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そうだ! 踊ろう

「それでは皆さん、準備はよろしいですか、いただきます」


 かすみ荘のルールに従い、今週の料理担当の僕と音羽ちゃんが、食事の始まりの合図を告げる。

 

 僕たちの料理はとても好評だった。

 直接感想を言われると、素直に凄く嬉しかった。

 ちょっとだけ罪悪感があったので、良太さんと沙苗さんが手伝ってくれたことは毎回必ず説明した。


「いやー。みんな喜んでくれてよかったですね」


 隣の席の音羽ちゃんが話しかけてきた。


「そうだね。良太さんと沙苗さんのおかげだよ。でもなんで、良太さんは料理が出来ることを褒められてるのに、あんまり嬉しくなさそうだったんだだろ?」


「そうですよね。私が良太さん並みに料理ができでたら、みんなに自慢して回りますよ」


「ふふ、僕もそうかな。それに、最後沙苗さんと言い争いになりかけてたけど、大丈夫かな?」


「それは大丈夫だと思いますよ。私もまだ知り合って半年ですけど、あの2人いつもあの調子なので」


 音羽ちゃんはそう言うと、何かを思い出したように軽く手を叩いた。


「それと私、今度沙苗さんに料理を教わることになったんですよ。お願いしたら快く了承してくれました。料理が上手になったら進さんにも何か作りますね」


 音羽ちゃんの手料理が食べられるとは、凄い役得もあるもんだ。


「進さんには今の私の情けない料理レベルがバレてしまっているから。ここから成長するので期待していて下さいね。なんて、大袈裟ですかね」


 音羽ちゃんは照れくさそうに笑っている。


「いや、大袈裟なんかじゃないよ。きっとその気持ちが大事なんだよ」


 その時、僕の脳裏に妹の姿が浮かんだ。


 妹も音羽ちゃんほど素直ならなぁ。

 まあ、頼りない僕の責任でもあるけど。

 

 確かに音羽ちゃん相手なら過保護にもなるか。

 僕は沙苗さんの気持ちが理解できる気がした。




「とりあえず俺の歌を聞けーー!」


 大半の人が食事を終え、和やかな談笑に包まれている食堂に、突如男のシャウトが響いた。

 

 かすみ荘に来てから、僕は大きな声を聞いてばかりだ。


「たった1曲のロックンロール〜」

  

 その男はギターを担いでいて、いきなり歌い出した。

 いかにもロックが好きそうな奇抜なファッションと、そのもじゃもじゃの髪型に似合わない、甘い歌声だった。


 アカペラでのひとフレーズが終わると、その男がギターを鳴らす。

 使い込まれた影響なのか塗装が剥げているそのギターを。


 曲が進む。

 ギターを弾く手の動きが激しくなる。

 テンポが上がる。

 歌声にも熱がこもる。

 僕はどこかに走り出したくなる。

 

「try again try again」


 男の歌がサビに入ると、周りからも歌声が聞こえてきた。

 どうやらこの男の定番曲のようだ。

 聞いたことないはずなのに、どこか懐かしく、心が熱くなるような歌だった。

 

 音羽ちゃんが、今歌っているのは福山(ふくやま) (げん)さんといって、26歳で、歌手兼ギターリストを目指していることを教えてくれた。

 

 すっかり食堂は弦さんのディナーショー会場に変わっている。

 目の前で繰り広げられている光景は、今までの僕にとっては馴染みのない光景に違いない。

 だが、かすみ荘がそうさせたのか、不思議と僕には何の違和感もなかった。


「まずは1曲ありがとう。今日は新入りの入寮祝いということで盛り上がろうぜ!」


 弦さんなりに僕らを歓迎してくれているらしい。


「音羽は知っているが、進とかいう奴は顔もわからねー。みんなもそうだろ」

 

 周りからも「そうだ、そうだ」と謎の掛け声が上がる。

 面白がってか、沙苗さんと良太さんまでもが、大きな声でやじっていた。

 いきなり名前を出されても、僕は困惑するしかなく、何をする訳でもなしに自分の席にただ座っている。

 周りは、そんな僕の様子なんてお構いなし、といった様子だ。


 何かした方がいいのか?

 立ち上がってこの掛け声に答えるべきか?

 でも何を言えばいいんだ?


「ということで、新入りにここで挨拶してもらおうじゃないか。Hey、Come Here」


 最後だけなぜか英語でちょっとよく分からないが、どうやら弦さんが僕を呼んでいるようだ。

 自分の席を離れ、かすみ荘のみんなの前に半ば強制的に立たされる僕。


「えーと。大学2年の東條 進です。あの、その無事かすみ荘に住めて良かったです。ここから

このかすみ荘で、try againでfry againしたいと思います」


 僕はアドリブに弱かった。

 歌詞を引用し、上手いことを言おうとしたら盛大に失敗した。 

 慣れないサービス精神が暴走した。

 これもかすみ荘のせいかもしれない。

 なんて、勝手に責任をなすりつけた。

 そうでもしないと、自分でも説明できない愚行だった。

 

 僕のあまりの素っ頓狂な挨拶に、会場が妙な静けさに包まれている。

 真面目な言葉なのか、笑ってもいい言葉なのか、周りも判断できてないようである。


「おいおい、なんだそれ。まあいいか、そのうちこのかすみ荘にも慣れるだろう。今日は細けーこと置いといて、俺の歌を聞けー!」

 

 弦さんはそもそも僕に興味がないのか、何事もなかったかのようにまたあのシャウトを披露し、2曲目を歌い出した。

 普段あまり音楽を聞かない僕でも、その曲は知っていた。


 僕がマイクの前から離れ、元の席に戻ると、音羽ちゃんが「お疲れ様です」と励ましてくれた。


「せっかくの歓迎会なのに変な空気にしちゃったね」


「いきなり自己紹介しろって言われると、案外難しいですよね」


「はー、でもあれはない。あんなこと普段絶対言わないんだけどな。僕の方こそ、音羽ちゃんに情けない姿がバレてしまってるね」


 僕は自分に対し呆れていた。


「ふふ。じゃあ、お互い頑張らないと、ですね」


 音羽ちゃんがそう言い終わると、僕の耳に入ってくる弦さんの歌が大きくなった。

 辺りを見渡すと、僕の挨拶でのリセットなんてなかったかのように、弦さんの歌声で食堂は熱気を帯びていた。



 サビに入ると、ついに数名が、飛び跳ね始めた。

 その人数は次第に増えていく。

 沙苗さんも真っ先に飛び跳ねていた。

 良太さんはその沙苗さんの横で渋い顔をしていた。 

 話していた音羽ちゃんが、「進さんも一緒にどうですか?」と言ったので、僕も飛び跳ねた。

 自然と歌も歌っている。

  

 今までの僕は、かすみ荘に来るまでの僕は、音楽のライブで熱狂なんてしてこなかった。

 高校時代の後夜祭でも、体育館の舞台でのライブを、舞台前に集まり熱狂する同年代を、後ろから見守っているタイプの人間だった。

 当時の僕が、浮かれた同級生たちを馬鹿にしていた訳でも、変に尖っていた訳でもない。

 ただ自分はあの場所に参加する人間ではないと思っていただけだ。

 だから僕は、こうしてみんなと一緒に飛び跳ね、歌まで歌っている今の自分に凄く驚いている。

 意外と悪くないな。こういうのも。

 確かに踊る阿呆の方が楽しいや。




 こうして、僕たちの歓迎会の夜は更けていった。

 結局、弦さんが何曲歌ったか、僕には分からない。

 ずいぶん長い間熱唱していた気もするが、終わってみればあっという間だった気もする。

 全員が全員、弦さんの歌に熱狂して飛び跳ねていたわけではない。

 良太さんみたいに、ちょっと距離を取って見ていた人も多い。

 それでも僕の見た限り、あの空間では、かすみ荘のみんなの心は1つだった。 

 みんな、かすみ荘の仲間だった気がするのだ。

 そんな、歓迎会だった。

 そんな、かすみ荘での夜だった。



 僕はこの日、かすみ荘の一員になった。

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