第87話 日高誠と魔法エンジン
五番発射台に近付くにつれ、雨足は強くなってゆく。
森の中を走る魔法自転車に、大粒の雨が容赦無く叩き付ける。
『スピードを落とすし!』
「了解!」
魔法自転車がバランスを保てない。ここが限界か。
「像換獣を使います!」
俺は右手に魔力を込め、球型の立体魔法陣を創り出した。
『来い! 水盾甲蟹!』
立体魔法陣が砕け散り、破片は水飛沫に姿を変えた。
それは頭上で一つになり、カブトガニに形成されてゆく。
水のバリアがドーム状に拡がり、雨を弾き飛ばした。
それを見た壁ヤカンが不満そうにして、
『それがあるなら、何で使わなかったし!?』
「魔法自転車と像換獣との同時起動はキツいんですよ!」
『はぁ? 情けなし! 修行が足りないし!』
「小言は後にして下さい!」
足場の悪い道の走行でスピードが出ない。
魔力も余計に持って行かれている。
流石の壁ヤカンも焦りを隠せなくなっている。
『マズいし。時間が無いし。最悪、五番を切り捨てるしか無いし』
五番発射台を使用しないって選択か。
「それだと、どうなるんです?」
『成功率は二割減だし。どうにかしないとヤバヤバだし』
「二割減……」
洒落にならないぞ。
雨は強さを増し続ける。
ゲリラ豪雨と化し、雨は滝の様な状態になってしまった。
ぬかるんだ道が車輪を飲み込み、まともに走る事が出来ない。
魔力を最大にしても平衡感覚を保つのがやっとだ。
『これは完全に想定外だし! 発射台は水に激弱だから超心配だし』
五番発射台は二つの丘の間に在る。
そしてこの雨量だ。嫌な予感しか無い。
「どこだ……?」
ナビの位置情報は、ほぼ発射台と同じ場所を示している。
近くに居るはず。だが視界不良で見つからない。
『日高誠! あそこだし!』
壁ヤカンが指差した先に小屋が見えた。
最悪の光景だ。
小屋の一帯は完全に冠水している。
「こんなの、どうすれば……」
『魔法弾を発射出来れば雨は弱まるし! 何とかして小屋に入るし!』
「了解! 強引に突っ切ります!」
ペダルに魔力を送り込む。
謎のパーツから大量の白煙が噴出した。
魔法自転車は豪快に水を弾きながら突き進む。
水盾甲蟹のバリアは地面の水にも有効らしい。
メチャクチャ使えるな! 契約しておいて良かったぁ。
『扉は開ける事が出来そうだし。あーしが先に行くし!』
「え!? どうやって!?」
『発射!』
前カゴからロケットの様に射出される壁ヤカン。
そのまま小屋の壁に激突し、スロープに落下した。
すぐに立ち上がり、扉を開けて待ち構える。
『そのまま中に入るし!』
「了解です」
俺はスピードを落としつつ、魔法自転車ごと小屋に突入。
スピンをしながら停止した。
『水盾甲蟹! 小屋を守れ!』
カブトガニは屋根の上に移動し、バリアを展開。
豪雨の直撃を回避した。
どうにか小屋には入れたが、ここからが問題だ。
小屋の中央では装置が鎮座している。
やはり稼働していない状態だ。
壁ヤカンが忙しそうに装置のチェックを始めた。
『浸水はまだ無いし』
「直せそうですか?」
『大丈夫だし。キミは状況をナナセに連絡するし!』
壁ヤカンは装置に登り、工具で修理を開始。
俺は魔法自転車から降車した後、ヘッドセットのボタンを押した。
「通話が始まらない……」
電波が弱いのか。だったら……。
左手に魔力を込め、立体魔法陣を起動した。
『来い! 電伝六蟹!』
俺の手首を中心に六匹の蟹が浮遊。
電気を纏った蟹は、ゆっくりと回転を始めた。
『こちら海。本部応答して下さい!』
雑音が流れた後、
『こちら本部』
繋がった……! 二体同時召喚が成功したぞ。
「小屋が冠水しています! 五番発射台が浸水間近です!」
『浸水……!?』
「とにかく雨が凄くて……。今は壁ヤカンが装置を修理中です」
執事は言葉を失った後、
『すぐに像換獣の状態を確認せよ』
「像換獣……!?」
ここにも小屋を護る像換獣が設置されていたのか。
この異常な冠水は像換獣の故障が原因って事だ。
俺は窓際に移動し、外を見渡してみた。
「あれか……?」
二十メートル程離れた木の下に、魔力の塊がある。
間違いない。
水の魔法力を操る魔法制御装置。
像換獣 水納菊石。
二メートル越えの巨大アンモナイトだ。
『何をしているし! 外を眺めている場合じゃ無いし!』
壁ヤカンが蓋を浮かせて叫ぶ。
「像換獣が故障しているみたいです!」
『それがどうしたし!?』
「……契約を試みます」
『契約!? まさかキミは……』
壁ヤカンは俺の考えを察した様だ。
そうだ。
水納菊石と契約して、魔法空間のドックで修理すればいい。
「召喚が可能になれば、この状況を変えられるかも知れない」
『そんな事は不可能だし!』
「水盾甲蟹との契約時は出来ました。可能性はゼロじゃ無い」
ヘッドセットの通信を切り、電伝六蟹を解除。
続けて右手に立体魔法陣を起動し、扉を開けた。
像換獣との契約には手順がある。
先ずはこいつを至近距離から投げつけて水納菊石にダメージを与える。
続けて契約魔法を実行だ。
……よし。やってやんよ!
肉眼で水納菊石を捕捉。行くぞ!
「あ…………?」
ちょっと待て。嘘だろ……?
俺は小屋に戻り、開いていた扉を固く閉じた。
「ダメだ……」
『今度は何だし!?』
気付いてしまった。
あの像換獣との契約は、絶対に不可能だという事に。
『日高誠!?』
「……故障して無いです」
『は!?』
「……あの水納菊石は、正常に動作しています」
像換獣との契約にはルールがある。
正常に動作する像換獣とは契約出来ない。
壁ヤカンは蓋を鳴らし、
『それが本当なら、とんでもない事だし! この雨量は異常だし!』
雨はまだ、止む気配が無い。
そうしている間にも扉の隙間から水が侵入して来た。
「…………水が!」
『ここはあーしに任せて、キミはここから脱出するし!』
「脱出……って、俺だけ!?」
『あーしはアバターの身体だし。限界まで修理をやってみるし!』
「でも……俺は……」
『まだ二基の発射台があるし! そっちを頼むし!』
突然、ヘッドセットから警報音が鳴った。
『異変発生! 風麟海月の増殖確認!』
執事の声だ。
『止まらない……。何故だ? 減少していたはず……』
いつも冷静な執事が取り乱している。
壁ヤカンは舌打ちし、
『周りを気にするなし! キミは早く脱出するし!』
「でも……!」
……本当にそれでいいのかよ。
この発射台を失えば、成功率は二割減になるって話だ。
この状況で二割減だぞ。
そうなったら、もう……。
『日高誠!』
……まだだ。
俺にはまだ、最後の手が残されている。
「火喰甲魚を召喚します」
火喰甲魚の能力で冠水した水を凍結させる。
それならワンチャンあるだろ。
『火喰甲魚……! そんなモノを召喚出来るし!?』
「分かりません。やってみます!」
『正気だし!?』
立体魔法陣を召喚モードに切り替え、魔力を込める。
頭の中には一番ドックの映像が流れて込んで来た。
火喰甲魚の修理は完了している。
だったら、ここに出て来てくれ。
今はお前の力が必要なんだ!
俺は祈る様に立体魔法陣を握り締め、召喚の言葉を唱える。
『来い……! 火喰甲魚……!』
球体の立体魔法陣が掌の上で振動した。
視界は白く染まり、魔法陣の紋様と文字が流れてゆく。
『魔法エンジン再連結申請』
『火喰甲魚 再連結不可』
『エンジン停止 召喚モード解除』
解除……!?
ダメだ……。
何で召喚出来ないんだよ!
視界が元に戻ってゆく。
装置には壁ヤカンが貼り付き、必死に修理を続けていた。
『もういいし! 早く逃げるし!』
異音と共に白い煙が装置から噴き出している。
「何だよ……これは……」
熱っ……!?
小屋の中は猛烈な熱気が充満している状態だ。
『熱暴走だし! 冷却装置がショートしたし!』
「熱……暴走……?」
いつの間にか浸水は進み、俺の足首まで水に浸かっている。
『爆発するかも知れないし! 早く逃げるし!』
白煙に包まれ、壁ヤカンの姿が見えなくなった。
……もう限界だ。
結局、俺には何も出来なかった。
水鞠の力になるなんて、最初から無理だったんだ。
『もう爆発するし! 逃げろし!』
「…………」
『何で黙ってるし!? 聞いてるし!?』
「…………」
頭の中は真っ白だ。
もう何も浮かばない。
身体が動かない。
肝心な時はいつもそうだ。
何を考えているのか、自分でも分からなくなる。
『何してるし! まだ魔法を使うつもりだし?』
「魔法……?」
いや、俺は魔法なんて使っていないぞ。
何を言っているんだ?
…………違う。
間違っているのは俺の方だ。
右手が熱い。これは……。
掌を開くと、小さなガラス球が転がった。
刻まれた魔法陣の紋様が白く浮かび上がる。
「立体魔法陣……」
何で俺はこれを起動させたんだ?
早く小屋から脱出しないと死ぬんだぞ。
今は逃げるのが先だろ。
逃げる……?
また逃げるのか俺は。
やっと魔法使いになれたのに。
戦う力を手に入れたのに。
水鞠を助ける事が出来る様になったのに。
……結局逃げて終わりだなんて最悪だろ。
そんなのは嫌だ。嫌なんだ。
俺はまだ……。
「……逃げたくない」
そうだよ。俺は逃げたくないんだ。
俺はずっと……。ずっと戦いたかった。
水鞠コトリと一緒に戦いたかった。
水鞠は俺に言った。
見ていて欲しい……ただ、それだけでいいって。
嬉しかった。
必要とされていると感じていた。
側に居るだけで、水鞠の力になれると思った。
でも、それは嘘だ。
部品を運搬する仕事がもらえて嬉しかった。
水鞠の力になれたと感じていた。
……それも嘘だ。
ただ見てるだけの人間にはなりたく無かった。
誰かを頼りにするだけの人間になるのは嫌だった。
誰にでも出来る仕事を与えられて喜んでいる自分が嫌だった。
本当は志本みたいに、水鞠の側で戦いたかった。
俺は悔しかったんだよ!
俺はまた、自分の本当の気持ちから距離を拡げていた。
自分に嘘を吐いていた。
こんな事を何回繰り返しているんだよ俺は。
本当に、本当に馬鹿野郎だ。
俺は逃げたりしない。
絶対に諦めたりしない。
最後まで水鞠コトリの為に戦う。
その為なら────。
「命を懸ける」
*
*
*
*
『新たな魔法エンジンを検出』
*
*
*
『像換獣との契約を更新』
『魔法エンジン再連結開始』
『水盾甲蟹 更新完了』
『電伝六蟹 更新完了』
『火喰甲魚 魔法エンジン再連結申請』
『火喰甲魚 魔法エンジン連結開始』
『火喰甲魚 更新完了』
『火喰甲魚 魔法エンジン起動』
繋がった……!?
エンジンが繋がったのか?
『火喰甲魚 召喚準備完了』
俺と一緒に戦ってくれるのか……?
なら力を貸してくれ。
魔力なら全部くれてやる。
俺との契約を果たせ!
『来い! 火喰甲魚!』
白い世界に、鼓動が鳴った。
それは幾重にもなり、エンジン音へ変化する。
凄まじいパワーだ。
起動だけなのに、衝撃で魔法空間がブッ壊れそうになっている。
化け物かよコイツは。
立体魔法陣に光が灯る。
掌からフワリと浮き上がり、粉々に砕け散った。
破片は光り輝き、氷の結晶となって宙を舞う。
現れたのは鎧を纏う古代魚だ。
熱を喰う像換獣。火喰甲魚。
古代魚は雄叫びを上げ、氷の結晶と共に宙を泳ぐ。
魚と言うか、最早怪獣だ。
それを見た壁ヤカンが腰を抜かしつつ、
『でかっ!? 火喰甲魚! 本当に出て来たし!?』
「……能力を使用します」
俺は言葉に魔力を乗せ、像換獣に命令を送る。
『火喰甲魚。水を凍らせろ。装置を守れ』
火喰甲魚の能力が発動。
小屋内に氷の結晶が降り注ぎ、装置が冷却されてゆく。
『浸水が止まってるし? 何が起きているし……!?』
「小屋の周りを氷の壁で囲みました」
『な……!?』
直接見なくても分かる。
火喰甲魚は俺のイメージ通りに能力を発動している。
『能力の継続時間は?』
「五分が限界です」
『それだけあれば余裕だし!』
必死の作業を続ける壁ヤカン。
そこでヘッドセットから通信が入った。
『海。状況を報告せよ』
「浸水を回避。現在、壁ヤカンが装置を修理中です」
『回避……? どうやって……』
「火喰甲魚を召喚しました」
『まさか……!?』
ゴウン、と機械音が鳴った。
壁ヤカンがサムズアップし、
『修理が完了したし! 誘導弾発射再開だし!』
ヘッドセットから通信が入る。
『五番発射台、起動を確認!』




