かすみ荘での初めての試練?
かすみ荘で迎える初めての土曜日の朝は、
雨こそ降ってないが淀んだ空模様である。
眠気まなこをこすり、僕は朝食のために食堂に向かった。
食堂は、朝早くということもあり、まだ人がまばらである。
そこには沙苗さんと音羽ちゃんがいた。
「進くん。こっちこっち」
僕は沙苗さんの横に座った。
沙苗さん越しに、音羽ちゃんも挨拶してくれた。
「ちょうどよかった。今音羽ちゃんにも話してたんだけど、実はあなた達はまだかすみ荘の正式な一員ではないのよ」
「どういうことですか?」
「このかすみ荘には長老による最終面接があるの」
長老? 最終面接?
僕の頭の中は疑問だらけだ。
沙苗さん曰く、長老とはこのかすみ荘の管理人で、かすみ荘の正式なメンバーになるには、その長老に認められる必要があるらしい。
沙苗さんは、長老は白髪で威厳のある佇まいだが、誰も正式な年齢は知らないとも言った。
「でも普通、アパートの管理人がそこまで権限持ってますか?」
僕もそこまで詳しい方ではないが、今の時代に最終面接などという仰々しいものは聞いたことがない。
「長老はただの管理人じゃないの。そもそもこのかすみ荘は、長老が青春時代を過ごした大学寮を真似て作ったものよ」
沙苗さんが語る話は知らないことだらけだった。
言われてみれば、かすみ荘は食堂に始まり、大浴場、テレビルームなど、共同スペースが異様に多い。
昔の大学寮とはこのようなものだったのであろうか。
「だからかすみ荘は、アパートであるにも関わらず、家賃が1万5千円と激安なの。長老に認められてしまえば、自治寮方式といって、住民同士の話し合いで全てが決まる。ただそれまでは、つまり最終面接に通るまでは、長老がかすみ荘のルールよ」
続々と明らかになるかすみ荘の成り立ちや運営システム。
ここでようやく、僕は先程の沙苗さんの言葉を理解した。
僕はまだかすみ荘の正式メンバーではない。
「でも私、もう半年近くかすみ荘に住んでますけど、最終面接なんて受けてないし、聞いたこともなかったですよ?」
音羽ちゃんは心底不思議そうにしている。
その質問を受けて、沙苗さんが苦笑いを浮かべる。
「本来はね、最終面接って入居する前に行うの。だから基本は3月。ちょうどその頃、音羽ちゃんがかすみ荘の見学に来た時に、私、音羽ちゃんと会ってるのよね。音羽ちゃんは覚えてないかも、だけど」
少しの沈黙の後、沙苗さんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私ももちろん覚えてますよ。沙苗さんと会ったこと。綺麗な人だなって思ったんです」
「ありがとうね。そうまっすぐ言われるとなんだか照れるね」
沙苗さんの顔は本当に少し赤かった。
「それで音羽ちゃんに関しては、私の方から長老に掛け合って、最終面接を引き延ばしてきたの」
沙苗さんの話を聞き、音羽ちゃんは恐縮しきりである。
「でもなんで会ったばかりの私のために、沙苗さんがそこまでしてくれたんですか?」
「うーん……。お姉さんだからかな。ほっとけないのよ」
そう語る沙苗さんは、少し憂いを帯びた笑みだ。
「話の途中で申し訳ないんですけど、僕も入居前に最終面接なんて受けてないですよ」
「進くんに関しては、最終面接がまだ終わってないって、私も知らなかったわ。おそらくこの時期に急遽引っ越しが決まったからかな」
確かにここ数ヶ月の僕は、激動な時期を過ごし、行く宛もない中、このかすみ荘に転がり込んだ形だ。
「昨日の夜長老から連絡があってね。明日の夕方、つまり今日、最終面接を行うから2人に伝えるようにって。私かすみ荘の広報担当なのよ」
広報担当の意味を掴みかねてる僕ら2人の様子を見て、沙苗さんはかすみ荘の役職の一つだと教えてくれた。
簡単に言うと、内外に向けた宣伝担当らしい。
学校の委員会活動と思えば良いとのことだ。
住人に様々な役職を任せるとは、本当に変わったアパートだと思う。
そもそもただのアパートに広報はいらないのでは。
だが、今はそんなことより最終面接である。
そんな大事なものがまさか今日だとは。
急すぎる話だ。
まだ心の準備なんて出来ていない。
最終面接に落ちたらどうなるのだろうか。
まあその時はその時か。
いやそんな軽い話でもないか。
「最終面接ってそんなに厳しいんですか? どんなことが聞かれるかわかりますか? 服装の決まりありますか?」
僕は沙苗さんに矢継ぎばやに質問した。
何かヒントとなる情報が欲しかった。
「ごめんね。こればっかりは直接自分で考えて、長老に会ってから確かめるしかないわ。私の口からはここまでしか言えないの」
そういうと、沙苗さんはそれきり何も言わなかった。
時刻は18時。
僕と音羽ちゃんは長老の部屋の前にいた。
「いやー、緊張しますね」
「僕もだよ。結局沙苗さん何も教えてくれなかったからね」
「沙苗さんのあんな表情初めて見ました。長老ってよほど恐ろしい人なんでしょうか?」
「うーん、どうかな。そうじゃないといいんだけど」
場に沈黙が流れる。
僕は、不安そうな音羽ちゃんに対し、優しい言葉を掛けることが出来ずにいる。
そんな余裕はない。自分のことで手一杯だ。
頭の中では、はてさてどうしたものかと、大会議中である。
「まずいよ。ここを追い出されたんなら行く場所ないよ」
内なる弱気な僕が顔を出す。
「流石にここまできて追い出す人いないよね。最終面接と凄んでみても、なんとかなるでしょう。」
内なる大雑把な僕が謎の楽観論を述べる。
「そんないい加減な事言っていないで、今できることを考えろ。予想される質問にあらかじめ答えを作るんだよ」
僕の中にもまともな奴はいたようだ。
どこまで行っても自作自演の無用な会議は、結局なんの結論も出なかった。
ずっと悩んでいてもしょうがないので、なけなしの勇気を振り絞り、僕は長老の部屋のドアを開けた。