第79話 日高誠と土雲家
「ああああああ!?」
巻き上がる白煙。
地表スレスレまで横倒しで滑る魔法自転車。
ギュルギュルと竜巻の如く猛回転した後、ピタッと停止した。
「良かったぁ。止まったよ!」
「ギリギリだったけどな」
俺の目の前にはワタヌキ魔法商店の建物がある。
壁まで数センチ。いや、もう当たるかと思ったよ。
俺は魔法自転車から降り、スタンドを立てて停車させた。
すると、店の奥からバタバタと足音が近付いて来る。
ワタヌキ店長は俺達を見ると、小さな目を見開いた。
「何だぁ!? 騒々しいと思ったらキミ達かよぉ」
店長は丸坊主の頭に三角巾。フリルの付いたエプロンをしている。
それを見た志本はドン引きだ。
「店長……何のコスプレですか?」
「……それはお互い様だろうがよぉ」
確かに店長の言う通りだ。
メイド服とピンクのスウェット。そして萌エプロンのおっさん。
三人並ぶと超絶カオスだ。どんな珍パーティーだよコレ。
片手にお玉を持っている所を見ると、店長は料理中だったらしい。
「すみません、お忙しい所。実は……」
俺は懐から一枚の封筒を取り出し、
「水鞠から発注書を預かって来たんですよ。大事な部品らしいです」
店長はそれを黙って受け取り、封筒を開いた。
「これは……」
手が震えている。店長の顔付きが変わった。
「店長?」
「やるのかよぉ。魔法花火大会を。そうか。このタイミングかよぉ」
店長は感慨深そうにして、何度も頷く。
「発注請書を作るのに時間がかかる。中で待っていてくれよぉ」
俺と志本は店長の案内で売場の奥に進む。
靴を脱いで部屋に上がると、畳の匂いがした。
ここは住居スペースになっているみたいだな。
広い空間にテーブルが一つ、壁には掛軸が掛けられている。
こだわりのある和室、といった感じだ。
大きく開かれた襖。
縁側の先には立派な庭が覗いている。
小さな池や植物は、管理が良く行き届いている様だ。
志本は縁側の先で庭を眺めつつ、
「凄い……。そして意外」
「そうだな」
志本に同意する。あのキャラにしては意外だ。
「……あれ?」
ふと、俺の頭の中で何かが揺れ動いた。
景色が二重、三重にブレ始める。
「日高?」
志本の声で景色が一つに重なり、元の状態に戻った。
「悪い。ちょっと疲れてるのかも知れないな」
今の違和感は何だ? また未来改変の影響……?
今までと少し違っていたぞ。新しいパターンかよ。
「蕎麦を用意したよぉ。食べていってくれよぉ」
店長がお盆に器を乗せてやって来た。
「やったあ! 頂きます!」
食べるのか……。
さっき昼飯を食べたばかりだぞ? まだ腹に入るとは驚きだ。
そう言えば花火の時もかなり食べてたなぁ。
それでこの抜群のプロポーションだ。
全世界の女子から本気で恨まれるぞ。
俺達は縁側に並んで座り、置かれた蕎麦に手を伸ばした。
一口啜ると、自然と笑みが出る。
「美味しい!」
志本の言う通りだった。確かに美味い。
絶妙なコシ。
鼻から蕎麦の香りがフッと抜けてゆく。
「この蕎麦はオレが打ったんだよぉ。美味いだろぉ?」
店長がニヤリと笑った。
「はい。こんな美味しい蕎麦、食べた事無いです」
「そうか。嬉しいよぉ」
店長は眼鏡を外し、袖で額の汗を拭った。
「店長! おかわり下さい!」
「はいよぉ。どんどん食ってくれよぉ」
志本食べるの早っ! そして遠慮無いな!
今回はワタヌキ店長の株がひたすら上がるイベントらしい。
実際に株価は天井知らずだ。
すぐに新しい蕎麦が用意され、俺と志本が奪い合う。
流石に満腹になって来たぞ……そう思い始めた頃。
気が付くと、部屋の隅で店長が難しい表情をしていた。
「やはりなぁ……」
何やらスマホの画面を見ながら何度も唸っている。
「店長。どうかしましたか?」
「おお? 君達は魔法ニュースを見とらんのかよぉ?」
「残念ながら、まだ見る資格が無いみたいで」
「それはスマンかったよぉ」
店長は頭の三角巾を掴み取り、ズボンのポケットに押し込んだ。
そしてドカリと俺の横に座った。
「魔法使いの一族が解散になったんだよぉ」
「解散……? ですか?」
「北の名家 土雲家だよぉ。知っているかよぉ?」
「あ……!」
反応したのは志本だ。
「志本、知っているのか」
「うん。ザックリだけどね。
有名な魔法使いの一族だよ。三本の杭を管理しているみたい」
「凄いな。単純に管理地の広さが三倍って事になるんだろ?」
「そうだね。でも、あまり良い噂は無かったみたいだけど……」
志本が店長に視線を向ける。
それを受け、店長は丸坊主の頭をペシペシと叩いた。
「最近は管理地の拡げ方が強引だったからなぁ。
問題のある一族ではあったよぉ」
「どうして解散になったんですか?」
「詳しくは知らんが、どデカい魔法エラーの修正に失敗したらしい」
「修正が……失敗……」
聞きたく無いフレーズだ。
「今は魔法局が介入し、エラーの修正に当たっているよぉ」
「この一族はどうなるんですか?」
「全ての契約は解除され、従者達は新たな主人を探す事になる」
「当主は……?」
「魔法局の管理下に置かれた後、大体は嫁ぐ事になるなぁ」
「結婚……か」
前に志本が言っていた通りだった。
血の伝承により魔法は強力になる。
その為なら望まない結婚も受け入れる。
それが世界の崩壊を修正する魔法使いの宿命なのだ。
夢も希望もあったもんじゃ無い。
「魔法花火大会が失敗すると、水鞠家も同じ事になるんですね」
「ああ。そうだよぉ」
志本は納得の行かない様子だ。
「他の魔法使いの人達は助けてくれないんですか?」
「そういう概念が無い。だから俺は魔法使いが嫌いなんだよぉ」
概念が無い……ね。
橘辰吉が従者になった流れを見た今なら頷ける。
魔法使いにとって、誇りや使命、ルールが絶対なんだ。
やはり俺には理解出来ない世界だ。
「成功しますよね……魔法花火大会……」
志本の言葉は完全に沈んでいる。
ワタヌキ店長は静かに空を見上げ、
「正直な話、厳しいとは思うよぉ」
「そんな……」
「俺はよぉ、空の状態が後三年は持つと考えていたよぉ。
それはコトリちゃんも同じだったと思うよぉ。
……だが最近、空の魔法環境が急変してなぁ」
そうか。
水鞠はそれを確認する為に花火大会に来たんだ。
──そして、覚悟を決めた。
勝算がある様な言い方をしていたが、実際は違っていた。
やはりこれは、ギリギリの戦いなんだ。
ワタヌキ店長は眼鏡を外し、レンズに息を吐いた。
「タダでさえ、ここ数年で水鞠家を離脱した魔法士が増えたからなぁ」
「ライセン……。クジュウ……」
「……? 志本。それ、何の呪文だ?」
「名前だよ。いきなり頭の中に思い浮かんで来て……」
そんなやり取りを見た店長がコロコロと笑い、眼鏡を掛けた。
「嬢ちゃん、随分と詳しいなぁ。そいつらは離脱した従者の名だ」
「い、色々あったので」
志本は水鞠家のデータバンクをハッキングしていた。
その時得た情報が無意識の内に言葉になったみたいだな。
水鞠が志本を科学部に入れて管理したい訳だ。
「ライセンにクジュウ……変わった名前だな」
「こんな字だよ」
志本はスマホの画面を見せて来た。
既に魔法で文字が打たれている。
「雷旋」に「九銃」か。
ワタヌキ店長は怪しい笑みを作り、
「雷旋は異名だよぉ。理由は分からんが勝手に引退した」
「引退……ですか」
「能力を弟子に引き継いだ後は、引退する魔法使いが多いよぉ」
そう言えば、あの執事も引退したって言っていたな。
魔法使いの引退は珍しい事では無いらしい。
「九銃家は色々あって能力の継承が上手く行かなくてなぁ。
一時的に離脱扱いになっているよぉ」
「復活する予定は?」
「無いよぉ」
……これが今の水鞠家の現状か。
いや、本当に厳しそうだぞ。従者や執事がピリピリする訳だ。
ズシリと重苦しい空気に包まれてしまった。
それを切り裂く様に志本が手を挙げる。
「私に名案があります!」
「何だよ志本。名案って……」
「フリーになった土雲家の従者をスカウトしましょう!」
「おお!」
それに対して、店長は渋い表情で顔を横に振る。
「え……!? フリーなのに……」
「前当主である水鞠七兵衛が死んでから水鞠家は信用を失った。
衰退してゆく一族に仕えようと考える魔法士は居ないよぉ」
「だったら、契約決闘でゲットするのは?」
我ながら名案だろ。この方法で橘辰吉は従者になっていた。
だがワタヌキ店長は首を横に振る。
「あれは魔法局の協力があったから可能だったみたいだよぉ」
「なるほど……」
確かにそうだった。
あの時の契約決闘も、橘辰吉が受けなければ成立していない。
絶対に自分が勝つと慢心した橘辰吉がアホなだけだ。
「君達はやれる事をやればいい。それは俺も同じだよぉ」
そう言って店長は懐から封筒を取り出した。
「これは……」
「魔法発注請書だ。コトリちゃんに渡してくれよぉ」
「了解です」
「それと、これをスズカに」
小さいダンボールを渡された。
「重っ!? 何ですコレ?」
掌サイズなのに五キロ以上はあるぞ?
「前に注文を受けていた魔法機器の部品だよぉ。
高級品だから、輸送には気を付けてなぁ」
すると志本はニッコリと微笑み、
「日高。帰りは運転お願いね」
「ヘイヘイ、了解」
調子いいな、全く。
九銃のイメージビジュアルは「みてみん」内で公開中です。




