第75話 日高誠と浴衣姿の少女
花火大会の当日。
まだ明るさの残る、夕方六時の新二合駅改札口。
ここは今、大勢の花火客によって埋め尽くされている。
「……地獄だ」
花火大会は川向いにある市との共同開催。
規模がデカいので、来場者数は十五万人を超えるらしい。
覚悟はしていたが、想像以上だった。
俺の隣に居るのは美希と志本紗英。
二人共に普段着で、美希はグレーのシャツに細身のジーンズ。
志本は白のトップスにワイドパンツのスタイルだ。
因みに俺はいつものポロシャツにジーンズ。以上!
「こうして見てみると、浴衣の人って意外に少ないな」
俺がそう呟くと、美希は手に持つ団扇で自分を扇ぎつつ、
「土手でやる花火大会に浴衣で行くなんてのは上級者か初心者だよ」
「……なるほどな」
八割は中級者って所か。
この感じじゃ、水鞠の浴衣姿は拝めずに終わりそうな予感がする。
空気を読まずに魔法浴衣でも着て欲しい所だ。
待合せ時間を三分経過。
早く全員と合流して、この場所から逃げ出したい気分だ。
スマホを確認すると、吉田と三ノ宮からメッセージが来ていた。
『悪い。乗り遅れた。あと少しで着く』
『激混み。駅に近付けない。死にそう』
吉田は電車に乗り遅れて遅刻。
三ノ宮は二時間前に来ていたらしいが、移動に苦戦している様だ。
それを伝えようと振り返る俺。
「あれ?」
美希と志本の姿が無い。
人の流れに押されたらしい。離れた場所で二人を発見。
「やば……」
油断した。非常にマズい。
案の定、美希と志本はナンパ野郎達に囲まれてしまっていた。
志本はモデル級に美人だし、我が妹も身内贔屓を引いても可愛い。
……これは非常に危険な展開だ。
二人が、じゃない。相手側の話だ。
度が過ぎる態度なら、志本も黙っていないだろう。
ブチ切れて魔法を使うかも知れん。
謎のハッキング能力を混雑した駅で発動してみろ。
事故やら大変な事になりかねない。
「志本!」
俺の声は届いていない。
男達にしつこく言われているらしく、志本の表情が険しい。
爆発寸前だ、あれ。
覚悟を決め、強引に人波を掻き分けて行く。
すると俺の意志が伝わったのか、不自然に道が開いてゆく。
すんなりと二人の元へと到着した。
「日高! どこ行ってたの!?」
さっそく志本紗英の怒りが俺に向けられた。
「お兄ちゃん! 酷いよ!」
「悪い。マジでごめんなさい」
平謝りする俺。
しかし、何でいきなり人が居なくなったんだ?
ナンパ集団も全員消えている。
それだけじゃない。俺達三人の周りを人が避けている状態だ。
いや、三人じゃ無かった。
いつの間にかもう一人「意外な人物」が立っていた。
浴衣姿の小柄な少女。
クリッとした瞳。フワフワの茶髪。
目が合うと、小さな唇を緩ませた。
──火咲花奈。
「あれぇ? 日高君? すごい偶然だよぉ」
「火咲……」
その背後からもう一人。知ってる顔が現れた。
黒シャツに黒ジャージパンツ姿の三ノ宮菜々子だ。
「三ノ宮? 二人一緒だったのか」
意外な組み合わせだ。
「火咲さんを発見したから追跡していた。何故か簡単に駅に着いた」
「それは良かったな」
「あれは宇宙人の超能力。もしくは魔法」
「だといいな」
いつもの様に三ノ宮の相手をしていると、志本が首を傾けた。
何だか難しい顔をして俺の事を見ている。
火咲花奈はニッコリと笑い、豊かな胸の前で指を合わせた。
「わあぁ。みんなで楽しそう! 私も一緒に居ていい?」
火咲が一緒に!? いやいや、無理だ無理!
だが、志本は納得した様に「うん」と頷く。
「そう言う事なら」
「ちょ、志本!?」
俺は火咲に背を向け、視線を遮る様に志本の前に立ち、
「マズいだろ。勝手にメンバーに入れたら」
「日高、まさか本当に知らないの?」
「知らない? ……って、何を?」
そう返すと、またもや志本が首を傾げ、
「まあ、いっか。その方が面白そうだし」
何だか含みを持った笑顔になった。
同時に、俺のスマホにメッセージが入る。
水鞠からだ。
『火咲花奈も連れて来て』
いや、マジか。本当にいいのか?
確かに一人位増えても変わらん状況かも知れないが。
それにしたって顔面偏差値高過ぎだし。
吉田と俺は美少女だらけのハーレム状態だ。
参ったなコレ。一生の内にこんな事もう無いだろ。
志本紗英は手を挙げ、
「私、観覧席の場所が分かるから。みんな付いて来て」
そう言って歩き出した。
「あれ? 水鞠は?」
「現場で待っているって」
魔法で水鞠とメッセージのやり取りをしているのだろう。
こんな時、魔法ハッカーの能力が羨ましい。
俺と美希と三ノ宮、そして火咲花奈が志本の後に付いて行く。
あれ? 何か忘れている様な……。
「ちょっと待ってくれぇ! 置いてくなよ!」
声の主はサッカーユニホームにジーパン姿の男。
遅れていた吉田が泣きそうな顔で登場した。
それを目の当たりにした美希が驚愕した様子で震え出す。
「実在したんだ……お兄ちゃんの友達……」
「……吉田の事、妄想かと思ってたのかよ」
* * *
美希と火咲の自己紹介の後、水鞠家の観覧席へ移動を開始した。
会場までの道は所狭しと屋台が並んでいる。
そこを抜け、有料観覧席に到着。
さらに突き進み、しばらく歩く。
あれだけ居た花火客は、いつの間にか消えていた。
道から外れて、暗がりへと入って行く。
スマホのライトを付けたが、視界を確保するまでにはならない。
まだ暗くなるには早い時間だ。明らかにおかしい。
これは魔法的な何かが関係しているに違いない。
「何か……いきなり暗くなったな」
吉田が心配そうに声を上げた。すると志本が足を止め、
「もしかして吉田、怖いの?」
「こ、怖かねーよ。なぁ? 日高」
「何で俺に振るんだよ」
すると俺の隣で歩く美希が俺の腕を掴み、
「普通に怖いよ! 何も見えないし、誰も居ないし……」
「ああ、そうか。そうかもな」
「何で他人事っぽいの?」
俺も苦手だったが、魔法使いになってから変わった。
恐怖の感覚が完全に麻痺している様な気がする。
危険な状況になればなる程、逆に冷静になるのだ。
これは魔法使いの特性ってヤツだと思う。
「ふふふ……。暗闇なら任せて。私は好き……」
三ノ宮の声が聞こえて来た。
全身黒づくめだから何処に居るのかさっぱり分からん。
アサシンか忍者かな?
「見えて来たよ」
志本が指差した場所が、うっすらと光っている。
俺達が距離を縮めると、一斉にライトアップが始まった。
三つ並ぶ大きな屋台。
重厚感のある長いテーブルに、人数分の椅子も用意されている。
提灯で囲まれた風情のあるデコレーション。
ちょっとしたパーティ会場だ。
「ええ!? マジかこれ」
「お兄ちゃん! 何か凄いんだけど!?」
吉田と美希は目をキラキラさせ、興奮状態になっている。
「いらっしゃい。今日は貸し切りだよぉ」
屋台から出て来たのは丸坊主の中年男。
魔法具専門店のワタヌキ店長だ。
怪しく笑い、眼鏡をクイと引き上げた。
「ぎゃぁ!? お兄ちゃん! 何か怖い人来 が居る!」
「おおぅ!?」
美希の絶叫に狼狽える店長。
「ああ見えて普通の人だ。水鞠が雇ってるんだから大丈夫だよ」
雇われているのかは知らんが、そう言う事にした。
「何か信じられないけど……」
美希は完全に怯えてしまった。そこに志本が囁く。
「女好きっぽいから、そこだけ気を付けていれば大丈夫」
「う、うん……」
「……何か酷い事言われている気がするよぉ」
店長がしょんぼりしている。
まあ、しょうがないよね。自業自得だ。
「あ、新手の宇宙人……」
店長に気付いた三ノ宮菜々子は吉田の陰に隠れてしまった。
「三ノ宮。それは流石に失礼だろ」
確かに頭がツルツルで火星人っぽいけど。
「見た目の事だけじゃない。それ以外も明らかに人外」
「人外って……」
魔法使いだから確かにそうかも知れんが、言葉選びが辛辣過ぎる!
「揃ったみたいだね」
騒つく中。また一人、新たな人物がパーティー会場に現れた。
水鞠コトリだ。
赤のブラウスに紺のパンツがよく似合っている。
浴衣じゃないのは残念だが、これもアリだ。
「食べ物は水鞠家が全部用意しているよ。何でもワタヌキに言って」
「マジか! 太っ腹だな!」
「や、焼きソバ……タコ焼きに焼き鳥……。何でもある」
吉田と三ノ宮はメニューを見てハイテンションだ。
「お兄ちゃん! いいの!? 本当に?」
「言わなかったっけか。水鞠は超絶お嬢様なんだよ」
「お嬢様!? だ、だからあんなキャラなんだ……」
「そう言う事。ちょっとズレてるだけで悪い奴じゃないからな」
「そ、そうなんだ」
これが水鞠に対するイメージアップになるといいんだけど。
「どんどん作るよぉ〜! 注文してよぉ!」
次々と入る注文を、異次元なスピードで調理する店長。
いや、これ絶対に何かの魔法使ってるだろ。
しばらくの間、その超絶技に見惚れていた俺達だったが、
「俺も作ってみていいスか」
そう言って吉田がタコ焼きを手伝い始めた。
それを見た水鞠は吉田の前に立ち、
「スタッフならすぐ追加で来るよ」
「あ、いや。見てたらやりたくなって来ただけなんだ。ダメか?」
「……なら、別にいいけどさ」
「じゃあ、私も!」
志本と美希は焼きソバを作り始める。
ならばと、俺は焼き鳥を担当する事にした。
会場は一気に和気藹々とした雰囲気に包まれた。
水鞠は溜息を吐いた後、
「せっかく屋台形式にしたのに……。ま、これはこれでいっか」
そう言って微笑み、エプロンを手に取った。
「三人前出来たぞ」
吉田はピックを器用に使い、タコ焼きを容器に乗せた。
「慣れた手付きだな。いつも作ってるのか?」
「いや、初めてだな。見よう見真似ってヤツだな。
作り方はさっきスマホで調べた」
「……マジか」
「なんつーか、簡単な料理なら大抵の物は作れるぞ」
「へぇ」
運動も出来て性格良くて飯も作れるとか、スペック高過ぎだろ。
吉田の活躍に美希も驚きを隠せない。
「お兄ちゃんの友達、いい人そうだね。顔は怖いけど」
「顔は怖いけどな」
吉田の隣には三ノ宮菜々子立ち、ドヤ顔で作業を手伝っている。
……楽しそうで何よりだ。
弓犬の思惑通り、三ノ宮の行動は完全に封じられている。
この調子ならカウンター能力は発動しないだろう。
そう言えば、水鞠は何処だ? 姿が見えない。
視線で探してみると、会場の隅に立つ水鞠を発見。
隣にいる人物を見て驚いた。
「火咲……?」
二人は時々会話をして空を見上げている。
水鞠とまともに話せる人間がいるとは意外だ。
そうして見ていると、俺の視線に気付いた水鞠が寄って来た。
「どうしたのさ。何か言いたげに見て来てたでしょ」
「いや、水鞠が普通に話をしているのが新鮮だったのかな……」
「何を言ってるのさ。日高、本当に気付いてないの?」
「何が?」
水鞠は火咲花奈を指さし、
「だって、あいつ…………だよ?」
「何? 悪い、今何て言ったのか聞こえなかった。
もっとハッキリ言ってくれないか?」
「はぁ?」
「仕方無いだろ。屋台の雑音が凄いんだよ」
水鞠は首を傾げ、火咲と俺を交互に見る。
「魔法運命のねじれ……。もしくは魔法相性の問題かな……」
さらに猫の様な瞳をギラリと光らせ、
「まさか未来改変……? いや、それは無いとは思うけど」
何やら興味深そうにしている。
「よし! 決めた!」
「何だ?」
「強引に矯正するのは良くない気がする。今は放っておくわ」
「どう言う事だよ、それ」
……いや、本当に訳が分からん。
「さあ、そろそろ花火が打ち上がる時間だよ!」




