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僕のありふれた大学生活

 僕がかすみ荘に入居してから、一夜開けた大学の教室。

 もうすぐ後期初回のゼミが始まる。


 僕は経営学部、経営学科所属。

 ゼミでは経営戦略論とかいう大層な名前が専門なはずだが、未だに経営戦略が具体的にどういうものなのかも分からない。

 学生が学生なら教授もいい加減なもので、たまに自分の職責を思い出したように難解なことを熱く語る時以外は、講義と雑談の区別が付かない。

 結果、僕にはこのゼミで、ほとんど授業外の記憶しかない。


「なんだよ、そのギャルゲの設定みたいな寮。イベントの宝庫じゃん。おれも転入しようかな。お姉さんキャラと後輩キャラか、どちらも捨てがたいな」


 現実世界でもネットの住民みたいな言動をまき散らしているのは、森田もりた 圭吾けいご

 僕の同級生で、残念ながら僕がこのゼミで一番話す奴だ。


「でもやっぱりお姉さんかな。中でもおっとり系でちょっと抜けてるのが、今俺の中で熱い。それと、これは声を大にして言わせてもらうが、実際の姉や妹はそんな良いもんじゃないとか言い出す奴。そいつらが1番キモイ。2次元と3次元を1番混同しているのは自分だと、もっと自覚しろ」

 

 圭吾の話し方は伝染力が高い。

 僕は絶対に感染しないよう最大限注意を払っている。

 だが、疲れている時などのふとした瞬間に、その臭い話し方が僕からも顔を出す。

 その時は、何とも言えない気持ちの悪さと、ほんの少しの尊敬が湧いて来るのだった。


「またそんなキモイこと言ってんの」


 すると、とどまるところを知らない圭吾の謎理論を真っ向から叩き潰す女性が現れた。

 彼女は、神田(かんだ) 麻里恵(まりえ)

 麻里恵は僕と圭吾と同学年。

 ストレートな髪を束ねたポニーテールが特徴な高身長の女子。

 その話し方は快活そのもの。

 俗にいう男勝りという奴である。

 その美形もあって、男子人気もあるが、それよりも女子人気が絶大だった。

 小さい頃からバスケをしており、高校時代はバスケ部で県の代表メンバーにも選ばれたらしい。

 そんな麻里恵は、このゼミで唯一圭吾と張り合える女だ。


 圭吾は話術だけでマウントを取る男で、どこから仕入れたか分からない様々な言説は妙に説得力がある。

 一部の熱狂的な信者すらいる。

 彼らは圭吾のことを「インキャのカリスマ」と呼ぶ。

 面白半分で呼ぶ人が多いが、中には本当に圭吾を盲信する狂信者がいる。

 だが基本的に陰のオーラを纏いし圭吾は、大衆受けはしない。

 特に女子からは只々面倒くさがられてると言った方が適切であろう。


「またお前かよ。麻里恵。何か文句あるか」


「単純にキモイのよ。内容もそうだけど、その話し方が特にね」


 そんな圭吾に対し、真っ向から向かっていくのが麻里恵なのだ。

 彼女の中に理論などありはしない。

 あるのは感情だけである。

 いくら圭吾が理路整然と理屈をこねくり回したところで、「キモイ」の一言で終了だ。

 麻里恵は圭吾の天敵と言える。


「進もよくこんな奴の話に聞けるね」


 圭吾の悪評が僕にまで飛び火した。

 僕は別に圭吾の信者ではない。

 むしろ今みたいに、迷惑をかけられる方が多い。


「なんだかんだ、圭吾の話は面白いから」

 

 僕がそう麻里恵に答えると、麻里恵は怪訝な表情を見せ、僕の言動が心底信じられない様子だった。




 ゼミが終わり、僕と圭吾は次の授業を受けている。

 退屈な授業なんて聞かずに、僕は1人の女の子の背中をぼんやりと眺めていた。

 その女の子の名は、菊池(きくち) 愛花(あいか)

 僕の想い人である。

 菊池さんは、おとなしく、あまり目立つタイプではない。

 だがその立ち振る舞いからは、そこはかとないおしとやかさと、可憐さが感じられる。

 そのゆっくりとした喋り方と女の子らしい笑顔は、人当たりが良く、菊池さんは大学内で隠れファンも多い。

 僕も、菊池さんのセミロングのふわふわとした髪と、可愛らしい笑顔が好きだった。

 僕はどこまでいっても普通のようで、好きな人まで普通のタイプだった。


「お前も青春しているよな。好きな子のことを見つめているなんて。まあ女子ならともかく、男だと気持ち悪いだけだけど」


 圭吾が僕にそう告げた。

 その声はいつもより小声で、僕にだけ聞こえる大きさだ。

 流石の圭吾もそれくらいの分別はあるようだ。


「うるさいな。別にいいだろ。てか、そんなんじゃないよ」


 僕が菊池さんを好きなことは、既に圭吾にバレバレなようだが、僕の意地が否定させた。




 鐘が鳴り、前にいる担当教員がやる気のなさそうな話を終えた。

 今日の授業も何をしたか覚えていない。

 僕は菊池さんが友達と別れ次の授業の教室に向かう姿を見ていた。

 その時、「じゃあね」と言った菊池さんの笑顔と、その控えめな手の振り方を僕は見逃さなかった。

 そういった何気ない仕草も好きだった。


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