第68話 日高誠と氷の像換獣
魔法釣竿が壊れる様子は無い。
球体の立体魔法陣は釣り針を飲み込んだままだ。
これなら釣りを続行する事が出来そうだぞ。
「……日高って、本当に変な奴だね」
水鞠は呆れ顔で頭を抱えている。
変な奴……ね。
まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
「よし。やるぞ」
慎重に釣り針をプールに沈める。
うん。普通の餌の時と感触は変わらない。
むしろこっちの方がしっくり来る感じだ。
「私もやってみる!」
志本がカード型の立体魔法陣を展開。
ウキウキの笑顔で釣り針に魔法陣を近付ける。
「ダメだ。くっつかないよ」
何度か試してみるが、上手く行かない様だ。
「何で日高のだけ……!? ズルい!」
「いや、そんな事を言われてもな」
「私のにも日高の魔法陣付けて! もう餌が無いから!」
「まだ釣る気かよ!?」
もう十ポイントも取ってるから十分だろ。欲張り過ぎだよ。
「私が釣ったらダメなの?」
志本の目が完全に座っている。怖っ。
変なゾーンに入っちゃってない? 大丈夫かな。
「志本。ちょっとだけ待ってくれ」
「早くして」
「……了解」
仕方ない。一回引き上げるとするか。
そう思った直後。
「お……!?」
突然竿が重くなり、水面が激しく揺れる。
身体が……持っていかれる……!?
「何だこれ!?」
水面に魚影が見える。
これ、二メートル近くないか?
「ひ、日高! 代わって! 釣りたい!」
目を輝かせながら志本が腕にしがみついて来た。
ちょ、嘘でしょ!?
柔らかい胸が腕に押し付けられて……ってそんな場合じゃ無い!
こんなデカイの釣り上げられるのか!?
「このままだと釣竿が持っていかれるぞ!」
あまりの引きの強さに恐怖を感じる程だ。
「ロックモードにして!」
水鞠が叫ぶ。
「ロックモード!? 何だよそれ」
それらしいギミックなんて見当たらないぞ。
「これじゃない?」
密着した志本が腕を回して釣竿の節の辺りを捻る。
「うお!?」
掌が釣竿に吸い付き、手から離れなくなった。
釣竿と掌が完全に固定されている。
なるほど。コレがロックモードか。
「……って、魔力がドンドン持って行かれてるぞ!?」
ここまでの釣り大会で俺の魔力は消費され、残り僅かだ。
長い時間は持ちそうにもない。
「志本。手伝ってくれ!」
「うん。分かった!」
志本と二人で両脇から竿を持ち上げる。
ヤバイ。二人がかりでもビクともしない。
「どうすればいいんだ……!?」
このままじゃ身体ごとプールの底に持って行かれるかも知れん。
命の危機を感じるぞ。
……いや待てよ?
何で俺はこの魚を釣り上げる事に拘っているんだ?
こんな面倒な事に付き合う必要は無いだろ。
最下位の罰ゲームを俺が引き受け入れれば終わる話だ。
今回は一旦逃して、水鞠に釣り直して貰えばいい。
そうだよ。そうしよう。
俺はそれを伝えようと志本に視線を向ける。
「志本。あのさ……」
「日高! こっち見てる場合じゃ無いでしょ!? 集中して!」
いつもクールな彼女の顔が鬼の様な形相になっている。
エエ──!?
目がイっちゃってるよ! 怖ッ!
でも言うしかない。無理に釣り上げなくても良いって。
こいつは諦めようって。
「あのさ、志本……」
「何やってんの!? アタシも手伝うよ! 」
水鞠が突然助っ人に入って来た。
ぐしゃぐしゃになりながらも三人で一つの竿を持つ。
「みんな! 全力で引き上げるよ! 力を合わせて!」
「ハイ!」
何だか妙なノリになって来たぞ。
……これ、あれだよね。
バラバラだった部員達が最後に力を合わせるやつ。
まさに青春ものの王道展開だ。
これはこれでアリかも知れない。そう思えて来た。
俺は両手に魔力を集中させ、意識を研ぎ澄ませる。
よし。やってやる。
「グォア──ッ!」
志本が雄叫びを上げた。
テニスプレーヤーがショットを打つ時に出すアレだ。
学校のアイドルの面影はそこには無い。
「オラァ──ッ!」
負けずに叫ぶ水鞠。
釣竿を持つ手が力んでいたのだろうか。
水鞠の手が滑り、俺の水着パンツを引っ掛けた。
その結果、水着がズレ落ちる。
「うお!?」
反射的に腰を落とし、完全落下を食い止める俺。
何で簡単に水着がズレた?
……その理由は明白だった。
ピチピチだったはずの水着が、ユルユルに変化している。
魔法水着は、何故か元の状態に戻っていた。
ちょっと待て。このサービスシーンおかしくない!?
見えちゃうから! 全部見えちゃうから!
謎の力どうした!? 水着が脱げちゃうよ!
早く水着を手で持ち上げないと大惨事になる。
……って、両手が釣竿から離れねぇ──!
「誰か、ロックモードを解除してくれ!」
ガニ股になりながら必死に抵抗する俺。
キャストオフは目前だ。
「オラオラオラァ──!」
「オラオラオラァ──!」
竿を持ち上げながら雄叫びがシンクロする水鞠と志本。
全く人の話を聞いてねぇ──!
「誰かロックモードを! 誰か! 解除を──!」
俺はここで諦める訳にはいかない。必死に叫び続ける。
「オラァ────!」
視界いっぱいに拡がる水飛沫。
夏の空をバックに、巨大なシルエットが浮かび上がる。
それは大きく弧を描き、スローモーションで落下した。
プールサイドに響く振動。
火喰甲魚が床に叩きつけられ、「ズドン」と音を立てる。
気付けば、俺達三人は釣竿を持ったまま地面に倒れ込んでいた。
「あれ……? 地面が……柔らかい……?」
……魔法の力だ。
どうやら、水鞠が事前に魔法を使ってくれていたらしい。
あれだけ勢いよく倒れたのに、傷一つ無かった。
俺はすぐに自分の水着を確認。
魔法水着はピチピチ状態に戻っている。安堵の溜息だ。
……守りきった。最後の砦を。
「どうなるかと思ったよ……」
危うくトラウマを生み出す所だった。
「見て日高! 凄い大物だよ!」
水鞠がざんまいポーズで火喰甲魚の横に立つ。
釣り上げた獲物を見て驚いた。
とにかくデカい。百八十センチを超えている。
それを見た志本が、「スン……」と素の表情に戻った。
「よく考えたら、別に無理して釣らなくても良かったよね」
ようやくマトモな事を言って来た。
うん。それな。
だいぶ前に気付いてたよ俺。
二人共、変なスイッチが入って止まらなくなってたよね。
我に返ってくれて良かったよ。ホント。
「で、これはどう処理するんだ?」
「そうだね……」
水鞠が口をパクパクさせている火喰甲魚のエラを開いて確認する。
「三枚に下ろして半分は冷凍する。
もう半分は刺身、塩焼き、煮付け、何でも合うよ」
「食べるの!?」
驚いた。食べる事でパワーアップ出来たりする訳?
「美味しそう……」
志本の言葉に耳を疑った。
あれ? さっきは可愛いとか言ってなかった?
「志本さん……冗談だから」
「え……?」
うん。俺もそうかな、とは思ったよ。
「処分方法は簡単だよ」
水鞠は拳に息を吹きかけ、腕をグルングルンと振り回す。
「魔法パンチで頭を破壊する。そうすれば一瞬で粉々になるよ」
「また乱暴だな」
「氷を触媒にしているから、元の姿に戻るだけだよ」
「そうかも知れんが……」
像換獣ってのは魔法で作られたロボットだ。
そこに命は無い。でも何故か可哀想になって来た。
「わ、私飼いたい! 大切に育てるから!」
志本がとんでもない事言い出した。
夜店の金魚すくいの金魚みたいに言われても無理だよ……。
「なあ水鞠。壊す意外に方法は無いのか?」
水鞠は顎に人差し指を乗せ、
「そうだね。日高なら可能かも知れないけど……」
俺に出来る事……?
そんなもの、思い当たるのは一つだけだ。
「契約……か」




