があり、変なところで鋭いようで、僕の考えは全てお見通しのようだ。
「別にいいだろ。それでどんな方法があるんだ?」
「いいか、女子が一番好きなもの、それはズバリ運命だ。デステニーとも言う。女子は運命的なものに弱いんだよ」
圭吾が分かるような分からないようなことを言った。
その圭吾の断言する歯切れのいい口調と、溢れ出す自信を目の前にすると、いかにも正しい気がしてくるから不思議だ。
「運命ったって、具体的にどうするんだよ?」
「それこそ沢山あるだろ。ギャルゲの教養もないのか、お前は。ベタなやつだと、ぶつかってしまってすいませんってやつだな。食パンを加えているとなお良し」
ギャルゲというか、古い少女漫画みたいな例を圭吾が示す。
「おっ、これいいじゃん。お前菊池の軽いストーカーになって、どこかのタイミングで自然とぶつかってこい。それも一回だとダメだ。ただの事故で終わるからな。短期間に連続しないと効果がない。絶対わざとってバレるなよ。下手したら警察沙汰だぞ」
圭吾は自分のアイデアがよほど気に入ったようで、一人でずっと盛り上がっている。
僕には何がいいのかさっぱりだ。
ストーカーは犯罪という常識を残しつつも、圭吾の倫理観は壊れているらしい。
更に圭吾は、ぶつかるにはどのタイミングが良いか数パターンをシミュレーションし始めた。
今まさに話している、菊池さんがトイレから出た直後のタイミングなどは、僕には悪ふざけとしか思えない。
すると、圭吾は突然何も言わず席を離れ、授業を抜け出した。
一人になって落ち着いて考えても、僕はこの作戦に乗り気ではない。
圭吾にからかわれているだけの気がしてならないのだ。
それでも他に当てもない僕は、こんな作戦でも何もしないよりかはマシかもなと思ってしまった。
僕と菊池さんの大学での共通点、接点は、同学年で同学部ということだけだ。
必然、大学構内でいえば、一緒に受けている2つの授業しか菊池さんと定期的に会えるチャンスがない。
会うといっても、両方とも大教室での必修の授業なので、すれ違うくらいが精々である。
今はその貴重な授業の授業中で、僕の視界からは菊池さんの姿が遠くに見えている。
「はいこれ、お前に奢ってやる。戦勝祈願だ。この授業終わったら、まずは1回目。これを咥えて上手くやれよ」
教室に戻ってきた圭吾から、購買で買ってきたであろう菓子パンが渡された。
圭吾が「本当は食パンが良かった」と謎のこだわりをみせたが、問題はそんなところではない。
これを咥えながら女子にぶつかりにいったらただの不審者である。
流石に超えてはいけない一線がそこにはあった。
ついに鐘がなった。
教授が授業の終わりを宣言する。
授業を放棄して行った熟考の末、僕は圭吾の口車に乗せられることに決めてある。
ただ残っていたなけなしの常識で、菓子パンだけは丁重にお断りした。
まずは菊池さんが席から立ち上がった。
それを確認し、僕と圭吾も立ち上がる。
いよいよ作戦開始だ!
この時の僕は冷静ではなかった。
冷静さをかなぐり捨てれば新しい僕になれる気がしていた。
この閉塞感に満ちた現状を変えたかった。
しかし、半ば意図的に狂ったとしても焦りは禁物だ。
まだその時ではない。
退出のための列ができている狭い教室内でのぶつかりは論外だ。
そんなことしたら、最悪の場合、人のドミノ倒しになる恐れすらある。
勝負は次の教室までの移動時間。
既に作戦が開始されている僕たちだが、そこには大きな問題があった。
失敗に即つながる、欠陥が。
菊池さんの次の授業が何か分からないのだ。
つまり、どこでぶつかるべきか前もってシミュレーション出来ていない。
僕たちに残された選択肢は、出たとこ勝負だけだった。