歓迎会の宴
最終試験を終えた次の日の土曜日。
夕食の買い出しを終えた僕らは、早速調理に取り掛かった。
今日の夕食を担当するのは僕と音羽ちゃんだけのはずだが、僕らには強力な助っ人がいた。
沙苗さんが、僕らがというより音羽ちゃんが心配らしく、手伝ってくれている。
そして沙苗さんが強制連行した良太さんも一緒だ。
昨日の話し合いの結果、今日の夕食のメニューは、定番のカレーとハンバーグに決めてある。
カレー担当が音羽ちゃんと沙苗さん、ハンバーグ担当が僕と良太さんだ。
僕は実家で妹の面倒を見てたため、そこそこ料理ができる自信がある。
だが音羽ちゃんは、ほとんど料理の経験がないそうで、当初から不安そうにしていた。
実際に料理が始まっても、皮剥きの段階から苦労している。
その危なかっしさもあり、今も沙苗さんが付きっきりで指導している。
沙苗さんは料理が上手いというより、すごく慣れているという印象だ。
「音羽ちゃん、包丁を使うときは猫の手にして指切らないように気をつけてね。後、そんなに力入れなくて大丈夫よ。それと、左手をきちんと使うとより安定するよ」
「わっ、沙苗さん。そんなこと一度に言われてもできないですよ」
決して広くないキッチンには、沙苗さんと音羽ちゃんの慌ただしくも楽しげな声が響いている。
「進、そこの玉ねぎ洗ってから俺に渡してくれ。流れ作業で行くぞ」
「わかりました」
一方、僕と良太さんのハンバーグチームは既に役割分担が決まっており、淡々と料理をこなしている。
良太さんは僕が今まで見た中で一番の包丁さばきだった。
玉ねぎの微塵切りなんて、ずっと見てられるほど鮮やかだ。
また、そのだらしのない服装に似合わず、キッチンではテキパキと動いている。
僕は1人でもハンバーグを作れるが、今回は良太さんの指示に全て従った。
年上で寮の先輩ということもあるが、単純にその方が美味しいハンバーグができるという確信があったからだ。
こねかたひとつとっても、細かい工夫がそこにはあった。
そんな些細な違いが料理の味を決めるということを学んだ。
こうしてなんのアクシデントもないまま、ハンバーグが完成した。
「本当にこのハンバーグ美味しいですよ。良太さんって料理人でも目指しているんですか? 素人にしては包丁捌きとかうますぎますよ」
「あー。まぁちょっとな」
良太さんは否定も肯定もせず、バツの悪そうに頭をかいている。
「別に隠すことないじゃない」
僕らの会話が聞こえてたようで、沙苗さんが話に入ってきた。
「進くん、実はね。良太はこう見えて手先が器用で、意外に何でも出来るのよ。料理もその1つ。どれだけ本気だったかは知らないけど、一時は本当に『料理人でもなるか』って言ってたくらいだから」
沙苗さんが話してる間、良太さんの顔色はずっと冴えないままだった。
なんで良太さん、あんな表情なんだ?
これだけ料理が出来て羨ましい限りなのに。
「おい、沙苗。いちいちそんなこと話さなくていいんだよ」
「良太っていつもこれなのよね。何か1つに集中して取り組めば、何だって出来るはずなのに。飽きっぽいていうか、凄くもったいないのよね」
沙苗さんが大袈裟に手を挙げ、首を横に振ってため息をついた。
アメリカのホームドラマでしか見たことない仕草だと思った。
「このハンバーグ本当に美味しいですね!」
ちょっと場の空気が悪くなりかけた所に、音羽ちゃんの底抜けに明るい声が響いた。
その手にはお箸が握られている。
「良太さんだけでなく、みなさん料理上手なんですね。私だけ足を引っ張ってしまい申し訳ないです」
音羽ちゃんが料理の感想を述べた後、他のみんなにお礼を述べた。
綺麗な45度のおじぎだった。
時刻は19時。夕食の時間。
ここかすみ荘では、毎週土曜日は時間を決め、給食みたいに全員で一斉に食事を摂ることになっている。
既に食堂のテーブルには僕たちの作った料理が並んでいる。
後はいただきますの合図を待つばかりだ。
一番奥の席には長老が座っている。
その独特で癖のある喋り方と違って、人当たりは良いようで、住民たちと和やかに会話していた。
実際には沙苗さんと良太さんに半分以上手伝って貰ったが、本来の趣旨は、僕と音羽ちゃんがかすみ荘の皆様に料理を振る舞うことである。
なので、配膳は全て僕と音羽ちゃんの2人で担当した。
その様子はまさに給食委員そのもので、とても懐かしい気持ちになった。
かすみ荘生活3日目の僕は、この時初めて顔を合わせる人も多かった。
料理を受け取りに来るかすみ荘の住民は、愛想のいい人から、ずっと下を向いて一言も喋らない人まで様々だった。
僕の隣の音羽ちゃんは、その全員に笑顔で対応していて、その健気な姿が微笑ましかった。
隣の僕までもが、なんだか明るくなれるような気がした。