表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

最終面接本番

「早速だが、汝らがかすみ荘に値する人間か、見極めさせて貰おう」


 入室早々、僕たちは長老から声を掛けられた。

 沙苗さんに聞いてた通りの威厳のある声だ。

 その姿は、髪は白く、立派な髭を蓄えており、まさに長老といった風貌だ。

 長老の周りには、埃をかぶった大量の本が散乱している。

 心を落ち着かせるために、僕はその部屋を少し観察してみた。

 そこには、ヘルメットや、謎の棒らしきものが所狭しと並んでいた。


「では問おう! 汝らは何故この世に生を受け、その限りある生を何に使う? 己の使命とはなんだ!」


 突然、長老の絶叫とも言える声が、狭い部屋中に響いた。

 今までに味わったことのない種類の圧力がそこにあった。

 だが何よりも、僕が驚愕したのは、その次の瞬間だった。


「今の私は、昔見た憧れのあの人みたいに、誰かを感動させるために生きています!」


 長老の激烈な問いに反応するように、僕の隣の音羽ちゃんが叫んだのだ。

 空気を切り裂く鋭い声だった。


「女、いい答えだ。ではその憧れとは誰だ? 汝は何を目指す?」


「それは言えません。初めて会った人に簡単に話すほど、私の夢は軽くないから」


 音羽ちゃんの語気は強い。

 長老を前にしても一歩も引いていない。

 何かスイッチが入ったように、音羽ちゃんの纏う雰囲気が研ぎ澄まされていた。


「よろしい。その心意気や良し。今後も大事にせよ。では、男、お前はどうだ。何のために生きている?」


 今度は僕の番だ。

 何のために生きているかだって?

 そんなものが既に決まっているなら、今の僕はこんなところにはいない。

 流れ着いた先が今の状況だ。

 白紙だ、または落書きだ、僕の答えは。

 その時、先程の音羽ちゃんと、圭吾と麻里恵の顔が順番に浮かんだ。

 その形は三者三様だが、3人とも僕にはないものを持っている。

 そんな気がして、劣等感なのかよくわからない感情に襲われる。 

 なんだか急に、自分自身に確たるものがないと思えて堪らなかった。

 生きている意味。そんな立派なモノが果たして僕たち人間に存在するのだろうか?




 結局、その場で適当に取り繕れるほど、僕は器用でもなかった。

 

「…………」


 答えは沈黙。長老からの哲学じみた質問に対する僕の回答だ。

 それは何も思い付かない僕に残された唯一の方法に思えた。


「…………」


 長老も僕に負けじと沈黙で応える。

 長老は既に質問を投げかけているので、会話が僕のターンなのは明白だが、僕は沈黙で押し通せないか試している。

 僕と長老の我慢比べだ。


「…………」


「…………」

 

「…………分かりません」


 うなだれながら、僕は敗北宣言を告げた。 


「よろしい。その悩みも若者の特権だ。大事にせよ」


 長老の反応は、予想外のものだった。

 驚いた僕が顔を上げると、長老と目が合う。

 その顔には優しい笑みが浮かんでいた。

 もしかして、なんとかなったのか? 

 でもなんで?

 絶対駄目だと思ったのに。

 困惑した僕が隣の音羽ちゃんの様子を伺うと、音羽ちゃんも何が何やらといった様子だ。

 先程の堂々とした態度とは一変して、音羽ちゃんが少し気恥ずかしそうな表情を見せた。

 こうして照れている仕草だけ見ると、可愛らしい普通の女の子だ。

 どこにあの激しさが秘められているのか、不思議なものである。




 続いて長老は、僕たちの名前を聞き、簡単な自己紹介をさせた。 

 順番が逆だろ、と心の中で唱えた。

 その後の長老からの質問に最初の圧迫感はなく、人の良さそうな中年と老人の境目の男がいるだけだった。


「最後に、君たち2人には明日の夕食を全員に振る舞ってほしい。それで、晴れて君たちもこのかすみ荘の一員だ」


 拍子抜けするほどあっさりと、僕たちの最終面接は終わった。




 長老に一礼し、部屋を後にすると、そこには沙苗さんが立っていた。


「どうだった?」


 沙苗さんは、胸の前で両手を合わせ、祈るように僕らに聞いた。


「えっと。明日の夕食を進さんと作れば、かすみ荘の一員だと言われました」 


 音羽ちゃんがそう言い終わらないうちに、沙苗さんが音羽ちゃんに抱きついた。


「よかった! 無事通ったのね。明日は歓迎会みたいなものだから、もう大丈夫よ」


 状況が全然掴めてない僕と音羽ちゃんは、ただ戸惑うばかりである。


 沙苗さんが話してくれた説明によると、長老の最初の質問が全てであるとのことだ。

 その返答次第で合否が決まるらしい。

 実際に最終面接で落とされた人を、沙苗さんは何人も見てきたと語った。

 

「でも、立派に答えた音羽ちゃんはともかく、僕なんて、ただ『分からない』と言っただけですよ」


「これは私の推測でしかないんだけど、長老はおそらく、その人の本気度というか、真剣にその問いに向き合っているかを見ているのよ」


 そう言われると、確かに嘘偽りのない「分からない」だった。

 ただし、この言い方を認めてしまえば、全てモノは言いようだと思う。

 現実はただ切羽詰まっただけというか、何にも言葉が出て来なかっただけなのだ。

 それと、長老の我慢比べが僕のそれを上回っただけだ。

 考えれば考えるほど、なんとも情けない合格ではある。

 それでも、どんな形であれ合格したのだから、僕に不満はない。


「いやいや。進さんこそ、真剣に考えてて素敵でしたよ」


 音羽ちゃんから褒められ、それ以上考えることをやめた。

 明日から路頭に迷うことが回避されたことは確かなのだ。

 僕はほっと胸を撫で下ろした。




 その後、音羽ちゃんと明日の夕食準備の予定を決めて、僕は自室に戻った。




 部屋に到着した後、僕はしばらくの間、呆然と我が住処を眺めていた。

 見れば見るほどボロいな。

 本当に現代人が住むところか。

 あっ、あそこの畳のシミ汚いな。

 その部屋に対する感想は、相も変わらず散々なものである。

 だが、今日の朝まで抱いていた嫌悪感はもうない。

 むしろこれだけボロいと、もはや1つの個性に昇華してるのかもな。

 いざ追い出されなくて済むとなると、現金なもので、段々愛着が湧いてきた。

 我ながら単純だなあ。

 気付けば僕は、笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ